らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

建設現場の傍で考えた・・・・・・

2015-01-31 | スケッチ

歩いていたら、建設現場の傍を通りがかった。

 

ふと、こんなに建物ばかり造って、大丈夫なのかしら、と心配になった。

 

もう、そういう時代じゃないのに・・・・・・

 

首相が、フクシマはアンダー・コントロール、と断言し、

 

ニッポンでは、あちこちで、建物がアンダー・コンストラクション。

 

ニッポンの人口は激減しているのだ。

 

1949年の出生数は、約270万人。

 

が、2014年の出生数は、約100万1000人で、1899年以来最低。

 

そして、子供たちは減り続けているのに、何らかの問題を抱えた子供たちが増え続けているという現実。(子供たちだけでなく、大人の鬱病患者も100万人以上いる。)

 

農薬や食品添加物や電磁波などの影響があるのかもしれないが、アレルギーやぜんそくやアトピーやADHD(注意欠陥・多動性障害)などの問題を抱えた子供たちが増え続けている。

 

その上、2009年の調査で、子供の貧困率は、15.7%で6人に1人が貧乏状態なのだという。

 

しかも、貧困をなくす公的支出はヨーロッパの半分以下で、子供のための公的支出は先進国で最低なのだそうだ。

 

将来を担う子供たちは、ニッポンの宝なのに、と考え込んでしまう。

 

投資は、子供たちの教育と健康にするべきなのだ。

 

子供たちをおざなりにする国には、未来はない。

 

商業施設や事務所用のビルばかり造って、どうするのだろう・・・・・・

 

いつの日か、50基以上もの原発を廃炉にする時が来るだろうが、どうするのだろう・・・・・

 

伊勢神宮などは遷宮のたびに技術の継承が行われているが、原発などは無用の長物になるだけだ。

 

商業ビルも廃墟になるだろう。

 

建設現場を通りがかる度に憂鬱になるが、今年あたり、みんなの価値観がぐれーんとひっくり返るような気もする・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「雪」  by 三好達治

2015-01-30 | ポエム

< 

 

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。

 

次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。>

 

 

 

 

朝、窓のカーテンを開けると雪が降っていた。

 

雪が降ると、三好達治さん(1900-1964)の「雪」という詩を思い出す。

 

「雪」の世界は、与謝蕪村さん(1716-1784)の、家々の屋根に雪が降り積もる景色を描いた、「夜色楼台図」の世界。

 

「雪」という詩からは、「わたし」のない、静けさの中の、自然が立ち上がってくる。

 

 

 

 

 

 

窓から見る雪は美しいが、これから出掛けなければならないと思うと、使い捨てカイロはあったかしら、などと考えて、憂鬱になる。

 

やはり、最晩年は暖かい地方に住もう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


お花屋さんは、春。

2015-01-28 | スケッチ

朝、犬と散歩をしたら、とても寒かった。

 

あゝ、冬だ、寒い冬だ、と思った。

 

二月の寒さを思って、憂鬱になった。

 

が、町に出ると、お花屋さんは春だった。

 

明るい色の花が並び、近くで妖精が踊っているような雰囲気。

 

思わず、ピンクのバラを二輪買ってしまった。

 

冬の後には、必ず春が来る。

 

春よ来い、早く来い・・・・・・

 

フクシマにも中東にも春が来ますように・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


サレンダー

2015-01-26 | ポエム

サレンダー。

 

過去の記憶を、手放す。

 

現在の執着を、手放す。

 

未来の憂鬱も、手放す。

 

からっぽの心には、

 

自由が、やって来る。

 

愛も、飛んでくる。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


おばあさんの、おばあさん。

2015-01-25 | ポエム

おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、とたどっていくと、国境を越え、みんな、親戚になる。

 

おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんの、おばあさんは、再び、地球に生まれ変わって、みんなの傍にいるかもしれない。

 

子供たちよ、手をつなげ!

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」>より

 

 

 

 

 

 

日本の首相が、軍事関連の企業の人たちとイスラエルを訪問していた直後に、イスラム国という、過激派集団に拘束されていた日本人二人の殺害が予告された。

 

ネットでは、イスラム法学者の中田考さんが、日本外国特派員協会における記者会見で、流暢なアラビア語で何かを訴えている映像を見ることができる。

 

映像は、イラクなどのテレビで流れたらしいが、公安の監視下にある彼に、日本政府から協力の要請はないようだ。(政府の中には、彼の人脈で人質が解放されたら困る人がいるのではないか、と内田樹さんがツイートしていた)

 

ネットでは、イスラム国初期の段階ではモサドやCIAが関与していた、という噂や、拘束されている、民間軍事会社を設立した湯川さんは日本政府に利用されたスパイだったというような話まであり、何がほんとうなのか、さっぱり分からない。

 

 

フランスでも、1月7日、挑発的な風刺画で有名な、シャルリー・エブド本社が襲撃され、12人が殺害され、その後、パリ東部のユダヤ食品スーパーでテロがあった。

 

犠牲者を追悼する行進と表現の自由を訴える集会はフランス全土に広がった。

 

ノートルダム寺院も哀悼の鐘を鳴らし、パリの行進には、キャメロン英首相やドイツのメルケル首相など40人以上の各国首脳が参加した。

 

けれど、首脳たちは安全な場所に集合し、あたかも市民の行進に参加したような映像が世界中に配信された。

 

治安上仕方がないのだろうが、釈然としない。

 

テロは許されるべきではない。

 

が、16億人以上の信徒がいる宗教の預言者を揶揄し続ける、挑発的で過激な風刺もどうかと思う。

 

また、テロの背後には、中東を分断し世界を分断して第三次世界大戦を起こしたいような勢力もあるような気もする。

 

中東の混迷は度合を増してきた。

 

今回、日本人がイスラム国に殺害予告されたことによって、政府が、日本を戦争ができる国にしませんように・・・・・・

 

日本人たちが無事解放され、中東にも平和が訪れますように・・・・・・

 

日本の、中東の、世界の、平和を切に願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


光の贈り物

2015-01-20 | ポエム

駐車場に、車が、並ぶ。

 

あちこちの窓に、光の玉。

 

光。光。光。光。光。

 

太陽からの、贈り物。

 

光の贈り物。

 

あゝ、本日は、晴天なり。

 

本日は、晴天なり。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


パトリック・モディアノ

2015-01-19 | 本・文学

2014年のノーベル文学賞は、フランスの作家、パトリック・モディアノ(1945~)が受賞した。

 

授賞理由は、「記憶の芸術で、最もつかみ難い人間の運命を想起させ、占領時の生活世界を明らかにした」ことによる。

 

かつて、モディアノは、「私は占領時代の汚物から生まれた」、「自分には有害な匂いが染みついている」、「占領時代は、闇屋とゲシュタポとそれに追いまわされる人たちから成り立っていた」などということをしばしば語ったそうだ。

 

彼の父、アルベールは、ギリシャ系のユダヤ人で、第二次世界大戦中にユダヤ人として登録をせずに、偽名を使って闇ブローカーとして生き延び、戦後もブローカーをし、家族を捨てたそうだ。

 

彼の母は、ルイザ・コルパンというベルギー生まれの女優で、ゴダールの「はなればなれに」という作品にも出演していたらしい。

 

が、彼女もまた子供たちをかえりみず、モディアノと弟、リュディは友人宅に預けられたり、早々と寄宿舎に入れられたりし、淋しい少年期を送った。

 

その上、弟は十歳で他界。

 

孤独で不幸な生い立ち、そして「置き去り」は彼の文学の根幹をなしているのかもしれない。 

 

「1941年。パリの尋ね人」しか読んだことがなかったので、ノーベル賞につられて、何か読んでみることにした。

 

本屋さんには、何冊かのモディアノの本が並んでいたので、作家で仏文学者の堀江敏幸さんが訳した「八月の日曜日」を選んだ。

 

パリに住んでいた時、デパートの前などで、露天のお立ち台に立ち、よどみなく喋りながら、安物の香水やスカーフや皮のコートを売っている人を見かけることがあった。

 

彼らは、みんな、胡散臭い雰囲気を漂わせていた。

 

「八月の日曜日」には、そういう得体のしれない人たちばかり登場する。

 

まっとうな職についている人は一人もいないのだが、不快感はない。

 

冒頭から、ニースの、露天のお立ち台に立ち、皮のジャケットを売っている、あやしい男、ヴィルクールと再会する「私」が登場する。

 

7年前、芸術写真を撮る「私」は、パリのマルヌ川岸で写真を撮っていて知り合った、ヴィルクールの妻、シルヴィアとニースに出奔した。

 

シルヴィアは、夫が母に買わそうとしていた、大きなダイヤ「南十字星」を持って来ていた。

 

二人は、ニースの、かびくさいにおいのする家具付きのペンションに落ち着いた。

 

そして、二人は、「南十字星」を買ってくれる人を探した。

 

「私」とシルヴィアは、カフェで、近くのテーブルに座ったニール夫妻と知り合う。

 

テラスには彼らしかいなく、ニールが、タバコの「火はありますか」と尋ねてきてたのだ。

 

ニールはアメリカ人で、妻はコート・ダジュール育ちのイギリス人というふれこみで、二人は、外交官ナンバーの車を乗り回していた。

 

その夜、妻は、夜会服に毛皮のコートを着ていた。

 

彼らは、別荘代わりのヴィラに住んでいた。

 

小説の後半で、そのヴィラは1930年代に、ニールというアメリカ人が所有していたが、戦後、ヴィラは、アメリカ大使館に譲渡されていたことが明かされる。

 

シルヴィアが大きなダイヤを売りたがっていることを知ったニールが、「私」に、妻の誕生日に「南十字星」を買いたい、と言った。

 

彼らは、シルヴィアたちを港の向こうのレストランに誘った。

 

食後、ニールは、シルヴィアたちをカンヌに誘う。

 

「私」もシルヴィアも漠然とした不安を抱えていたが、車に乗った。

 

二人は、ころあいを見計らって下車するつもりであった。

 

途中、ニール夫人のタバコがなくなり、「私」がレストランにタバコを買いに行き、戻ってくると、車は消えていた。

 

「私」は、ニールを尋ねてあちこち彷徨する。

 

かつて、「私」たちの観光写真を撮った男との会話から、ニールは、アメリカ人ではなく、刑務所にも入っていたポールというニースの人間で、父親がかつてヴィラに住んでいたニールというアメリカ人の庭師をしていたことが判明する。

 

「私」は、警察の<家出人捜索課>に行くが、家族でなければ、捜索依頼はできないし、シルヴィアは「南十字星」を盗んでいた。

 

なにひとつ頼れるものがなくなった「私」は、一人で部屋に戻り、シルヴィアと知り合う数日前に、パリのマルヌ川岸で撮った写真を見た。

 

と、何気なく撮ったレストランのテラスの写真のテーブルに、ポールとヴィルクールが写っていたのだ。

 

ヴィルクールが母親に「南十字星」を買わそうとしていた時、「私」は、ポールという名が出てきていたことを思い出す。

 

シルヴィアは? ニール夫妻は? 「南十字星」は? みんな一体どこに消えたのだろう?

 

シルヴィアは、無事なのか?

 

小説には、新聞の三面記事をまめに追っていた「私」の注意を引いた記事のことが書かれている。「・・・通称モン・グロ道と呼ばれる場所で道路をはずれ、大破していた。車は炎上し、なかから完全な焼死体が二体発見された。身元の確認はできていない。」

 

小説の謎は何一つ明らかにされないで終わり、読者は「置き去り」にされる。

 

その上、小説は、事件(?)から7年後に、ニースで、主人公とヴィルクールが出会うところから始まっている。

 

その時、ヴィルクールは、シルヴィアとは結婚はしていなかった、と言う。

 

「八月の日曜日」は、ミステリアスで不思議な「20世紀」の小説だ。

 

昔、モディアノの「イヴォンヌの香り」が映画化されたのを観たことがあるが、怪しい人たちが美しく描かれていた。

 

ノーベル賞受賞を機に、彼の作品の映画化が増えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下北沢

2015-01-16 | 場所

写真は、2013年3月22日で消えた、古き良き時代の下北沢駅。

 

最後の日、小田急線の改札口では大勢の人が写真を撮っていた。

 

2005年から2007年ごろは、下北沢駅前再開発計画に反対する市民運動がそれなりに盛り上がっていたが、結局、住民の意思は無視され、駅の地下化が完成した。(現在も一部工事中)

 

お蔭で、開かずの踏切はなくなったが、小田急線の下北沢駅は地下深く潜り、井の頭線に乗り換えるのに6、7分かかるようになり、とても不便になった。

 

終戦直後そのままの雰囲気の、「下北沢駅前食品市場」も閉鎖され、駅周辺の風景もすっかり変わってしまった。

 

学生時代から、一体、何度この町を彷徨ったことか・・・・・・

 

小田急線と京王井の頭線が交差する下北沢には、山の手と下町が共存する一種独特の雰囲気が漂い、映画や小説の舞台にもなったことがある。

 

買い物をする老女に楽器を抱えた若者・・・・・・この町では普通の人とアーティストが仲良く共存する。

 

狭い路地には、昔ながらのお肉屋さんや八百屋さんと、おしゃれなブティックや雑貨屋さんが並ぶ。

 

純喫茶もあれば、おしゃれなカフェもあれば、セルフサービスの店もある。

 

クレープが流行ればクレープ屋さんが出現し、パンケーキが流行ればパンケーキ屋さんが出現する。

 

「野田岩」のような老舗の鰻屋さんもあれば、「王将」のようなチェーン店もある。

 

「無印」も「ユニクロ」もある。

 

1970年代ごろから、小劇場やライブハウスが増え、下北沢は、東京のオフブロードウェイとも呼ばれるようになった。

 

ライブハウスや貸しスタジオも多く、夕方になると、風変わりなボヘミアンたちでごった返す。

 

カフェ、純喫茶、食堂、レストラン、ファーストフードの店、飲み屋、バー、ライブハウス、小劇場、ビリヤード、ブティック、リフォーム屋、本屋、靴屋、スーパー、パン屋、コンビニ、銀行・・・・・・下北沢には何でもある。

 

かつては、銭湯もあった。

 

先日来日したジェーンが、友人オススメの、下北沢のHirokiというお好み焼き屋さんとBear Pond Espressoというカフェに連れて行って欲しい、とい言うので驚いた。

 

最近の下北沢は異国の人をも魅了するようだ。

 

そういえば、セガフレドのテラスはコーヒーを飲む外国人たちで賑わっていることが多い。

 

 

 

1970年代初頭、父がバンコクから東京に転勤になり、東京近郊に居を構えた。

 

一足先に帰国していたわたしも合流し、小田急線と中央線で大学に通うようになった。

 

通称シモキタの下北沢は、定期券で行ける町だった。

 

同じ沿線に住む友達としばしば途中下車をして、お茶をした。

 

就職しても、下北沢で途中下車をして、美容院に行ったり買い物をしたりした。

 

芝居が大好きだったので、時折、小劇場にも足を運んだ。

 

雑然としていて、おもちゃ箱をひっくり返したような町なのだが、老若男女が普段着で行き交い、居心地が良かった。

 

ヨーロッパに行く時は、もう下北沢とはお別れだ、と思った。

 

が、帰国後、結婚をした相手の家が偶然下北沢から徒歩圏内だったので、再び下北沢に行くようになった。

 

 

 

幾時代かが過ぎ、今は、下北沢から離れた町に住んでいる。

 

下北沢に行くには電車に乗らなければならないので、足が遠のいてしまった。

 

さらば、シモキタ・・・・・・さらば、青春・・・・・・

 

今度、ゆっくり行ってみよう・・・・・・<失われた時を求めて>・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


帽子

2015-01-15 | 色々な思い

夏のニースで、サンドレスを着て、つばの広い帽子を被って歩くと素敵だろう。

 

冬のパリで、カシミアのオーバーを着て、コサージュの付いた、同系色のウールの帽子を被ると「マダム」になった気分がするだろう。

 

帽子は、変身の小道具・・・・・・

 

ほんとうは、帽子が大好きだ。

 

ほんとうは、帽子を被りたい。

 

けれど、似合わないから、被らない。

 

先日、デパートの一階を歩いていて、帽子のセールに遭遇した。

 

いくつか被って、鏡の前に立った。

 

何だか変。

 

全く似合わない。

 

メガネとミスマッチ。

 

メガネをかけていても帽子が似合う人がいるのに、なぜかわたしは似合わない。

 

諦めて、買わなかった。

 

夏のセールでは、サングラスをかけて試してみようかしらん・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2015-01-14 | 色々な思い

電車で、スマートフォンをいじっている若い娘さんの手が目に入った。

 

真っ白で、ふっくらしていて、とても美しかった。

 

思わず、自分の手を見て、恥じた。

 

ぷくぷくしていた手の甲には血管が浮き上がり、ガサガサでシミだらけになっていた・・・・・

 

遅いかもしれないが、携帯用のハンドクリームを買い、日に数回塗ることにした。

 

 

 

写真の手は、高村光太郎の作品だ。

 

素描の「手と星」は、高村光太郎から有島武郎に贈られ、

 

有島武郎は、大正12年に、<手といふものがあんな神秘的な姿を持つてゐるものだとは・・・あれは又一個の群像でもありました>と書き送っている。

 

そういえば、ゴッホもセザンヌも手に魅せられていた・・・・・・

 

 

 

元解剖学者の養老孟司と建築家の隈研吾さんは、対談でこう言っている。

隈:握手で言えば、先生は以前、解剖では手が一番抵抗があるっておっしゃっていましたね。手には顔以上に、三人称も二人称に引き寄せる妙な力があるんじゃないかなって気がする。

養老:それは酒場でしょっちゅう言って間かせている。飲んでいる最中に、隣の男にこうやって手を握ろうとすると、すっ飛んで逃げるよ(笑)>

 

手は、不思議な器官だ。

 

わたし達は、祈る時には、手を合わせる。

 

強い霊力の持つ人が手をかざすと、病気が治ることもある。

 

手相は、大まかな運命を現わす。

 

また、掌には体の臓器と対応する様々なツボがあり、それらをもんだり、引っ張ったりすることで心と体と脳のバランスを整える、指ヨガというのもある。

 

 

 

色々な意味で、手は人を象徴しているのかもしれない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


かりかりトースト

2015-01-12 | 色々な思い

バラの絵が描いてある、昔のノリタケの大皿に、かりかりトーストと無農薬のリンゴを切ったものと屋久島のぽんかんを載せた。

 

かりかりトーストには、バターと麹ジャムをたっぷり塗った。

 

温かい紅茶には、豆乳を入れた。

 

たいてい、朝食は玄米おにぎりなのだが、久しぶりにかりかりトーストを頂いた。

 

かりかりに焼いたトーストを頂くたびに、昔住んでいた神戸を思い出す。

 

小学生の頃は、胃腸が弱かった。

 

時折、お腹をこわし、町のお医者さんのお世話になった。

 

もう名前も場所も覚えていないが(たぶん葺合区か灘区)、神戸のお医者さんはハイカラだった。

 

お腹が減ったら、かりかりトーストと紅茶。トーストにバターはつけたらあかん。紅茶には牛乳入れたらあかん。たくさん食べたらあかんよ。かりかりトースト食べて、紅茶飲んで、寝てたら治るわ・・・・・・乱雑な机の上でカルテを書きながらながら、お医者さんはそう言った。

 

それ以来、うちでは、お腹をこわすと、バターなしのかりかりトーストと牛乳なしの紅茶ということになった。

 

頭では何も食べないで寝る方が良い、と分かっているのだが、未だに、胃が弱っているな、と思うと、かりかりトーストに紅茶、というわたしがいる・・・・・・(習慣は恐ろしい・・・・・・)

 

いつの間にか、あの時のお医者さんより年を取ってしまった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


神田神保町

2015-01-11 | 場所

本の町として知られる、神田神保町は、学者、文筆家、学生、オタクが行き交う、ニッポンのカルチエ・ラタンだ。

 

三省堂、書泉、東京堂書店などの新刊書店に加え、150店以上の古書店が軒を並べる。

 

多くの古書店は、日の光で本が傷むことを避けて北向きに建ち、裏路地では、さぼうるなどの喫茶店が昔のままの姿で存在し、町には一種独特の雰囲気が漂う。

 

界隈には、岩波書店、小学館、集英社などの出版社もある。

 

一ツ橋近くには、如水会館や学士会館がある。

 

御茶ノ水の方に行くと、作家先生たちが缶詰になる山の上ホテルがある。

 

おしゃれなブティックはないが、インテリゲンチャに必要なものは全て揃っている。 

 

食べ物屋さんも多い。はちまきなどの天ぷら屋さん、エチオピアなどのカレー屋さん、定食屋さん・・・・・・

 

魯迅ゆかりの店や周恩来ゆかりの中華料理店まである。

 

ドトールやスターバックスや上島珈琲店などもしっかり進出して来ている。

 

東京パークタワーなどのビルの一階にはモダンなカフェやレストランがある。

 

ごった煮になってしまったが、何とか独特の雰囲気は維持されている。

 

学生時代は、よく岩波ホールで映画を見た。

 

結婚後は、明倫館書店に行って放心亭でビールを飲む夫に付き合うことがあった。

 

今は、月に1、2度、書学院に通っている。

 

たいてい神保町駅で降り、白山通りを水道橋の方に向かって歩く。

 

時折、路地に迷い込み、不思議な画廊やレトロな飲み屋さんに遭遇する。

 

散策をする暇はないのだが、さぼうるや東京堂カフェで軽食を取ることがある。

 

けれど、日曜日に来た時に、すずらん通りが閑散としていて、驚いた。

 

最近のすずらん通りは、チェーン店やファーストフードの店に浸食され、ホテルまで建ち、「古き良き時代」がどんどん消えている。

 

本を読む人が減り、出版業界は不況で、本を買う人もアマゾンなどネットを利用することが多い。

 

それでも、本の町、神田神保町には生き延びて欲しい・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジャン=フィリップ・トゥーサン

2015-01-09 | 本・文学

小説を読まなくなって久しい。

 

最近は、小説における「リアル」や登場人物たちのエゴに違和感を覚えるのだ。

 

もう何年も小説の本を買っていない。

 

が、先日、発作的に、昔愛読したジャン=フィリップ トゥーサンの、「マリーについての本当の話」を買ってしまった。

 

ジャン=フィリップ トゥーサンは、1957年生まれのベルギー出身の作家・映画監督で、フランスで活躍している。

 

パリに居たころ、デビュー作の「浴室」が映画化され、話題になっていた。

 

彼は、淡々とした文体で、細部にこだわり、奇妙なおかしさを醸し出す、「ミニマリズム」の作家として、時代の寵児となっていた。

 

が、最近は、丁寧な心理描写も書くようになったようだ。

 

日本語訳は、すべて、仏文学者の野崎歓さんが手がけていて、簡潔な訳文がトゥーサンの作品と合っている。

 

トゥーサンは日本びいきで、しばしば日本を訪れ、作品にも日本が出てくる。

 

今、「マリーについての本当の話」を読んでいる途中だが、

 

マリーとジャン=クリストフ・ド・Gの<二人は一月に東京で出会ったのだ。品川の<コンテンポラリー・アート・スペース>で、マリーの展覧会のオープニングが開かれたときのことだった。>と、東京が出てくる。

 

思わず、1999年の品川の原美術館における、前衛アーティストの、ソフィー カルの写真と文章による「極限性激痛」という展覧会を思い出し、わたしの脳裏の中で、マリーとソフィー カルのイメージが交錯してしまった・・・・・・

 

今はシンドイが、昔は前衛アーティストの展覧会に行く元気があった・・・・・・なぜか、ソフィー カルの写真とテキストによる本「ほんとうの話」の訳者も野崎歓さんなのだ・・・・・・

 

「マリーについての本当の話」は、まだ三分の一しか読んでいない。

 

けれど、訳本44ページの、<手とまなざし、人生で問題になるのは結局それだけなのだ、愛においても、芸術においても。>という文章に遭遇し、うれしくなった。

 

珠玉の一行に出合うだけで、幸せになれるわたしがいる・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ウチの犬

2015-01-08 | 動植物

メルシーは、10年前に老母の家にやって来た。

 

名前は、わたしが付けた。

 

フランス語で、ありがとう。

 

お蔭で、ありがとう、という言葉をほとんど言わなかった老母が、毎日、何度も何度も、メルシー(ありがとう)と言うようになった。

 

犬が来た頃、老母は、まだ70代でとても元気だった。

 

柴犬だと散歩の時に引きずられるけれど、トイプードルなら大丈夫だ、と思った。

 

が、甘かった。

 

もうすぐ85歳になる老母は、緑内障を悪化させ、視覚障害で要介護2になり、朝の散歩はわたしがすることになってしまった。

 

一年ほど、夜、泊まりに行き、朝、犬の散歩をし、家事をして自宅に戻り、また夜、泊まりに行く、と言う日々が続いた。

 

が、幸いなことに、近くのケアセンター内にあるNPOで、週3回、犬と老母の散歩をしてくださる方が見つかり、毎日行くことにかわりはないが、週3回は自宅で寝れるようになり、ほっと、一息。

 

ありがとうの、ありがとう。

 

お天道さま、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ヨソの犬

2015-01-07 | 動植物

歩いていると、大きなプードルに遭遇した。

 

飼い主は、スーパーで買い物でもしているのだろう。

 

kawaiiのでスマホをかざして写真を撮ろうとしてら、反対側を向かれてしまった。

 

飼い主だと、尻尾を振って飛びついてきただろう・・・・・・

 

それでも写真が撮りたかったので、反対側に回って、いい子だねえ、と言いながら、写真を撮った。

 

プードルは、頭が良くて、活動的で、ヨーロッパでは水辺の猟犬や介助犬として活躍したそうだ。

 

サーカースなどでも人気がある。

 

日本には、1949年に初めてアメリカから輸入されたらしい。

 

現在、トイプードルは、人見知りしないし毛が落ちないので、家庭で飼われる犬の人気NO1なのだそうだ。

 

けれど、ニッポンには柴犬や秋田犬が似合うような気がする・・・・・・ねえ、ハッチ・・・・・・