らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

透明なおばあさん

2011-05-30 | スケッチ
向うから、透明なおばあさんが歩いて来た。

ちょっと背中を丸めて、キャリー・バッグを引いていた。

立ち止まって、凝視した。

ジーンズに、ウォーキング・シューズ。

清潔でアイロンのかかった、真っ白のブラウス。

童女のような、澄んだ眼差し。

白髪で素顔だが、唇に赤い紅。

70代かしら・・・80代かしら・・・

強風にあおられてよろめいたが、すぐに前を向きなおして歩き始めた。

あんなおばあさんになりたいな・・・

みんな、死ぬまで生きる。

本当のことを知りたい「わたし」と、安心していたい「わたし」がせめぎ合う。

2011-05-28 | 東日本大震災
菅首相は、サミットで、フクシマに関して、来年1月までに冷温停止状態にして事故を収束させると説明した。

また、事故の情報は、最大限の透明性をもって全て提供する、と明言し、原子力の安全確保に積極的に貢献する、と強調した。

小沢民主党元代表は、ウオール・ストリート・ジャーナルのインタビューで、もし指揮を執っていれば最初の段階でメルトダウンが起きて危ないということを国民に大きな声で言っていたか、と尋ねられ、こう答えた。

「言うだろう。隠していたらどうしようもない。それを前提にして、対応策を考えねばならない。当面は福島の人だが、福島だけではない、このままでは汚染はどんどん広がるだろう。だから、不安、不満がどんどん高まってきている。もうそこには住めないのだから。ちょっと行って帰ってくる分には大丈夫だが。日本の領土はあの分減ってしまった。あれは黙っていたら、どんどん広がる。東京もアウトになる。ウラン燃料が膨大な量あるのだ。チェルノブイリどころではない。あれの何百倍ものウランがあるのだ。みんなノホホンとしているが、大変な事態なのだ。それは、政府が本当のことを言わないから、皆大丈夫だと思っているのだ。私はそう思っている。」

彼は、こうも言った。

「こういう状況になると、東京電力の責任に転嫁したて意味がない。東京電力が悪い、あいつが悪い、こいつが悪いということを言っている。どうでもいいことならそれでいいが、原発の放射能汚染の問題は、ここまで来ると、東電に責任を転嫁しても意味がない。政府が先頭に立って、政府が対応の主体とならねばいかんというのが、わたしの議論だ。東電はもう、現実何もできないだろう。だから、日一日と悲劇に向かっている。」

同じ党の人が、全く逆のことを言う、ニッポンの現実。

政府が先頭に立つべきだとは思うが、人材が不足しているような気もする。

新しい人たち、アメリカや中国の言いなりになるのではなく本当にニッポンの国益を考え、共栄共存を目指す人たちが顕れることを切に願う。

今、ネットでは、フクシマの実状を分析し続けてきた、反原発の、京都大学原子力実験所助教の、小出氏がヒーローだ。

プルトニウムは飲んでも安全です、と言った、東大の先生はコケにされている。

放射能の測定値も、役所が発表するものは地上よりかなり上で測定し、実際に地面で測るともっと高いそうだ。

本屋さんに行けば、原発や放射能関係の本が平積みになっている。

インターネットでは、様々な情報を入手することが出来る。

本当のことを知ろうとすれば、不安になり、恐怖を覚えて、気が滅入る。

政府やスピリチュアル系のサイトを見ている分には、ノホホンと安心していられる。

人間として三次元に生きている限り、聖人や聖者も被曝からは免れないのではないか、と思う「わたし」がいる・・・が、覚醒すれば、放射能や天変地異の恐怖から解放され、結果的に影響を受けないのでは、と思う「わたし」もいる・・・

本当のことを知りたい「わたし」と、安心していたい「わたし」がせめぎ合う、2011年。


人生を変える。

2011-05-27 | ポエム
画家が絵を描くように、

作曲家が音楽を創るように、

詩人が言葉を紡ぐように、

わたし達は、自分の人生を創作できる。

人生は、わたし達の作品。

心が、習慣が、人生を創っていく。

今、どんな境遇にあっても、人生を変えることができる。

意識を変えれば、人生は変わる。

ほんとだよ。



わたし達が、世界を変える。

2011-05-26 | 東日本大震災
わたし達の選択が、意識が、経験する世界を変える。

みんなで、変えよう。

ニッポンを、変えよう。

ひとり一人の小さな選択が、大きな民意となり、企業を変え、国を変える。

家庭菜園や農業がブームだった。

自転車がブームだった。

シェアハウスもブームだった。

みんな、ほんとうは気づいていた。このままじゃいけない、と。

そして、3.11。

3.11は、わたし達に突きつけた。ほんとうに大切なものは何か、と。

多くの犠牲を無駄にしてはいけない。

多くの子供たちを被曝の危険にさらすことになった、わたし達大人のカルマは大きい。

けれど、わたし達は、変わることができる。

もう、お上に頼る時代ではない。

世界は、未来は、みんなで創る。

古いシステムにしがみついたまま原発を推進し、大量消費社会を維持していくか、それとも自然と共生する道を歩むか・・・

わたし達は、選べる。

もう、メンツや権力や利権とはおさらばしよう。

わたし達が変われば、意識を変えれば、経験する世界が変わり、未来も変わる。

変わろう。そして、世界を変えよう。

ハワイの平等院

2011-05-24 | 外国語・外国
雨が降っている。どんよりと曇った空。

こんな日には、ハワイに行きたくなる。

短い旅行で、数回、ハワイに行った。いつか、また行きたい。

ある時、知人のドイツ人教授が、平等院に行こう、と言い出し、大きなリムジンを借りてきた。

平等院? と怪訝な顔をしながら、日本人二人と同乗した。

その時まで知らなかったのだが、オアフ島のカネオヘにある公園墓地、Valley of the templesの奥には、宇治の平等院のレプリカがあるのだ。

それは、日系移民100周年記念として、1968年に建立された。

なぜ、平等院なのか。理由は分からない。

わたし達は、ABCストアーで買ったミネラル・ウオーターとお菓子を積み込んで、ワイキキを出発し、オアフ島の東南、カネオヘを目指した。

もう一人の日本人は助手席に座り、地図を見ながらナビゲーターをしていたが、わたしは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

どこを走っているのか、さっぱり分からなかった。

邸宅の建ち並ぶ丘を通り過ぎると、視界が開け、道路から青い海が見えた。

1万年前の火山活動で出来た入り江、ハナウマ湾だった。

地球では、地震が起き、火山が噴火する。

わたし達人間は、地球に顕れたちっぽけな存在でしかない。

だから、おごってはいけない。常に自然と共に在るようにし、制御が不可能となるような原発を地震の多い国に造ってはいけない。

リムジンは、ハイウエーを進み、それから横にそれ、公園墓地に入った。

広い公園には墓が並んでいた。マリア様の像や十字架や花を添えただけの簡素な墓もあった。

日系人が眠る一角には、日本の寺にあるような、黒っぽい墓石が並んでいた。

出身の県名が彫られた墓石もあった。

様々な宗教の墓が並ぶのが珍しいのか、ドイツ人教授はたくさんの写真を撮り、公園の奥の駐車場に車を止めた。

わたし達は、3ドルの入場料を払い、平等院に向かった。

しばらく歩くと、目の前に、朱色の平等院のレプリカが迫ってきた。

背後には、ハワイの山々がそびえ立つ。

なんだか違和感を覚えた。

西洋人が、赤坂の迎賓館を見ると、同じような違和感を覚えるのではないかしら・・・

建物には、それに相応しい場所があるような気がする。

もう一人の日本人が、財布から十円玉を取り出して、裏側に彫られた平等院を見せると、ドイツ人が、感嘆の声をあげて、笑った。

平等院は、日本人の財布にも存在する。

記憶

2011-05-23 | 東日本大震災
初めて訪れた場所や初対面の人を、懐かしく思うことがある。

デジャヴュの感覚は、前世の記憶なのだろうか、それともDNAに刻まれた記憶なのだろうか。

同じ家族、同じ場所で育った兄弟の、家族の記憶や思い出が食い違うこともある。

同じ現象も、感じる人の意識レベルやその時の心理状態で、全く違った記憶となる。

記憶は、不思議。

創られた優美な記憶は、詩や小説や歌の糧となる。

けれど、原発事故では、関係者の曖昧な記憶は混乱の元となる。

原発事故では、きちんとしたデーターや数値を正直に発表して欲しい。

日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とある。

原発事故では、捏造された記憶がないことを切に願う。


本質は、同じ。

2011-05-22 | ポエム
大きな波がある。

小さな波もある。

けれど、本質は、同じ。

形が違うだけ。

大きな人間がいる。

小さな人間もいる。

けれど、本質は、同じ。

意識と立ち位置が違うだけ。

大きな悩みがある。

小さな悩みもある。

けれど、本質は、同じ。

どれも、幻。

復興を願う音楽隊

2011-05-21 | 東日本大震災
高層ビルが立ち並ぶ、西新宿。

ビルの谷間の広場周辺に、制服を着た人たちがいた。

どこかアジアの兵隊さんかしら、と思いながら、うどん屋さんに入った。

しばらくすると、軽快な音楽が聞こえてきた。

店を出て、椅子やテーブルの並ぶ広場に行くと、音楽隊が演奏をしていた。

ステージの横に、陸上自衛隊東部方面音楽隊、とあった。

お昼休みのサラリーマンやOLたちが大勢集まっていた。

お弁当を食べながら聞いている人もいた。

どこかで聞いたことのある曲が次々に流れた。

その内、隊員の一人が、東日本の復興を願うスピーチをして、歌い始めた。

・・・歌おうみんなの力を合わせて・・・ぼくらの明日を描いていこう・・・ぼくらの明日はすぐここにある・・・

歌が終わると、拍手喝さい。

サラリーマンやOLの人たちは、満員電車でオフィスに通う、3.11以前の生活に戻った。

仕事に没頭しているときは、3.11のことなど頭にない。

けれど、東日本大震災のことは、原発事故のことは、いつも心の片隅にある。

わたし達は、忘れない。


光と影

2011-05-20 | 東日本大震災
立夏が過ぎて、日差しが強くなってきた。

夏になると、光が強くなると、影がはっきり見える。

戸外を歩くと、影も歩く。

光と影は、ワンセット。

どんな人間にも、影が、闇が、ある。

組織にも、影が、闇が、ある。

けれど、どんな人間にも、神や仏が宿る。

組織の人間にも、宿る。

明らかにされない秘密などないのだから、最初から、正確な情報を出して欲しかった。

フクシマに光を!

ニッポンに光を!

わたし達は、二元性を越えて突き進む。

放射能ストレス

2011-05-17 | 東日本大震災
意識が、現実を創る。

だから、基準値を超える放射性物質を含む水や食物は避けるけれど、体内の毒素を外に出してくれる玄米や放射性物質に良いとされる昆布や味噌などを摂取しながら、大らかに暮らそうと思う。

ガイガーカウンターを持ち歩いて数値に一喜一憂し、フクシマの危機的状況を書いた記事ばかり読んでいると、ノイローゼになるし、病気を引き寄せるかもしれない。

やはり、バランス。無関心も良くないし、こだわり過ぎるのも良くない。

地震、津波、そして原発事故・・・

フクシマの子供たちを思うと、胸が痛む。

校庭や公園で遊べない子供たちは、不安や恐怖を発散できない。ストレスも大きいと思う。

子供たち、ごめんなさい。

わたし達おばさんは、おじさん達が原発を造るのを許してしまった。

ニュージーランドやオーストラリアには原発がないそうだ。

原発がなくても、生きていける。

原発がない方が、幸せかもしれない。

代替エネルギーを寄せ集めれば、システムを変えれば、原発がなくてもニッポンは成り立つだろう。

家庭菜園や農業がブームになっていたのに、大地が汚染された。

フクシマから遠く離れた足柄のお茶からも、放射性物質が検出された。

事態が収束し、放射能を除去する物質や植物や菌によって大地が浄化されることを切に願う。






天皇皇后両陛下の被災地訪問

2011-05-16 | 東日本大震災
日本史には明るくない。

右翼でも、左翼でもない。

だから、皇室を崇拝するわけでもないし、天皇制に反対するつもりもない。

が、3.11以後、ご高齢にもかかわらず、精力的に被災地を訪問され、被災者たちを励まされ、海底に死者たちが横たわっているかもしれない海や海瓦礫の山に向かって深々と黙礼される天皇皇后両陛下の映像を見て、天皇の存在は、ニッポン人のメンタリティに多大な影響を与えている、と思った。

キリスト教やイスラム教など一神教の信者たちから見ると、神社で頭を垂れ、寺で仏像を拝み、教会で結婚式をし、八百万の神々を信じるニッポン人は、宗教的に無節操だ。

けれど、ニッポンでは、3.11でも、その後のメルトダウンでも、暴動やパニックは起きな
かった。

天皇は、日夜、国のために祈りを捧げていらっしゃる。

心の奥底で、ニッポン人は天皇を頂点とするファミリー、という意識があるのかもしれない。

国に災害があれば、天皇は、被災地を訪れて、励まされる。

天皇皇后両陛下が訪れた避難所では、被災者たちが元気になるそうだ。

「絆」という言葉が象徴するように、ニッポン人は、天災に対しては一致団結できる。

が、今回の原発事故は、人災ともいえる。

どうか、わたし達が、この災いを乗り越えることができますように・・・




平和な日曜日にも、放射能。

2011-05-15 | 東日本大震災
青い空が広がり、乾いた空気が心地よい。

遠くから、鳥の鳴き声が聞こえてくる。

こんな日には、ああ、人生は美しい、と思う。

が、ニッポンでは、こんな日にも、放射能が漂っている。

近所の子供たちが、お父さんとキャッチボールをしている。

散歩する、親子連れ。

おそろいのユニフォームで、自転車で疾走する小学生。

3.11から、2ヶ月。

東京の人々は、極度の緊張状態から解放され、徐々に日常を取り戻している。

というより、災難と共に生き始めた。

先日、神奈川県の足柄のお茶から、放射性物質が検出された。

関東甲信越の学校は安全なの?

先日、雨の中、濡れながら歩いている小学生たちを見た。

子供たちは、安全なの?

彼らが、毎日、外で遊び、牛乳を飲み、肉や魚や野菜をたくさん食べても大丈夫なの?

わたし達、中高年は、もういい。

けれど、子供たち、ニッポンの将来を担う子供たちは、守るべきだ。

政府や東電は、きちんとしたデーターを開示して欲しい。

フクシマの原発は、依然として危機的状況が続いている。計画的避難も始まった。

外国であれば、「メルトダウン」と聞いただけで、パニックが起きているだろう。

それなのに、この期に及んで、まだ原発を推進している人たちがいる。

わたし達おばちゃん、右脳人間のおばちゃんたちが反対しても、エリート左脳人間が多くいる、政府ー電力会社ー原発製造及び建設会社ー原発関連団体ー東電がスポンサーであるマスメディアがスクラムを組めば太刀打ちできない。世論だって、操作できる。

今、時代は、大きく変わろうとしている。

21世紀中に、原発は、やっかいな無用の長物となるだろう。

エリートおじさん達の意識が変わりますように・・・

お勉強ができても、知識がいっぱいあっても、意識レベルが低いとだめなんだよぉ・・・




自然信仰と原発

2011-05-14 | 東日本大震災
ニッポン人は、自然を畏怖し、敬ってきた。

海の神さま、山の神さま、風雨の神さま・・・漁業の神さま、農耕の神さま・・・

人々は、地震、津波、台風などの天災に見舞われるたびに、荒ぶる神さまを鎮め、一致団結し、翌日から、復興、復旧に取り掛かった。

岩手県や宮城県でも、甚大な被害にもかかわらず、多くの被災者たちが前を向き、団結し、今を生きている。

けれど、原発で予断を許さない状況が続いているフクシマでは、そうはいかない。

海も大地も汚染され、被曝している人たちもいる。

復旧どころか、原発周辺には、立ち入りが禁止され、大勢の人たちが、いつまで続くのか分からない避難生活や移住を余儀なくされている。

原発が建つとき、地域は、反対派と推進派に分断される。

分断され、支配され、しこりが残り、共同体が崩壊する。

今回の事故で、大事故が起きると、取り返しがつかない、ということがはっきりした。

地震大国ニッポンには、活断層の上にも原発がある。停止しても、安全は保障されない。

自然信仰が根強く残るニッポンには、原発は相応しくない。

昨日受け取った、ドイツの婦人のメールにも、自然はわたし達よりストロングであるのに、多くの政府がそのことを理解していない、とあった。

エネルギー政策に携わっている人たちの意識が変わりますように・・・






雨のち晴れ

2011-05-13 | 東日本大震災
雨の日が続いた。

暗く、寒かった。

けれど、今日は、晴れ。

空は青く、どこまでも続く。

今、東ニッポンには、暗雲が垂れこめる。

けれど、天気は、変わる。必ず、変わる。

そのうち、晴れる。きっと、晴れる。

明るい気持ちで、乗り切ろう。

みんなで、乗り切ろう。


被災地の子供たちに寄り添おう。

2011-05-11 | 東日本大震災
子供がいないので、思い込みかもしれないが、元気に校庭を走り回る被災地の子供たちも、ほんとうは、深く傷ついているような気がする。

慣れ親しんだ風景が突然破壊され、津波の恐怖を味わった子。

家族の一員が亡くなった子。

親兄弟と離れ離れになった子。

家が無くなった子。

親が失職した子。

転校をした子。

友達が違う町に行ってしまった子。

可愛がっていたペットと引き裂かれた子。

子供は、大人たちが思っている以上に、現状を、大人たちの悲しみや不安を、把握する。

だから、小さな心が恐怖と悲しみに震えていても、じっと耐えている子が多い。

トラウマを抱え込んでしまった子もいるのではないかしら。

子供たちは、少子化ニッポンの宝。彼らが、ニッポンの将来を担う。

ニッポン人みんなで、被災地の子供たちに寄り添おう。

何か出来る人も、出来ない人も、子供たちのことを大切に思おう。

思いは、伝播する。

子供たちが、やさしい空気に包まれ、強くたくましく育ちますように。