らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

パスワード

2014-10-30 | 色々な思い

現在使用しているパソコンは、正しいパスワードを入力すると、「ようこそ」という文字とともに、画面が現われる。

 

このブログの投稿欄を開くのにも、パスワードを入力する必要がある。

 

クレジットカードの画面を見るのにも、デジタルの新聞を読むのにも、パスワードがいる。

 

キャッシュカードや宅配ボックスでも、暗証番号が必要だ。

 

スマートフォンでも、ネットワーク・パスワードを要求されることがある。

 

最初は同じパスワードを使用していたが、定期的に変更を要求されるものもあって、今では色々なパスワードを使いわけている。

 

と、しばしば間違える。

 

画面に、パスワードが違います、などという表示が出ると、犯罪者になったようで、動揺してしまう。

 

パスワード、パスワード、パスワード・・・・・・

 

もともと固有名詞や番号を覚えるのが大変苦手なので(未だに自分の携帯の番号が言えない・・・・・・)、苦労している。

 

筆箱の蓋に、パスワードを書いたポストイットをペタペタ貼っている。

 

 

あちらの世界に帰還した時に、パスワードを要求されたら、わたしの魂は永遠に彷徨ってしまうだろう・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


神田古本まつり

2014-10-28 | スケッチ

所用で、地下鉄に乗って、神田神保町に行った。

 

地上に出ると、恒例の「神田古本まつり」が開かれていた。(10月25日~11月3日)

 

平日なのですいていたが、裏通りには、リュックを背負った、元祖オタク風のおじさん達が古本をあさっていて、「さぼうる」などの老舗の喫茶店には列が出来ていた。

 

かつては、鴎外や漱石や子規などの文士が闊歩した、本の街、神保町。

 

今は、小さな本屋さんが消え、わたしが学生だった頃よりも元気がない。

 

日曜日は閑散としている。

 

大好きな東京堂も、店舗が一つになり、カフェを併設している。

 

文豪たちが愛した、天ぷら屋さん「はちまき」の隣にはホテルが建設中で、天ぷら屋さんの古びた建物は、踏ん張っている昭和のイメージ。

 

それでも、明治14年に古本屋さんとしてスタートした、三省堂書店などは、ビルになったものの昔と同じ場所でがんばっている。

 

読書家ではないが、図書館や本屋さんに行くとほっとする。

 

だから、神保町は好きな街の一つでもある。

 

所用を済ませ、東京堂でセールになっていた、新品の古い詩集を買って、神保町を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ハロウィン

2014-10-27 | スケッチ

お好み焼き屋さんの前を通ったら、ハロウィンの飾り付けがしてあった。

 

商店街では、週末に、仮装行列もあったそうだ。

 

ハロウィンのイベントは年々派手になっているが、個人的には、あまり好きではない。

 

ある種の不気味さを感じてしまうのだ。

 

ロシア正教会では、ハロウィンを「死のカルト」という司祭もいるそうだ。

 

今ではアメリカなどで大衆的なお祭りになっているが、10月31日のハロウィンはもともとケルトのお祭りだ。

 

古代ケルトの1年の終わりは10月31日で、この夜は、死者の霊が家族を訪れると信じられ、人々は悪霊から身を守るために仮面を被り、焚火を炊いたそうだ。

 

それが、現代では、カボチャやカブの中身をくり抜いたランタンに火を灯し、お化けなどに仮装した子供たちが、「Trick or treat」(いたずらかお菓子か)、とお菓子をねだりながら、近所の家を訪れるお祭りになった。

 

ハロウィンは、近年、なぜか、ニッポンの都会で定着してしまった。

 

10月になると、至る所に、カボチャ、カボチャ・・・・・・。

 

カボチャまんじゅうまである。

 

わたし達、ニッポン人は無節操なのか寛大なのか・・・・・・・。

 

来月は、ボージョレ・ヌーヴォーと騒ぎ、再来月は、クリスマス・・・・・・。

 

もう幾つ寝るとお正月・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


てふてふ

2014-10-26 | 動植物

黄色いチョウが飛んでいた。

 

チョウの周りだけ、異次元のようだった。

 

キリスト教では、チョウは復活の象徴。

 

日本でも、チョウは死者の化身という人がいる。(そういえば、近しい人が逝った時、やたらチョウに遭遇した。)

 

夏の黒いチョウには仏が乗っている、という言い伝えがある地方もあるそうだ。

 

チョウは、卵、幼虫、蛹、成虫と完全変態をし、まったく違う姿になり、詩人やアーティストやスピリチュアルな人々にインスピレーションを与える。

 

けれど、わたし達は、チョウは愛でても、アオムシ、イモムシ、ケムシなどの幼虫は嫌う。

 

チョウの絵を描くのが好きだった母も、庭のみかんの葉にアオムシがいると、殺してしまう。

 

好きなだけ食べれさせればいいのに・・・・・・。

 

チョウを見ると、覚醒し、蛹からチョウになって、時空を超えて飛び立ちたい、と思う・・・・・・。

 

けれど、まだ蛹の前のアオムシだったらどうしよう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


でんでんむし

2014-10-25 | 動植物

<でんでんむしむし かたつむり

 お前のあたまはどこにある

 つの出せやり出せあたま出せ・・・・・・

 

ナメクジがお家をしょったら、でんでんむし・・・・・・。

 

道で、でんでんむしに遭遇した。

 

ゆっくりゆっくり、気が遠くなるような速度で動いていた。

 

車が多く、ぺちゃんこなったカマキリなどをよく見かける道なので、でんでんむしをつまみ上げ、脇の茂みに置いた。

 

でんでんむしの恩返しがあるかしら・・・・・・。

 

 

フランス人は、でんでんむしが大好きだ。

 

エスカルゴは、リンゴマイマイ科のでんでんむし。

 

友人とフランス人の家に行ったら、エスカルゴやカエルが出てきて、困ったことがある・・・・・・。

 

当時はまだお肉を食べていたが、牛の舌や内臓の料理や血の入った腸詰などもは、食べれなかった。

 

加工されたものなら食べてしまったのだろうが、何であるか聞いてしまうと、イメージが湧き、食べれなかった。

 

何でもガツガツ食べる人と思われているのだが、人は見かけによらないのだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


工事現場の花 (2)

2014-10-24 | スケッチ

先日のブログで、工事現場の花の事を書いた。



再び、現場の前を通ったら、植木鉢が見えた。

 

ペットボトルに花を活けていたのではないのか・・・・・・。


近くで写真が撮りたくて、表に回り、現場の人たちが打ち合わせをしているテントの傍に行って、一人のおじさんに言ってみた。すみません、植木鉢の写真、撮っていいですかぁ?

 


おじさんは、ちらっとこちらを見て、ああ、いいよ、と言い、仕事に戻った。



私は、植木鉢の傍に行き、携帯で写真を撮り、そそくさとその場を後にした。

 

現場の花・・・・・・。どんなおじさんが置くのだろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


心はどこにあるの?

2014-10-22 | ポエム

心はどこにあるの?

 

頭を抱える人の心は、頭にあって、

 

胸が痛む人の心は、胸にあって、

 

腹が大きい人の心は、腹にある。

 

心は世界で、世界は心。

 

心が変わると、世界が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>

 

 

 

 

 

 

 

 


王様ごちそう

2014-10-21 | 動植物

王様は、ごちそうが大好きだ。

 

王子様のころから、同じごちそうを食べている。

 

朝夕、同じごちそうを食べている。

 

それでも、ごちそうの用意が始まるとそわそわし、キューン、キューン、と切ない声をだし、廊下をうろうろし、ピョンピョン飛び上がる。

 

人間のお母さんがごちそうを持って歩き始めると、くるくる回りながら後をついていく。

 

あぁ、たまらない、たまらない、とキューン、キューン。

 

ごちそうを食べ終わると、のっしのっしと歩きながら、人間たちの傍にやってくる。

 

わたしが、おいしかった? と尋ねると、王様は、首を掲げて舌を口の周りで一周させる。

 

毎日、同じ質問で、毎日、同じ仕草。

 

そして、散歩、行く? と尋ねると、飛びついてくる。

 

今、今、今・・・・・・犬には今しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


むかし昔・・・・・・。

2014-10-20 | ポエム

むかし、わたしは、赤子だった。

 

むかし昔、わたしは、天(そら)にいた。

 

そのまた、むかし、わたしは、空を見上げる人間だった。

 

そのまた、むかし昔、わたしは、天(そら)にいた。

 

あゝ、輪廻の旅路。

 

人間を卒業しても、旅は続くのだろうか。

 

天(そら)での旅は、光を目指す旅なのか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


かわいいバス

2014-10-19 | スケッチ

時々、かわいいコミュニティ・バスに乗る。

 

バスには、みつはしちかこさん(1941-)のマンガ、「ハーイあっこです」のキャラクターがラッピングされていて、とてもかわいい。

 

サイズも、幅2m全長7m、とかわいい。

 

ただし、乗客の多くはお年寄り・・・・・・。

 

みつはしさんは、チッチとサリーの「小さな恋のものがたり」でも有名だ。

 

昔、神戸の高校からバンコクの高校に転校する時、お餞別に「小さな恋のものがたり」をくれた友達がいた。

 

彼女は、チッチに似ていて、あのマンガのファンだった。

 

彼女とも音信不通で、「小さな恋のものがたり」も読むことはないが、最近、みつはしさんが52年も初恋マンガを描き続けたと知って、大変驚いた。

 

日本のマンガにはあらゆる種類があり、世界に誇る文化の一つでもある。

 

日本中の公共の乗り物にマンガが描かれれば、楽しいだろう・・・・・・。

 

マンガ、マンガのかわいい国は、戦争をしないだろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゴジラと外人さん

2014-10-18 | スケッチ

歩いていたら、7、8人の外人さん達が、和気あいあいとゴジラの写真を撮っていた。

 

ゴジラを撮る人達を後から撮ろう、と携帯電話を取り出した。

 

後からだと、肖像権うんぬんには関係ないだろう・・・・・・。

 

そう思いながら携帯電話をゴジラの方に向けたら、わたしもゴジラを撮ろうとしていると勘違いした人が、どうぞ、どうぞと言いながら、仲間を退かせてしまった。

 

仕方なく、微笑んで前に進み、シャッターを切った。

 

結局、写真には、退くのが遅かったお兄さんが一人写っただけ・・・・・・。

 

ゴジラも有名になったものだ・・・・・・。

 

 

突然寒くなったら、近くの仙川には鴨が八羽も来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「一神教と国家」by 内田樹 & 中田考

2014-10-17 | 本・文学

わたしは、いかなる宗教にも属していない。

 

けれど、神さまは信じる。

 

わたしにとって、神さまは、創造主、宇宙の摂理、お天道さまという言葉でも置き換えることができ、すべての宗教はその根源に行き着くと思っている。

 

だから、(カルトは避けるが)一神教にも多神教にも寛大で、教会でも神社でも頭を垂れる。

 

イスラームの世界に関しては、山内昌之さんと井筒俊彦さんの本をそれぞれ一冊読んだだけなので、全く何も知らない。

 

世界を騒がせている、「イスラーム国」というのも、ちんぷんかんぷん。

 

という訳で、何週間か前、内田樹さんとカイロ大学大学院で博士号を修得した中田考さんの対談を本にした入門的新書、「一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教」を読んだ。

 

この新書を読んだ後、元大学教授の中田さんが、「イスラーム国」に外国人戦闘員として加わろうとした北大生に、「ツイッター」で、シリアへの渡航方法を教えた、と警視庁公安部の捜索を受け、情報の宝庫であるパソコンが押収された。

 

「カリフ制再興を世界中に発信しよう」としている中田さんが、2007年にインドネシアで「カリフ会議」をした時は十万人が集まり、2013年には十三万人が集まり、そこにはイスラームのいろいろな団体の偉い人たちもいて、彼は、アメリカのDIA(国防情報局)の要注意人物になったらしい。

 

ツイッターでムスリムになった人もいるという、中田さんのツイッター、https://twitter.com/HASSANKONAKATA を覗いたら、哲学者の永井均さんなどのツイートもあって、賑やかで、刺激的だった。

 

が、頭は良くても閉塞的な日本社会に適応できないで、ちょっとオタクの若者たちが吸い寄せられてしまうような危うさも感じた。

 

全人類が覚醒するまで、宗教をめぐる混乱は続くのだろうか・・・・・・。

 

不謹慎かもしれないが、神さまに捧げるフラダンスを踊るほうが平和だと思った・・・・・・。

 

以下は、備忘録的メモ。

 

 

            ***

 

<数百年前まで、北アフリカから東南アジアにかけての広大な地域にイスラームという一つの宗教を絆としてつながる共同体が存在していた。それが、第一次世界大戦後、オスマントルコ帝国の解体に伴い、ヨーロッパ列強に蚕食され、小国が分立する状態になった。

かつて十何億のムスリムを結び付けていた宗教的な同胞感覚と、互助の精神は衰微してしまった。それを取り戻し、宗教を柱とした有機的な連帯をモロッコからインドネシアまでに広がるイスラーム世界に復活させよう・・・・・・というのが中田先生のカリフ制再興の構想。>(内田)

 

<(礼拝は、)なに人でも、どこの国のモスクでも、スンナ派でもシーア派でも同じアラビア語でほぼ同じ動作、作法で祈る。>(中田)

 

<アッラーは基本、慈悲の神。「クルアーン」を読む限り、峻厳さよりも懐深く許してくれる性格の方が強い。>(中田)

 

<(基本的にイスラームに入信するための手続き)は「アッラーの他に神なし」「ムハンマドはその使徒である」と唱えるだけ。>(中田)

 

<ユダヤ教では、目を潰されたら目を潰す。キリスト教では「汝の敵を許せ」と許す。イスラームでは、許すのがいちばんいい。でも、同じことをやり返してもいい、と二段構えになっている。> (中田)

 

<イスラームの世界では施しの考え方、喜捨(義務と任意がある)の文化が発達している。  世俗教育は有料だが、イスラーム教育は初等教育から高等教育までは無料。>(中田)

 

<イスラームでは、神の啓典を授かった者はすべて預言者であり、アダム以来の神の宗教はすべてイスラーム。ユダヤ教の「ユダヤ」は歴史上の固有名詞であり、キリスト教の「キリスト」もイエス・キリストという特定の人物を指す言葉であるのに対して「イスラーム」だけが「服従」「帰依」を意味する一般名詞であることは、イスラームの普遍主義を端的に示している。

イスラームが認めるモーセが授かった律法、イエスが授かった福音は、ユダヤ教徒が持つ「ヘブライ語聖書」、キリスト教徒が持つ「新約聖書」とはまったく別のもの。> (中田)

 

<預言者ムハマドが七世紀に亡くなった後、イスラーム共同体は、指導権をめぐって分裂。> (中田)

 

<(今)シーア派二割、スンナ派八割くらい。> (中田)

 

<今ではまったく別の宗教になってしまっているユダヤ教、キリスト教、イスラームの三つの一神教はいずれも同じ中東の砂漠で、同じ唯一絶対の神を戴いて成立した兄弟のような宗教。> (内田)

 

<三つの宗教の共通理解として、人類の太祖アダムこそが神から教えを授かった最初の人間。 キリスト教はイエスを神の子と認めないユダヤ教徒を敵視し、ムハンマドを偽預言者とみなす。>(中田)

 

<(イスラームの人達は、)共生し、共有するのが基本。>(中田)

 

<(イスラームは)アニミズム的なものも事実としてあると認めた上で、創造主は一人という考え方。> (中田)

 

<ユダヤ教の場合は神秘主義やハシディズムが比較的多神教な匂いがする。> (内田)

 

<キリスト教には異端審問というものがあるが、イスラームにはない。> (中田)

 

<イスラームの場合は、人の内心はわからないと考える。> (中田)

 

<西欧世界は神から離れることによって発展した。イスラーム圏では本来世俗と宗教を分けない。人間が生きる上で行う殆どすべての営為に神の判断を借りる文化。しかし、今では西欧的な価値観に右にならえして、かなり世俗主義的になりつつある。>(中田)

 

<近代の領域国民国家は西欧の世界支配のシステム。西欧が国家承認さえすれば、実体がなかろうが、存在することが住民に大きな災厄をもたらそうが、独立主権国家として存続する。しかし、本来は二つの条件を満たす必要がある。一つは、その国家の内部に一つの国家として束ねられているだけの顕著な同一性があるということ。もう一つは、その国家と外の国家に境界が必要なほどの異他性があるということ。その点から言うと、イスラームの国々はあまり独立している意味がない。>(中田)

 

<今、アメリカはイスラーム諸国に介入して、自分たちにとって好都合な政治体制を無理やりにそこに成立させようとしている。それと同時に、世界のフラット化を目ざしている。> (内田)

 

<今グローバリゼーションと呼ばれているものは、ただのアメリカの覇権でしかない。> (中田)

 

<西はモロッコから東はインドネシアにわたる人口十六億の巨大なイスラーム圏が存在する。そこでは、同一の宗教儀礼が守られ、同一の儀礼の言語が語られ、同一のコスモロジー、同一の人間観が共有されている。アメリカン・グローバリズムが提案する人間と社会のありようとまったく異質な人間を社会のありようを掲げる十六億の集団が今地球上に存在する。これは、グローバリストにとっては大きな脅威。   本気で世界をフラット化しようと思ったら、イスラーム圏は潰すしかない。   イスラーム法による統治であるとか、イスラームの商習慣に基づく経済活動は絶対これを許さない、というのがグローバリストの立場。個人的信仰としてのイスラームは許容するが、社会的な制度としてのイスラームは許容しない。>  (内田)

 

<紙幣は記号ですから実体から遊離すると偶像に堕する。純粋な記号の数字だけの電子マネーはもっと露骨な偶像。ゆえにそういうものの暴走は許さないというのが基本的なイスラームの考え方。> (中田)

 

<イスラーム世界は真逆で、ヨーロッパ的なるものを排除して本来のイスラーム的なるものを取り戻すことを民主化と言っている側面が大きい。> (中田)

 

<(ジハードは)イスラームを守るために異教徒と戦う戦争のことと思われているが、原義としてはそれに限らない。自己と対象との間にベクトルの違いがあって闘争すること。すなわち二つの相克する力のこと。物理的な戦争のことだけでなく、個人の内面なども含む。相手に勝つことより自分に勝つことの方が難しい。ただし、イスラーム法学の用語としては、イスラームのための異教徒との戦闘を指す。イスラーム法は、女子供を殺してはならない。> (中田)

 

<カリフとはイスラーム共同体を率いる政治的な後継者であり、同時にアッラーの意志であるイスラーム法を代行する者のこと。>(中田)

 

<宗教としてのイスラームは、610年ごろ、ムハンマドが神の啓示を得たことで始まった。その死後、みんなの合意の上でアブー・バクルが初代のリーダー、「カリフ」として選ばれた。が、オスマン帝国の後を継いでトルコ建国の父となったムスタファ・ケマルは生き残りをかけて西欧のシステムを多く取り入れ、それまでの伝統的なイスラームのあり方を捨てた。>(中田)

 

<すべてのムスリムは天と地の主であることの一つの神による一つの法に従うことによってムスリムとして生きることができる。カリフ制を再興させることによって、その秩序のある生き方を甦らせたい。> (中田)

 

<カリフというのは象徴的なトップで、スルタンというのは実質的な支配者。> (中田)

 

<カリフは1924年に廃止になって以降、空位。>(中田)

 

<ムスリム同胞団がカリフ制を考えているが、私は反対。>(中田)

 

<まず、EUのようなかたちで国境の往来を自由にして、次に通貨を単一にする。国境の自由化と通貨の統一。ただし、本来のカリフ制は、そういった連邦ではありませんので、その後え真のカリフ制を樹立するための戦いの第二ラウンドが始まる。> (中田)

 

<中田先生はカリフ制再興に「カワユイ」という形容詞をつけている。> (内田)

 

<現代において「武士道」の位置にある価値観は「かわいい」じゃないかと思う。極端な対比ですけれど。> (中田)

 

<ニコニコしている人に向かっては攻撃的になれない。> (内田)

 

<もしカリフ制が実現したら、イスラーム世界では、人間と資本とモノの移動の自由が保障され、真のグローバリゼーションが進行し、貧富の格差が縮まり経済的繁栄がもたらされる。イスラーム世界の労働力、資本、資源の移動が完全に自由化され、人間が人間を支配し富裕階層が労働者を搾取する道具である人定法から解放され、自然法的正義に基づき適切に分配されれば、東南アジアからアフリカに跨る公正で豊かな巨大な経済圏ができる。

非イスラーム世界も、イスラーム世界というオルタナティブが出現することにより、不正なグローバリゼーションへの歯止めがかかる。>  (中田)

 

<グローバリズムの世界は、国民国家が解体して、最終的には自己利益をひたすら追求できる「強い個体」しか生き残れないわけですけれど、中田先生の考えるカリフ制イスラーム共同体はむしろ「弱い個体」をどうやって支持するか、どうやって扶養するかということが最優先課題である一種のゲマインシャフト。> (内田)

 

 

            ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


工事現場の花

2014-10-15 | スケッチ

時々通る道に、建設中のマンションがある。

 

大手ではない。

 

初めて聞く会社が建設している。

 

周りはシートで覆われているのだが、時々中から笑い声が聞こえてくる。

 

工事現場も、整理整頓されていて、掃除が行き届いている。

 

先日、休憩所近くの足場に、花があるのを見て、驚いた。

 

短く切ったペットボトルに水を入れて、活けてあるのだろう。

 

一つではなく、いくつかあった。

 

台風の時には、それらはどこかに片付けられていた。

 

今日、再び工事現場の前を通ったら、赤い鶏頭の花が見えた。

 

思わず、外から写真を撮ってしまった。(写真では、丁度フロントガラスの位置に赤い鶏頭の花がある。)

 

長い間生きてきて、工事現場で花を見たのは初めてて、感動してしまった。

 

資金繰りや材料調達に苦労し工事が遅れ怒号が飛び交うのではなく、花があり笑い声が聞こえてくる現場・・・・・・。

 

こういう現場がどんどん増えればいい、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


まず、自分。

2014-10-14 | 色々な思い

まず、自分。

 

自分を愛せない人は、人を愛せない。

 

自分を認めない人は、人を認めない。

 

自分を許していない人は、人を許せない。

 

自分が癒されていないと、人を癒すことはできない。

 

自分を整え、あるがままの自分を愛する。

 

と、あるがままの他者を受け入れることができる。

 

みんなが、あるがままで、共栄共存・・・・・・。

 

 

いつものように、台風の後には青空が広がり、太陽光がきらきら光っている。

 

 

 

 

 

 


野菜の自動販売機

2014-10-12 | スケッチ

歩いていたら、有機野菜の自動販売機に遭遇した。

 

野菜はどれも不揃いで小さかったが、100円玉を入れて、ナスとピーマンを買った。

 

長い間、できるだけ有機野菜や農薬をあまり使っていない野菜を買ってきた。

 

けれど、3.11で東日本の土壌は放射能に汚染されてしまった。

 

近くのスーパーに行った時は、農薬が付いていても西日本の野菜を買おうか、東日本の有機野菜を買おうか・・・・・・とハムレット。

 

たまに見かける、西日本の有機野菜は高くなってしまったがつい買ってしまう・・・・・・。

 

 

野菜は農薬か放射能にまみれ、加工食品は食品添加物まみれ。

 

遺伝子組み換えの食物も増えてきているのだろう。

 

外国では日本食ブームだけれど、日本では食の安全が脅かされている。

 

体内に「毒」を入れないためには、小食に徹するしかないのかしらん・・・・・・。

 

一日一食にすると免疫力が高まるそうだが、ちょっと無理かもぉ・・・・・・。