らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

か、え、ろ、う、よ。

2016-03-30 | ポエム

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとの「わたし」に、か、え、ろ、う、よ。

 

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとのおうちに、か、え、ろ、う、よ。

 

みんな、仲良しこよしの、あの場所に。

 

今、ここで、か、え、ろ、う、よ。

 

春が来て、花、笑う。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 


おばあちゃんになった友だち。

2016-03-29 | スケッチ

たまに、大学時代のクラブ関係の仲間たちと女子会をする。

 

先日、みんなで、舞台女優を続けている人のお芝居を見に行った。

 

大化けした彼女の演技に感動して喫茶店で盛り上がったのだが、一人これなかった人がいた。

 

ちょうどその頃、お嬢さんの陣痛が始まったのだ・・・・・・

 

お嬢さんは、陣痛が始まってから丸二日間苦しんだ後、無事、3658グラムの男の子を出産。

 

その間、赤ちゃんのお父さんは、50時間も、寝ないで痛みに耐えるお母さんをさすって励まし続けたとか・・・・・・

 

おばあちゃんになった友だちは胸がいっぱい。メールでその話を知ったわたし達も感動。

 

赤ちゃんのお母さんは仕事を続けるだろうから、これからはおばあちゃんも忙しくなるだろう。保育所がどんどん増え、保育士さんの待遇も改善されますように・・・・・・

 

少子化ニッポンにとって、赤ちゃんたちはニッポンの宝。

 

町で赤ちゃんを見るとうれしくなるが、29日午前零時に、「他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障関連法」が施行されてしまったニッポンに対する不安がある。

 

ニッポンの赤ちゃんたちの未来が明るいものでありますように・・・・・・

 

 

平和、平和、平和・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 


優先席

2016-03-28 | スケッチ

優先席の前に立っていた。

 

目の前に座っていたおばあさんは、一生懸命携帯メールをしていた。

 

おばあさんが降りたあと、周りにお年寄りがいなかったので、座ってしまった。

 

しばらくすると、若い妊婦さんと、マスクをしたおじいさんが目の前に立った。

 

どちらに席を譲ろうか、とても迷った。

 

結局、妊婦さんに、どうぞと言って立ち上がった・・・・・・

 

おじいさんの顔は見なかった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 


空港

2016-03-27 | 場所

空港に行くと、ワクワクする。

 

特に、空港の国際線ロビーが大好き。

 

そこは、点。

 

様々な都市を結ぶ、点。

 

世界中の飛行機が離着陸する、点。

 

あらゆる人種が行きかう、点。

 

そこにいると、わたしは誰でもなくなる。

 

けれど、パスポートは命綱。

 

太古の時代、国境はなかった。

 

いつの日か、再び国境なき時代がくればいいと思う・・・・・・

 

渡り鳥に国境はない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「わらって わらって」 by  山尾三省

2016-03-26 | ポエム

山尾三省(1938-2001)の詩集『祈り』より

 

<「わらって わらって」

 

わたくしたちの いのちの

本当の底は 咲(わら)っているのではないでしょうか

 

それで 春になって

たくさんの花たちが 咲きはじめると

わたしたちも われしらず うれしくなってしまうのでは

ないでしょうか

 

春になって 土から湯気がたち昇りはじめると

その湯気が 咲っているように感じられて

体の底から うれしくなってしまうのではないでしょうか

 

わたくしたちの いのちの 本当の底は

咲っているのだと ぼくは思います

だから おお 遠慮なくぼくたちも

 

 わらって わらって

 わらって わらって            >

 

 

 

本来、生きることは喜びであるはずだと、わたしも思う・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「土の道」 by 山尾三省

2016-03-25 | 本・文学

ふらりと立ち寄った本屋さんに、屋久島に移住して詩を書き続けた、詩人、山尾三省(1938-2001)の『祈り』があり、迷わず、購入した。

 

『祈り』より

 

<「土の道」

 

土の道を 歩いてみなさい

そこには、どっしりと深い 安心があります

 

畑の中の道でも

田んぼの中の道でも

森の道でも

海辺の道でも

 

土の道を 歩いてみなさい

そこには いのちを甦えす 安心があります

 

畑の中の道でも

野原の道でも

島の道でも

アジア アフリカの道でも

 

土の道を じっくりと 歩いてみなさい

そこには いのちが還る 大安心があるます    >

 

 

 

ニッポンの都会から土の道が消えて久しい・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 


ブリュッセルに思いをはせる。

2016-03-24 | 時事

むかし昔、3年ほどブリュッセルに住んでいた。

 

爆発のあった地下鉄の駅は、通勤の時に通っていた。

 

帰国後も、ブリュッセルに行く時は、爆発のあった空港を利用していた。

 

何だか他人事とは思えなくて、友達にメールをした。

 

彼女からは、すぐに返事がきた。

 

まさか自分の住む町でこんなことが起きるとは思ってもいなかった、と書いてあった。

 

幸い、彼女の家族や友人で被害にあった人はいないが、町には悲しく重い空気が流れているとか。

 

自分たちと違う宗教や文化を持つ人たちに対する、猜疑心のようなものも充満しているらしい。

 

こんな事件がある度にイスラム教徒の人たちは肩身が狭くなるだろう・・・・・・

 

難民の人たちも追い詰められていくかもしれない。

 

難民を支援する人たちも、理想と現実のギャップに苦しんでいるようだ。

 

いったいいつになったら、地球という美しい星に住む人たちが人種や宗教の壁を越えて仲良く共存できるようになるのだろう・・・・・・

 

平和、平和、平和・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


周縁のちょっといい話

2016-03-23 | 時事

言い間違いにはホンネが含まれるというが、わがニッポンの首相は、国会答弁で、保育所を保健所と言った。

 

今、ニッポンでは、保育所が絶望的に不足していて、多くの、働こうとするママさんたちが窮地に陥っている。

 

そんな中、大阪池田市では、市長や職員の給与を削減した、約1億円を財源に、市立保育所2か所を2016年度に開設することに決めた。

 

なんだか、いい話。

 

ちなみに、削減の割合は、市長20%、副市長10%、部長職5%、課長職3%、一般職2%なのだそうだ。

 

こういう動きはテレビなどでどんどん報じて、ニッポン中の自治体に広がるとよいと思う。

 

周縁の自治体で広がると、政府やお役所も無視できなくなるんじゃないかしら・・・・・・

 

周縁の風が共振すれば、中央を動かすことも可能かも・・・・・・

 

 

 

 

 

 


バトンタッチ

2016-03-20 | ポエム

腰の曲がったおばあさんが、歩いていた。

 

一人で、杖をついて、ゆっくり、歩いていた。

 

少女が、おばあさんの前を通った。

 

おばあさんは、立ち止まって、少女を見た。

 

じっと見た。

 

時間は止まり、過去と未来が、交差した。

 

バトンタッチ。

 

人類は、綿々と続く。

 

アフリカのイヴよ、ありがとう。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>

 

 

 

 

 

 

 


か、え、ろ、う、よ。

2016-03-19 | ポエム

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとの「わたし」に、か、え、ろ、う、よ。

 

か、え、ろ、う、よ。

 

ほんとのおうちに、か、え、ろ、う、よ。

 

みんな、仲良しこよしの、あの場所に。

 

今、ここで、か、え、ろ、う、よ。

 

春が来て、花、笑う。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タマシイはどこ?

2016-03-17 | 色々な思い

墓石の下には、骨壺。

 

逝った人たちは、お墓にはいない。

 

そう思うけれど、お彼岸になると、お花を持って、お墓詣り。

 

逝った人たちのタマシイはどこにいるのだろう・・・・・・

 

昔は、人間のタマシイはある一定のレベルになるか解脱するまで輪廻を繰り返す、と思っていた。

 

過去世の因果が今生で現れることもあるのかもしれない、とも思っていた。

 

けれど、最近は、肉体から出たタマシイは、「いまここ」に吸収されるのかもしれない、と思うことがある。

 

 

「現代詩手帖」2月号に掲載されていた、川田絢音さんの「魂は」という詩の最後にはこうあった。

 

魂は外にあるのか

鏡ほどの者も事物の残響がなくなると

沈む    >

 

タマシイは外にあるのかもしれない・・・・・・

 

 

週末は雨かも、というので、平日なのに霊園は混んでいて、賑やかなおじいさんおばあさんで一杯だった・・・・・・

 

お墓は、残された者たちのためにあるのかもしれない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


完璧な不完全性

2016-03-16 | ポエム

時に、笑い、

 

時に、怒り、

 

時に、泣く。

 

時に、やさしく、

 

時に、冷たい。

 

「わたし」は、愛する。

 

「わたし」の、完璧な不完全性を。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 


大人リュック

2016-03-15 | スケッチ

愛用していた、オレンジ色の大人リュックがぼろぼろになったので、黒いリュックを買った。

 

それを背負って、買出しにでかけた。

 

重いものはリュックに入れ、両手にはビニール袋。

 

街で見かける、オサレなリュック婦人からはほど遠い、買出しババアの出で立ち・・・・・・

 

それでも、帰宅途中に、お花見の準備をしている桜木にごあいさつ・・・・・・

 

フクシマにも春が来ますように。ほんとうの春が・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


笑い

2016-03-14 | 色々な思い

夕方、テレビをつけたら、なぜか、「笑点」が現れた。

 

この番組、まだ続いてるんだ、と冷ややかに思いながら、キッチンで夕食の下ごしらえを始めた。

 

カウンターで仕切られているだけのリビングから、「笑点」が聞こえていた。

 

と、そのうち、何がおかしかったのかもう覚えていないが、ハハ、と笑ってしまった。

 

何となく、ばかばかしい、と思っていた番組なのに、ハハ、と笑ってしまった、わたし。

 

 

 

ガンで余命3,4か月の宣告を受けた患者が、治療を放棄し、毎日朝から晩までコメディー映画のDVDを見て笑い続けていたらガンが消えた、という記事を読んだことがある。

 

笑いは、体の緊張をほぐし免疫力を高めるようだ。

 

笑っていると、許せない、と思っていたことも許せるようになる。

 

笑っていると、前向きな気持ちにもなる。

 

心の底から笑っているときの状態は、悟りの境地と同じ、という人もいる。

 

山口県別府市には、<一年の憂さを笑いで吹き飛ばして、幸せを祈る>、「笑い講」という神事がある。

 

「笑いの日本文化」という本によれば、人々は神と敵対しないよう、神を笑わせ、ご機嫌をとったとか。

 

3.11以後、わたし達は漠然とした不安を抱えながら生きている。

 

こんな時こそ、もっと笑わなきゃ・・・・・・(相手のあげ足をとったり揶揄したりする冷ややかで歪んだ笑いはよくないけれど・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ジョルジョ・モランディ展」ー終わりなき変奏

2016-03-13 | アート・映画・演劇

だいぶ前に、どこかで、電車の中だったのか美術館だったのかもう思い出せないが、「ジョルジョ・モランディ展」の広告ポスターを見た時、あゝ、これは絶対外せない、と思った。

 

絵画芸術の根幹には「静謐」や「沈黙」があるのだが、ポスターの写真からも、それらの雰囲気が漂っていた。

 

で、久しぶりに、東京駅に隣接した東京ステーションギャラリーに行った。

 

 

20世紀のイタリア絵画において最も重要な画家の一人である、ジョルジョ・モランディ(1890-1964)は、ボローニャに生まれ、生涯のほとんどをボローニャと避暑地のグリッツァーナのアトリエで過ごした。

 

モチーフのほとんどは、卓上静物か風景。

 

色彩は淡く、乳白色やベージュが多く使用され、生涯、同じような静物画を描き続けた。

 

背景の壁やテーブルもほとんど同じ。

 

静物画には、どこにでもあるような瓶や缶や水差しやじょうごが並ぶのだが、それらのオブジェは瞑想しているような不思議な雰囲気を醸し出す。

 

シュルレアリストたちは見えないものにこだわるが、モランディは、目の前の見えるものにこだわった。

 

静物画を凝視すると、画家の内面の静けさとオブジェが一体化したような錯覚を覚える。

 

たまに花を描くことがあったが、多くは造花で、埃が描かれていることもある。

 

孤高の画家は、生涯独身を通し、日常の世話は妹たちがしていたのだが、彼女たちにアトリエに並んでいる瓶や缶の埃をはらうことを禁じていたそうだ。

 

初期の風景画からはセザンヌの影響も見られるが、モランディの描く風景は、住む町か避暑地に限定され、とてもシンプルだ。

 

家には窓やドアも描かれず、空には雲すらもない場合が多い。

 

画家は、名声を得てからも、画壇とは距離を置き、引っ張り出そうとする友人たちには、お願いだから仕事をさせてくれ、と言ったそうだ。

 

会場の解説にはこうあった。

<晩年の水彩と素描では画面統合が一層進み、ほぼ抽象の域に達しています。器は何本かの線が成す空間として示されるのみで、もはやほとんど認識することのできない形態の亡霊のようです>。

 

画家は、宗教家が到達した境地にあったのかもしれない。

 

 

 

俗物のわたしは、ジーンズの上に、モランディの絵の配色のような麻のセーターを着たい、と思いながら、ギャラリーを後にした。