らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

「あそばざるもの食うべからず」!!!

2013-09-28 | エコ&ベジタリアン

「働かざる者食うべからず」という慣用句がある。

 

wikipediaによると、それは、新約聖書の、使徒パウロの書簡に出てくる、「働きたくない者は、食べてはならない」が元になった慣用句で、「働きたいが働けない人は食べても良い」との条件下での言葉なのだそうだ。

 

旧ソビエト連邦のいわゆる「スターリン憲法」には、<労働は、「働かざる者は食うべからず」の原則によって、労働能力のあるすべての市民の義務であり、名誉である>とあるそうだ。

 

日本国憲法第27条にも、<すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。>とある。

 

戦後のいわゆるモーレツ社員で、自分達の世代が、ニッポンの高緯度経済成長を支えたと自負していた、大正13年生まれの父も、よく、「働かざる者食うべからず」と言っていた。

 

ところが、彼よりも年長の、マクロビオティックという食養法を世界に広め、パリ市の名誉市民でもあった、桜沢如一(1893-1966)は、「あそばざるもの食うべからず」の国を再建したい、と願った。

 

彼は、英語で書いた、「Zen Macrobiotic」という本に、「その国では、雇用主や雇用人も、教師や学校も、病院や薬も、警察や刑務所も、戦争や敵もなく、強制労働も、犯罪や刑罰もありません。すべての人が親しい友であり、兄弟、姉妹、親子、夫や妻でありながら、すべての人が自由、自主、自立であるのです」と書いている。

 

まるで、5次元のユートピア・・・・・・。

 

彼は、インドやアフリカで3年間暮らしたことがあり、かの地の「未開人」といわれる人たちは、「あそばざるもの食うべからず」を生活信条としていて、「キリスト教で武装した植民者が入植するまでは、比較的幸福で健康だった」のだそうだ。

 

また、フランスの哲学者、ジョルジュ・バタイユは、「ヒトの起源=遊び」と考えたそうだ。

 

インドでは、笑いのヨガがある。

 

何も考えずに大笑いすると、サトリと同じ境地になるらしい。

 

働くことも、楽しければ、あそびになる。

 

ひょっとしたら、わたし達ニッポン人は、深刻になりすぎているのかもしれない。

 

深刻なのだが、大切なこと、たとえば、フクシマのことを、おざなりしているような気がする。

 

そんなニッポンでも、若い人たちが、楽しみながら農業や林業に従事しているのを見ると、時代の変化を感じる。

 

ニッポン人が、楽しみながら「仕事」をし、ニッポンが、「あそばざるもの食うべからず」の国になればいいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


薄桃色のショール

2013-09-27 | スケッチ

駅近くの、コーヒーハウスに立ち寄った。

 

婦人のグループが多かった。

 

若者たちは、皆、静かで、一人で勉学に勤しんでいるか、スマートフォンを指でなぞっていた。

 

 

私の席の近くに、薄桃色のショールをふわっと羽織った老婦人がいた。

 

素材は分からないが、その薄桃色のショールが、とても素敵に思えた。

 

グレーのTシャツにグレーのパンタロンという出で立ちに、よく合っていた。

 

白髪にも、色白の肌にも似合っていた。

 

テーブルの上には、飲みかけのアイスティ。

 

彼女は、赤い縁の老眼鏡をかけ、万年筆で、便箋に何かをしたためていた。

 

Eメールの変換機能に慣れ過ぎて、便箋に手紙を書くときは辞書が必要な者から見ると、万年筆でさらさらと手紙を書くという行為は驚異だ。

 

隣には、初老の婦人のグループがいて、世間話に花を咲かせていた。

 

彼女たちが、大声で笑う度に、薄桃色のショールの婦人が引き立った。

 

沈黙は、美しい。

 

その老婦人は、手紙を書き終えて封筒に入れると、老眼鏡をバッグに入れ、店を後にした。

 

いつの日か、薄桃色のショールをはおって、万年筆でさらさらと物が書けたら、と思った。

 

気が付くと、ショールのいる季節になっていた。

 

早くも、暑かった夏が遠い昔のように思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


天使の羽根

2013-09-25 | ポエム

歩いていると、天上から、白い羽が落ちてきた。

 

ひらひら。ひらひら。ひらひら。

 

立ち止まって、空を見上げた。

 

鳥の姿は、なかった。

 

路上には、羽根があった。

 

確かに、存在していた。

 

電線に挟まっていたものが、落ちてきたのだろう。

 

そう思って、再び、歩き始めた。

 

今朝、エレベーターで出会った幼児なら、天使の羽根だと信じるだろう。

 

いつの日か、「わたし」も、再び、幼子の心を、無垢な心を、取り戻すだろう。

 

が、その時は、天国への梯子を上る時・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今、何時ですか?

2013-09-24 | スケッチ

撮影所の門の前を通りがかった。

 

手持無沙汰の、若いガードマンが、ぼんやりと空を見ていた。

 

と、通りがかりの老女が、立ち止まって、彼に尋ねた。今、何時ですか?

 

ガードマンは、はっと我に返り、腕時計を見て、時刻を告げた。

 

老女は、ありがとうございます、と頭を下げて、通り過ぎた。

 

突然、脳裡に、パリの街が蘇ってきた。

 

歩いていると、しょっちゅう、尋ねられた。今、何時ですか?

 

一日に何度も尋ねられることもあった。

 

ニッポンでは、街で、時間を尋ねらることは、まずない。

 

尋ねるとしても、外国人には尋ねない。

 

が、人種のルツボのパリでは、そんなことお構いなし・・・・・・。

 

フランス語がしゃべれない頃は、時計を見ながら、イレ・・・と口ごもっていると、時計を覗きこんで、ありがとう、と言って通り過ぎて行く人もいた。

 

腕時計をしない人が多いのか、束縛を嫌う人が多いのか、分からないが、フランス人は、日本人ほど時間に縛られていないような気がする。

 

 

あの世には、時間がないという。

 

だから、幽霊は、時計のない部屋に現れるのかしら・・・・・・。

 

時間のない世界は、どんな感じなのだろう。

 

こればかりは、行ってみないと、分からない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ニッポン人はアリなのか・・・・・・。

2013-09-23 | 本・文学

「アリとキリギリス」(あるいは「アリとセミ」)の、元の話はコワイ。

 

夏の間、アリは、一生懸命働いて食料の備蓄に励んでいていたが、キリギリスは、バイオリンを弾いたり歌ったりして楽しく過ごした。

 

冬になって、キリギリスは、アリたちに食べ物をねだった。

 

が、アリは食べ物を分けることを拒否し、キリギリスは飢え死にした。

 

 

90年代初頭にフランスの首相であった、エディット・クレソン氏は、日本人を「アリ」と言ったことで知られる。

 

彼女の暴言は、物議を醸した。

 

「日本人はうさぎ小屋のようなアパートに住み、2時間もかけて通勤し、高い物価に耐えるアリのような生活をしている」。

 

「日本人は黄色いアリ」。

 

「日本人はアリ。何度殺しても出てくるアリ」。

 

確かに、ニッポンの都会のサラリーマンには長期のバカンスもなく、普通のフランス人には考えられない我慢を強いられている。

 

毎日満員電車に揺られて職場に行き、うさぎ小屋のようなマンションを買うのに何十年ものローンを組む。

 

それでも、同僚と飲みに行ったり家族と旅行に行ったりと、ささやかな楽しみを見出し、お上には従順で、みんな、概して大人しくてやさしい。

 

働いた富を、宗主国さまに吸い上げられても、何も言わない。

 

クレソン氏にとって、非人間的な状況でも、深く考えることを放棄し、黙々と働くわたし達ニッポンの大衆は、飼い慣らされた「アリ」のように見え、不気味だったのかもしれない。

 

 

 

詩人の吉増剛造氏の授業で、氏がNHKの番組でブラジルの蟻塚を訪れた時の映像に、高さ1メートルから2メートルもある、シロアリの蟻塚が出てきて、驚いた。

 

多木浩二氏の遺著「映像の歴史哲学」に捧げられた、吉増剛造氏と文化人類学者の今福龍太氏の対談が、「週刊読書人」に掲載されていて、その中にも、蟻塚やアリのことが言及されている。

 

蟻塚のまわりを舞うように廻ってcineを制作しようとした、吉増氏が、<これは、夢のなかにも存在したことのない、虚の、・・・・・・というのか蔭の、・・・・・・赫きの塔だと確信をしたようでした>と語っていたのが印象的だった。

 

知の巨人である、レビィ=ストロースや作家、サン=テグジュペリも蟻塚のことをしょっちゅう書いていたそうだ。

 

今福氏によると、<サン=テグジュペリにとっての蟻塚は、人間が機械的で全体主義的な組織・社会の中に取り込まれてしまった、悪夢の未来の象徴としてあった>。

 

作家、ル・クレジオは、少年時代にアフリカに1年滞在する機会があり、そこで出会った途方もない蟻塚を、お兄さんと一緒に、なんの理由もなく破壊したそうだ。

 

そして、<蟻塚をただ破壊する快楽、そのイノセントな残酷さについて、ル・クレジオは、「アフリカのひと」の中で書いている>。

 

別の知識人、バタイユも、<広島の原爆の犠牲者のことを、「不可解なまま巣を破壊された白蟻」>と言った。

 

吉増氏は、対談で語った。<・・・外部から見ている人達は蟻塚をどんなに奇怪な形だと思っているのか、内部にいる何万匹の蟻は知らないわけですよね。そういう蟻塚が林立しているところに、人間の力によって、たとえばブラジルには電柱が立ちだすわけだけれど、その前は蟻塚が立っていたんですよ。それは存在として別宇宙なんだ>。

 

氏は、バタイユが広島の人達を白蟻にたとえたことを、<白蟻の巣というのは、別の知られざる文明の姿でもあり、それが外からの力によって壊されたという直感が働いたんじゃないのか>とも指摘していた。

 

福島県、浪江町の請戸で、詩を詠み、映像を作った吉増氏は、福島第一原発を見た時のことを、<頭の中に、奇妙な塔のような映像が浮かんできました。あるいは蟻塚を幻視していたような気がしますし、さまざまな塔も空に浮かんできて、それがうまく言語化できなくて・・・>と語っていた。

 

 

わたし達ニッポン人は、いわゆる一神教の西洋人とは違う価値観で、生きてきた。

 

縄文時代や江戸時代の、現代から見るとエコでユートピア的世界は、外部の力によって破壊された。

 

空から見れば、山の多いニッポンは、そこかしこに蟻塚があるように見え、富士山は、わたし達ありんこニッポン人の精神的蟻塚でもある。

 

ナガサキ、ヒロシマと、二回も、核の悲劇を体験したのにも関わらず、復讐もせず、一生懸命働き、経済大国となり、今度は、放射能の恐ろしさにも無頓着で、原発という蟻塚を、狭い国土に50基以上も建造したニッポン人・・・・・・。

 

福島の事故が国土だけでなく、地球の海や空気も汚染しているのにも関わらず、オリンピックを招致する、ニッポン人・・・・・・。

 

世界遺産となった富士山は、人類の蟻塚になるのだろうか・・・・・・それとも、噴火してしまうのだろうか・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ラジオ

2013-09-22 | ポエム

この世には、

 

たくさんの、ラジオ。

 

たくさんの、周波数。

 

たくさんの、番組。

 

選ぶのは、「わたし」。

 

本日は、528ヘルツ。

 

 

 

 

 

 

 

(2012年1月24日)


お墓

2013-09-21 | 色々な思い

郊外の公園墓地には青空が広がり、松の木々の下には、真っ赤な彼岸花が咲いていた。

 

秋の太陽光は穏やかで、芝生の上では、ピクニックを楽しむ家族連れやお年寄り達のグループがいた。

 

そこは、明るくあっけらかんとした場所で、霊園というより、墓石の並ぶ公園と化していた。

 

広い道では、犬の散歩をしている人も見かけた。

 

あちらに旅立った人達は、お墓にはいない。

 

形態は分からないが、別の次元で生きている。そう思う。

 

お墓などなくても、天国に行ける。

 

お墓は、残された人達のためにあるような気がする。

 

あちらの人とこちらの人を結ぶミーティング・スポットとして機能しているのかもしれない。

 

お墓の前で手を合わせていると、故人が、鳥や風に乗ってやって来るかもしれない。

 

少子化が進み、超高齢社会に突入したニッポンでは、お墓が負担になっている家もある。

 

いっそのこと、自治体に、「縁」などと記した墓標を建てた塚があれば、と思ってしまう。

 

個人的には、灰と化した、魂が脱ぎ捨てた肉体は、海に撒くか樹木葬にしてもらいたい。

 

創造主(神さま宇宙)を信じ、現世に対する異常な執着がなければ、光の方へ向かっていけるような気がする。

 

それにしても、一体誰が、システマティックな戒名制度を考え出したのだろう・・・・・・。

 

葬式無用、戒名無用、と遺言を書いておこう。

 

それでも、婚家のお墓は、認知症の症状が出る前に、永代供養の墓地に移しておこう、などと考えてしまう「わたし」がいる。

 

 

フランスでは、11月1日にお墓参りをする人が多かった。

 

カトリック教徒の多いフランスでは、11月1日が、Toussaint「万聖説」あるいは「諸聖人の日」と呼ばれ、法定の休日だ。

 

本当は、2日が「死者の日」あるいは「万霊説」なのだが、休日にお墓参りをする人が多い。

 

窓から秋の空を見上げ、もし、昔フランスで死んだ人がニッポンに生まれ変わり、フランス旅行の際に、過去世の自分のお墓を見たらどんな気持ちになるのだろう・・・などと荒唐無稽なことを考えてしまった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ブーメラン

2013-09-20 | 色々な思い

「わたし」たちは、みんな、同じ所から顕れて同じ所へ帰ってゆく。

 

だから、ほんとうは、他者も、「わたし」。

 

みんな、「わたし」。

 

顕在意識は違っても、潜在意識は繋がっている。

 

他者の幸せを祈ったり、他者の幸せを素直に喜ぶことができる人は、幸せになる。

 

が、人の不幸を願ったり、人の不幸を喜ぶ人は、不幸になっていくような気がする。

 

ブーメラン。他者にしたり思ったりすることは、みんな、自分に還ってくる。

 

結局、みんな、平等。

 

進化の過程での立ち位置と意識レベルがちょっと違うだけ。

 

先日、ネットサーフィンをしていたら、面白い記事に出合った。

 

<脳(大脳新皮質ではなく古い脳)は主語が理解できない>。

 

だから、<人の悪口を言うと、脳の中では自分が悪口を言われた時と同じ状態になる>のだそうだ。

 

<相手の悪口を言うと、自分自身に悪口を言っていると判断し、自分も傷つき気分が悪くなる>。

 

<反対に相手を褒めれば自分が褒められたのと同じ状態になる>。

 

なるほど、と思った。

 

 

 

もう、他者を非難することは止めよう、と思う。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ニッポンのトイレ

2013-09-19 | 色々な思い

ニッポンのトイレは、スゴイ。

 

進化し続けている。

 

ヨーロッパの高級ホテルでも、ウオッシュレットのような温水洗浄便座や、音姫のような洗浄水を流す擬音を発する装置はまず見かけない。

 

ニッポンでは、ビジネスホテルでも百貨店でも駅ビルでも、それらの装置が付いている。

 

人感センサで、人が立ち上がると、自動的に洗浄を始める便器も珍しくない。

 

トイレの技術に関しては、ニッポンは世界一だろう。

 

が、とても不便な事がある。

 

それは、洗浄用レバーやスイッチの形体や位置がメーカーや機種によって違う、ということ。

 

今日は、様々な用事を片付ける老母に、一日付き合った。

 

彼女は、あちこちで、トイレに行った。

 

緑内障と白内障を患い、残された視野は右目の下半分という彼女にとって、洗浄用レバーの位置を捜すのは至難のわざ。

 

必ず、最初に、私と位置を確認する。

 

本日訪れたトイレでは、洗浄用レバーの位置と形が、みな違った。

 

同じビルの中でも、機種が違うと、位置が違った。

 

目に障害がある人にとっては非常に不便だ。

 

メーカーや機種が違っても、位置や形が統一されていれば、と思った。

 

4人に1人が高齢者という、超高齢社会に突入したニッポン。

 

最近は、あちこちの駅にはエレベターが設置され、バリアフリーの建物も増えてきた。

 

次は、是非、トイレの改善をしてもらいたい。

 

 

 

原発は、トイレのないマンションと揶揄される。

 

そのような物を地震列島に50基以上も造ることを許してしまったことは、わたし達おとな全員の責任かもしれない・・・・・・こども達よ、ごめんなさい・・・・・・。

 

ようやく、福島第一原発の5号機と6号機が廃炉になりそうだ。

 

台風が通りすぎると、突然、秋になった。

 

季節は巡り、時代は変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


時代のカナリア

2013-09-18 | 色々な思い

思想家や哲学者や詩人や作家などの知識人は、いわゆる生産活動に従事していない。

 

物も作らないし、お金儲けもしない。

 

経団連の人達から見ると、「ごくつぶし」なのだろう。

 

けれど、思想家たちには、鋭い眼差しで、文明を見据える能力がある。

 

彼らは、時代のカナリア。

 

が、最近は、カナリアの声が聞こえにくくなっているし、転向するカナリアもいる。

 

3.11と原発事故は、知識人たちの本性をあぶり出した。

 

ジャッジはいけない、と言いながら、原発を推進する知識人を信じない「わたし」がいる。

 

権力に媚びる作家にも、うさんくささを感じる。 

 

スゴイ思想家・詩人だと聞かされた人の本を読んでみようか、と思った。

 

が、その人が原発推薦派だったと知って、本を買わなかった。

 

常日頃、作家は作品だけで評価されるべきだ、と言っているのに・・・・・・。

 

思想家は、時代のカナリアであるべきだと思う・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


群れないで、時々、繋がる。

2013-09-17 | 色々な思い

同じ種族で、群れない。

 

群れないで、てくてく歩く。

 

一人で、てくてく。てくてく。

 

けれど、時々、繋がる。

 

色々な人と、繋がる。

 

こんにちは。こんにちは。

 

そして、さようなら。

 

再び、一人で、てくてく歩く。

  

群れないで、時々、繋がる。

 

プロジェクトごとに、こんにちは、と繋がり、それが終わると、さようなら、と別れる。

 

 

そんな個の時代も、悪くない。

 

潜在意識は、いつも繋がっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


結局、やさしさ。

2013-09-16 | 色々な思い

立派な思想よりも、たくさんの知識よりも、

 

名誉よりも、富よりも、やさしさ。

 

結局、やさしさが、全て。

 

一人ひとりの人間が、周りの人達にちょっとやさしくするだけで、空気が変わる。

 

やさしさは、社会の潤滑油。

 

やさしさは、伝播する。

 

あちこちでやさしい風が吹けば、心地良い社会になる。

 

 

ほんとうは、言葉なんていらないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「超高齢者をどう支える?」 by 藤野トランジションの学校

2013-09-15 | 色々な思い

「トランジション・タウン」という、<市民が自らの創造力を発揮しながら、地域の底力を高めるための、実践的な提案活動>がある。

 

コンセプトは、<持続可能で、みんなが笑顔でいられるような社会>。

 

2005年に、イギリスのトットネスで、パーマカルチャーの講師、ロブ・ホプキンス達が始めた。

 

日本では、2009年に、榎本英剛さんと仲間たちが、神奈川県の藤野で活動を始めた。

 

現在、「森部」、「藤野電力」、「お百姓クラブ」、「地域通貨よろづ屋」「健康と医療」などのワーキンググループがあり、地元の人達を巻き込んで、進化し続けている。

 

日本では、約40の「トランジション・タウン」があり、増え続けているそうだ。

 

この週末、「藤野トランジションの学校:健康と医療編」に参加した。 

 

二日間に渡り、医療従事者や介護施設職員によるセミナー、老人疑似体験、「認知症サポーター」養成講座、小規模多機能型介護施設の見学やディスカッションなどを通して、「超高齢社会」のことを楽しみながら学習した。

 

医療関係の仕事と「トランジション藤野」の健康と医療のワーキンググループに従事している方の、改善する認知症の話の中で、寝たきりの認知症患者が特発性正常圧水頭症の手術でにこにこしながら歩けるようになった映像には、ある種の感動を覚えた。

 

母に、歩行障害や認知症などの症状が現れたら、まず脳神経外科に連れて行こう、と思った。

 

医師たちによる、「健康とは何?」や「在宅で安らかな死を」という話は、魂のことにまで踏み込んだ深い内容だった。

 

日常的に死に接する職業の人による、魂や死についての話には、説得力があったし、医師たちに「医療とトランジション」という意識があることは素晴らしい、と思った。

 

いつでも対応できる体制を作り、自宅でお年寄りを看取るための緩和ケアをしている医師は、連休は年に一週間だけという状況でも、喜びを見出していた。

 

古民家を利用した、小規模多機能型居老介護事業所「すずかけの家」の見学も面白かった。

 

古民家改装には、藤野のアーティスト達も関わっていて、そういう関係を好ましく思った。

 

認知症のお年寄りから酒まんじゅうの作り方を教わったスタッフのエピソードも面白かった。

 

「通い」「訪問」「泊まり」のサービスを組み合わせ、お年寄りを住み慣れた地域で、24時間支援をする宅老所という存在も初めて知った。

 

老母の介護と私の老後に役立ちそうな情報がてんこ盛りのセミナーだった。

 

彼女に、400万人いる認知症サポーターの1人になった、と報告したら、わたしはボケないわよ、と笑った。

 

ニッポンの人口は減り続け、今年3月末で前年から26万人6000人減っているというのに、全人口の4人に1人が高齢者という現実。

 

超高齢社会のニッポンはどこに向かうのだろうか。

 

聖書の創世記には、「・・・アダムの生きた年は合わせて九百三十歳であった。そして彼は死んだ。」などという表記があり、ひょっとしたら、いにしえのある時まで人間は何百年も生きたのかもしれない、と夢想する。

 

原発事故を克服したニッポンには、老人だらけの地上の楽園が出現するかもしれない。

 

個人的には、形態は分からなくとも、魂は永遠であると信じることができた時、死に対する恐怖が消え、天命をまっとうしたい、と思うようになった。

 

が、死に対する恐怖は消えても、ムカデやネズミや蛇を見ると、ぎゃーと叫んでしまう・・・・・・。

 

団体行動が苦手なので、「トランジション・タウン」の立ち上げなどに参加することはないが、環境にも人にもやさしくなろう、と思った。

 

自然体で、楽しみながら、地元の人達や自然と共栄共存する、「トランジション・タウン」という活動には共感し、フレーフレーと応援する。

 

あちこちで、新しい時代の萌芽を感じる今日この頃・・・・・・。

 

どうやら、シリアへの空爆もなさそうだ・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


すごいぞぉ、最近の若者。

2013-09-14 | 本・文学

「詩型の越境ー新しい時代の詩のために」という特集が組まれている、「現代詩手帖」9月号を購入した。

 

特集には、性別も年代もばらばらの、俳句や短歌の作家が紹介されていた。

 

俳句や短歌の世界は、未知の世界で、全く、何も知らない。

 

だから、いきなり、最近の俳句を読んで、すごーぃ、と驚いた。

 

たとえば、御中虫さん(1979年ー)の俳句。

 

<うちにないラジオが梅雨をつげました

 

薫風がほいほい出入りするファミマ

 

ここに棲むそこな桜よ近う寄れ

 

犬は牡蠣に似ているのだが伏せている

 

七夕の付箋のイトーヨーカドー

 

雷を眺める 誰も悪くない

 

アホ扱いされて一瞬天高し

 

夏期講習サドルを上げてついてきてください

 

おいでやもりわたしもまともではないし

 

花が咲く銀河ほかにもありますか

 

無駄口は終わり明日もかたつむり  >

 

オバサンは、すごくなぃ? と呟いて、沈黙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


言葉によるスケッチ

2013-09-13 | 本・文学

80年代後半から90年代初めの、パリとパリ郊外を描いた、アニー・エルノーの「戸外の日記」が大好きで、時折、読み返す。

 

その本で、著者は、<現実界をそのまま写し取る一種の写真的記述法、ふと見かけた人生からそれ本来の不透明性と謎を奪うことのない書き方を実践しようと努めた>という。

 

本は、<集団的日常生活のスナップ写真ともいうべきもの>の<集積>なのだ。

 

時折、言葉によるスケッチを試みるが、物事をあるがままに見ることの難しさを痛感する。

 

つい、ジャッジしたくなったり、物語を創りたくなったりする。

 

わたし達は、様々な事象や現象を、「心の目」で見る。

 

レンズが曇っていたり、立ち位置や魂のレベルが違ったりすると、同じ事象に対する感じ方が全く違ってくる。

 

ジャッジしたり虚実を混ぜるのではなく、あるがまま・・・・・・。

 

あるがままスケッチにチャレンジしようと思う、今日この頃。

 

先ほどまで曇っていたが、再び太陽が顔をだした。