らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ツクシ

2014-03-30 | スケッチ

歩いていたら、ツクシに出合った。

 

辺りには、たくさんのツクシが自生していた。

 

何となく、懐かしかった・・・・・・。

 

ツクシに意識がいくなんて、小学生の頃以来・・・・・・。

 

桜の木にも花が咲き始めている。

 

政治経済は冬だが、季節は春・・・・・・。

 

今日は、大地に春の雨が降り注ぐ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


帰還

2014-03-29 | ポエム

わたし」達は、みんな、帰る途中。

 

時空を超えて、帰還する。

 

ほんとうの故郷に、帰還する。

 

けれど、さなぎのままじゃ、帰還は不可能・・・・・・。

 

今年も春が来た・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ブランコ

2014-03-28 | スケッチ

歩いていたら、公園があった。

 

公園には、ブランコがあった。

 

風が吹くと、微かに揺れた。

 

天使か妖精が遊んでいるようだった。

 

子供たちは、みんな、春休み・・・・・・。

 

もうすぐ桜の花が咲くだろう・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


素敵な指輪

2014-03-27 | スケッチ

満員電車に乗った。

 

つり革には、様々な手。

 

と、右手の薬指に、素敵な指輪をした手が目についた。

 

細かい金細工の花々がついた指輪。

 

上品で、細い指に似合っていた。

 

指輪の主は美しい女の人なんだろうなぁ、と体の向きを変えた。

 

えっ・・・・・・。

 

指輪の主は、長い髪の毛を後ろで結った、ヒッピー風の男の人だった・・・・・・。

 

思い込みは、あっけなく裏切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2014-03-24 | ポエム

たくさんの道がある。

 

賑やかな大通り。

 

ひっそりとした小径。

 

くねくね曲がった道。

 

どの道を歩いても、

 

道草をしても、

 

さっさと歩いても、

 

ゆっくり歩いても、

 

独りで歩いても、

 

誰かと一緒でも、

 

行先は、同じ。

 

いつかたどり着く、永遠の今。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 


午前十時の下北沢

2014-03-23 | ポエム

朝10時ごろから11時ごろまでの街を歩くのが好きだ。

 

<「午前十時の下北沢」

 

店には、シャッター。

劇場は、眠ったまま。

ライブハウスは、仮眠中。

路地では、猫が毛繕い。

喫茶店では、閑古鳥が鳴く。

サラリーマンは、丸の内。

ジーンズ姿の若者が、

背中を丸めて通り過ぎるよ、下北沢。

午前十時の下北沢は、時の消えた、不思議な空間。

森茉莉の亡霊、闊歩する。              >

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 


墓参り

2014-03-22 | スケッチ

お墓参りに出掛けた。

 

郊外の公園墓地は、たくさんの車と大勢の人で賑わっていた。

 

おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さん、子供たち・・・・・・。

 

犬もいたし、お巡りさんもいた。

 

逝った人達もいたかもしれない。

 

あちらからは、こちらの墓地が見えるのかしら・・・・・・。

 

わたしには、墓も戒名も法要も無用、と思っている。

 

誰かが灰を海に撒いてくれればそれで十分・・・・・・。

 

タマシイは、生きている!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


イヌとネコ

2014-03-21 | 動植物

犬の散歩から帰ると、駐車場の上方にある庭に、太った野良猫がいた。

 

シーッ、と追い払ったが、フン、という顔をされた。

 

野良猫は動こうとしない。

 

そうだ、犬を使おう。

 

そう思って、犬を抱き上げて、野良猫の顔の傍に持っていった。

 

これで逃げるだろう。

 

が、野良猫は、どこ吹く風。

 

散歩ですれ違う人や犬には吠えまくる犬も、全く吠えない。

 

もう一度、怖い顔で、シーッ、と言ったが、野良猫は動じない。

 

シカタガナイ・・・・・・。

 

犬を地面に降ろして、玄関に向かった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


雨の日カフェ

2014-03-20 | スケッチ

今日は、雨。

 

お墓参りは、明日にしよう。

 

そう思っていると、母に、遠くのスーパーでの買い物を頼まれた。

 

バスを降りると、店はまだ開いていなかった。

 

開店を待って店内に入ると、配送手続きは10時からです、と言われた。

 

シカタガナイ・・・・・・。

 

しなければならないことが山のようにあるが、時間をつぶすことにした。

 

スーパーから5分位の所にある、コーヒー豆の販売で有名な喫茶店に出掛けた。

 

いつもは大勢の人で賑わっている店だが、早朝は、人影もまばら。

 

ガラス窓からは、雨降る街が見えた。

 

カフェ・オレを飲みながら雨降る街を眺めていると、雨のパリを思い出した。

 

東京で雨が降ると、やれやれ、と思うが、パリの雨は、なぜかロマンチック。

 

石畳には、雨が似合う。

 

一日中雨、というのは珍しく、カフェで雨宿りをしているうちに止んでしまう。

 

あゝ、またパリに行きたいな、と思っていると、10時前になった。

 

以前、この店でコーヒー豆が入っていた麻袋を買ったのだが、今日は、竹を編んだ袋を160円で買った。

 

さて、何に利用しようかな・・・・・・フッ、フッ、フッ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


心はどこにあるの?

2014-03-19 | ポエム

心はどこにあるの?

 

頭を抱える人の心は、頭にあって、

 

胸が痛む人の心は、胸にあって、

 

腹が大きい人の心は、腹にある。

 

心は世界で、世界は心。

 

心が変わると、世界が変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 


大人リュック

2014-03-18 | スケッチ

久しぶりに会った友人たちと、デパートにあるカフェに向かっていた。

 

鞄売り場を通りがかった時、オレンジ色のリュックが目についた。

 

一目ぼれ・・・・・・。

 

お茶の後、皆と別れ、鞄売り場に向かった。

 

迷いながら(デパートの中でも迷ってしまう)、売り場に到着。

 

持ってみると、とても軽い。

 

中には、ポシェットまで付いている。

 

派手かな、と迷った。

 

が、最近バッグを買っていないしぃ、と衝動買い。

 

ルンルンで、帰宅。

 

けれど、家で見ると、ど派手・・・・・・。

 

それでも、リュックを背負って闊歩する「わたし」・・・・・・。

 

出で立ちだけは、「前衛ババア」・・・・・・。

 

「今日も、アヴァンギャルドの風が吹く」・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


抵抗しない。

2014-03-17 | 色々な思い

朝、老母の家を出て、駅まで歩いた。

 

途中で、ウグイスの鳴き声を聞き、いい気分で駅に着くと、改札口の前に大勢の人がいた。

 

電車が動いていなかった。

 

隣の駅で人身事故があり、1時間は動かない、とのことだった。

 

シカタガナイ・・・・・・。

 

本とノートを持ち歩いているので、駅前商店街の喫茶店を目指した。

 

が、一つは定休日で、もう一つは開店まで1時間あった。

 

駅に隣接したドトールには、長蛇の列。

 

タクシー乗り場にも、長蛇の列。

 

並行して走っている別の私鉄の駅までは、徒歩40分近くかかる。

 

シカタガナイ。

 

その駅の近くまで行くバスを待つことにした。

 

それ程待たないで、1時間に2本しか走っていないバスに乗ることができた。

 

バスを降りて13、4分歩いて、別の私鉄の駅に着き、都心に向かった。

 

自宅の近くまで行くバスに乗るために、急行が停止する大きな駅で降りた。

 

駅の近くに伊東屋があることを思い出し、修理をしようと何か月も持ち歩いていたクロスのボールペンの修理をお願いすることが出来た。

 

その後、自然食の店で買い物をし、バスに乗って、自宅に戻った。

 

昔だったら、イライラしたと思う。

 

が、最近は、起きる事に抵抗しなくなった。

 

と、不思議な事に、代わりにイイコトがあるような気がする。

 

今日も、わざわざ都心まで出かけなくても、ボールペンの修理を頼むことが出来たし、自然食のお店では、欲しいと思っていた食材が手に入った。

 

抗うことを止め、淡々と生きることを始めて、人生が楽になったような気がする・・・・・・。

 

年を取るのも悪くない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


悲しみと時

2014-03-13 | ポエム

ある人が、悲しみは時である、と言った。

 

時が経てば悲しみは失せる、と理解した。

 

それは、誤解。

 

悲しみは、時間の中でしか、存在できない。

 

時間が失せると、悲しみも失せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より


タマシイ

2014-03-12 | ポエム

タマシイは、永遠。

 

肉体が朽ちても、タマシイは、死なない。

 

「わたし」は、生きている。

 

そう、思う。

 

根拠は、ない。

 

ただ、そう、思う。

 

形態は、分からない。

 

分からないけれど、安心している。

 

死なない、と思うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

詩集、<みんな、「わたし」。>より

 

 

 


3.11

2014-03-11 | 東日本大震災

あの日から、3年も経ってしまった。

 

3.11直後は、怖かった。

 

東京にいても、緊張した日々を送っていた。

 

あの頃、ブログには、連日、3.11のことばかり書いていた。

 

<「魂は、傷つかない。」

 

魂は、傷つかない。

傷つくのは、自我。

恐怖に、愛を。

悲しみに、優しさを。

何があっても、大丈夫。

魂は、傷つかない。

がんばろう。

みんなで、がんばろう。

美しいニッポンを、新しいニッポンを創りなおそう。

原発はいらない。                    >

 

<「あきらめない。」

 

あきらめない。

原発の鎮静化を、あきらめない。

被災地の復興を、あきらめない。

美しいニッポンを、あきらめない。

絶対に、あきらめない。

あきらめないぞ。                    >

 

<「シェア」

 

3.11の悲しみを、シェア。

痛みを、シェア。

祈りを、シェア。

希望を、シェア。

2011年は、ニッポンのシェア元年。           >

 

読み返すと違和感を覚えるが、書いていた時は、ほんとうに、ほんとうに、そう思っていた。

 

あの頃、ニッポン人の心は一つにまとまっていた。

 

誰もが、いたたまれない、と思っていた。

 

誰もが、何か出来る事はないか、と思っていた。

 

が、3年の間に、事態は悪くなったような気がする。

 

未だに26万人以上の方々が避難生活を余儀なくされ、放射線の除去も復興も進んでいない。

 

被災者の方々の悲しみや苦しみは、怒りや諦めに変容しつつある。

 

フクシマの現状は事態収拾からほど遠く、相変わらず、放射性物質がまき散らされている。

 

汚染水は太平洋に流れ、偏西風に乗る放射性物質は、アメリカ大陸の西海岸を汚染し続けている。

 

今や、ニッポン人は被害者であると同時に加害者でもある。

 

多くの国々でニッポンの農産物は輸入禁止という事実は、風評被害という言葉に置き換えられてしまった。

 

世界の識者たちは、アンダーコントロール、とは思っていないが、首相は、オリンピックを招致する為に、フクシマはアンダーコントロールと断言してしまった。

 

原発の安全神話が壊れても、原発再稼働や原発の輸出に血眼になる政府と企業・・・・・・。

 

3年経った今、わたし達ニッポン人はカオスを進化にかえることができなかった、と暗い気持ちになってしまう・・・・・・。

 

衆議院選や都知事選に期待したが、無駄だった。

 

それでも、ニッポンの未来を信じたい「わたし」がいる・・・・・・。