らんすぴらしよぉん(l'inspiration) 

田窪与思子のインスピレーション
(L'inspiration de Yoshiko Takubo)

『失われた時を求めて』

2019-02-18 | 本・文学

マルセル・プルースト(1871-1922)の長編小説『失われた時を求めて』は20世紀のフランス文学を代表する作品だ。

そのテーマの一つ、「無意識的記憶」に魅せられ、まず、井上究一郎訳『失われた時を求めて』ちくま文庫(全10巻)を読んだ。

その後、2000年10月から2002年6月まで、訳者である鈴木道彦氏のカルチャーセンターでの講座に通って、講義を聞きながら集英社の『失われた時を求めて』(全13巻)を読んだ。

その頃、フランス語でも読もう、とパリに行った際に本屋さんで、gallimard社の『A la recherche du temps perdu』(全7巻)を買った。(Aの上にアクセントあり)

けれど、フランス語圏に5年間滞在したとはいえ、もともとフランス語は専門ではない私のフランス語は、現地で覚えた付け焼刃。

辞書を引きながら読むと、何年かかるか分からない。

で、原書と鈴木道彦氏の本を並べ、一章ずつ読み始めた。

日本語、フランス語、日本語、フランス語・・・・・・

けれど、人生には色々あり、中断・・・・・・

が、何年か前から、時間のある時に再び少しづつ読み始めた。

「ソドムとゴモラ」や「囚われの女」の篇では苦痛を強いられ、何度も挫折しそうになった。

けれど、本日、無事読み終えた!!!!

目の前にはポストイットがいっぱいの本!!!!

論文や感想文を書いたわけでもないのに、何だかうれしくて、街に出た。

結局3回読んだのだが、再読の度に、えっ、こんなこと書いてあったっけ、と新たな発見があった。

吉川一義訳の岩波文庫は2冊しか読んでいないし、高遠弘美訳の光文社古典新訳文庫は1冊も読んでいない。

英語でも読みたい、と思っているが、すべて老後(もう老後だけど)の楽しみ・・・・・・

それにしても、プルーストの個人訳がこんなに出版されるニッポンって、スゴイ!   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アデュー!

2019-01-31 | 本・文学

https://mobile.twitter.com/yusuke_koshima/status/770547826438709248/photo/1

(橋本治さんが描かれたポスターをネットで見つけて貼り付けたのですが・・・・・・)

 

作家の橋本治さんの訃報に衝撃を受けた。

橋本さんは、1968年、東大駒場祭のポスター、「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」で話題になり、イラストレーターを経て、1977年『桃尻娘』で作家としてデビュー。

小説、エッセイ、評論だけでなく、『源氏物語』や『平家物語』など古典文学の翻訳にも精力的に取り組んだ。

もしも、橋本さんがカルチャーセンターなどで古典文学の講義をされていたら馳せ参じただろう。

日本文学だけでなく、日本の社会や政治を深く理解していた文筆家の一人だと思う。

エッセイを読みながら、そうそう、そうなのよと共感することが多々あり、本をあさっていた時期もあった。

編み物も上手で、むかし橋本さんの『男の編み物』という本をを読んだ記憶がある。(結局、私は編み物はしなかったけれど)

プルーストや須賀敦子や吉増剛造が好き! という人とは話が合う。けれど、橋本治が好き! という人に出会うと何だかうれしくなるのだ。

本が並んでいるだろう、と思って、昨日、徒歩圏内にある本屋さんに出掛けたら、百田さんという方の本が平積みになっていた。

今のニッポンはそういう国なのだ・・・・・・

 

橋本治さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


訳詩 『朝の食事』 ジャック・プレヴェール

2019-01-28 | 本・文学

『朝の食事』 by ジャック・プレヴェールを訳してみました。

 

彼は コーヒーを

カップに注いだ

彼は ミルクを

コーヒーカップに入れた

彼は 砂糖を

カフェ・オレに入れた

小さなスプーンで

かきまぜた

彼は カフェ・オレを飲んだ

そして カップを置いた

あたしに話すことなく

彼は タバコに

火をつけた

彼は 煙で

わっかを作った

彼は 灰皿に

灰を落とした

あたしに話すことなく

あたしを見ることなく

彼は 立ち上がった

彼は 帽子を

被った

雨が降っていたので

彼は レインコートを

着た

そして 彼は 出て行った

雨の中

一言もなく

あたしを見ることもなく

そして あたし

あたしは 顔を手に埋めた

そして 泣いた

 

 

 

*フランス語のjeは英語のI同様、私、僕、俺、あたしなどに訳すことができます。

詩人の谷川俊太郎さんは、『どうしたわけか僕ははじめそれを、男に捨てられた女の詩だと思っていました。それから次には、兄貴に叱られた弟の詩だと思い込みました。今では少し変わって、仲間を裏切った労働者の詩だと信じています。』と語っています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


カズオ・イシグロ

2017-10-17 | 本・文学

長崎県生まれの日系イギリス人の、カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した。

 

ヨーロッパに住んでいた頃、『The Remains of the Day』(『日の名残り』)が英語圏最高の文学賞であるブッカー賞を受賞し、日系の35歳ということもあって、話題になっていたので、本屋さんでペーパーバッグを買った。

 

 

語り手は、現在は同じ屋敷でアメリカの大富豪に使える老執事スティーブンス。

 

一週間の旅にでた老執事スティーブンスが、第二次世界大戦後の1956年の「今」、1920年代から30年代にかけてダーリントン卿に仕えた頃の「過去」を回想する物語なのだが、心にしみる名作だ、と思った。

 

前半に出てくる「dignity」(威厳、尊厳)のくだりにも感銘を受け、当時、ああ、わたしもdignityの感じられる人間になりたい、とも思った。

 

老執事が敬愛してやまないダーリントン卿は、第一次大戦後のベルサイユ条約で困窮していたドイツを救おうとしフランスやアメリカの要人を招いた会議を屋敷で開いていた。

 

結果的に、ナイーブな善意の紳士、ダーリントン卿はナチス・ドイツの味方のように思われてしまったようが・・・・・・

 

かつて一緒に働いた、ミス・ケントン・・・・・・やはり執事であった父親・・・・・

 

過去と現在が交差する回想の中での心理描写がイギリス人よりイギリス的な気がした・・・・・・

 

アンソニー・ホプキンズとエマ・トンプソンによって演じられた映画もとても良かった。

 

何年か前に、4冊しか読んでいなにのに、カズオ・イシグロ氏はノーベル賞! と断言したので、とても嬉しい・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ジャック・プレヴェールの反戦歌

2017-04-22 | 本・文学

今、シャンソン「枯葉」の歌詞や映画「天井桟敷の人々」のシナリオでおなじみの、ジャック・プレヴェール(1900-1977)の評伝『思い出しておくれ、幸せだった日々を』(柏倉康夫 著)を読んでいる。

 

575ページもある分厚い本なのだが、詩人であり作家でありシナリオライターであり作詞家でもあった、プレヴェールと交友のあったアーティストたちやあの時代のことがたくさん載っていて、とても面白い。

 

今朝読んだ箇所に、ヒットラーが頭した、第二次世界大戦前にジャック・プレヴェールが書いた反戦歌「種の時節」が載っていて、あゝ、時代は繰り返されるのかしら、と思ったので、下記に引用させて頂く。

 

『予告しておく 老人たち

予告しておく 家長たち

鳩にパンをあたえるように

あなた方が息子を祖国にあたえた時節

そんな時節は二度と来ない

もう終わりだ

さくらんぼの時節はもう来ない

嘆いても無駄だ

・・・・・・

 

あなた方が話しているのは戦争のことだ

でももう僕たちに父たるフランスの一撃を食らわせられない

ノン 隊長殿

ノン ムッシュ何某

ノン パパ

ノン ママ

僕たちは次では降りない

それよりあなた方を先に降ろしてやる

昇降口から投げ落としてやる

・・・・・・

 

あなた方が子どもを肩車して

閲兵式から帰ってきたとき

あなた方は素面なのに酔っ払っていた

あなた方の脊髄は

はしゃいで偉ぶり

ラ・ペピニエールの兵営の前で

美しい胸甲騎兵たちが通過するとき

あなた方は飾り毛に精をだした

そして軍楽隊は

あなた方をくすぐった 頭のてっぺんから足の先まで

あなた方をくすぐった 

そして肩車していた子どもたちを

あなた方は滑り落ちるままにした、三色(トリコロール)の泥の中に

死者たちの粘土の中に

そしてあなた方の肩は曲がっていた

青春は過ぎ去る定めとばかりに

あなた方は若者を逝くにまかせた

・・・・・・

 

引き下がれ 祖父さん

引き下がれ 親爺とお袋

引き下がれ 曽祖父さん

引き下がれ おいぼれ軍人ども

引き下がれ おいぼれ司祭ども

引き下がれ 男女のおいぼれ腰巾着ども

芝居は終わった

いまや子どもたちの

見世物がはじまるのだ

 

 

 

 

もうすぐ、フランスでは大統領選挙・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 


「ぼろぼろな駝鳥」 by   高村光太郎

2017-01-14 | 本・文学

「ぼろぼろな駝鳥」 by高村光太郎  1928

 

「何が面白くて駝鳥を飼ふのだ。

動物園の四坪半のぬかるみの中では、

脚が大股すぎるぢやないか。

頸があんまり長過ぎるぢやないか。

雪の降る国にこれでは羽がぼろぼろ過ぎるじゃないか。

腹がへるから堅パンも食ふだろうが、

ダチョウの眼は遠くばかり見てゐるぢやないか。

身も世もない様に燃えてゐるぢやないか。

瑠璃色の風が今にも吹いてくるのを待ちかまへてゐるぢやないか。

あの小さな素朴な頭が無辺大の夢で逆まいてゐるぢやないか。

これはもう駝鳥ぢやないぢやないか。

人間よ、

もう止せ、こんな事は。」

 

 

 

 

 

 上野動物園の傍を急ぎ足で歩いていたら、おしゃれな塀に書いてあった、飼育されている動物の名前が目に入った。

昔と違って、冷暖房完備の環境で飼育されているのだろうが、『人間よ、もう止せ、こんな事は。』という高村光太郎の言葉を思い出した・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 


『水中花』 by  田窪与思子

2016-12-24 | 本・文学

メリークリスマス!!!

 

『水中花』という詩集を出しました!!!

 

クリスマス・イブが発行日なんて、うれしいです!!!

 

友人にはお年賀でお送りいたしますし、詩はブログで紹介させて頂きます!!!

 

もしも、詩集をお手元に置きたい方がいらしたら、年明けより、アマゾンや「ふらんす堂」さんのホームページなどからご購入くださいませ!!!ありがとうございます!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『子どもについて』 by ハリール・ジブラーン

2016-11-24 | 本・文学

(作者に送って頂いた写真)

 

 

カリグラフィーをしている友人のグループ展に出かけた。

 

とても素敵な友人の作品は、20世紀のウイリアム・ブレイクとも称されたアーティスト、ハリール・ジブラーンの詩、『子どもについて』。

 

松岡享子さんの訳がとてもよいので、引用させて頂く。

 

ー子どもについてー

 

あなたの子どもはあなたの子どもではない。

子どもたちは、生命の生命それ自身へのあこがれが生んだ息子や娘たちなのだ。

子どもはあなたを通して生まれてくるが、あなたから生まれるのではない。

あなたと共にいるが、かといってあなたのものではない。

 

あなたは子どもに愛をあたえることはできる。だが考えを与えることはできない。

なぜなた、子どもたちは自分自身の考えをもっているからだ。

あなたは子どものからだを家の中にいれておくことはできる。

だが、魂を家の中にとどめておくことはできない。

なぜなら、子どもたちの魂は、明日の家に住んでいるからだ。

あなたはそこを訪ねることはできない。たとえ夢の中でさえ。

 

あなたが子どものようになろうとつとめることはできる。

だが、子どもたちがあなたのようになることを求めてはならない。

なぜなら、生命はうしろ向きに歩むものではなく、昨日にとどまるものでもないからだ。

 

あなたは弓、子どもたちはあなたから生きた矢として放たれ、未来に向かって飛ぶ。

弓を取る者は、永遠の道すじの上に的を定め、力をこめてあなたをひきしぼる。

かれの矢が速く、遠く飛ぶように。

弓を取る者の手の中で、身をしなわせられることを喜ぶがよい。

なぜなら、射手は飛び行く矢を愛するのと同じように、

動かずに耐える弓をも愛しているのだから。』

 

 

 

 

むかし、母の執着と支配に悩まされたことを思い出してしまった・・・・・・

 

子育てをしているママさん達に贈りたい詩だ・・・・・・

 

偶然、会場で作者の息子さんにお目にかかったが、素敵な息子さんだった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


マンガ、買っちゃいました!

2016-10-27 | 本・文学

昔、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』にはまっていたことがある。

 

まず、井上究一郎先生の訳で読み、2001年から約3年近く、週に1回、当時、個人訳を出されて話題になっていた、鈴木道彦先生の講座を拝聴した。

 

たとえチンプンカンプンでも、プルーストに関する評論も読み漁っていた。

 

あゝ、プチット・マドレーヌ!!!

 

あゝ、無意識的記憶!!!

 

ところが、他のこと同様、ある日突然、どうでもよくなってしまったのだ・・・・・・(いつもそう・・・・・・夢中になって、ある日突然、どうでもよくなってしまう・・・・・・)

 

が、最近、時間のある時に、昔買ってそのままになっていた原書と鈴木道彦先生の訳本を並べて読み始めた。

 

フランス語の辞書を引いていたら時間がかかるので、まず訳本を一節読み、同じ個所を原書で斜め読み・・・・・・

 

東京オリンピックまでに終わるかしら・・・・・・(なんで、東京オリンピックが出てくるの、と自分で自分に突っ込みを入れる・・・・・・)

 

この2、3週間は多忙で全く読めなかったのだが、数日前に本屋さんに行くと、何年も前にパリで買おうかな、と迷った、『失われた時を求めて』をコミック化した本の訳本が並べてあった。

 

引き寄せの法則???と思いながら、マンガ本を買ってしまった。

 

フランスでは10万部売れたこのマンガ本の訳者は、仏文学者の、中条省平氏。

 

まだ読み始めたばかりなのだが、『失われた時を求めて』のエッセンスが散りばめられていて、とても楽しい。(フランス語版を買っておけば、フランス語の勉強にもなったのに、と少し後悔・・・・・・)

 

というわけで、今、わたしは、マンガに夢中・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「雪崩のとき」  by 石垣りん

2016-08-30 | 本・文学

久しぶりに行った東京堂で、なぜか、石垣りん(1920-2004)の詩集を買った・・・・・・

 

「雪崩のとき」        1949

 

 

「人は

その時がきたのだ、という

 

雪崩のおこるのは

雪崩の季節がきたため と。

 

武装を捨てた頃の

あの永世の誓いや心の平静

世界の国々の権力や争いをそとにした

つつましい民族の冬ごもりは

色々な不自由があっても

また良いものであった。

 

平和

永遠の平和

平和一色の銀世界

そうだ、平和という言葉が

この狭くなった日本の国土に

粉雪のように舞い

どっさり降り積もっていた。

 

 

私は破れた靴下を繕い

編物などしながら時々手を休め

外を眺めたものだ

そして ほっ、とする

ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない

世界に覇を競う国に住むより

このほうが私の生きかたに合っている

と考えたりした。

 

それも過ぎてみれば束の間で

まだととのえた焚木もきれぬまに

人はざわめき出し

その時が来た、という

季節にはさからえないのだ、と。

 

雪はとうに降りやんでしまった、

 

降り積もった雪の下には

もうちいさく 野心や、いつわりや

欲望の芽がかくされていて

”すべてがそうなってきたのだから

仕方がない”というひとつの言葉が

遠い嶺のあたりでころげ出すと

もう他の雪をさそって

しかたがない、しかたがない

しかたがない

と、落ちてくる。

 

ああ あの雪崩、

あの言葉の

だんだん勢いづき

次第に拡がってくるのが

それが近づいてくるのが

 

私にはきこえる

私にはきこえる。            」

 

 

 

岩波文庫、「石垣りん詩集」より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「根付の国」  by 高村光太郎

2016-06-03 | 本・文学

< 「根付の国」

 

頬骨が出て、唇が厚くて、眼が三角で、名人三五郎の彫っ

 た根付のような顔をして

 

魂をぬかれた様にぽかんとして

 

自分を知らない、こせこせした

 

命のやすい

 

見栄坊な

 

小さく固まつて、納まり返った

 

猿の様な、狐の様な、ももんがあの様な、だぼはぜの様な、

麦魚の様な、鬼瓦の様な、茶碗のかけらの様な日本人」

 

 

詩人で彫刻家の、高村光太郎(1883-1956)は、明治39年より、ニューヨークに1年、ロンドンに1年、そしてパリに9か月滞在した。

 

当時としては珍しい、コスモポリタンであり、帰国後は、古い体質の美術界に不満を持ち、体制に反発していた。

 

けれど、反権力、反体制の立場をとっていたアーティストは、太平洋戦争開始の一年前に立場を180度変え、戦争政策遂行のための「国民協力会議」に美術界代表として参加し、真珠湾攻撃を賞賛した。

 

愛妻、智恵子はすでに逝っていた。

 

高村光太郎はたくさんの戦争協力詩を書いたが、空襲で、多くの彫刻やデッサンやアトリエが焼失。

 

終戦後は、岩手県に粗末な小屋を建てて移り住み、約7年間そこで暮らした。

 

たぶん、それは、戦争中に協力詩を書いたことに対する、オトシマエだったのではないかしら・・・・・・

 

それでも彼がスケールの大きな詩人であったことに変わりはない。

 

昔むかし、『智恵子抄』が好き、と言ったら、狂気したいのですかぁ? と言われたことがある・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「雨ニモマケズ」  by 宮沢賢治

2016-06-02 | 本・文学

「雨ニモマケズ」

 

雨ニモマケズ

 

風ニモマケズ

 

雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ

 

丈夫ナカラダヲチ

 

欲ハナク

 

決シテイカラズ

 

イツモシズカニワラッテヰル

 

一日ニ玄米四合ト

 

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

 

アラユルコトヲ

 

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

 

ヨクミキキシワカリ

 

ソシテワスレズ

 

野原ノ松ノ林ノ蔭ノ

 

小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

 

東ニ病気ノコドモアレバ

 

行ッテ看病シテヤリ

 

西ニツカレタ母アレバ

 

行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

 

南ニ死ニサウナ人アレバ

 

行ッテコハガラナクテモイイトイヒ

 

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

 

ツマラナイカラヤメロトイヒ

 

ヒデリノトキハナミダヲナガシ

 

サムサノナツハオロオロアルキ

 

ミンナニデクノボートヨバレ

 

ホメラレモセズ

 

クニモサレズ

 

サウイフモノニ

 

ワタシハナリタイ            >

 

 

あゝ、わたしもそういう者になりたい・・・・・・

 

政治家たちもそういう者であってほしい。

 

アメリカでは、1%が残り99%の国民を支配しているといわれているが、最近のニッポン政府はその1%に国民や国の富を差し出しているような気がする。

 

自衛隊すらも差し出されてしまった・・・・・・

 

 

それでも、あきらめない。

 

時代が、文明が、変わっているような気がする。

 

宮沢賢治(1896-1933)の生まれる2か月前に三陸地震津波があった。

 

そして、彼の亡くなった年に、三陸沖地震があった。

 

3.11以後、しみじみと「雨ニモマケズ」を読む人が増えたらしい・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「政治家」  by  宮沢賢治

2016-06-01 | 本・文学

<「政治家」

 

あっちもこっちも

 

ひとさわぎおこして

 

いっぱい呑みたいやつらばかりだ

 

    羊歯の葉と雲

 

     世界はそんなにつめたく暗い

 

けれどもまもなく

 

さういふやつらは

 

ひとりで腐って

 

ひとりで雨に流される

 

あとはしんとした青い羊歯ばかり

 

そしてそれが人間の石灰紀であったと

 

どこかの透明な

 

地質学者が記録するであらう          >

 

 

 

政治家のおじさん達は、宮沢賢治(1896-1933)の時代も、今もさして変わらないようだ・・・・・・

 

明治維新からニッポンがおかしくなったのかしら・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『シッダールタ』 by ヘルマン・ヘッセ

2016-04-26 | 本・文学

久しぶりに、ヘッセの『シッダールタ』を読み返し、なんてスピリチュアルなの、と再度感激。

 

この小説は、ブッダの出家前の名前と同じ、シッダールタというバラモンの息子の魂の軌跡を描く。

 

両親や友人から愛され、恵まれた環境にいる、シッダールタは、「生」に苦しみ、沙門の道に入り、苦行をし、様々なことを会得するが、完全には救われない。

 

シッダールタは、ブッダとも遭遇し、ブッダが悟りに達していることを認めながらも弟子にならず、衆生の中に入る。

 

そして、裕福な遊女に愛の手ほどきを受け、事業にも成功するが、やはり満足を得ることができず、「川」に向かう。

 

彼は、渡し守と「川」から、時間を超越することによって幸福が得られることを悟り、一切をあるがままに愛する悟りの境地になる。

 

 

『シッダールタ』より

 

<きょう彼は川の秘密のうちただ一つだけを見た。それを彼の魂はとらえた。彼は見た。この水は流れ流れ、絶えず流れて、しかも常にそこに存在し、常にあり、終始同一であり、しかも瞬間瞬間に新たであった!ああ、これをとらえ、理解するものがあったら!彼はそれを理解し、とらえはしなかった。ほのかな感じ、はるかな記憶、神々しい声が動くのを感じるばかりだった。>

 

<「おん身も」とシッダールタはあるとき彼にたずねた。「おん身も川から、時間は存在しないという秘密を学んだか」

ヴァズデーヴァの顔は明るい微笑に包まれた。

「たしかに、シッダールタよ」と彼は言った。「おん身の言おうとすることはこうだ。川は至る所において、源泉において、河口において、滝において、渡し場において、早瀬において、海において、山において、至る所において同時に存在する。川にとっては現在だけが存在する。過去という影も、未来という影も存在しない」

「そうだ」とシッダールタは言った。「それを学び知ったとき、私は自分の生活をながめた。すると、これも川であった。少年シッダールタは、壮年シッダールタと老年シッダールタから、現実的なものによってではなく、影によって隔たれているにすぎなかった。シッダールタの前世も過去ではなかった。彼の死と、梵への復帰も未来ではなかった。何物も存在しなかった。何物も存在しないだろう。すべては存在する。すべては本質と現在をもっている」>

 

 

 

 

早速、近くの川を見たら、黒い川鵜があざ笑うように羽を広げていた・・・・・・時間のある世界で時間に追われているわたし・・・・・・

 

 


「土の道」 by 山尾三省

2016-03-25 | 本・文学

ふらりと立ち寄った本屋さんに、屋久島に移住して詩を書き続けた、詩人、山尾三省(1938-2001)の『祈り』があり、迷わず、購入した。

 

『祈り』より

 

<「土の道」

 

土の道を 歩いてみなさい

そこには、どっしりと深い 安心があります

 

畑の中の道でも

田んぼの中の道でも

森の道でも

海辺の道でも

 

土の道を 歩いてみなさい

そこには いのちを甦えす 安心があります

 

畑の中の道でも

野原の道でも

島の道でも

アジア アフリカの道でも

 

土の道を じっくりと 歩いてみなさい

そこには いのちが還る 大安心があるます    >

 

 

 

ニッポンの都会から土の道が消えて久しい・・・・・・