らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

ホンモノ

2012-06-23 | 色々な思い

ホンモノの反対は、ニセモノ。

 

ホンモノという言葉は、物だけでなく、あの人はホンモノとか、ホンモノの腕前とか、人を表すときにも使われる。

 

が、いわゆるホンモノの知識人や文化人でも、薀蓄を傾け、知識をひけらかす人には反発してしまう。

 

知識もないのに反論し、その場の雰囲気を乱して、後で反省することがある。

 

わたしにとって、ホンモノとは、神さま宇宙と繋がっているということなのだ。

 

で、神さま宇宙と繋がらずに、真理も知らずに、薀蓄を傾け知識をひけらかす知識人や文化人には、不遜にも、ふん、と反発してしまう。

 

ある時、地方の神社の宮司さんと話す機会に恵まれた。

 

直感的に、ああ、この人は真理を知っている、と思い、素直に話を聞くことができ、会話が弾み、楽しいひと時を過ごすことが出来た。

 

もうすでに亡くなってしまったが、ホンモノの、クリシュナムルティや鈴木俊隆禅師と接する機会があったらなぁ・・・と思うことがある。

 

自分がニセモノだから、ホンモノに憧れる・・・

 

ところで、ニッポンにホンモノの政治家はいるのだろうか・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


色気

2012-06-21 | スケッチ

いつだったか、美術館で、小学生を引率している女教師の色気に圧倒されたことがある。

 

彼女の色気は、太地喜和子さんのような女優が醸し出す妖艶な色気ではなく、健全で、ワイルドな色気。

 

彼女は、素朴なシャツブラウスを着て、長めのスカートにスニーカーという出で立ちで、天然パーマの長い髪はゴムで無造作に留めてあった。

 

素顔で、紅もさしていなかった。

 

けれど、何だか大地の母のような不思議なオーラと色気を漂わしていた。

 

洋画のモデルになれそうだった。

 

子供たちも、先生、先生、とまとわりついていた。

 

何となく、触っていく子もいた。

 

私の場合、チビ、デブ、ブスのせいか、年頃になっても色気は出なかった。

 

いつも、色気より食い気。

 

けれど、良いこともある。

 

西洋の街でも、東洋の街でも、町中でも、職場でも、女性たちがとても親切だった。

 

パリでもブリュッセルでも、いつも女性たちに助けてもらった。

 

誰かの家でパーティがあっても、奥さんが、ご主人に、ヨシコを送って来て、と頼んだ。

 

美人や色気のある人は警戒されていたから、ヨシコなら絶対大丈夫、と言われると複雑な気持ちだったが・・・

 

ある時、友達のフランス人のご主人に、ねえ、君は、パジャマを着て靴下をはいて寝る? と聞かれた。

 

どうして分かるの、と答えると、笑い転げた。そういう格好で寝るから色気がないんだよぉ・・・

 

3.11以後は、ハイヒールやパンプスも履かなくなり、いつでもどこでも、ウォーキング・シューズ。

 

震災ファッションに身を包んだおばさんおばあさんになってしまった。

 

せめて、透明感があれば、と思う。 

 

女性は、男性と会う時よりも女性と会う時の方が、おしゃれに気を使っているような気がするけれど、どうなんだろう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


おばあさんのおっぱい

2012-06-20 | スケッチ

車窓の向こうに、青い空が広がる。

 

台風の後は、空が青い。

 

電車が停まると、白髪のおばあさんが乗って来た。

 

白いTシャツから、おっぱいが透けて見えた。

 

おばあさんは、つ、つ、つ、と奥に入って、つり革を握った。

 

おばあさんのおっぱいを見つめる乗客は、誰もいなかった。

 

電車から降りて、駅前の横断歩道を渡った。

 

ゆっくり歩くおばあさんと、すれ違った。

 

洋服から、おっぱいが透けて見えたが、歩行者は、無関心。

 

もう何年かしたら、私もブラジャーするのを止めよう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


ヘビの水泳

2012-06-18 | 動植物

先日、友人に、どこか田舎に移住したい、と言ったら、ヘビや虫に耐えられるかしら? と笑われた。

 

今日、川沿いの道を歩いたら、対岸の欄干の下の方に、ヘビがいた。

 

しばらくの間、欄干の上から、様子を伺った。

 

長くて大きいヘビは、川岸を這っていた。

 

水辺に来ると、顔を突っ込んだ。

 

そして、泳ぎ始めると、あっという間に、川を渡った。

 

初めて、ヘビの水泳を見た。

 

とても早くて、怖かった。

 

やっぱり、田舎暮らしは無理かもぉ・・・

 

有毒な爬虫類の9割は、ヘビなのだそうだ。

 

キリスト教徒の人たちは、悪魔のように、ヘビを嫌う。

 

アダムとイブの逸話でも、ヘビは悪者だ。

 

それなのに、WHOのロゴには、ヘビが使用されていることの不思議。

 

中国では、ヘビを食べる。

 

インドやタイには、ヘビ使いのおじさんがいる。

 

国によって、ヘビの扱いが違う。

 

ニッポンでは、ヘビを、神の使い、と崇める人がいる。

 

白いヘビの夢は、縁起が良いそうだ。

 

ヘビは、死と再生のシンボル、という人もいる。

 

2013年は、ヘビ年。

 

ニッポンの再生を、切に願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


犬の勘違い

2012-06-17 | 動植物

母の犬は、私が帰った翌日の朝も、私が泊まっていた部屋に向かって、起きろ、と鳴くことがある。ウー、ワンワン。

 

母が、ヨシコサン、イナイノ、と襖を開けて笑うと、恥ずかしそうにうな垂れて、テーブルの下に行ってしまうそうだ。

 

彼は、時々勘違いする。

 

話を聞いた時には、ばかぁ、と笑った。

 

が、ひょっとしたら、彼は、私の残留意識に吠えていたのかもぉ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


声の贈り物

2012-06-14 | スケッチ

久しぶりに広がる、青い空。

 

ジョギングをする、老人。

 

犬と散歩をする、婦人。

 

駅へと急ぐ、若者。

 

郊外の朝は、さわやかだ。

 

藪の中から、小さな鳥が出てきて、何かを啄んだ。

 

あっ、ウ、、、、と言いかけた瞬間、小鳥は藪の中に消えた。

 

しばらく歩くと、背後から、声が聞こえた。

 

ホー、ホケキョ。ホー、ホケキョ。

 

小さな鳥の、大きなエール。

 

鶯さん、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゲイジュツカ

2012-06-13 | アート・映画・演劇

ゲイジュツカとは、芸術を創造する人のことだ。

 

絵画や彫刻のようにマチエールや道具を使う場合もあるし、役者やダンサーや歌手のように、自分の肉体が媒体となる場合もあるだろう。

 

ゲイジュツは、ゲイジュツカが、神さま宇宙と一体となった時に創造される美だと思う。

 

本当の美は、善。

 

が、美の創造者であるゲイジュツカが、四六時中、善人とは限らない。

 

作品を創っている時、神さまと繋がっている時だけ、善なのだ。

 

その他の時のゲイジュツカは、抜け殻のようになっていたり、エゴイストだったり、酒飲みだったり、借金まみれだったり、気難しかったり、神経質だったり、とやっかいな人たちが多い。

 

わたし達は肝に銘じておかなければならない。ゲイジュツを評価する時は、作品のみを評価し、創作者の品行や思想をとやかく言うべきではない、と。

 

ゲイジュツ作品を部屋に飾ると心が安らぐけれど、ゲイジュツカと同じ部屋にいると、疲れるかもぉ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ゲイジュツ

2012-06-12 | アート・映画・演劇

パリの、ポンピドゥー・センターの国立近代美術館に鎮座している、ポップ・アートを眺めながら、これが「ゲイジュツ」なのだろうか、と悩んだことがある。

 

左脳おじさん達の書いた、芸術論も、よく分からない。

 

「ゲイジュツ」とは、作家や製作者や表現者たちのエゴが消え、神さま宇宙と繋がった時に出来た作品だと思っている。

 

神さまとの繋がりを、インスピレーションと呼ぶ人もいる。

 

一部のシュールリアリズムの作品のように、神さまとではなく、魔界と繋がってしまったような作品は、「ゲイジュツ」ではないような気がする。

 

また、「ゲイジュツ」は、音楽や絵画や彫刻や詩歌などに限定されない。

 

舞台の上の俳優やダンサーに神が降りてきた作品も、芸術作品といえる。

 

民芸といわれる物であっても、それを制作している時に神さまと繋がっていれば、出来上がった作品は、「ゲイジュツ」だと思う。

 

料理だって、無心で作れば、「ゲイジュツ」だ。

 

結局、神さまと繋がって、そこに愛と自由がある作品は、全て「ゲイジュツ」なのではないかしら・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


期限付き困難

2012-06-11 | 東日本大震災

3か月の、突貫工事。

 

1年間の、受験勉強。

 

2年間の、単身赴任。

 

人は、期限付きの困難には耐えられる。

 

が、いつまで続くか分からない、無期限の困難には、打ちのめされる。

 

ブログ、「院長の独り言」http://onodekita.sblo.jp/ 読んで、フクシマの原発事故が突きつける現実の重さを痛感した。

 

自然災害だけであったら、地元の人も他府県の人も一丸となって、復興が進んだだろう。

 

自然災害だけであったら、瓦礫の処理も、地元の農作物を食べて応援することも、全く何の問題もなかった。

 

が、原発事故が起きてしまった。

 

原発事故は、大地や海洋の汚染、生態系や農作物への影響、人々への外部被曝、内部被曝などをもたらした。

 

全て、期限付きで解決できない。

 

原発は、それを導入する時に、地域社会を二分した。

 

今、また、再稼働を巡って、国が二分された。

 

地震列島に、原発は不要だった。

 

わたし達は、無知蒙昧だった。

 

放射能を無害化する技術が開発され、今、わたし達が直面している困難が期限付き困難になることを切に願う。

 

関東地方も梅雨になったが、これは、期限付き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


洗脳

2012-06-10 | 色々な思い

洗脳は、カルト集団だけで行われているのでははい。

 

わたし達小市民も、また、洗脳されている。

 

終戦後、わたし達は、資本主義に洗脳され、お上に飼いならされてきた。

 

良い学校を出て、良い会社に勤めて、家を買って、きちんと会社を勤め上げて・・・

 

どんどん洗脳されて、効率ばかり求める、経済至上主義がはびこり、地震列島の上に、50基以上の原発を造り、事故を起こしてしまった。

 

が、事態が収束していないのに、政府は、子供たちの命より、国民の被曝より、原発再稼働に執着する。

 

ニッポンでは、海洋だけでなく土壌の汚染も進み、家庭菜園すらままならない。

 

それでも、左脳おじさん達は、まだ、資本主義に、原発至上主義に、洗脳されている。

 

そろそろ、右脳おばさん達の出番です。おんな子供の出番です。

 

みんなで、左脳おじさん達の洗脳を解きましょう。

 

北風ビュービューではなく、温かい愛の光線で解きましょう。

 

その前に、欧米からじわりじわりと資本主義が崩壊していくかもぉ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


笑いの効用

2012-06-08 | 色々な思い

嘲笑や冷笑は大嫌いだが、大きな声で笑うのは大好き。

 

笑いを共有できる友達は、ありがたい。

 

笑いは、ストレスを解消し、免疫力を高める。

 

癌患者が、癌のことを忘れ、毎日喜劇のDVDを見て笑い転げていたら癌が消えた、という話を聞いたことがある。

 

笑いは、健康に良い。

 

また、邪心のない大笑いは、サトリの境地と同じらしい。

 

インドでは、毎朝、公園で、笑いヨガ(Laughter Yoga)をする人もいる。

 

地震、原発事故、放射能汚染、天変地異、金融危機・・・こういうい時代は、笑って乗り切るしかない。

 

家や学校や役所や会社からぞろぞろ出てきた大勢の人たちが、国会議事堂や経済産業省や東電の本社前で、みんなで大声で笑ったらどうなるかしら・・・などと書きながら、微笑んでしまう「わたし」がいる・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジジ・ババ軍団

2012-06-07 | スケッチ

こどもの国に近い郊外の街を歩いていると、しばしば、子供たちの集団に遭遇する。

 

みんな、帽子を被って、リュックを背負って、楽しそうに歩いている。

 

先頭の先生が、旗を持っていることもある。

 

今朝も、遥か彼方に、帽子を被った人たちの集団が見えた。

 

先頭の人は、黄色い旗を持っていた。

 

子供たちはいいなぁ、と思った。

 

しばらく歩くと、その集団とすれ違った。

 

と、集団は、わたしと同世代の、ジジ・ババ軍団だった。

 

黄色い旗には、「歩こう会」とあった。

 

みんな、帽子に、リュック。

 

世間での役割を終えた人たちは、和気あいあいと楽しそうだった。

 

ニッポンには、フクシマの事態や金融危機を憂い、深刻になっている人達もいれば、日常的に、わくわくしたり、笑ったり、歩いたりして、人生を、今を、楽しんでいるジジ・ババ軍団もいる。

 

ちょっと複雑な気持ちになっていると、鶯の鳴き声が聞こえてきた。ホー、ホケキョ。

 

人は、皆、それぞれの世界を生きる・・・そこには、正しいも間違っているもなーい・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


パリの雨

2012-06-06 | 外国語・外国

朝、窓を開けると、雨が降っていた。

 

空気は冷たく、目を閉じると、パリにいるようだった。

 

パリには、雨が似合う。

 

雨は、突然降って、しばらくすると、止む。

 

一日中雨、という日はほとんどない。

 

フランスの袋物屋に傘が出現したのは、1750年なのだそうだ。

 

19世紀になると、傘を小脇に抱えた紳士は、落ち着いた生活を営む、ブルジョワやプチブルの象徴として、小説や映画に登場する。

 

だからというわけではなだろうが、芸術家気質の人は、雨が降っても、傘をささないで石畳の上を歩いたり、カフェで雨宿りをする。

 

1920年代に、パリを目指したアメリカ人作家たちも、雨が好きだった。

 

フィツジェラルドには、「雨の朝パリに死す」という小説もある。

 

1921年に発表された、高村光太郎の「雨にうたるるカテドラル」という詩の「わたくし」も、横しぶきの雨にぬれながらノートルダム寺院を見上げている。

 

パリの雨には、何ともいえないロマンチシズムを感じてしまうのだが、パリに行くときには、軽量の折り畳み傘を持ち歩く。

 

パリの雨に濡れないと詩人にはなれない、と分かっているのだけれど・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


子供たち、がんばれ!

2012-06-05 | 色々な思い

民主党の岡田議員は、ラジオで、福島の子供たちを避難させないのはお金がないからだ、と言った。

 

が、政府は、外国や、外国の機関には、気前よくお金を差し出す。

 

将来を担う子供たちを大切にしない国には、未来がない。

 

子供たちに汚染された食物を提供する食品会社にも、学校にも、未来はない。

 

そんなことを思いながら急行電車に乗ったら、出入り口の角に三人の園児たちがいた。

 

窓の外を見ながら、くすくす笑って楽しそう。

 

大人たちの背負ったリュックサックは、電車の中で邪魔になることが多いが、年長者の子供は、小さなリュックを前に抱えていた。

 

しかも、彼は、電車が揺れると、両手を広げて自分より小さい子供たちを守った。

 

電車が止まってドアが開くときは、小さい子供たちに注意を促した。

 

思わず、微笑んだ。ニッポンの未来は、明るい。

 

車窓の向こうには、青い空。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


靴磨きのおばあさん

2012-06-03 | スケッチ

何年も前のこと。テレビを付けたら、靴磨きのおばあさんが映っていた。

 

夫を亡くし、子供を抱えたその女性は、新橋で、何十年も靴磨きをしてきた。

 

駅前にちょこんと座り、晴れた日も、雨の日も、おじさん達の革靴をごしごし磨いてきた。

 

子供たちはりっぱな大人になり、孫たちにも恵まれた。

 

引退を勧められても、おばあさんは、毎日、ごしごし靴磨き。

 

アップになった、おばあさんの顔を見て、息を呑んだ。

 

まるで、観音様。

 

おばあさんは、毎日、魂を磨いていたのだ。

 

あのおばあさん、お元気かしら・・・