らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

もういくつねると、、、

2015-12-27 | スケッチ

クリスマスが終わった途端、町は、お正月モードに突入。

 

なんだかワサワサと落ち着かない・・・・・・

 

それでも、窓ふきを終え、ベランダをきれいにし、カーテンを洗い、クロゼットを整理し、ベッドを動かして埃を取り、本棚の本を拭き、キッチンの引き出しはアルコールで除菌し、浴槽もぴかぴか・・・・・・今年は、少しづつ大掃除をしたから、後は換気扇だけ・・・・・・

 

実家と自宅を行き来しながらエライでしょう! と自画自賛しながら、友達たちとケーキを頬張ったクリスマス。

 

今年も宜しく! と書いた年賀状を投函し、美容院に行って髪も切ってきた。

 

と、通りすがりの花屋さんに、手作りのきれいなリースが並んでいた。

 

そして、リースの右下に、オレンジ色のリボンが付いた、1100円のブーケを見つけた。

 

迷わずそれを買い、玄関のドアにかけた・・・・・・

 

老母が見たら、お飾りを付ける日にちはどうのこうの、とウルサイことを言うかもしれないけれど、そんなことは気にしない。

 

年をとったら、「日々是好日」!

 

やさしく輝く冬の陽光を見ていると、あと何年かで終わってしまうであろう地球での日々をちゃんと生きなきゃ、と謙虚になる・・・・・・

 

お正月のお花は、真っ赤なバラにしようかしらん・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Happy holidays!!!

2015-12-24 | スケッチ

町のあちこちから、クリスマスソングが聞こえてくる。

 

花屋さんでは、クリスマス用リースとお正月用のお飾りが共存し、クリスマスソングの流れる薬局の店頭には、お屠蘇も並んでいて、なんだか気ぜわしい・・・・・・

 

 

 

いつだったか、

 

星が二つ三つ光る夜、

 

郊外のコミュニティ・バスを降り、

 

顔見知りの老婦人と話しながら坂道を下っていた、

 

その時、前方の空に、

 

赤いライトをちかちかさせている、飛行物体が見えた。

 

何かしら、動かないわ、という彼女に、

 

UFOかしら、と言うと、彼女は大声で笑い、

 

わたし達は、角を曲がって別れた。

 

日本で一番おいしいリンゴを作る、木村秋則さんはUFOに乗ったそうだ・・・・・・

 

ほんとうにUFOが存在するのなら、一度、乗ってみたい・・・・・・

 

 

 

時の経つが早すぎる・・・・・・いつの間にか、今年も、あと一週間・・・・・・

 

子ども達は、そろそろ冬休み・・・・・・みんな、みんな、元気で、ハッピー ホリデーね・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


周縁

2015-12-20 | うつつの断章

銀座で、ふと思う。

 

地方の町にある、銀座商店街を。

 

その後、二重橋前駅で、ふと思う。

 

ニッポンの中心は、皇居なのかしら・・・・・・

 

ヨーロッパの町の中心は、教会なのかしら・・・・・・

 

突然、教授がボードに書いた、周縁(ペリフェリック)という言葉が蘇る。

 

 

ニッポンに帰ろう。

 

そう決心し、三週間の休暇にはブリュッセル自由大学の夏期講座に通う、というと、職場の同僚たちが絶句した。

 

うそでしょ。(セ パ ブレ!)

 

 

「ベルギーのシュルレアリスム」の授業は、何がなんだかさっぱり分からず、教室の隅にぽつねんと座り、

 

イタリアにでも行けばよかった、と後悔した。

 

ランチタイムに、イスラエルから来たフランス語教師がニッポンのことを知りたがった。

 

マリアという名前だったかしら・・・・・・

 

 

時折、あの時、ボードに現れた、周縁という言葉を思い出すのだが、どういう文脈だったのか、覚えていない。

 

シュルレアリスム運動は、パリが中心でブリュッセルは周縁だったのかしら・・・・・・あゝ、何も覚えていない。

 

記憶が、どんどん消えていくなかで、

 

わたしは周縁の人、といいながら、豆乳ドーナッツを食べる。

 

周縁はおいしくて、中心は空洞。

 

 

地球の中心は空洞なのかしら・・・・・・

 

宇宙の渦にも中心はあるのかしら・・・・・・

 

明日、洗濯機に聞いてみよう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


女性の時代?

2015-12-15 | 色々な思い

アメリカの雑誌「TIME」は、1927年から毎年、世界にもっとも影響を与えた人や団体を選んでいる。

 

今年は、ギリシャ救済問題で手腕を発揮し、中東からの難民の受け入れに寛容だった、ドイツのメルケル首相が選ばれた。

 

タイム誌は、「人間性や寛大さといったこれまでとは異なる価値を全面に打ち出して、ドイツが持つ強大な力をどうすれば破壊ではなく救済のために使うかを示した」と評価の理由を述べたそうだ。

 

もっとも、約100万人もの難民が押し寄せたドイツの国民が、彼女の寛大さをどう評価しているかは、分からないが・・・・・・

 

 

欧米のビジネスマン御用達の、1843年に創刊された、英国の雑誌「The Economist」の表紙「The World in 2016」には、世界中の要人の顔が並んでいるが、そこでもドイツのメルケル首相が真ん中で微笑んでいて、両隣は、大統領候補のヒラリー・クリントン女史とFRB議長のジャネット・イエレン女史。

 

2016年は女性の時代?(ヒラリーさんが大統領になるの?  ちょっとイヤかも・・・・・・)

 

 

 

また、最近、クルド女性防衛部隊(YPJ)というクルド人女性だけの民兵集団(7000-10000人)が話題になっている。

 

グーグルで画像を検索すると、理不尽な暴力が渦巻く中で、死を恐れない若い女性兵士たちが皆とても美しくて、困惑してしまう。

 

クルド人問題はチンプンカンプンなのだが、結局、第一次世界大戦の後に戦勝国が勝手に国境を作ることによって、約3000万人のクルド人たちがトルコやイラクやイランなどでバラバラに暮らすようになったことが原因なんじゃないかしら・・・・・・

 

女性だけのYPJは、トルコのクルド分離主義組織「クルド労働者党」のシリアにおける関連組織である「人民防衛隊」YPGに属していて、ISイスラム国からクルド人を守るために戦いあちこちで勝利をおさめている。

 

そして、今、ISイスラム国の兵士が最も恐れるのが、彼女たちとか。

 

女性に殺されると天国に行けないと信じるイスラム教徒の兵士にとって、彼女たちはロシアの空爆より恐ろしいらしい。

 

wikipediaによれば、「YPJは地域の伝統的ジェンダー規範に立ち向かい、紛争の中で女性の役割を再定義している」と、世界中のフェミニストからも称賛されているそうだ。

 

トルコ政府は、彼女たちも単なるテロリストに過ぎない、という立場をとるが、フランスのオランド大統領は、特別チャーター便を用意して、YPJの女性司令官たちをパリのエリゼ宮に招待した。

 

首相、大統領候補、FRB議長から女性兵士まで、世界では女性の時代が始まっている。

 

ニッポンでも様々な分野で女性が活躍している。

 

けれど、政治の世界では・・・・・・もしも、政治家や官僚の半数以上がまっとうな女性だったら、原発再稼働はなかっただろうし、遺伝子組み換えの農産物は廃止するだろう、子供達の授業料や給食費を無料にするだろう・・・・・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


江戸時代のスタミナ食:「納豆汁」

2015-12-14 | エコ&ベジタリアン

「発酵の力」を特集している雑誌、「江戸楽」12月号に掲載されている対談で、発酵学者の小泉武夫さんが、江戸時代のスタミナ食、「納豆汁」を紹介している。

 

『江戸時代の人々は、風邪の引き始めや疲れを感じたときに、味噌汁を食べました。それも、豆腐の味噌汁に挽き割りにした納豆を加え、さらにその上に軽く焼いた油揚げを千切りにしたものをてんこ盛りにする。これは大変な知恵ですよ。』

 

『「大豆は畑の肉」。この納豆汁には、味噌、豆腐、納豆、油揚げと四つの”肉”が入っているのです。』

 

『管理栄養士の方が調べた結果、この納豆汁を一日一杯食べた場合、現代の私たちに必要なタンパク質摂取量に遜色がないんです。こうした素晴らし知恵を江戸時代の人々はやっていたのですね。』

 

で、さっそく作って、うえに水菜をのせてみた。

 

そして、味見・・・・・・おいしいけれど、お味噌汁の中の納豆に違和感を覚え、オール・イン・ワンより、お味噌汁とご飯&納豆とお揚げの料理の方がいいかもぉ・・・・・・と思った瞬間、「納豆汁」をばしゃっとひっくり返ってしまい、テーブルにネバネバ汁が広がった・・・・・・

 

 

無意識の力???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ニキ・ド・サンファル展」

2015-12-13 | アート・映画・演劇

9月からずっと行きたい、と思っていてなかなか行けなかった「ニキ・ド・サンファル展」。12月14日までなので、昨日、ばたばたと行ってきた。

 

ニキ・ド・サンファル(本名カトリーヌ・マリー=アニエス・ファル・ド・サンファル)は1930年にパリで生まれ、2002年にアメリカのサンディエゴで亡くなった。

 

父はフランス人で母はアメリカ人。裕福な家庭に育ったが、家庭における父は絶対的な存在だった。

 

転校を繰り返しファッションモデルをしていたニキは、19歳の時に、親の反対を振り切り、のちに作家となる、ハリー・マシューズ(アメリカの作家だがフランスの言語実験集団ウリポの一員)と結婚するが、精神を病み、精神療法として絵画制作を始めた。

 

1960年に離婚した彼女は、1961年に、絵具を入れた缶やオブジェを石こうで付けた作品にむけ銃を放つ、という衝撃的な作品で、一躍、フランスのヌーヴォー・レアリスムの寵児となり、彫刻家のジャン・ティンゲリーと暮らすようになる。(1971年に正式に結婚)

 

展覧会場に、その映像があったが、長い間自分を抑圧していたものを吹っ飛ばしているような印象を受けた。

 

その後、彼女は、「魔女」、「娼婦」、「結婚」、「出産」など女性をテーマにした作品に取り組む。

 

そして、女性性の開放に目覚めたかのような、立体的な女性像を表現し始め、開放的な、カラフルでサイケデリックな配色の太った女性「ナナ」シリーズには多くの女性が共感した。

 

頭で考えた解放ではなく、彼女自身が体験した苦悩の昇華と解放が作品の根底にあるから、小学生が制作したような、あの太っちょ「ナナ」は世界中の人を魅了するのだと思う。

 

ニッポンでも、「ニキは私だ。ニキ作品の世界は、彼女の自分史であるとともに、私自身の、女たち自身の自分史でもある」とニキに共感した、Yoko増田静江さんという熱狂的なコレクターが、ニキ美術館まで造ってしまった。(増田静江さんが亡くなって閉館したがネットは存続niki-museum.jp)

 

ニキは、正規の美術教育は受けていないが、舞台や映画の製作や建築デザインにも取り組んだ。

 

2014年秋にパリのグラン・パレで開かれた大回顧展には60万人もの人々が詰めかけたそうだ。

 

ポンピドゥー・センターの隣にある、ストラヴィンスキー広場に、ニキと夫のティンゲリーが共同制作した、「自動人形の噴水」という不思議な池(?)がある。

 

パリにいたころ、時折、噴水前にあるカフェにナオビと出かけ、ニキの作品が好きな彼女と、ぼーっと不思議な作品を眺めた・・・・・・

 

展覧会場で、今は南アフリカに住むナオビに送ろう、と絵葉書を買った・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「放浪の画家 ピロスマニ」

2015-12-11 | アート・映画・演劇

現在、ニッポンではジョージアと呼ばれる、グルジアの、薄幸の天才画家、ニコ・ピロスマニ(1862?-1918)の半生を描いた映画を観て、静かな感動を覚えた。

 

画家は、加藤登紀子さんが歌った「百万本のバラ」のモデルでもある。

 

監督は、ギオルギ・シェンゲラヤ(1937-)で、1969年のグルジア映画。

 

映画には、作品がふんだんに現れ、まるでドキュメンタリー映画のような静謐さがあった。

 

画家を演じた、アヴタンディル・ヴァラジは、グルジアを代表する画家で、映画の美術も担当したそうだ。

 

彼は、寡黙で、繊細で、不器用な画家を好演していた。

 

ニコ・ピロスマニ(ニコロズ・ピロスマナシュヴィリ)は、正式の教育を受けずに天才的な絵を描く、素朴派(ナイーブ・アート)やプリミティヴィズムに分類されている。

 

作品は、食卓を囲むグルジアの人々や動物を描いたものが多い。

 

彼の絵は、何となく、アンリ・ルソーの作風に似ているような気がする。

 

幼い頃に両親を亡くしたピロスマニは、世話になっていた家を出て、放浪の旅を始める。

 

勤めたり、友人と乳製品の店を始めたりしたが、姉夫婦の持ってきた縁談も断り、結局、店の看板や居酒屋の壁を飾る絵や食卓を囲む人々を描きながらその日暮らしの生活をする。

 

酒や食べ物を得るために描かれた絵は、1000~2000点といわれる。

 

人物画も多いが、動物の絵も多い。

 

『放浪の聖画家ピロスマニ』(はらだたけひこ著)には、ピロスマニは、画家ラド・グディアシュヴィリに「動物は私の心の友です。動物を描くことが大好きです」と語り、グディアシュヴィリは、「ピロスマニの描く動物は人間の眼をしている。というよりもピロスマニの眼そのものである」と記した、とあるが、彼の描く動物たちは純粋無垢な魂を持つものの眼なのだ。

 

1912年に、母親がグルジア人の詩人イリヤと画家キリルのズダネヴィッチ兄弟とフランス人画家ミハイル・ル・ダンチュが、チフリスの居酒屋でピロスマニの絵に出合うことによって、ピロスマニの絵が脚光を浴び出す。

 

1916年の初めての個展が開かれ、同年、グルジア芸術家協会の会合に招待されたピロスマニは、「兄弟たち、私たちに必要なものがあります。街の中心の、誰からも近い所に、みんなが集える大きな木の家を建てましょう。大きなテーブルと、大きなサモワールを買って、お茶をたくさん飲みながら、そこで絵や芸術のことを語り合うのです」というスピーチをし、新聞も彼のことをたびたび紹介した。

 

が、それからしばらくして、新聞に、みすぼらしい服を着て素足の男がキリン(彼の代表作)を描く風刺画とともに彼を中傷するコメントが載り、周囲の人も彼を蔑むようになり、彼はどん底に突き落とされてしまう。

 

その日以来、彼は人を避け、極貧の中で絵を描いた。

 

1917年、ピロスマニの境遇を知った若い画家たちによる募金を画家のラド・グディアシュヴィリが届けた時、彼は、階段下の物置のような場所で暮らしていた。

 

それからしばらくして、彼は孤独な生を終えた。

 

映画では、復活祭の日に亡くなっているが、1919年に病院で亡くなったという説もあるそうだ。

 

ピロスマニは、生前、友人に、「私はひとりで生まれた。そしてひとりで死んでゆく」と言い、そのようになった。

 

スターリンの死後、ピロスマニの回顧展はソ連連邦や東欧諸国で開かれ、その後世界各地で開催されるようになり、今では、グルジアの国民的画家となっている。

 

パブロ・ピカソは、1920年代からピロスマニの絵を高く評価し、「私の絵はグルジアには必要ない。なぜならピロスマニがいるからだ」と言ったそうだが、天才には天才が分かるのかもしれない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


番号

2015-12-08 | スケッチ

お歳暮を頂いた。

 

お届け先の電話番号が違っていた。

 

あゝ、そうだった・・・・・・引っ越しをした時の転居通知に、間違った電話番号を記載したのだった。

 

引っ越す前に連絡をしていた友だちが気が付いて、連絡してきた。電話番号が違うわよ。

 

電話番号訂正の葉書を送ったら、間違った番号に電話をしたら怖いおじさんが出てくる、と教えてくれた人がいた。

 

あわてて、間違った番号に電話をして謝ると、電話が鳴りっぱなしで困った、と怒られた。

 

あれから何年もたつが、未だに間違った番号をキープしている人がいるのだ・・・・・・

 

 

先日、長い長いマイナンバーが届いた。

 

国民に数字を付けるなんて・・・・・・ニッポンには戸籍謄本があるから、それでいいと思うのだが・・・・・・

 

ほんとうは、受け取りたくなかったが、番号は、日曜日の夕方、ほとんどの人が家に居る時に、マンションの全世帯に配達された。

 

なんだか不愉快なマイナンバー・・・・・・きちんと管理されるのだろうか・・・・・・

 

早くも詐欺事件が起きている・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2015-12-06 | うつつの断章

窓の外から、鳥の囀りが聞こえてくる。

 

パリの冬空のような、トウキョウ空に目をやると、

 

隣町のカトリックの教会から鐘の音が聞こえてきた。

 

音は、鳥の歌声と重なり合い、

 

理不尽な暴力の犠牲者たちへの鎮魂の音となった。

 

いつの日か、

 

わたし達の集合意識が合いと光りに包まれる、その時、

 

世界中のルサンチマンの渦は、

 

光の渦へと変換され、

 

ぐるぐると螺旋を描きながら天上を目指し、その時、

 

大天使ミカエルが微笑むであろう。

 

 

 

玄米を焚く釜が、スチームと共に音を放出している。

 

静かな部屋にも、音がある。

 

人や動植物が動けば、音がし、

 

物を動かせば、音が生じ、

 

オノマトペは、心に響く。

 

万物が振動しているのなら、

 

太陽からも音が出ているかもしれない。

 

五次元でも音が聞こえるかもしれない。

 

世界は、音で満ちている。

 

 

 

大雪のブリュッセルで、

 

また 明日、とオフィスと出ると、

 

雪が音を吸収するのか、

 

街は、無音の異次元と化していた。

 

マグリットやデルヴォーを掲げる王立美術館は、

 

青白く光る、狂気の館と化していた。

 

イザベルを待っていればよかった・・・・・・

 

歩きはじめると、

 

雪の上で、サクッ、サクッ、という音が聞こえてほっとしたが、

 

中央駅に向かう近道を歩いていたのに、

 

なぜか、グランプラスに来ていた。

 

 

 

覚醒を促す音楽や人を癒す周波数に魅せられる。

 

何年か前から、グレゴリオ聖歌を聞くようになった。

 

528ヘルツの音叉も買った。

 

なぜ?

 

なぜって?

 

「今」でしょ、「ここ」でしょ、「永遠」でしょ・・・・・・

 

ニッポンの風は、母音を運ぶ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


窓拭き

2015-12-04 | スケッチ

先日、新年のご挨拶をした、と思ったら、もう師走。

 

なんだか、慌ただしい。

 

シリアは訳が分からなくなってくるし、世界中でテロが起きている。

 

ニッポンも、ぐちゅぐちゅ。

 

それでも、お正月はやって来る。

 

そろそろハボタンか千両の鉢でも買おうかしら、とホームセンターを覗いたら、ネイティブアメリカンの人たちが浄化に使う、ホワイトセージの鉢があり、思わず買ってしまった・・・・・・

 

ネイティブアメリカンの人たちは、神聖な儀式の前に、乾燥させたホワイトセージを焚いて、その場にいる人たちや空間を清めるそうだ。

 

ホワイトセージの鉢を抱えて自宅に向かいながら、今年こそは少しづつ大掃除をしよう、と思った。

 

一軒家からマンションに移り住み、スペースは半分、そして窓の数は三分の一ぐらいになり、庭もなくなったから掃除がずいぶん楽になった。

 

部屋が浄化されるような気になるから掃除は好きなのだが、窓拭きは、苦手。

 

毎年、大晦日ぎりぎりになって窓を拭く。

 

昨年も、寒くて指がかじかみ、来年は絶対に早めにしよう、と決心した。

 

で、昨日の午後、雨が止んだので、思い切って窓拭きを始めた。

 

一番大変なのは、仕事場(?)兼リビングの出窓。

 

何気に買ったポトスの茎がどんどん伸び、長いものは5m位になったので、それらを、ホームセンターで購入したカーテン用の棒に巻きつけてグリーンカーテンのようにし、その前に衝動買いした観葉植物の鉢を並べてある。

 

長い長いポトスの茎は弱っていて、ちょっとしたことで切れてしまう。

 

まず鉢をどけ、もつれているポトスの茎を一本一本ほぐして床に置き、それから網戸をきれいにし、窓を拭き始めた。

 

掃除の時は、シャンソンのCDをかけることが多いのだが、昨日は、最初はバッハを聞き、それからバド・パウエルをかけて拭いた。

 

冬至が近くなると、日暮れが早く訪れる。

 

あっという間に辺りが暗くなったので、リビングだけで、オシマイ。

 

続きは、今週末・・・・・・

 

それでも、ピカピカになった窓辺の植物たちが、イエーイと喜んでいる気がした。

 

大掃除がすべて終わったら、乾燥させたホワイトセージの葉を焚こうと思うのだが、火災探知機の誤作動が心配・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


女子会

2015-12-03 | 色々な思い

同窓会やクラス会は苦手でたいてい欠席するが、少人数の女子会は大好き。

 

先日、大学時代のクラブ関係の女子会に出かけて、たくさん笑った。

 

所属するクラブは違ったが、みな演劇関係で、小さな大学だったので、ゆるやかに繋がっていた。

 

卒業後は、2、3人とは繋がっていたが、別の人とは疎遠になっていた。

 

が、何年か前、ご主人と劇団を主宰している女優さんの芝居を観に行って、再会した人たちと喫茶店で話して盛り上がり、みなで彼女の公演に行くようになった。

 

そのうち、カリグラフィーや書道をしている人の展覧会の時に女子会をするようになり、会に「アヴァンギャルズ」(アヴァンギャルド+ギャルズ)という名前までついてしまった。

 

最初は6人だったが、関西から戻った人がジョインして、現在7人で、年に2、3回会う。

 

わたしが詩集を出した時は、女優さんとヨガスタジオを経営している人が企画し、みなで朗読会を開いてくれて、感激した。

  

卒業して何十年・・・・・・みな全く違う人生を歩んでいる。

 

ずっと仕事を続けた人もいれば、オクサマになった人もいれば、長い間外国にいた人もいれば、未亡人になった人もいれば、お孫さんに恵まれている人もいれば、親や子の悩みを抱える人もいる。元気な人もいれば、体調不良の人もいる。

 

けれど、みな、正直で見栄を張ることはない。

 

会うと、本音トーク炸裂で、たくさん笑う。

 

で、先日は、つい気を許して、老母とのことを色々愚痴ってしまった。

 

と、ご両親が他界している人からメールが来た。

 

「いなくなったらポッカリ穴が空いて、しみじみ寂しいよ。同じ話繰り返してたのがすごく懐かしいよ。危なっかしい足取りがたまらなく愛しいよ。腹のたつこともあるでしょうが、それもいつか笑ってしまう思い出になると思います。縁あってこの世で親子に生まれたのだから、一緒にいる間を大切にね。」

 

メールを読んで反省して老母の家に行ったのだが・・・・・・

 

なかなか「愛の人」にはなれない・・・・・・つい声を荒げて、ねえ、どうする、とメルシーに尋ねたら、犬は首をかしげて困った顔をした・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


張り紙

2015-12-02 | ポエム

雨上りの商店街を歩いていたら、

 

古びたカラオケ店の張り紙が、目に入った。

 

破れかけた張り紙は、心に入った。

 

「世界人類が平和でありますように」。

 

最近、再び、放射能じゃじゃ漏れ。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

最近ではなく、ずっと、じゃじゃ漏れなのかもしれない。

 

フクシマのことを考えると気がめいる。

 

自民党も民主党もほんとうにヒドイが、見て見ぬふりをしているマスコミも「わたし」たちもヒドイ・・・・・・

 

ほんとうは、官民一体となってフクシマに取り組むべきなのだ。

 

今朝は、ダイヤモンド オンラインの記事を読んで、考え込んでしまった・・・・・・

 

http://diamond.jp/articles/-/82507