らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

トンネル

2013-05-31 | ポエム

狭いトンネルを、

 

産道を、通って、三次元に顕れた。

 

オギャー、と泣いて、

 

「わたし」の物語を、始めた。

 

生、老、病、死。

 

 

人生には、たくさんのトンネル。

 

何度も、何度も、通過する、真っ暗なトンネル。

 

出口の標識が見えず、

 

黄泉の国か、と思うこともある。

 

が、三次元のトンネルには、出口がある。

 

必ず、ある。

 

 

起、承、転、結。

 

物語を終え、故郷に帰る時、

 

「わたし」は、今生のレンタカーを、

 

肉体を、捨てる。

 

そして、光を目指して、突き進む。

 

あゝ、ニルヴァーナ。

 

 

「幻想第4次の銀河鉄道」には、トンネルがない!

 

カムパネルラさんは、いま何処?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


茶髪ママとチョー地味少女

2013-05-30 | スケッチ

その喫茶店には、様々な人がいた。

 

美人女性からロシア語会話を習っている、若い女性。英会話の練習をしている、オバサンと外国の坊や。老眼鏡をはめて文庫本を読みふける、おじいさん。スポーツ新聞を読んでいる、おっさん。一人でぼーっとしている、おばあさん。若いママ友たちのグループ。

 

セルフサービスだが、雰囲気は、昔風の喫茶店で、店内にはジャズが流れていた。

 

そこへ、長い茶髪に付けまつげ、ピンヒールにスパッツという出で立ちの女性が、少女を連れて入ってきた。

 

少女は、シンプルなTシャツにスカートという地味な服装。

 

若いママ友たちが、少女の名前を呼んで手を振った。

 

茶髪ママは、愛想よく応対をしながらも、この子の検定の勉強があるから、と言い、ママ友たちとは合流せず、わたしの隣に座った。

 

席に座ると、茶髪ママの顔から、ママ友と話していた時の笑顔は消えていた。

 

声のトーンも変わり、彼女は、目標、と書かれた茶封筒から、たくさんのプリントを出して、テーブルの上に広げた。

 

そして、飲み物を飲みながら、娘の特訓を始めた。

 

娘は、難しそうな漢字をどんどん書いていった。

 

時々、ママが怒った。違うでしょ、それはノギヘンでしょ。

 

思わず、ノギヘンって、どんな形だったからしら、と思い出そうとする「わたし」。

 

少女は、一生懸命、親の期待に添うように努力していた。

 

消しゴムの使い方にいちゃもんをつけられても、素直に従っていた。

 

電話が鳴ると、茶髪ママは、スワロフスキーできんきらきんに飾られたスマートフォンで、友人と話した。

 

娘の特訓をする時の声と全く違い、やさしい声だった。

 

その間も、少女は、黙々と漢字を書いていた。

 

喫茶店を後にしながら、今の「わたし」が受験して合格する中学校があるのかしら、と思った。

 

教育熱心な親はほんとうに子供のためを思っているのだろうか・・・それとも、自分のエゴを満たすために子供の教育に熱心になるのだろうか・・・

 

もう、良い学校を出て良い会社に勤めれば安泰、という時代ではない。

 

もう、子供たちを支配する時代でもない。

 

首都圏は、入梅。季節は、巡る。が、時代は進み、人間も進化する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「わたし」

2013-05-29 | ポエム

薄暮の街を歩くと、「わたし」が、消えた。

 

商店街と同化した、「わたし」。

 

スクリーンの中を移動する、身体。

 

街灯、ネオンサイン、買い物をする女、犬を連れた老女、家路を急ぐ子供・・・みんな、「わたし」。

 

魚屋さんの、「こんばんは」という声で、「わたし」が、再び、現れた。

 

こんばんは、「わたし」。

 

ほんとうは、みんな、「わたし」。

 

プルーストの「je」は、みんなの、「je」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010年1月15日

 

 

 

 

 

 


映写機

2013-05-28 | ポエム

「わたし」は、映写機。

 

スクリーンに、

 

映像を、ちっぽけなコマを、映し出す。

 

「過去」と「未来」を内在した、「今」コマを、映し出す。

 

スクリーンに現れるのは、「わたし」の内側。

 

68億以上の映像が、無数のコマが、交差する、地球。

 

イマージュは、皆、違う。

 

全て、夢。

 

全て、幻。

 

肉体が朽ちる時、今生の映像を見る。

 

早送りで、見る。

 

終わると、白い光が、現れる。

 

ジー、カチカチ・・・

 

ジー、カチカチ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

(2010年1月26日)

 

 

 

 

 

 


「やさしさ」のキャパ

2013-05-27 | 色々な思い

人それぞれ、「やさしさ」のキャパシティーが違うような気がする。

 

大きな大きなアドバルーンのような、「やさしさ」のキャパシティーを持つ人が、ほんの少しやさしくしても、普通の人は、とてもやさしくされたように思う。

 

小さな小さなシャボン玉のような、「やさしさ」のキャパシティーしかない人が、精一杯やさしくしても、普通の人には、冷たく感じられる。

 

それでも、皆がやさしくあろうとすれば、ギブ & テイクではなく、ギブ & ギブの、やさしい社会が構築されていくような気がする。

 

小さなキャパしかないけれど、人にはやさしくしようと思う、穏やかな月曜日の朝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


おじょうさんの憂えをおびた眼差し

2013-05-25 | スケッチ

各駅停車に乗って、都心に向かった。

 

目の前に、ディズニーの世界から抜け出てきたような女の子が座っていた。

 

白っぽいファンデーションに、真っ赤な口紅。

 

真っ白な手にも、真っ赤なマニュキア。

 

大きな目には、ブルーのアイシャドーと、長くて真っ黒な付けまつげ。

 

茶髪の長い髪はアップにし、ディズニーのキャラクター模様のバンダナをリボンのように付けていた。

 

きんきらきんのブラウスに、ジーンズのショートパンツ。

 

上から、シースルーの、紫のチュチュをはき、こっぽりのようなサンダルから見えるペディキュアも真っ赤。

 

バービー人形の写真が張り付いたリュックサックには、小さなぬいぐるみがたくさんぶら下がっていた。

 

電話もメールも入って来ないスマホを握りしめて、ぼんやりと車窓を眺める様は、少女マンガに出てくる、きらきら瞳の恋する乙女・・・

 

白馬に乗った王子様が来るのをじっと待っている・・・愛されることだけを望んでいる・・・そんな印象を与える、憂えにおびた眼差しだった。

 

二十歳前のおじょうさんに見えたが・・・ひょっとしたら、三十路を過ぎているかもしれない・・・

 

電車が新宿に着くと、彼女は、リュックを背負って、出口に向かった。

 

背中では、バービー人形が微笑んでいた。

 

王子様は、聖母マリアや観音さまのようなやさしさが漂う、清楚な女の子が好きなんじゃないかしらん・・・

 

ふわふわチュチュの上で揺れる小さなぬいぐるみ達を見ながら、そう思った・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


勘違い

2013-05-24 | スケッチ

目が覚めると、微かに、バラの香りが漂っていた。

 

香水をつけた覚えはない。

 

何だろう・・・

 

ぼんやりした頭で考えた。

 

天使が舞い降りたのか・・・

 

ついに、地上が天国になったのか・・・

  

ベッドから出て、いつもの朝が始まった。

 

洗面所に行くと、浴室から、バラの香が漂ってきた。

 

あゝ、勘違い。

 

長い間、お風呂から上がると、湯船のお湯は流して、湯船を洗っていた。

 

が、2週間ぐらい前に、地震が起きた時のために湯船のお湯はキープしておいた方が良い、という話を聞き、お湯は流さないことにした。

 

昨夜は、湯船に、友人からもらった、バラの香の入浴剤を入れたことをすっかり忘れていた。

 

あゝ、勘違い。今日も、朝から、勘違い。

 

窓を開けると、カラスに、かあ、と笑われた。

 

 

 

 

夜になると、ビルの眼下には、美しい景色が広がっていた。

 

今日も、あちこちで勘違いをしているうちに、一日が終わった。

 

人生は短く、芸術は長し・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ババアの厚化粧

2013-05-21 | 色々な思い

自転車にも車にも、乗れない。

 

だから、歩く。てくてく歩く。

 

駅までの道も、街中も、てくてく歩く。

 

冬はいいけれど、夏になると日焼けする。

 

昨夏、すっぴんでうろうろしたら、頬の一部が真っ赤になって、ヒリヒリした。

 

皮膚科に行くと、「軽いやけどのようなものですなあ、できるだけ、日に当たらないようにしてください」、と言われた。

 

秋になると、赤かった部分が、立派なシミになった。

 

なので、今夏は、50SPFの日焼け止めクリームと50SPFのBBクリームを塗って、粉をはたいて、日傘をさして、外出する。

 

首から上は真っ白の、ババアの厚化粧は、シュールだ。

 

が、背に腹はかえられない。

 

夏になると、浴衣姿のすっぴん美人がうらやましい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ひらがなの美学

2013-05-20 | 本・文学

字が書けないので、習字を習っている。

 

1月から3か月かけて、漢字の草書「千字文」を臨書し、今は、ひらがなに取り組んでいる。

 

7月末までに、古今和歌集の写本である、「高野切」第三種を清書して、提出しなければならない。

 

ついていけなーい! と弱音を吐いたら、おばあさん先生に、ついていくのです、と叱咤激励された。

 

和歌もちんぷんかんぷんなので、真っ青。

 

変体がなが、特に苦手。

 

最初に、ヘンタイガナと聞いた時に、くねくねしたかな~変態がな~橋本治の訳本~桃尻娘~・・・と頭の中で連想してしまった。

 

変体がなは、漢字の草書体をさらに崩した字体で、平安時代が終わる12世紀には完成し、1900年(明治33年)の小学校令施行規則改正まで、ニッポンの学校で使用されていたそうだ。

 

以ーい、露ーろ、者ーは、盤ーは、耳ーに、登ーと、利ーり、怒ーぬ、留ーる、王ーわ、可ーか、与ーよ、多ーた、奈ーな・・・・・などなどたくさんの変体がながある。

 

ひらがなの文章の間に突然、草書体をくずした、変体がなが現れると、動揺してしまう。

 

古文の語彙も文法も知らないので、取りあえず、手本をコピーし、その上に半紙を置いて、上からなぞって書いている。

 

それでも、「よの那(な)可(か)はゆめ可(か)う徒(つ)かゝうつゝと毛(も)ゆめともしら須(ず)ありてなけれ者(ば)」などの句をなぞっていると、何となく、いにしえの人の優雅な憂鬱を感じてしまう。

 

突然、ひらがなは美しい、と思い始めた今日この頃・・・

 

ふと、平成のニッポン人の美意識は、平安時代より進化しているのだろうか、と思ってしまった・・・

 

タイムトラベルが可能なら、縄文時代と平安時代と江戸時代に行ってみたい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


昆虫ごはん

2013-05-19 | エコ&ベジタリアン

食事に招かれた時は、お肉以外は何でも頂きます、と言う。

 

が、メインディッシュに、カメムシのソースがかかった、バッタやアリやハエが出てきたら、どうしよう・・・

 

ナショナルジオグラフィックニュースによると、<5月13日、FAO(国連食糧農業機構)が、昆虫食を推奨する報告書を発表した>。

 

それによると、<地球上には、食べられる昆虫が1900種以上存在し、既に数百種がさまざまな国の食卓に上がっている>。

 

<昆虫を常食としている地域はアフリカ36カ国、南北アメリカ23カ国、アジア29か国、ヨーロッパ11カ国に広がり、延べ人口は、おおよそ20億人に達する>。

 

じぇじぇじぇ!

 

昆虫は、<優れた栄養食品でもあり、ほかの食材に引けを取らない量のタンパク質、繊維質、脂肪、必須ミネラルを含んでいる>そうだ。

 

また、<昆虫食は、殺虫剤に依存しないで害虫を減らす、安全で健康的な方法>でもある。

 

ナショナルジオグラフィックによる、<世界の食用昆虫、人気ベスト8>は下記の通り。

 

<1.甲虫類:カミキリムシ、コガネムシ、フンコロガシ、カブトムシなどはタンパク質などを多く含み、すでにアマゾン盆地やアフリカの一部では食用になっている。

 

2.チョウ、ガ:チョウやガの幼虫やさなぎは、”ジューシー”でタンパク質や鉄分を多く含み、アフリカ諸国では人気。中央および南アメリカでは、幼虫を蒸留酒に入れて飲む所もある。

 

3.ハチ:アジア、アフリカ、南アメリカ、オーストラリアなどでは、ハチの卵、幼虫、さなぎを食べる。

 

4.アリ:アカアリを100g集めると、14gのタンパク質や48gのカルシウムが採取できる。

 

5.バッタ類:イナゴやコオロギなどは、量的には世界で最も食用とされている昆虫。

 

6.ハエ、カ:ハエやカも食用になる。チーズを餌に育ったハエはチーズ味になる。

 

7:水中昆虫:ミズムシやマツモムシ

 

8:カメムシ:異臭を放つカメムシ類は、ソースに混ぜるとリンゴ味になり、ヨウ素の貴重な供給源でもあり、麻酔、鎮痛成分が含まれている。>

 

粉末やパテ状になっていれば食べれるかもしれないが、普通のニッポン人は、昆虫の姿が見えれば躊躇してしまうだろう。

 

有り難いことに、ニッポンは、お肉以外にも、海の幸にも山の幸にも恵まれ、発酵の技術も進んでいる。

 

白米や玄米や雑穀もあり、植物性タンパク質は、豆腐、がんもどき、あげ、高野豆腐、おから、麩、納豆などからも取れ、調味料にも味噌や醤油やみりんがある。

 

ヨードやミネラルは、昆布や海藻からも取れるし、ビタミンやミネラルは、根菜類からも取れる。

 

が、残念なことに、原発事故で、東日本の海岸や一部の大地は、放射能に汚染されてしまった。

 

海産物や農作物の汚染が、残念でしかたがない・・・

 

福島のチョウの一部も、遺伝子に異常をきたしていることが確認されている。

 

わたし達東日本の住人は、食糧危機の際に、昆虫すらも食べれないかもしれない・・・

 

原発がなければ、ニッポンは桃源郷になれた・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


言葉遣い

2013-05-16 | 色々な思い

真摯な態度で、ていねいに生きている人の言葉遣いは、美しい。

 

慇懃ではなく、自然体で、誰にでも同じ言葉遣いで話せる人に、憧れる。

 

人格のにじみ出る言葉遣いに、憧れる。

 

主語を、「あたし」でもなく、「わたし」でもなく、「わたくし」と言える人に、憧れる。

 

ものの言い方で、人生が違ってくる。

 

今日から、ていねいな言葉遣いで生きようと思う。友よ、次に会った時に驚かないでほしい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


じぇじぇじぇ!

2013-05-15 | 時事

友人からのメールの文章に、「じぇじぇじぇ!」とあった。

 

何のことかさっぱり分からないので、グーグルで検索した。

 

岩手県の海岸沿いの漁師さんたちが、驚いた時に言う(どちらかといえば少しがっかりしたニュアンス)フレーズなのだそうだ。

 

どうやら、朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」で登場人物が言い、全国で流行し始めているようだ。

 

それにしても、3.11以後のニッポンでは、「じぇじぇじぇ!」な事ばかり起きている。

 

いったいこの国はどうなるのだろう・・・と不安になる。

 

と、中国でも「じぇじぇじぇ!」なことが・・・

 

中国の新華社通信によれば、中国のあちこちで、13日、UFO(未確認飛行物体)のような物体が目撃されて話題になっているとか・・・「じぇじぇじぇ!」

 

画家の横尾忠則さんや自然農法の木村秋則さんなどは、宇宙人に会ったりUFOに乗ったりしたそうだ。

 

本当かしら・・・それとも錯覚なのかしら・・・一度、この目で見て確かめてみたいと思う・・・「じぇじぇじぇ!」

 

*****

 

P.S.

16日の、東京新聞に、<米国防総省は、15日、中国が13日に観測目的としてロケットを打ち上げ、高度3万6千キロの静止軌道に近づく飛行ルートをたどったとの分析を明らかにした>、という記事が載っていた。

 

「じぇじぇじぇ!」、謎の飛行物体は、UFOではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


生きる。

2013-05-14 | ポエム

死ぬまで、生きる。

 

精一杯、生きる。

 

前を向いて、生きる。

 

今を、生きる。

 

過去は、振り返らない。

 

生きる。生きる。生きる。

 

けれど、力まない。

 

凛として、淡々・・・

 

そして、死んだら、星になる。

 

じぇじぇじぇ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


芸術と狂気

2013-05-12 | アート・映画・演劇

芸術家と呼ばれる人たちは、3次元以外の次元からインスピレーションを受け取っているような気がする。

 

そして、創造の源には様々な次元があるような気もする。

 

意識レベルの高い人は、神さまからインスピレーションをもらうかもしれない。

 

シュールレアリストの中には、魔界のような所と繋がっているとしか思えない人もいる。

 

いずれの場合も、「わたし」の居る世界ではない別の世界からインスピレーションをもらうのだと思う。

 

何年も精進を重ね、自分の作風を確立した芸術家は、意識的、あるいは無意識で、あちらの世界と繋がり、独特の世界を構築する。

 

芸術家や作品が純粋であればあるほど、狂気を感じる場合がある。

 

作品に狂気が顕れていても、実生活においては、理性で狂気を遠ざけ、変人、奇人、として生き延びている芸術家もいれば、生活においても狂気をまき散らしている芸術家もいる。

 

芸術家は、作品が全て。

 

作品が心に沁み、感動を覚える場合、「わたし」の奥底には、それと共鳴する何かが存在しているのだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「植物は隣の植物の声を聞く?」

2013-05-09 | 動植物

5月8日の、ナショナルジオグラフィックに、「植物は隣の植物の声を聞く?」という記事が載っていた。

 

<西オーストラリア大学の研究チームは植物が良き隣人を認識することを実証した。>

 

<植物は化学物質のにおいをかぐ「嗅覚」や隣人に反射した光を見る「視覚」に加え、周囲の音を聞く「聴覚」も備わっている可能性がある>そうだ。

 

<意識的かどうかは別にして植物細胞の内部で生成される音響振動が鍵を握っている>とか。

 

そして、<仕組みはまだ不明だが音に基づくコミュニケーション能力はおそらく植物間ので広く普及していると考えられる。>のだ。

 

万物は振動しているから、植物も振動によって情報の伝達をするような気がする。

 

腐らない(枯れる)リンゴで一躍有名になった、自然栽培の木村秋則さんは、優しい声でリンゴに語りかけることでも有名だ。

 

何となく、ハウス栽培の農作物に、グレゴリア聖歌(ソルフェジオ周波数)を聞かせると良いような気がするのだけれど・・・どうなんでしょう・・・

 

わたしが歌えば、我が家の観葉植物は元気になるかしら・・・それとも、枯れていくかしら・・・