らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

立ち位置

2010-07-30 | 色々な思い
たとえば、登山。

麓と頂上では、景色が違う。

空気も違う。

たとえば、高層マンション。

一階と最上階では、街が違って見える。

同じ広さでも、上階は値段が高い。

「わたし」たちも、立ち位置によって、見方や思考が違ってくる。

思考が違うと、目の前の現象が違う。

本当はみんな同じで、最終的には光に帰する「わたし」たちの魂も、成長の度合いによって、立ち位置が違うんだろうなあ・・・




紙芝居

2010-07-29 | ポエム
話を、考える。

絵を、描く。

色を、付ける。

役を、演じる。

役になりきると、拍手喝采。

なあんだ。

紙芝居って、「わたし」たちの人生とおんなじ。

今日という日も、紙芝居の一コマさ。


国境

2010-07-28 | 色々な思い
人間が作った国家が、作った、国境。

空はどこまでも続き、雲や風は、軽々と国境を越える。

渡り鳥も魚も植物の種も、軽々と国境を越える。

けれど、人間たちは、自由に往き来できない。

パスポート・コントロールやイミグレーション・コントロールがあり、どこかの国に長期滞在する場合は、ビザが必要だ。

不法滞在は、強制送還。

太古の時代、「わたし」たちは、自由に往き来していた。

マンモスハンターたちには、パスポートなど不要。

国境線が、地表上に引かれるようになったのは、17世紀だそうだ。

それから、領土や領海を巡って、大きな戦争が起きるようになった。

植民地が出来たり、ネイティブ・ピープルが迫害されたりした。

けれど、みんな地球市民。

人間の意識が進化し、地球が神化すると、再び国境のない世界が現れるだろう。

国境なき、意思団。

意識が、意思が、現実を創る。

みんなの意識が変われば、そんな世界も夢ではない。

そんな世界であれば、国境がなくても、人や物が往き来しても、混乱は起きないだろう。

早く、そんな時代がこないかな。

ところで、宇宙人はパスポートを持ってくるのぉ?


彼女のご褒美

2010-07-23 | スケッチ

空は青く、太陽が輝き、遥か彼方に浅間山が見える。



木々に囲まれた、広いルーフ・バルコニーで、女たちのおしゃべりが続く。



片隅の物干しでは、レースのパジャマがはためく。



女たちは、


鳥を見て喜び、前日来たという、猿の話で盛り上がる。



過去の思い出にほろりとし、未来の計画で笑う。

 

女学生のように笑う。

 


ぺちゃくちゃ。ぺちゃくちゃ。



ごくごく。ごくごく。



げらげら。げらげら。



くちゃくちゃ。くちゃくちゃ。



心地良い風が吹き、様々な鳥の鳴き声が聞こえる。



彼女は、緑豊かな地に、素敵な別荘を手に入れた。

一生懸命働いて、外資系企業のトップになった、彼女の、彼女への、ご褒美。



そこで、彼女は、思考を、解き放つ。



鎧兜も、脱ぎ捨てる。



そして、魂を癒す。



よかったね。がんばったね。

 

 

 

 

 










時には、立ち止まる。

2010-07-20 | ポエム
時には、立ち止まる。

「わたし」が、作り出した人生を見るために。

「わたし」に、呼応した世界を感じるために。

不本意であれば、「わたし」を変える。

意思があれば、いつでも変えられる。

「わたし」が変われば、人生も、世界も、変わる。

人生は、「わたし」のエッセンスで満ち溢れている。

だから、時には、立ち止まる。


そして、夏が来た。

2010-07-19 | ポエム
そして、夏が来た。

梅雨が明け、夏が来た。

梅雨の間、たくさんの物語があった。

牛が、たくさん死んだ。

雨が、たくさん降って、

土砂崩れが、たくさん起こった。

参議院の選挙があって、民主党候補がたくさん落ちた。

そして、夏が来た。季節は、巡る。

空は青く、雲は白い。

太陽光線、眩しいよ。


ハンドバッグ

2010-07-18 | 時事
都会の女は、ハンドバッグが好き。

「わたし」も、セールでバッグを買う時は、真剣に選ぶ。

過去も未来も忘れ、頭の中は、バッグ、バッグ、バッグ。

バブルの時代、ニッポンの地下鉄に乗ると、ほとんどのブランド物バッグを見ることができた。

エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、イヴ・サンローラン、セリーヌ、ニナ・リッチ、カルティエ、グッチ、プラダ、フェンディ、ボッテガ・ヴェネタ、ロエベ、コーチ、ハンティング・ワールド、バーバリー・・・

当時は、日本人による購買が売り上げの6、7割を占めるブランド物もあった。

偽物の、中国ヴィトンや韓国ヴィトンもあった。

ライセンス物ではなく、フランスやイタリアの職人たちがていねいに作った物に人気があった。

給与やボーナスを、バッグにつぎ込むOLもいた。

ハンドバッグは、女の記号。

バーキンやケリーなど、実在の人物名が付いたバッグもあれば、ナジャのように、小説のタイトルもあった。

高級ブランド物のバッグは、品質も良かったが、なりたい自分になる為の小道具でもあり、記号でもあった。

エゴが、夢や鎧兜の代替品として、ブランド物を欲しがった。

バブルが弾けると、地下鉄で、いわゆるブランド物のバッグをあまり見なくなった。

買える人も、何となく、もういいや、という雰囲気。

今は、ブランドブランドしていないブランド物や、持っていると嬉しくなる物や、チープでカワイイ物に人気があるようだ。

素材も多様化し、革だけでなく、合皮やナイロンや布や新素材も増えた。

昔は、お財布が入れば良かったが、今は、携帯電話、手帳、化粧品・・・と所持品が増えたのでバッグにもそれが反映されている。

ライセンス物は、中国製が増えた。

市場も多様化し、価値観も、エゴからエコにシフトしたような気がする。

ブランド物バッグで、自分に記号を貼り付け、エゴを満たす時代は終わったのかもしれない。

あるがまま、あるがまま・・・

それでも、ハンドバッグは、女の必需品。

セールになると、デパートのバッグ売り場は女たちで賑わう。

たかがバッグ、されどバッグ。

悟った女の人たちは、どんなバッグを持つのだろう。

ポケットには、愛がたくさん入っているのだろうなあ。
















シャガール

2010-07-17 | アート・映画・演劇
久しぶりに、シャガールの絵を見た。

色彩も好きだし、カンバスに展開される、彼のファンタジーも好きだ。

カンバスには、フランスに帰化した、ユダヤ系ロシア人の、故郷や内面やポエジーが広がる。

強烈な自我で女性を不幸にしたピカソと違い、

妻のベラが死ぬまでの30年間、彼女がミューズであったことにも好感を覚える。

聖書からも、数々のインスピレーションを受けている。

彼の作品には、愛がある。

神への愛、妻への愛、人生への愛。

彼は、愛の画家だ。

東京藝術大学大学美術館でのシャガール展では、ドキュメンタリー・フィルムも上映されている。

少し長いが、そのフィルムがとても良い。

シャガールが、「内にあるものは、我々の現実だ」、と語っていたのがとても印象的だった。

技術や技巧も大切だが、それだけでは偉大な芸術家になれない。

やっぱり、魂。改めて、そう思った。

マグリットの青い空と白い雲

2010-07-16 | スケッチ
暑い日だった。

美術館を後にし、カフェに集う芸大生たちを見て、いいなあ、と涎をたらし、

前衛ババアになろうね、と冗談を言いながら歩いていると、

突然、彼女が、空、と言って、立ち止まった。

濃い深緑色をした木々の向こうに、真っ青な夏の空が広がり、

宇宙船のような白い雲がぽっかり浮かんでいた。

絵のようで、その空間だけ、時間が止まっていた。

同時に、マグリットの空、と言って、顔を見合わせた。

彼女たちは、携帯電話を取り出した。

カチャ。カチャ。

携帯の写真を眺めながら、日常の中の非日常性に感動した。

まるで、宇宙からのプレゼント。

噴水の傍を歩いて、再び空を見上げると、宇宙船のような雲は消えていた。

変わらぬものなど、何もない。

夏は、雲を見よう。





思考は、おしゃべり。

2010-07-15 | ポエム
思考は、おしゃべり。

いつも、頭で、何か、考える。

電車の中でも、お風呂の中でも、何か、考える。

周りが静かでも、うるさくても、何か、考える。

ぐるぐる、ぐるぐる、考える。

あんなこと。こんなこと。

後悔。願望。希望。

みんな、過去か、未来。

けれど、今、ここに、熱中し、我を忘れると、おしゃべりは、消える。

時間も、消える。

思考のおしゃべりが消えると、ほんとうの「わたし」が顕れる。

やっぱり、今、ここ。

女の選択

2010-07-14 | 色々な思い
どっちの男と結婚するか、迷うことがあるだろう。

どっちの仕事をするか、迷うことがあるだろう。

結婚か、仕事か、と迷うこともあるだろう。

こっち。あっち。こっち。あっち。

迷うときは、しばらくそのことを考えない。

うっちゃっておく。

それから、魂の声を聞く。

「わたし」の選択は、「わたし」の責任。

どのみち、人生なんて、100%の運命と100%の自由意志が、ミキサーの中でぶわーん。

偶然、必然、偶然、必然、ぶわーん。

喜び、悲しみ、喜び、悲しみ、ぶわーん。

女の選択は、魂の洗濯。

ごしごし。ごしごし。

今生で綺麗になあれ。


お盆

2010-07-13 | ポエム
供養膳を、供えた。

迎え火を、焚いた。

提灯に、火を灯した。


「逝った人たち、

別の次元に行った人たち、

皆皆さま、お元気ですか。

三次元のことは丸見えだと思うのですが、

こちらは、皆、元気です。

そちらでは、時間がないって、本当ですか?

思うことが現実化するって、本当ですか?

楽しいことを思ってくださいね。

「わたし」、もうしばらくこちらにいますね。」


遠くから、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

今日も、雨になるだろう。


思考

2010-07-12 | 色々な思い
スピリチュアル・ピープルは、思考を悪者扱いする。

直感で生きましょう、と。

思考が悪いのではない。

思考が創り出す世界を、本当の世界だと思い、思考が紡ぐ物語を、「わたし」の物語だと思い込むことが、悲劇を生む。

思考が創る世界は、いずれ消える。

真実は、思考を越えたところに在る。

ただそれだけ。

窓から冷たい風が入ってきて、カーテンが大きく揺れる。雨になりそうだ。

夏の選挙も終わったね。


自未得度先度他(じみとくどせんどた)

2010-07-11 | 色々な思い

道元禅師の講座に行き、初めて、舌を噛みそうな、「自未得度先度他」という言葉を知った。



それは、道元禅師の心。


僧侶でもある、角田泰隆教授の解釈によれば、

『 仏教では、一般的に、私たちの迷いの世界を川のこちら岸(此岸)に例え、理想的な仏の世界をあちら岸(彼岸)に例え、この川を渡ることが修業であり、川を渡ることが出来たとき悟りが開けると教えています。
 しかし、道元禅師の「自未得度先度他」の教えによれば、こちら岸にいる私自身がまず自未得度先度他の心をおこし、他の人々にも自未得度先度他の心をおこしてもらうようにつとめるのです。そういう人をこちらの岸に一人でも多く残すことができれば、自分は死んでも、今度はその人達が人々を救ってくれます。仏がまことの後継者を育てるとは、そういうことです。
 自未得度先度他の心を持つ人が、一人増え二人増え、そしてもしも仮に、全ての人がこの心を持ったとき、あちらの岸に渡ろうとする人は、誰一人いなくなります。その時、あちら岸にある理想の世界は必要なくなります。なぜなら、こちら岸が理想の世界になっているからです。
 道元禅師が目指す理想の世界とは、そのような世界だと思われます。』



道元禅師って、なんてスピリチュアルなのぉ。



「わたし」は、ただただ、「わたし」が悟ればよい、と思っていた。



「自未得度先度他」の心なんて、全くなかった。



聖書、ブッダの言葉、ヨガナンダ、クリシュナムルティ、シュタイナー、ガンガジ、エックハルト・トールなどを繰り返し読んだり、瞑想会に参加したりしているうちに、たとえば、喫茶店で、噂話や悪口に夢中になっているおばちゃん達に対して、ある種の優越感を抱くようになっていた。



結局、バブルの時代にボーナスを注ぎ込んで買い物しまっくっていた「わたし」が、今度はスピリチュアルなマテリアリズムに陥っていただけなのだ。



川の中に入りかけてアップアップしているくせに、此岸の、居酒屋でくだを巻いているおじちゃん達を哀れんでいたのだ。



一生懸命川を渡って、理想郷に行こうとするよりも、此岸を理想郷にすれば、あちらに渡る必要なんてない。



彼岸に行こうと川の中でもがいていたら、理想郷となった此岸から、みんなが笑いながら手を振っていたりして・・・・・・



やっぱり、今、ここ・・・・・・



講座の会場は、200人の年配者で埋まっていた。以前に行った、禅のワークショップやスピリチュアルな講演会は若者たちで一杯だった。

 


2010年の、ニッポンの夏。

 

 

 

 

 


「わたし」は意識?

2010-07-08 | 色々な思い
「わたし」は、名前ではない。

肉体でもなければ、思考でもない。

だとすれば、「わたし」は意識?

化粧した「わたし」が顕在意識で、素顔の「わたし」が潜在意識?

潜在意識には、宇宙に誕生してからの「わたし」のデーターが蓄積されていて、みんなの潜在意識とも繋がっている。

肉体が朽ちても、「わたし」たちの意識は永遠で、あるレベルに達するまでは転生を繰り返すんだろうなあ。

納得、納得、「袖振り合うも多生の縁」。

潜在意識にこびり付いた塵や芥が取れ、神さま宇宙に向かって歩み出すと、人生が喜びと愛で満たされるはず・・・

潜在意識コンピューターにデリートボタンがあればいいのにね。

今日も暑くなりそうだ。