らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

今どきの子供・・・・・・

2014-11-30 | 色々な思い

電車に乗って、ぼんやりと車窓を眺めていた。

 

と、傍にいた、制服姿の、二人の少女たちの話が聞こえてきた。

 

二人は、手書きの、何十枚かのレポート用紙を手にして、日本史のことを話していた。

 

一人が、自信に満ちた表情で、レポート用紙も見ずに、鎌倉時代のことをぺらぺら話し始めた。

 

もう一人は、自分のレポート用紙を見ながら、時折、するどい質問をした。

 

わたしは、感心しながら、自分の無知と教養のなさを恥じた・・・・・・

 

電車を降りて、バスに乗った。

 

と、今度は、近くに座っていた中学生ぐらいの女の子が、ノートをめくっているのが見えた。

 

ノートには、難しそうな英文の構文がぎっしり書いてあった。

 

お受験のせいもあるかもしれないが、子供たちは、熱心に勉強する子とそうではない子たちに分かれてきているような気がした。

 

熱心な子供たちは、ほんとうに熱心なのだ。

 

そして、ネットサーフィンをしていて、中島芭旺くんという9歳の男の子のツイッターやfacebookを見て、さらに驚いた。

 

彼は、ツイッターでは下記のように呟き、

<僕がこうなるって信じてたらいつの間にか良いタイミングでそうなってた。決めてやるだけなんだ!>

 

<好きなことを仕事にした方がいい、そうなるためのチャンスはいくらでもある「自分の面白そうだな」と思うチャンスをつかめばいい、やってみて嫌だと思えば他のチャンスを選べばいい、本当にただ死ぬまでの間にチャンスを掴むだけ。>

 

facebookでは下記のように呟いていた。

 

<人間は不足してることを探すののプロだなぁ

全部あるのに!
あるって事に気付くだけなんだ!

...

ってママに言ったら
「じゃあ、あなたはどうして勉強会にわざわざ行くの?」って聞かれた!すごい痛いところつかれた!!

僕は楽しそうだから行きたい!
僕は遊園地とか公園とか動物園には興味無いけどセミナーとかは自分の頭の中で遊べるからワクワクして楽しい!
ゲームと一緒!
ワクワクして楽しいから!>

 

大人顔負けの呟き・・・・・・

 

芭旺くんは、自分の意思で、小学校には通学せず、自宅学習という方法で生活している。

 

「世界算数」に参加したり、ホリエモンサロンに参加したり、茂木健一郎さんの勉強会(難しい英語の資料が配られる)に通ったりしたりして、自分の意思で小学校には通学せず、自宅学習という方法で生活しているのだ。

 

彼のような子供たちが大人になったとき、世界は大きく変わっているかもしれない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジジさまババさま喫茶

2014-11-28 | スケッチ

昔は、コーヒーを愛飲していた。

 

けれど、今は、家ではコーヒーを飲まない。

 

喉が渇くと、別のものを飲む。たんぽぽコーヒー、穀物コーヒー、有機の紅茶、ハーブティー、柿の葉茶・・・・・・

 

外でも、たいてい紅茶を注文する。

 

けれど、たまに、おいしいコーヒーが飲みたくなる。

 

久しぶりにウルトラマン商店街に行ったので、自家焙煎の珈琲店に入った。

 

店内には、コーヒーの香りが漂っていた。

 

席に着くと、温かいタオル地のおしぼりとお水が運ばれてきた。

 

久しぶりに遭遇するタオル地のおしぼりで手を拭き、コーヒーを注文し、辺りを見回して、驚いた。

 

わたしもババさまなのだが、店内は、ジジさまババでさまで占められていた・・・・・・

 

新聞を読むジジさま・・・・・・友達とおしゃべりをするババさま・・・・・・

 

まるで老人ホームの喫茶室。

 

みんな常連なのか、店に入って来ると、顔見知りに挨拶をし、マスターに「いつもの」とだけ言って座る人もいた。

 

マスターと最近来ない人の噂話をしている人もいた。

 

スターバックスとは全く違う雰囲気。

 

それでも久しぶりに飲む「正しく」入れたコーヒーは喉に心地よく、手帖を見ながら、今日するべきことを考えていた。

 

と、どこからか、タバコの煙が漂ってきた。

 

一人のジジさまがタバコをぷかぷか吸い始めたのだ。

 

昔ながらの純喫茶は、禁煙ではない。

 

若い頃は、トレンチコートを着たハンフリー・ボガートの喫煙姿に憧れ、プラットホームで見かけた、缶入りピースを持った和服姿の男性を、まあ素敵、と思った。

 

けれど、今は、たとえハンフリー・ボガートでも和服の男性でも、目の前でタバコを吸い始める人がいたら、逃げ出すだろう。

 

少し時間があったので、本を読むつもりだったが、コーヒーを飲み終わると、そそくさと店を後にした。

 

再び雨になるのか、空はどんよりと曇っていた。

 

歩くと、お気に入りのマフラーから、微かにタバコの匂いが漂ってきた・・・・・・

 

 

・・・・・・ブリュッセルにいた時(当時はまだカフェに禁煙席はなかった)、あるカフェで大きな木のテーブルに座って、イザベルとおしゃべりをしていたことがある。

 

その大きなテーブルに一人の老人が座り、タバコを吸い始めた。

 

イザベルとわたしは顔を見合わせ、二人でこれ見よがしに立ち上がって店を後にした・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


オババさま達

2014-11-26 | スケッチ

実家のオババさまと話していて、「やれやれ」と思うことがあった。

 

「やれやれ」を引きずりたくなかったので、帰宅途中に、上島珈琲店に入った。

 

読んだり書いたりして集中すると、嫌なことは忘れてしまう。

 

店は混んでいた。

 

70代後半から80代前半の、二人のオババさま達がおしゃべりしている隣の席しか空いていなかった。

 

今日は、オババさまデイか・・・・・・

 

席について詩集を読み始めたが、隣のオババさま達の元気な声が聞こえてきて、集中できなかった。

 

二人とも、毎週、水泳とコーラスと絵画教室に通っていて、それぞれがお教室のことを話したり孫のことを話したりしていた。

 

突然、一人のオババさまが、しみじみと言った。この齢になると、どこへ行っても一番年上なのよ。

 

もう一人も同意した。わたしもそう、90歳を過ぎると仕方ないかもね。

 

もう一人が続けた。けれど、いいこともあるわ。この間、朝早く起きて、みんなで鎌倉に写生に行ったんだけど、みんなが荷物を持ってくれるのよ。

 

わたしは、詩集から目を離して、二人を見た。

 

どう見ても、90歳に見えなかった。

 

二人のオババさまは、共通の知人の噂話などをひとしきりし、次回会う約束をし、席を立って帰っていった。いつもの所ね、忘れないでね。

 

シャキッとしたオババさま達が立ち去り、詩集に集中し始めると、二人の婦人が隣の席に座った。

 

老人介護の現場にいるらしい二人は、施設にいる様々な年寄り達のことを話し始めた。

 

認知症の年寄り達の介護は、とても大変そうだった。

 

元気で天命をまっとうする人もいれば、認知症になったり病気になったりする人もいる。

 

運命なのだろうか・・・・・・

 

習慣が運命となってしまうのだろうか・・・・・・

 

わたしは、詩集をリュックにしまい、店を後にした。  

 

 

ローマ法王フランシスコは、25日、ストラスブールの欧州連合(EU)欧州会議において、「今は欧州は老けて、やつれてみえる」として再活性化を呼びかけたそうだ。

 

国民が老けると国も老けるが、それは社会の成熟にも結び付く。

 

社会の再活性化には、経済成長を声高に叫ぶ、大量生産・大量消費・大量破棄の社会ではなく、もっと成熟したモデルが必要なような気がする。

 

いつになったら、わたし達は、競争や所有という概念がなく、戦争や軍隊や兵器や原発のない、ほんとうに成熟した文明社会を築くことができるのだろうか・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


対話

2014-11-22 | ポエム

女: キャ、キャ?

 

男: キャ、キャ。

 

女: キャ、キャ、キャ?

 

男: キャ、キャ、キャ。

 

女: キャ、キャ、キャ、キャ?

 

男: キャ、キャ、キャ、キャ。

 

女: キャ、キャ、キャ、キャ、キャ?

 

男: キャ、キャ、キャ、キャ、キャ。

 

女: キャーーーーーーーーーッ!!!

 

男: ???

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

 

 

 

 

高倉健さんはどんなことを語っていたのかと思い、グーグルで動画を検索して、いくつか昔のインタビュー番組を見た。

 

美人キャスターやインタビュアーは、みんな満面の笑顔でインタビューをしていたが、時折、対話がかみ合わなかったり沈黙があったりして、面白かった。

 

高倉健さんの妻だった江利チエミさんは、一世を風びした歌手だったが、サザエさんの役が似合う、コミカルな方でもあったようだ。

 

美人女優と並ぶと絵になる美しい男優は、案外、ああいう感じの人と会話が弾むのかもしれない。

 

並んだ写真には屈託のない笑顔が写っているが、離婚していたとはいえ、江利チエミさんの不幸な死が、彼の演技や立ち振る舞いに「孤独」の影を落としたような気がする・・・・・・

 

最近の俳優は、あるがままで、ブログやFacebookやツイッターで私生活を公開するから、私生活をベールに包んで孤高を保つ映画スターは、高倉健さんで最後かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジャッジ

2014-11-21 | ポエム

あの政治家は、うさんくさい。

 

あの学者は、専門バカ。

 

あの医者は、ヤブ。

 

あの店は、マズイ。

 

あの男は、非常識。

 

あの娘は、趣味悪い。

 

ジャッジ。ジャッジ。ジャッジ。

 

ジャッジすると、ジャッジされる。

 

測ると、同じ物差しで、測られる。

 

今日、「わたし」は、物差しを、折った。

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 

物差しを折ったのに、安倍政権をジャッジする「わたし」・・・・・

 

再び、多額の税金が使われる、選挙・・・・・・

 

「わたし」達が目覚めて、アメリカから独立するか、アメリカが変わらない限り、何度選挙をしても、どの政党が与党になっても、「わたし」達が主権在民になることはないのではないかしら・・・・・・

 

地球が進化し、神化しますように・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「昭和」、逝く。

2014-11-19 | 色々な思い

昭和の大スター、高倉健さんが亡くなった。

 

若い頃は前衛的なものが好きで、任侠映画は苦手だったから、「幸福の黄色いハンカチ」と「ブラック・レイン」しか見たことがない。

 

「ブラック・レイン」はパリで見た。

 

2本しか見ていないのに、「昭和」が逝ってしまったようで、とても寂しい。

 

俳優にとっては、自分自身の肉体とスピリットが「素材」であり、役になりきっても、本人が顕れてくる。

 

高倉健さんは、朴訥で不器用だが、礼儀正しく、筋を通し、情に厚い、日本男児の鏡のような俳優で、戦後の昭和の良い面を体現していたような気がする。

 

彼からは、「男の切なさ」オーラが出ていた。

 

ずいぶん前に、中国雲南省の昆明から小さな飛行機に乗って、世界遺産である麗江古城のある町に行ったことがある。

 

麗江の空港に降り立つと、高倉健さんの巨大な看板があり、唖然とした。

 

2005年のチャン・イーモー監督の映画、「単騎、千里を走る」のロケが雲南省で行われ、かの地で彼は熱烈に歓迎されたのだった。

 

その時、初めて知ったのだが、俳優・高倉健は中国でもスーパースターだった。

 

映画「君よ憤怒の河を渉れ」は、文化大革命が終わった後、初めて上映された外国の映画で、中国では大変なブームになったそうだ。

 

今回、中国では、高倉健死去のニュースが速報となり、追悼番組が組まれたり外務省が追悼の意を表したりした。

 

改めて、文化、芸術、科学の分野では国境はない、と思った。

 

いつの間にか、彼は、日中の、幻の、孤高の「父性」を体現しする俳優になっていたのかもしれない・・・・・・

 

 

 

 

故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シナモンスティック

2014-11-18 | スケッチ

老母の知人のご主人がインドネシアに出張し、長さ1メートル近くもあるシナモンスティックの束を頂いた。

 

が、彼女の息子さんが、匂いに耐えられないから何とかして欲しい、と言った。

 

で、彼女は、タイに住んでいた母ならば喜ぶかもしれないと思い、捨ててもいいから貰ってください、と持ってこられた。

 

老母は、大喜び。

 

わたしも、料理用の5センチぐらいのシナモンスティックしか見たことがないから、喜んだ。

 

けれど、多すぎる。

 

早速、お菓子作りの名人が大喜びすると思って、メールをし、欲しい? と尋ねた。

 

と、お菓子にはシナモンパウダーを少々使うだけ、と笑われた。

 

それでも、1、2本ならクリスマスの飾りに使わせてもらう、と返事が来た。

 

シナモン(シノニム)はクスノキ科の常緑樹で、香料はその樹皮から作られ、ニッキとも呼ばれる。

 

生薬として使用する場合は、桂皮と呼ぶそうだ。

 

世界最古のスパイスの一つで、BC4000年頃からエジプトではミイラの防腐剤として使われたとか・・・・・・

 

老母は、寝室の花瓶に入れて喜んでいる。

 

わたしは、「わたし」の防腐剤として、自宅のキッチンの花瓶にオブジェのように立てかけた。

 

と、シナモンロールやアップルパイの中に入り込み、チャイのシャワーを浴びたような気分になった・・・・・・

 

晩年、シナモンの香りを嗅ぐと、シナモンスティック・オブジェを思い出すだろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


土地の記憶

2014-11-13 | スケッチ

穏やかな秋の日差しを浴びながら、郊外の街を歩いていた。

 

更地だった土地に、いつの間にか家が建っていた。

 

遠い昔、そこには平屋があって、小柄な老女が一人で暮らしていた。

 

時折、門の傍にぽつねんと立っていた。

 

そのうち、老女が消え、家が消え、更地になった。

 

その土地は、長い間、更地だった。

 

何十年も更地だった。

 

まるで、老女が新しい人を拒んでいるような印象すら与えた。

 

そこに新しい家が建ち、若い家族が住み始めた。

 

その土地には、過去の家の記憶が、老女の記憶があるのだろうか・・・・・・

 

昔は、家を建てる時には地鎮祭をして土地の神さまを祀ったが、あの家の持ち主は地鎮祭をしたのだろうか・・・・・・

 

 

パリに住んでいた頃、この街はフランス革命を記憶しているかもしれない、と土地の記憶を想像しながら石畳の街を歩いたことがある。

 

何となく、土地には記憶が宿るような気がする・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


イノセントへの憧憬

2014-11-11 | 色々な思い

イノセントであることに、憧れる。

 

頓馬な、ナイーブではなく、イノセント。

 

あるがままで、イノセント。

 

長い間、三次元の世間に生きていると、カルマや塵芥が蓄積し、少々の浄化ではピュアになれない。

 

会話をしていて、相手のしたたかさに戸惑うことがあるが、それは、結局、自分も同じしたたかさを持っていてそれに感応していることにすぎない。

 

たまに、赤子のイノセントな微笑みに遭遇すると、あゝ、わたしもかつて地球に顕れたときは、イノセントだったのだろうなあ、と思う。

 

イノセントで愛と調和に満ちた人になりたい、と思うのだが・・・・・・まだまだ「我」が強くて好き嫌いもある・・・・・・

 

年を取って、純真無垢な心であちらに帰還したい、と思うようになった今日この頃・・・・・・

 

と、突然、イスラエルの修道院にいる友人のシスターから頼まれた、と見知らぬ人から、キリスト教関係の本が三冊送られてきた・・・・・・

 

あのう・・・・・・ちょっと違うんですぅ・・・・・・と独りごちる「わたし」・・・・・・それでも、カバーをつけてバッグに入れた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


てにをは・・・・・・

2014-11-10 | ポエム

わたし(ッ)・・・・・・ヨシコ。

 

わたし・・・・・・ヨシコ。

 

わたし・・・・・・ヨシコ。

 

わたし・・・・・・ヨシコ。

 

天(て)、仁(に)、遠(を)、波(は)・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「詩の練習  特集 吉増剛造」

2014-11-09 | 本・文学

好きな文筆家は、マルセル・プルーストと須賀敦子と吉増剛造。

 

10冊位しか読んでいないが、詩人の吉増剛造さんの書かれた作品には、たとえ知識や左脳がついて行けなくても、魂や右脳が感応し、ワクワクしてしまう。

 

書家の石川九楊さんは、「詩のライフル犯・吉増剛造は砲台に、原始歌謡、呪文、祝詞、漢詩、万葉歌、和歌、連歌、俳諧、川柳、狂歌、短歌、俳句、近代詩、ダダ、戦後詩、絢爛たる中世歌、神秘歌、雅歌、艶歌、ポップ歌謡、さらには哲学、数学、手紙、日記、メモ、聖書、朗読、声、身振り、手振り、表情、細胞の動き、打字、書字、文字、漢字、平仮名、片仮名、アルファベット、約物・・・・・・ありとあらゆる言葉を並べて、銃に込め、連発する」と書いていたが、全くその通り。

 

吉増剛造さんは、スーパー・インテリゲンチャなのに、宇宙と繋がったマルチのアーティストでもあり、彼の詩集や映像詩は世界中のファンを魅了する。

 

個人的には、ノーベル文学賞を受賞されればいいのに、と思っている。

 

一年間、月に一度、工学院大学オープンカレッジで、吉増剛造さんの「詩学講座 無限のエコー」を受講した。

 

そこでは、毎回、資料とともに、色分けされた、米粒のような小さな小さな字で書かれ、日付や固有名詞が散りばめられた、詩のような日記のようなエッセイのような評論のような「作品」のカラーコピーが配られれ、それを詩人自らが朗読された。

 

映像を見る機会にも恵まれた。

 

緊張感の伴う贅沢な「キセキ」の「お教室」で、改めて「聖なる怪物」である詩人の知識と感性に感服した。

 

また、たまたまバッグに入っていた詩集のことが話題になったり、前日考えていたことが話題になったり、と毎回シンクロにクラクラし、詩人は霊能者かシャーマンか、と思うこともあった。

 

「お教室」では、申告すれば、誰もが10分適度の発表が可能で、若いGozo  Childrenの発表はとても面白く、詩人も若い人たちの発表を楽しんでいらした。

 

最後の「お教室」の後、打ち上げに向かう、親子ほど年の違う若いクリエーターたちに、バイバーイ、と手を振ったら、みんなで手を振ってくださって、ほのぼのとした気分で新宿を後にした。

 

「お教室」も終わってしまい、詩的な刺激もなくなっていたところに、「詩の練習」特装版が届き、驚いた。

 

何ケ月も前、「お教室」で、若き詩人の菊井崇史さんが、「吉増剛造 特集」をする小樽の詩誌を希望する人は住所を書いておいてください、と言われ、住所を書いたことを忘れていた。

 

Gozo Childrenの律義さに感激。

 

「詩の練習」に掲載されている、吉増剛造さんの詩、”それ、その、夢のトンネルよ”には、「オシリス、石の神」を書かれた時の旅と同じトポスで、約30年後に起きた不思議なトンネル消滅の事が夢のような文体で書かれていて、ファンにとってはタマラナイ特集号となっていた。

 

 

 

 

 

 

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ゆで卵

2014-11-08 | スケッチ

駅のキオスクの前を通ったら、ゆで卵が目に入った。

 

と、昔むかし、新幹線が出来る前の旅が甦ってきた。

 

旅をして、列車が大きな駅に停まると、お弁当屋さんが、車窓に駅弁を売りに来た。

 

お弁当の他に、お茶や網目のビニール袋に入ったゆで卵やミカンも売っていた。

 

ゆで卵は、ニッポンの、旅の友だった。

 

ゆで卵は、喫茶店のモーニングセットの友でもある。

 

何となく、外でゆで卵を食べることは、日本的な習慣の一つだと思っていた。

 

だから、1980年代後半、おしゃれなパリの空港のカフェで、ゆで卵が売られていて、

 

それを美味しそうに頬張っている、粋なフランス人を見た時は驚いた。

 

バゲットのサンドイッチには、輪切りのゆで卵がよく使われているが、あちらの人は外ではゆで卵など食べないだろう、と思っていた・・・・・・

 

あゝ、ゆで卵・・・・・・ゆで卵は普遍。

 

昔むかし、イースターに乗った飛行機で、色の付いたゆで卵をもらったことがある・・・・・・

 

一生懸命、それを食べたのか持って帰ったのか思い出そうとしたが、思い出せなかった・・・・・・

 

「昔むかし」がどんどん消えてゆく・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


子だくさん

2014-11-05 | スケッチ

プラットホームで電車を待っていた。

 

と、5人の子供を連れたお母さんが傍に来た。

 

お母さんは、リュックサックを背負い、花模様の大きなトートバッグを持っていた。

 

小ざっぱりした格好をした、顔や雰囲気の似た子供たちは仲が良かったが、とても賑やかだった。

 

1、2歳違いの5人の子供たち・・・・・・

 

わたしには子供はいないし、友人たちの子供も一人っ子が多いので、5人も育てるのは大変だろうなあ、と感嘆しながら彼らを眺めていた。

 

と、突然、お母さんが、「あのう・・・・・・全員がわたしの子ではないんですけれど・・・・・・」と話しかけてきた。

 

わたしは、突然話しかけられたことに狼狽しながら、「えっ・・・・・・そうだと思ってた・・・・・・」と言った。

 

お母さんは、「何となく、そう思われているなぁ、と思ったの」と笑った。

 

そして、なぜか、二人で爆笑した。

 

わたしは、口を開けてポカンと眺めていたのだろうか・・・・・・