らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

氷と水と水蒸気

2010-11-26 | ポエム
水は、氷になる。

水蒸気になることもある。

人間も、冷たくてカチカチの氷のような時がある。

陽光を浴び、流れる水のように生きる時もある。

けれど、いずれ、しゅーっ、と蒸発して、遥か彼方に行ってしまう。

今日という日は、二度と戻らない。

毎日、毎日、今日しかない。

お天道さま、見てるでぇ。

2010-11-16 | スケッチ
「お天道さま、見てるでぇ」。

神戸に住んでいた時に知り合った、明治生まれの、おばあさんの口癖だった。

大きくて、あったかい人だった。

若い時に未亡人になり、お手伝いさん(昭和時代にはそう言った)をしながら、二人の子供を育てた。

宗教とは無縁だったが、嘘をついたり、盗んだり、不倫をしたり、酒を飲んだり、人を羨んだりすることもなく、淡々と質素に暮らしていた。

着物に半幅帯で、「お天道さま、見てるでぇ」、が口癖だった。

そう言いながら、自分自身を律していたのだろう。

彼女にとって、お天道さまが、畏怖すべき、創造神のようなものだったのかもしれない。

35、6年前に、自宅で昼寝をしていて、眠るように安らかに逝ったそうだ。

時々、やさしかった人を懐かしく思い出す。


プチ・ニコラ

2010-11-15 | アート・映画・演劇
1959年から1965年まで、フランスの新聞に掲載された、「Le Petit Nicolas」という、フランスのエスプリが凝縮された漫画がある。

ニッポンの「サザエさん」や、アメリカの「スヌーピー」のような国民的漫画だ。

外国人用のフランス語のテキストにも掲載されているので、外人や移民にも人気がある。

小学生のニコラ少年が、周りで起きることを、正直な子供の眼差しで淡々と語ると、おかしくて、クックックッ、と笑ってしまう。

イギリスのユーモアやニッポンのシャレとはまた違い、飄々としたおかしさがある。

その漫画が、2009年に、俳優たちを使って映画化され、フランスでは550万人以上の観客を動員した。

東京の小さな映画館でも上映されていたので、出掛けた。そして、たくさん笑った。

良きフランスのエスプリが凝縮されていて、暴力も心理戦争もなく、ほのぼのとした気分になった。

1960年代のパリには行った事がないのに、ファッションや町並みに懐かしさを覚えた。

もっとも、昔の漫画が元になっているので、黒人もアラブ人もアジア人も出てこないけれど・・・

スクリーンでは、大好きなパパとママンと暮らす、小学生のニコラ君と彼のクラスメートが繰り広げる、抱腹絶倒のエピソードが、軽快なテンポで展開する。

脚本が良くできているし、何より、個性のある子役たちが本当に良い。

顔や服装だけで、いるいる、こんな子、ととてもリアルなのだが、それ以上に、みんな、大人顔負けの名優なのだ。

太っちょで、いつも何かを食べている、アルセスト。

ロールスロイスで通学する、富豪の息子の、ジョフロア。

落ちこぼれで、立たされてばかりいる、クロテール。

将来、警官になりたい、リュフュス。

将来、強盗になりたい、ウード。

がり勉で嫌味な、アニャン。

ある日、ニコラは、弟ができて落ち込む級友の話を聞いた後に、両親が上司を招待する日にニコラをどうするか、という話を立ち聞きして、自分にも弟ができ、自分は捨てられる、と誤解する。

級友たちと知恵をしぼり、弟ができたらギャングに誘拐してもらおうと、資金集めなど、秘密の活動が始まり、誤解が誤解を呼ぶ。

それと平行して、ニコラが、ママンの機嫌を取るため彼女の友達の家に出掛けて、女の子たちと遊ぶエピソードや、家にパパの会社の社長夫妻を招待するエピソードや、学校での様々なエピソードなど、楽しくておかしい話がてんこ盛りで、観客は笑いっぱなし。

ニコラと仲間たちが、愉快な方法で資金を集め、ギャングだと誤解して連絡を取っていた車の整備会社の人と公衆電話で話していると、弟のできた級友が、赤ん坊を乗せた乳母車と現れる。

今では、弟ができて本当に良かった、と赤ん坊を溺愛する級友を見て、ニコラの気も変わる。

家に戻って、弟ができることに感謝するのだが、弟が生まれる予定などないことが判明。

がっかりして食の進まないニコラを喜ばせようと、パパがおかしなことをし、ママンが笑い出し、ニコラが笑い、観客も笑う。

その夜、パパとママンの部屋からは一晩中笑い声が聞こえた。そして、ママンは、妊娠。

ニコラは、喜び、弟と遊ぶ姿を夢想するが、生まれてきたのは女の子。

ニコラは、がっかり。その気分を、お祝いに集まった大人たちに話すと、みんなげらげら笑いだし、それまで、大きくなったら何になりたいか分からなかったニコラは、人を喜ばせる人になろうと決心する。

ウェーイ!  笑いは、人生のサプリメント!

妄想

2010-11-14 | 色々な思い
『愛しく気に入っているすべての人々とも、やがては、生別し、死別し、(死後には生存の場所を)異にするに至る』。(「ブッダ最後の旅」、岩波文庫より)

「わたし」達は、肉体が朽ちても、ずっと生き続け、それぞれが、意識レベルに応じた場所に行くのかもしれない・・・

天国や地獄などという場所は、「わたし」達の意識が創り出す環境なのかもしれない・・・

ほんとうは、「わたし」達の意識は、何もかも包み込む宇宙意識のようなもの、創造神、と繋がっていて、みんな、神さま仏さまなのだろう。

けれど、ほとんどの人は、自分がためこんだ塵や芥で回線を詰まらしていて、繋がるまで、何度も何度も、三次元の星に現れるのだろう。

宇宙に誕生した時から溜め込んだ良いカルマも悪いカルマも一緒に、何度も何度も輪廻するのかもしれない。

そう考えると、三次元での良いことも悪いことも、みんな自分の責任、と思えてくる。みんな、平等。

修業をして繋がる人もいれば、リラックスしてあるがままの状態で繋がる人もいれば、落ちるところまで落ちて全てを神に明け渡した時にパカーンと繋がる人もいるのだろう。

パカーンと繋がった状態を、覚醒とか悟りとかいうのかもしれない・・・

あーだー、こーだーと妄想していると、賑やかな鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。

妄想なんかしてないで、今ここ、今ここ、と諭すような鳴き声だった。










するべきことを、する。

2010-11-12 | 色々な思い
早くも、クリスマスのイルミネーションが輝く季節となった。

早い。早い。早い。

最近は、時間が経つのが、異常に早く感じられる。

全ての役割を降り、ひっそりと暮らしていても、するべきことが、たくさんある。

面倒だなぁ、と思うこともあるが、とにかく、するべきことは、する。

するべきことをしていると、一日が終わってしまうこともある。

それでも、するべきことは、する。

家の大掃除をすることも、オフィスで仕事をすることも、おんなじ。

家で料理を作ることも、レストランの厨房で働くことも、おんなじ。

行為に、優劣はない。

「わたし」が「わたし」である為には、職場でも学校でも家庭でも、まず、するべきことを、する。

するべきことを淡々としていると、いろんなことに気づくことがある。

そして、するべきことをした後は、気持ちいい。

今年も、あますところあと50日だよーーーっ!




人は、人。

2010-11-11 | 色々な思い
わたし達は、今生の、信条に囚われている。

だから、他人が、自分の思うように行動してくれないと、いらいらする。

けれど、他人も、また、自分の信条に囚われている。

立ち位置は、みんな違う。

その上、みんな、不完全。

完全な、不完全。

自分のあるがままを許容するには、他者のあるがままも許容しなくちゃ・・・

人は、人。

空に雲はなく、乾いた空気が心地良い。

大型トラック

2010-11-10 | スケッチ
たくさんのパンダの顔が向かって来た。

フロントガラスの前に、パンダのぬいぐるみが並ぶ大型トラックとすれ違ったのだ。

ビーズのようなものが入って形状が自由になる、パンダのぬいぐるみが、たくさん積み上がっていた。

運転席だけでなく、助手席にも積み上がっていた。

運転手さんのエスプリ。いいなぁ。

いつか、大型トラックに乗ってみたい。

東名を、ビュンビュン飛ばして走ってみたい。

イエスさま、ブッダさま、マリアさま、観音さま、天使、天女、太陽、月、星、虹、花などが散りばめられた、サイケデリックな前衛絵画が描かれた大型トラックに乗って、走ってみたい。

そこのけそこのけ、前衛ババアが通る・・・

荷台には、若いアーティストたちの作品。

気が向くと、トラックを止めて、青空展覧会。

いいなぁ。楽しいだろうなぁ。

けれど、車の運転もできないし、トラックも高そうなので、今生では無理かな・・・また、いつか、別の生でね・・・

与える

2010-11-09 | 色々な思い
内田樹氏のブログに、共感する文章があった。

『私たちは自分が欲するものを他人にまず贈ることによってしか手に入れることができない』。

ほんとうに、そう思う。

けれど、わたしが、そのことに気づいたのは、地球に現れて半世紀もたってからだ。

若い頃は、自分の権利ばかり主張していた。

しかし、今は、確信する。

平和が欲しければ、まず「わたし」の平和を与える。

愛が欲しければ、まず「わたし」の愛を与える。

自由が欲しければ、他者にも自由を与える。

親切が欲しければ、他者に親切にする。

宇宙の法則はシンプルなのに、「わたし」たちは、自分で人生を複雑にしてしまう・・・



・・・ところで・・・神さま・・・半分は寄付をして半分は老母にプレゼントしますので、年末ジャンボの宝くじが当たりますように・・・

さわらぬ神に祟りなし

2010-11-07 | 色々な思い
霊能師やチャネラーなど、普通の人には見えない存在が見えたり、声が聞こえてメッセージを受け取ったりする人がいる。

教祖さまやスターとなる霊能師やチャネラーもいる。

霊的なことに無知だった頃は、霊が見える、というだけで、すごーい、と感服したが、ある時、見えないものが見えるからといって、悟っていたり意識が高かったりする訳ではない、と気づいた。

多次元の宇宙には、様々な存在がいるようだが、結局、自分と同じ意識レベルの存在としか繋がらないから、レベルの低い人が聖母マリアなどの高次元の意識に繋がることはない。

1830年に、マリアさまに、奇跡のお守り「不思議のメダイ」を指南されたパリの素朴な修道女は、魂が美しかったのだと思う。

ニッポンでは、八百万の神々と繋がる人が多々いる。

かなり高次元の存在と繋がる人もいるけれど、中には、低級な霊の戯言を神託だと勘違いしたり、得たいの知れない霊に憑依されたりして混乱している人もいる。

真理を見出して覚醒した人には、インスピレーションが降りてきて、それが叡智としていかされるのではないかしらん・・・

さわらぬ神にたたりなし。



2010-11-06 | 動植物

ミャア、ミャア。ミャア、ミャア。



駅への道を歩いていたら、ある家の門から、シャム猫が出て来た。



まるまると太った首には、可愛いピンクの首輪が付いていた。



ミャア、ミャア。ミャア、ミャア。



猫は、旧知の友に会ったように、ジーンズに擦り寄って来た。



立ち止まって、よし、よし、いい子だね、と撫でながら、猫に愛されるようになるなんて、私の波動も随分上がったものだ、とほくそ笑んだ。



ミャア、ミャア。ミャア、ミャア。



猫は、地面にごろんと横たわって、マタタビ猫となった。



いい子、いい子、としばらくの間、恍惚状態の猫を撫でて、猫ちゃん、またね、バイバイ、と立ち去ろうとすると、猫は、半眼でこちらを見た。



歩き始めると、ハイヒールの女の人とすれ違った。


と、背後で、ミャア、ミャア、という猫の猫なで声が聞こえた。


振り返ると、猫は、ハイヒールの女の人に擦り寄っていた。



女の人がかがんで撫で始めると、猫は、再びごろんと横たわって、マタタビ猫と化していた。

 


空は青く、鳥たちが鳴いていた。

 

 

 

 

 




子供の中に大人が見え、大人の中に子供が見える。

2010-11-05 | 色々な思い
優しい子、おませな子、うぶな子、うるさい子、おとなしい子・・・

子供たちの集団をじっと見ていると、彼らが大人になった時のイメージが浮かんでくる。

優しい男、したたかなおじさん、世間知らずの女性、おしゃべりなおばさん、寡黙な男・・・

また、大人たちの集団を眺めていると、彼らが子供だった時のイメージが浮かんでくる。

「わたし」たちは、地球に現れ、学習したり悪いカルマを浄化したりしながら、意識は、それなりに進化するのだろうけれど、三つ子の魂百まで・・・

人間って、不思議!

今度、小学校の時の友達に会ったら、どんな子だったか聞いてみよう。

ブキニスト

2010-11-04 | 外国語・外国
セーヌ川岸には、ブキニスト(bouquiniste)と呼ばれる、屋台のような古本屋が並び、古本や地図や版画や美術品を売っていて、パリの、印象深い風物の一つとなっている。

かなり専門的な本を扱っているブキニストもあれば、観光客向けの版画や絵葉書を売っている店もある。

ブキニストの背景に、セーヌ川とノートルダム大聖堂が見える場所に佇むと、パリに居ることを実感できる。

雨が降ると、本は運び出され、屋台の蓋も折りたたまれて鍵がかかるが、それはそれで風情がある。

パリを離れた後も、2007年までは、機会があればパリを訪れ、ブキニストを冷やかした。

そしてその度に、ある友人を思い出した。

私と同時期にパリに来た彼女は、知り合った当時、かなり年の離れたフランス人のカメラマンと結婚していた。

ご主人は、無類の古本好きで、アパルトマンには、戦前から70年代頃までのフランスのミステリーが、一万冊以上、きちんと分類されて並べてあった。

しばしば彼女たちと三人で、ブキニストや骨董市めぐりをした。

ルイス・ブニュエルやロベール・アンリコなどの映画監督と親友だった彼女のご主人は、かなりあくが強く、その彼が、一癖も二癖もあるブキニストの主と楽しみながら値段を交渉する様は、映画の一こまを見ているようだった。

結局、彼女は、彼と離婚し、南アフリカに帰って再婚し、今は別の幸せを享受している。



私も、読書量は少ないが、本が好きだ。

最初は、ノンフィクションにはまり、それから小説にはまって、プルーストが神さまとなった。

が、今は、登場人物のエゴが織り成す物語を読むのがしんどくて、詩集やクリシュナムルティなどを読むことが多くなった。

本屋や図書館に行くと落ち着く。

今年は、神田古本祭にも出掛けた。

青空の下に提灯が並ぶ、路上での古本市。

並木に射す木漏れ日を眺めながら、パリのブキニストを想った。

若者の活字離れに電子書籍の普及、と本屋さんにとっては苦難の時代になった。

時代が大きく変わろうとしているし、生じたものは必ず滅する。

セーヌ川岸のブキニストと神保町の古本屋、がんばれーーーっ!




キス&ハグ

2010-11-03 | 外国語・外国
昔、パリとブリュッセルに、通算して5年暮らした。

人種差別にも遭わず、食べ物にも困らなかった。

けれど、あちらの挨拶は、苦手だった。

ちょっと親しくなると、女でも男でも、チュ、チュ、と両頬にキスをして挨拶をする。

唇は頬に触れるか触れないかで、チュ、と軽やかな音をだす。

パーティに顔を出せば、友人のご主人とも、チュ、チュ。

職場でも、違う階で働く人に久しぶりに会うと、チュ、チュ。

ヨシコの挨拶はぎこちない、とよく笑われた。

結局、最後まで苦手だった。

ハグも、苦手だ。

トロントに旅行した時、パーティが終わると、みんながハグをし合って、別れを惜しんだ。

微笑みながらも、内心、やれやれ、と思いながら、ハグをした。

被害妄想、と笑われるのだが、小柄なニッポン人が大きな白人とハグをすると、ビューンとエネルギーが吸い取られるような気がするのだ。

何かを一緒に成し遂げて喜び合う時はいいのだけれど・・・

最近は、ニッポンでも、別れ際にハグをする人がいるが、あれは、超苦手。

子供はいないので、ハグをするのは、尻尾を振る小犬だけ。

けれど、先日、小犬をハグしたら、彼は困った顔をして、ハァ、と溜息をついた。

ニッポンのオバサンには、お辞儀が相応しい。





エアポート

2010-11-02 | ポエム

さまざまな国の飛行機が並ぶ、エアポート。

そこでは、

出国する人と入国する人が交差する。

パスポートは、命綱。

搭乗ゲートは、無国籍。

そこは、点。

飛行機が、点と点を結ぶ。

出発する時も、到着する時も、わくわくする。

離陸する時も、着陸する時も、わくわくする。

それでも、わたしの存在する空間は3次元。

けれど、見えないベールの向こうには、異次元が広がる。

エアポートは、不思議な点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


子供たちはニッポンの宝

2010-11-01 | スケッチ
その日は、どこへ行っても子供に会った。

駅への道を急いでいたら、園児の集団に出会った。

みんな、手を繋ぎ、二列になって、おしゃべりしながら歩いていた。

思い思いの服装で、しゃべり方にも個性があり、早くも色々な自我が現れていた。

それでも、かわいいなあ、と微笑んでいると、先生と目が合った。

先生は、にっこり笑った。

電車を降りると、小学生が列を作っていた。

先生は、一生懸命点呼をしていた。

後の方で、ふくれっ面をした女の子と目が合って、笑ってしまった。

まるで、わたしの過去。

帰りの電車で、少女のような母親が、赤ん坊を抱いて乗ってきた。

隣に座っていた中学生が慌てて席を譲ると、少女母親は恐縮した。

母親も赤ん坊も、純情であどけない顔をしていた。

子供たちは、ニッポンの宝。

はやく大きくなって、ニッポンを変えようね。