らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ポエジー

2016-06-30 | ポエム

ポエジーは、どこにでもある。

 

宇宙にも、地球にもある。

 

豊かな国にも、貧しい国にもある。

 

都会にも、田舎にもある。

 

大通りにも、路傍にもある。

 

豪邸にも、あばら屋にもある。

 

宝石箱にも、ゴミ箱にもある。

 

善人の中にも、悪人の中にもある。

 

ある。ある。ある。

 

どこにでも、あるの、ザインちゃん。

 

見出す人と、気づかない人がいるだけ。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 


「ルノワール展」

2016-06-28 | アート・映画・演劇

「ルノワール展」に出掛けた。

 

印象派の画家、ピエール=オギュスト・ルノワール(1841-1919)はリモージュで生まれ、3歳の時に家族とパリに移住した。

 

父は仕立屋で母はお針子だった。

 

13歳で磁器の絵付け職人の見習いとなるが、仕事を失った後、エコール・デ・ボザールに入学し、ここで、モネやシスレーたちと知り合いになる。

 

1870年に普仏戦争に召集されるが、赤痢にかかって、除隊。

 

その後、1873年に、モネ、ピサロ、シスレーたちと(後に「印象派」と呼ばれる)「芸術家、画家、彫刻家、版画家、その他による匿名協会」を結成し、1874年にグループの展覧会を開催する。(後に「第1回印象派展」と呼ばれる)

 

ルノワールの人物画には、(ピカソと違って)画家の優しい視線を感じ、木漏れ日や影を紫や青の点々で表現した独特の画風は、人を幸せな気分にする。

 

彼も絵を描くことに没頭していた時は幸せだったのだろう・・・・・・

 

絵を描く母は印象派が大好きで、家にはいつも印象派の画家たちの展覧会のカタログや画集がころがっていた。

 

けれど、とんがっていたわたしはそれらに反発し、これ見よがしにシュールレアリスムや抽象画の画家の展覧会に行っていた。

 

が、幾時代かが過ぎ、年を取って、まあるくなると、あの印象派の優しい光に癒されるわたしがいる。

 

当時のパリの人たちの笑い声が聞こえてきそうが絵を観て、ほんのりした気分で会場を後にした。

 

緑内障を患って視力をほとんど失った母には「ルノワール展」に出掛けたことは言っていない。

 

 

*****

 

 

母の絵。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


か、え、ろ、う、よ。

2016-06-26 | ポエム

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとの「わたし」に、か、え、ろ、う、よ。

 

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとのおうちに、か、え、ろ、う、よ。

 

みんな、仲良しこよしの、あの場所に。

 

今、ここで、か、え、ろ、う、よ。

 

春が来て、花、笑う。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


雨粒

2016-06-23 | ポエム

雨の中、

 

川沿いの道を歩いた。

 

雨粒が落ちてきた。

 

つぎつぎと落ちてきて、

 

傘の上で音をたてた。

 

川面には、たくさんの丸い波。

 

小さな波・・・・・・

 

大きな波・・・・・・

 

雨粒は、川と一体になって、

 

海に向かった。

 

わたしも、雨粒。

 

 

 

 

詩集、「水中花」より

 

 

 

 

 

 

 


マイナンバー

2016-06-22 | 色々な思い

少し前のこと。

 

JRに乗ったら、あちこちにマイナンバーの広告が・・・・・・

 

カードの普及が遅れているのかしら・・・・・・

 

個人的には、保険証、運転免許証、パスポート、戸籍謄本で十分だと思っていたが、今では、社会保障、税、災害対策などの行政手続きでマイナンバーを要求されることが多くなったそうだ。

 

けれど、日経新聞によると、「個人情報保護委員会は2016年6月20日、マイナンバーカード(個人番号カード)の裏面に記載されたQRコードについて、スマートフォンなどで読み取るとマイナンバーを知られてします恐れがあるとする注意喚起を公表した」そうだ。

 

平成29年から、自宅のパソコンから様々な情報を確認できる、「マイナポータル」という制度も始まるらしいけれど、安全なのかしら。

 

宗主国さまはニッポンを管理・支配し、政権は国民を管理・支配する。

 

何だか窮屈な世の中になってきたが、意識を管理・支配することはできない。

 

意識の力を侮ってはいけない。

 

集合意識が変われば、社会も変わる!

 

もうすぐ、参議院選挙。不正がなく、わたし達の思いが反映されますように・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


感謝デー

2016-06-21 | ポエム

感謝。感謝。多謝。

 

本日は、感謝デー。

 

何もないけれど、感謝デー。

 

呼吸ができる、感謝デー。

 

水が飲める、感謝デー。

 

食事ができる、感謝デー。

 

洋服がある、感謝デー。

 

家に住める、感謝デー。

 

本が読める、感謝デー。

 

ブログが欠ける、感謝デー。

 

大地が静かな、感謝デー。

 

お天道さま、感謝デーを、ありがとう。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

歩いていたら、スーパーに「本日、感謝デー」という張り紙があった・・・・・・

 

今日は夏至だけど、あいにくの雨、それでも、感謝、感謝の感謝デー・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


ツバメさん、こんばんは。

2016-06-20 | スケッチ

夕暮れ時、隣町の商店街を歩いていた。

 

と、数羽のツバメが楽しそうに鳴きながら、飛び交っていた。

 

洋品店と花屋さんの間には、ツバメの巣。

 

しかも、お店に来る人たちの上に糞が落ちないように、ビニールが張られている。(なんて粋なはからいなんでしょう)

 

その上で、ツバメはご満悦。

 

ツバメさん、こんばんは。よかったね。

 

それから、わたしは、斜め向かいにある大手不動会社の支店の軒先で、ツバメがせっせと巣を作っていることを発見した。

 

泥のようなフンのようなもので、せっせと巣を作っていた。

 

わー、楽しみ、と思った。

 

が、後日その店の前を通ったら、せっかくツバメが作りかけていた巣はきれいにそぎ落とされていた。

 

昔の人は、ツバメが巣をかけるのは、「縁起がいい」、「吉事がある」、「病人が出ない」と言ったそうだ。

 

「三度巣をかけると億万長者になる」、「家の中や座敷に巣をかけると最高にめでたい」とも言ったそうだ。

 

ツバメは恨んだりしないけれど、あの支店、大丈夫かしらね・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


やっこさん

2016-06-17 | 動植物

川沿いの道を歩いていたら、たぶん鵜だと思うのだが、大きな鳥が羽を広げて、偉そうな顔をしてあたりを見回していた。

 

近くに仲間はいない。

 

けれど、やっこさん、とても偉そうだった。

 

まるで、裸の王様。

 

まるで、ニッポンの閣僚のオジサン。

 

都会の片隅でも、鳩が鳴き、烏が舞い、鴨がたゆたう。

 

先日、同じ場所を歩いていると、腰に水筒をぶら下げてウォーキングをしていたおじさんが、ヘビ! というので、地面にヘビがいるのだと思って、キャーと叫んで後ずさりした。

 

おじさんは、桜の木を指さしていた。

 

ヘビは桜木の上でとぐろを巻いていた。

 

昔、バンコクに住んでいた時はヘビを一度も見なかったのに、トウキョウでヘビを見ることの不思議・・・・・・

 

都会の片隅ですら、動物たちは共存しているが、人間たちは争いばかり・・・・・・パイの取り合い・・・・・・

 

東京都では再び選挙。

 

選挙の費用で、保育所やこども食堂がたくさんできるのに・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


演劇

2016-06-15 | ポエム

人生は、演劇。

 

誰もが、シェークスピア。

 

「わたし」が、脚本を書き、

 

「わたし」が、演じる、独り芝居。

 

劇場も、大道具も、小道具も、衣装も、

 

「わたし」が、選ぶ。

 

舞台で、スポットライトを浴びる、「わたし」。

 

舞台裏で、佇む、「わたし」。

 

喜劇も、悲劇も、今生の、はかなき夢。

 

幕が下りれば、故郷に帰る。

 

ブラボー!

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ムーミン・カフェ・ラテ

2016-06-14 | スケッチ

入ろうとしたカフェが満席だったので、ムーミンショップの奥のカフェで、ちょっと休憩。

 

おばさんオバアサン3人で、ちょっと休憩。

 

ムーミン・カフェラテを飲んで、おしゃべりをして、ちょっと休憩・・・・・・

 

 

 

ムーミンたちは、フィンランドのどこかにある、妖精たちの住む、ムーミン谷に住んでいる、という設定で、

 

もともとは、スウェーデン語で書かれたトーベ・ヤンソンによる『ムーミン』という小説だったが、1954年以降、英国の新聞に漫画として連載が始まり、世界中に広がったそうだ。

 

カバのようにずんぐりむっくりしたムーミンは妖精のイメージからは程遠いが、とても愛嬌があり大好きなのだが、最近、3キロ太って、ムーミン体型になってしまったわたしは、あせっている・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


お勉強のできないカフェ

2016-06-13 | スケッチ

突然、ある詩人の本を何冊かじっくり読み直してお勉強したくなった。

 

が、今、マンションは、今、外壁工事のための足場を組んでいて、とてもうるさい。

 

窓は開けれず、カーテンも閉めている。

 

そうだ、あそこに行こう!

 

あそこには勉強机がある。

 

わざわざ、隣町まで出かけた。

 

めずらしく店内はがら空き! ラッキー!

 

1、2時間はいることになるから、紅茶の他にスコーンも注文した。

 

と、わたしの本とノートを見たオネエサンが言った。1時から5時まではお勉強のご利用をご遠慮して頂いておりますが、よろしいですか?

 

一瞬、えっ?。

 

わたしは、はい、結構です、と言い、お勉強ではなく読書をすることにした。

 

ノートはとらず、読書をしながら、時々ポストイットを貼った。(柔軟なわたし!)

 

アメリカのスタバでもそうなのだろうか・・・・・・

 

パリのカルチエラタンのカフェは、一杯のコーヒーで、何時間もお勉強する学生や論文を書く学者や議論をしているジャーナリストたちでにぎわっている。

 

たまに、勤務交代をするギャルソンが会計をしに来ることはあっても、カフェのオーナーもギャルソン(今はムッシュと呼ばれている)も何も言わない。

 

ニッポンでも、昔は、喫茶店で物を書く文筆家がいて、喫茶店の方もそれを容認していた。

 

詩人の山之口獏さん(1903-1963)は、生前、池袋の「小山コーヒー」に毎日通い、彼に会いたい人はそこへ出向いていたそうだ。

 

昔ながらの喫茶店が消えてゆき、気軽なチェーン店のカフェが増えていてそれはそれでとても便利なのだが、対応が粋じゃない気がする・・・・・・

 

ノートパソコンを持ってノマドワーカーをしているオジサンたちは困るんじゃないかしら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ペコちゃん、夏のいでたち。

2016-06-10 | スケッチ

今日の東京は晴れ。湿度も低く、心地よい。

 

昨日、久しぶりにペコちゃんに会ったら、夏のいでたち。

 

まるで夏休みの子供。

 

ふと、夏休みの宿題で書いた絵日記を思い出した。

 

とっくの昔に捨ててしまったが、取っておけばよかった・・・・・・あの頃は何を考えていたのだろう・・・・・・


暑くなったら、かき氷を食べよう・・・・・・

 

 

 

 

ヨーロッパではあちこちで水害が起きている。

 

世界中の火山の活動も活発だ。

 

ポールシフトを示唆する人もいる。

 

この夏が平和な夏でありますように・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


キゲンわるい子

2016-06-08 | 動植物

一年ぐらい前に、徒歩圏内にある、とある商店街の花屋さんに並んでいたオリーブの鉢の値段を尋ねた。「これ、おいくらですか?」

 

と、花屋さんのオジサンは言った。「この子、キゲンわるい子だから、まけとくよ。」

 

「キゲンわるい子?」

 

「そう、キゲンわるいの。夜は店内で、昼間は軒先なんだけれど、日当たりが悪いから、キゲンがわるいのよ。だから、まけとくよ。」

 

結局、その日は買わなかった・・・・・・

 

 

たまにその商店街に行く度に、キゲンわるい子が気になった。

 

その子はいつも軒先に置かれていた。

 

誰もキゲンわるい子を買わない。

 

今日、久しぶりにその商店街に行き、用事をすませ、花屋さんの前を通った。

 

キゲンわるい子は相変わらず軒先にいた。

 

のん気そうなオジサンも外にいた。

 

オリーブの鉢を指さしながら、尋ねた。「これって、キゲンわるい子ですよね。」

 

「そう、キゲンわるい子。そろそろリハビリしてあげようかな、と思っているところ。」

 

「ずっと、気になっていたんですよ。キゲンわるい子。買っちゃおかしら・・・・・・」

 

「じゃあ、まけとくよ。」

 

えっ! 昨年よりもさらに40%オフの値段だった。

 

けれど、わたしの両手には荷物が・・・・・・

 

「うーん、あしたか、あさって、来てもいい?」

 

「いいよ。心変わりしてもいいよ。気にしないからね。」

 

わたしは家に戻った。

 

そして、荷物を置くと、ゴロゴロを引いて花屋に向かったのだった。

 

オジサンはわたしを見ると、驚いた顔をした。

 

「やっぱり、買います!」

 

と、オジサンは、「この子たちもつけとくよ」と、とオリーブの鉢の上に置いてあった、ハーブとチェッカーベリーの鉢も一緒に袋に入れてくれた。

 

「えーっ、悪いわ。」

 

「いいの、いいの。」

 

 

というわけで、キゲンわるいオリーブの子は、うちのベランダにやって来た。

 

キゲンがなおりますように・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「人びとに力を」 by パティ・スミス

2016-06-06 | アート・映画・演劇

《「人びとに力を」 byパティ・スミス   訳、柴田元幸

 

夢のなかで わたしは夢みていた

あかるく うつくしいさまを

そして眠りは やぶられた

が 夢はそばにとどまった

かがやく谷間のすがたをとって

そこでは 浄い空気に皆が気づき

わたしの五感があらたにひらかれ

わたしはさけび声でめざめた

人びとには力があるのだと

愚か者たちの業を正す力が

弱き者たちに 恩寵が雨と降る

世の定めなのだ 人びとは支配する

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

復讐のふるまいは 疑いの目でみられ

身をかがめて 耳をすまし

軍隊は前進をやめた

なぜなら 人びとが耳をもち

羊飼いも兵隊も

星の下でよこたわり

幻視を語りあい

武器を埃のなかに葬ったから

かがやく谷間のすがたをとって

そこでは 浄い空気に皆が気づき

わたしの五感があらたにひらかれ

わたしはさけび声でめざめた

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

砂漠だったところに

わたしは泉を見た

クリームのように水かさが増し

わたしたちは一緒にそぞろ歩いた

誰もあざ笑ったり 批判したりせず

豹も

仔羊も

真の絆でむすばれ 共によこたわり

希いのなかで わたしは希っていた

見つけたものを思い起こしたいと

夢のなかで わたしは夢みていた

神の知るもっと浄い眺めを

眠りに屈するとともに

わたしは託す わたしの夢をあなたに

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

人びとには力がある

夢みる力 支配する力

世界を愚か者たちから奪い取る力

世の定めなのだ 人びとは支配する

世の定めなのだ 人びとは支配する

聞いてほしい

わたしは信じる わたしが夢みることすべて

わたしたちがひとつになれば 実現できる

わたしたちは世界の回転を変えられる

地球の自転を変えられる

わたしたちには力がある

人びとには力がある・・・・・        

 

 

 

 

そろそろ、人や国家の支配が終わる時代が来ている気がするのですが・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「THE POET SPEAKS」 ギンズバーグへのオマージュ

2016-06-04 | アート・映画・演劇

≪『THE POET SPEAKS』ギンズバーグへのオマージュ、

出演、フィリップ・グラス、パティ・スミス、ジェーシー・スミス、テンジン・チョーギャル

翻訳、村上春樹、柴田元幸≫を楽しんだ。

 

≪偉大な詩人、活動家にして我々の友人アレン・ギンズバーグの、今なお生き続ける言葉を、深いつつしみとともに届けます。≫by パティ・スミス

 

アメリカで一世を風靡し、ヒッピーたちが熱狂した、ビートジェネレーション(ビートニク)の詩人たち、エズラ・パウンド(1885-1972)やアレン・ギンズバーグ(1926-1997)やジャック・ケルアック(1922-1969)たちは、正直、ちょっと苦手。

 

アレン・ギンズバーグの『吠える』は、読むのがしんどかった。

 

頭では、ギンズバーグがの≪健全で良識的な大衆でいることこそが「狂気」であり、本当の「正気」を探求するためには、詩人は「野蛮」でいるべきだ。≫という考えには共感するし、純粋な魂持っているからこそ、体制に反抗するということは分かるのだが、ビートニク周辺のドラッグや酒のトラブルには、ついていけないわたしがいる。

 

けれど、会場に足を運び、フィリップ・グラスのピアノの横で歌うように詩を朗読するパティ・スミスには圧倒された。

 

パンクの女王には愛とやさしさがあった。

 

ステージの彼女が、言葉が、あの「時代」と「彼ら」を体現していた。

 

スクリーンには、村上春樹や柴田元幸による訳語。

 

一曲朗読するごとに拍手。一曲歌うごとに拍手。

 

わたしも、いつの間にか、20世紀の反体制的な「アメリカ」に拍手喝采。

 

最後は、多くの観客がスタンディングオベーション。

 

 

 

帰りの電車の中で、友人の、アメリカで、女性として、初めてライフの表紙の写真を撮ったり、初めて中東に赴いたりしたフォトジャーナリストのソニア・カッチャンを思い出していた。

 

ソニアも、パティ・スミスとほぼ同世代でとても反体制的。

 

と、電車を降りて目にした、売店の新聞がモハメド・アリが亡くなったことを伝えていて、驚いた。

 

ソニアは、モハメド・アリが唯一心を許したフォトジャーナリストで、彼のオフィシャルの写真の多くは彼女が撮り、彼の映画が制作される時、映画監督はソニアが写したアリの写真を全部見たそうだ。

 

なんだか20世紀がどんどん遠くなる・・・・・・