らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

雪も、わたし達も、おんなじ。

2012-02-29 | スケッチ

母の所に、泊まった。

 

朝、窓を開けると、雪がひらひら舞っていた。

 

雪の中を、駅に向かった。

 

久しぶりの雪景色。郊外の町が、里山のように見えた。

 

雪は、灰色の空から、次々に降ってきた。

 

写真でしか見たことがないが、雪の結晶は、皆、違って、皆、美しい。

 

木々の上には、真綿のような雪。

 

屋根に降りる雪もあれば、川に降りる雪もある。

 

道路に積もった雪は、車や人に踏まれて泥だらけ。

 

が、どこに降った雪も、日が照ると、溶け、蒸発して天に向かうか、川に流れて大海に向かう。

 

そして、皆、同じ所に帰っていく・・・わたし達も、おんなじ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


心においしい、贈り物。

2012-02-28 | 色々な思い

贈り物は、心においしいものがいい。

 

ゴディバのチョコレートでもなく、ティファニーの指輪でもなく、心においしい、贈り物。

 

それは、笑顔。

 

それは、やさしさ。

 

それは、愛。

 

どれも、無償で、心においしい。

 

 

 

 

 

 

 

 


過去を溶かす。

2012-02-27 | 色々な思い

20代の「わたし」が思う、少女時代。

 

30代の「わたし」が考える、少女時代。

 

40代の「わたし」が思い出す、少女時代。

 

50代の「わたし」が想う、少女時代。

 

どれも、みんな、違う。

 

その時その時の思考が創り出す過去は、違って、当たり前。

 

これからは、過去を、今に融合して、「わたし」は、「わたし」の少女時代を生きよう。

 

過去を溶かして、「今ここ」を生きよう。

 

還暦ババアではなく、還暦少女になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


魂の家族

2012-02-26 | 色々な思い

長い間、魂の家族を捜していた。

 

血縁ではなく、精神の家族。魂の家族。

 

イギリスのスピリチュアルな村、フィンドホーンや、政府公認で新しい社会を実現している、イタリアのダマヌールという自治体の話を聞いたときは、いいなあ、と羨ましかった。

 

けれど、ニッポンで、時折、同じ考えを持つ人に出合い、共鳴し、心に残る一期一会を楽しむのも、まあいいか、と思うようになった。

 

そろそろ、サイの角となりましょか・・・

 

のっし、のっし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


マイ・ムービー

2012-02-25 | 色々な思い

過去世からのシミは見えるものの、スクリーンは真っ白。

 

原案は、あちらで練ってきた。

 

が、産道を通ると、すっかり忘れてしまう。

 

わたし達は、自由。

 

自分で原稿を書き、自分で脚色し、自分で演じる。

 

一巻は、あっけなく終わる。

 

再びマイ・ムービーを創る人もいれば、3次元を卒業する人もいる。

 

けれど、いつの日か、みんな、同じ所で、光となるのさ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


高次元の「あなた」

2012-02-24 | 色々な思い

「わたし」には、高次元の「わたし」がいて、「あなた」にも、高次元の「あなた」がいるのだろう。

 

イエスやブッダは、どんな人にも、神さま仏さまと見出した。

 

たぶん、どんな人とも、高次元のその人と対話したのだろう。

 

高次元の「わたし」と高次元の「あなた」が対話するようになれば、憎しみは許しとなり、この世から低次元の争いは消え、地上は、天国になる。

 

意識的に、他者の高次元と話す訓練をしてみようかしらん・・・

 

そうすれば、低次元の「わたし」も影響されるかな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


ひらめきは、すぐ逃げる。

2012-02-23 | 色々な思い

眠りにつく前、静けさの中に身をゆだねると、ひらめきのシャワーを浴びる。

 

あれも、これも、書きたいと思う。

 

が、翌朝、日の光を浴びると、言葉も思いも、全て忘却の彼方。

 

何も覚えていない。

 

昨夜の言葉や思いは、一体どこに消えたのだろう。

 

どこか別の人、同じような周波数の人の所に行ってしまったのだろうか・・・

 

ひらめきは、すぐ捕まえないと、逃げちゃうの・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


似顔絵

2012-02-21 | スケッチ

急行電車を降り、各駅停車に乗り換えた。

 

隣には、数人の少女たち。

 

小学校、4、5年だろう。

 

妖精のような少女たちは、顔をくっつけ合って、くすくす笑っていた。

 

右隣に座る、熊のぬいぐるみリュックを背負った少女が、ノートに、向かい側の乗客たちの似顔絵を描いていた。

 

おじさんも、おばさんも、お姉さんも、みんな、思わず吹き出してしまうくらい、そっくり。

 

なんだか、性格まで見抜いているような感じ。

 

つい、そっくりね、と微笑んでしまった。

 

少女は、当惑した笑みを浮かべながらも、鉛筆で、次々に似顔絵を描いていった。

 

すぐ降りるのでなければ、おばちゃんも描いて、と頼んだだろう。

 

正直な子供の眼差しには、わたしはどう映るのだろうか。

 

彼女たちにとって、大人は、裸の王様王女様かもしれない。

 

天才画家たちの描く、似顔絵や肖像画には、モデルの本質が顕れていることがままある。

 

わたし達は、わたし達をさらけ出して生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 


人工音

2012-02-20 | 色々な思い

人工音が苦手だ。

 

駅に流れる、鳥の鳴き声を聞くと、かえって不愉快になる。

 

タイマーの、ピピーという音を聞くと、どきりとする。

 

エスカレーターやバスの中で聞こえる音声も、うるさいなあ、と思う。

 

老母の子犬ですら、人工音には、ウー、ワンワンと怒る。

 

自然の鳥や虫の鳴き声や、風の音に勝るものはない。

 

今、ネットでは、528ヘルツの周波数が話題になっている。

 

それは人間にやさしく、放射能でダメージを受けたDNAすらも修復するのだそうだ。

 

試に、グーグルで検索して、聞いてみたが、1分で切ってしまった。

 

やはり、自然の奏でる音が良い。

 

久しぶりに、ハワイアン・ソングのCDが聞きたくなった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


郊外の町

2012-02-19 | 色々な思い

老母の住む、郊外の町に行くことが多い。

 

1970年初頭に、東京近郊に出現したその分譲住宅地には、3000世帯以上の、50-70坪の家々が整然と並ぶ。

 

小さな庭に、自家用車。本棚には、司馬遼太郎の本。

 

ゴミも落ちていないし、落書きもない。

 

清潔で、無味乾燥の町。

 

住人は、みんな、サラリーマン。

 

亡き父も、バンコクから東京に転勤になった時、その町に居を構えた。

 

大正生まれの父は、自分たちの世代がニッポンの高度成長を支えた、と自負していた。

 

昔の郊外の町は、そんな企業戦士で溢れていて、活気があった。

 

が、今は、公園で遊んでいた子供たちは巣立ち、かつての企業戦士も、エコノミック・アニマルも、ハイカラ奥さんも、介護が必要な年代になった。

 

雨の日の町は、ひっそりと静まりかえり、道行く人もいない。

 

企業戦士たちが必死で作り上げた、戦後の物質文明も行き詰っている。

 

昔は、似たような環境の人たちが集う、郊外の町にある種の安堵感を覚えた。

 

が、今は、なんだか落ち着かない。

 

家々に明かりが灯る、夕暮れ時の町を歩きながら、自分はここに属していない、と思う。

 

長い人生の中で、たった8年間だけ外国で暮らしただけなのに、今は、様々な階層や国籍の老若男女が集う、開かれた町に魅力を感じる。

 

里山にも憧れる。

 

老母の部屋の掃除をしながら、父の転勤で過ごした神戸やバンコク、そして自分で出かけて行ったブリュッセルやパリを想う「わたし」。 

 

が、人生は、夢、幻・・・どこにいても、「今、ここ」しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 


人生は、旅。

2012-02-18 | 色々な思い

人生は、旅。

 

徒歩で歩む人がいる。

 

自転車やバイクで進む人がいる。

 

自動車に乗る人もいる。

 

バスや電車を乗り継ぐ人もいる。

 

途中下車をする人もいる。

 

飛行機で駆け抜ける人がいる。

 

どんな行き方でも、どんな生き方でも、無駄なことは何もない。

 

どんな旅路にも、祝福が待っている。

 

結局、みんな、最後は同じ所に到達するのさ。 

 

 

 

 

 

 

 

 


ノンフィクションも、フィクション。

2012-02-17 | 色々な思い

はたしてノンフィクションには、真実が書かれているのか・・・

 

同じ出来事も、関係者の立ち位置と意識レベルと感受性で、受け取り方が全く違ってくる。

 

記憶はウソツキ、と言った友達がいたが、そうかもしれない。

 

ほんとうの真実は、時間のない所に存在する。

 

その上、著者の「今」は、過去を変える。

 

だから、ノンフィクションも、また、フィクション。

 

今、世界では、70億のストリーが蠢いている。

 

が、突き詰めれば、どれも、みな、幻・・・

 

ブッダは言った。「世間における一切のものは虚妄である。」

 

 

 

 

 

 

 

 


自分がして欲しいことをする。

2012-02-14 | 色々な思い

わたし達は、みんな、与えるものを受け取る。

 

だから、他の人に何かをする時は、自分がして欲しいことをしようと思う。

 

他の人に何かをプレゼントする時は、自分が欲する物をあげようと思う。

 

が、困ったことに、変わり者のわたしが欲することや物を、他の人は欲しない。

 

うーん、と悩みながら、結局、何もしないわたしがいる。

 

 

 

 

 

 


タバコの煙

2012-02-13 | 色々な思い

偲ぶ会に出掛けたが、早すぎたので、カフェで時間を潰した。

 

文庫本を読んでいると、タバコの煙の臭いが漂ってきた。

 

顔を上げると、近くの席で勉学に勤しんでいた青年が、タバコを吸い始めていた。

 

ああ、タバコの煙。

 

学生だった70年代、タバコの煙は、反逆のシンボルだった。

 

スクリーンの中で、トレンチコート姿のハンフリー・ボガードがタバコを吹かす様を見て、まあ、素敵、とため息をつき、まねをしてみた。

 

が、幾時代かが過ぎ、今は、タバコの煙を見ると、たとえそれがスクリーン上であっても、不快になるし、深刻な顔をしてタバコを吹かしているおじさんを見ると、やれやれ、と思う。

 

その上、今のニッポンのタバコの葉には、セシウムが含まれているかもしれない。

 

時代が変わり、タバコのイメージや記号もすっかり変わってしまった。

 

結局、変わらぬものなど何もない。

 

そういえば、夫婦喧嘩は、たいていタバコの煙が原因だった・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


隠すものなど、何もない。

2012-02-10 | 色々な思い

老母が大切にしている、象の置物がある。

 

どんよりと曇った日には、美しく見える。

 

が、晴れた日に、陽光を浴びると、ほこりが見える。

 

薄明りの中では美しくても、光が当たると、塵や芥が見える。

 

わたし達も、同じ。

 

光に照らされると、隠すものなど、何もない。

 

隠せるものも、何もない。

 

だから、わたし達、正直に生きるしかない。