報道写真家から(2)

中司達也のブログ 『 報道写真家から 』 の続編です

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そもそもおカネとは何なのか ① プロローグ

2009年12月28日 23時04分50秒 | 通貨・マネー

 
 
海外でたまにおカネを洗った。
 リエルと元、それからドルも少し。
 昔はカンボジアや中国では、おつりの中に信じがたいほど真っ黒に汚れたお札が混じっていることがあった。デザインの大部分は汚れの下に隠れ、端の数字だけは何とか判読できるという状態だ。そうしたお札は明らかに耐用年数をすぎて流通していた。そのため張りがなく、皺だらけで、表面が毛羽立っていた。吸湿性のよいタオルのように、汚れをどんどん吸い込むのかも知れない。

 アジアの人々は宵越しのおカネは持たないという気風が強いのか、お札はあまり大事に扱われない。街の商店や市場では、お札は、ゴミ箱の紙くずのように握りつぶしたような形で、机の引出しの中に雑然と放り込まれている。引出しには鍵もなく、数枚の紙幣がなくなったくらいでは絶対に気付かないだろう。お札に対してひどく無頓着なのだ。しかし、そんな彼らでも、汚れたお札だけは絶対に受け取ろうとしない。

 黒く汚れたお札はババなのだ。いかに巧みに人手に渡すかが競われる。外国人はこうしたゲームには慣れていない。こちらが差し出すババはあからさまに拒否されるのに、おつりの中にさりげなく忍ばされているババをこちらが見つけても、拒否する権利は与えられていない。外国人の来店は、ババを放出するためのラッキーチャンスなのだ。彼らのルールでは、きっとそうなっているのだ。小額だし、まあいいか、と思っているうちにどんどんつかまされていく。もちろん、ババを銀行へ持って行っても交換などしてくれない。

 ドル札には国際ルールが適用され、ローカル・カレンシーよりも若干判断基準が厳しかったように思う。ドル札はそれほど汚れていなくても、光沢や張りがなく、くたびれた感じのものはババと認定された。カンボジアの事実上の通貨はいまでも米ドルで、リエルは補助通貨としての意味しかない。ドルの支払いには、基本的にドルのおつりがくる。一見、問題ないと思われたドルのおつりがババだったりする。見本でもあるかのように、それはどこへいっても受け取りを拒否された。当然、両替もできない。ドル札の場合は、まあいいか、というわけにはいかない。海外では想定外のことが頻繁に起こる。困難に遭遇しても、必ず使用できる通貨を持っていれば心強い。辺境地域でも通用する通貨はいまのところ米ドルしかない。所持するドル紙幣のコンディションには常に気を配るクセがついている。

 現在のアフガニスタンも事実上の通貨は米ドルだが、T/Cからドル・キャッシュへの両替はほとんどできない。滞在費用は全額ドル・キャッシュで用意するしかない。治安の悪いアフガニスタンで多量のドル・キャッシュを持つのは危険だが、他に選択肢はない。案の定、カブール市内の山の上で撮影していたとき、ピストル強盗に遭った。そのとき僕は、全財産を身につけていた。強盗は僕のサイフを探り当てると、
中にパリパリのドル紙幣がずらりと並んでいるのを見て、明らかに目がくらんだ。恍惚感と言った方がいいかも知れない。すぐに拳銃を振りまわして僕を追い払った。僕は乾いた山の斜面を駆けおりた。サイフの中味が総額20ドル程度だと知ったら、強盗は逆上するかも知れない。現在のアフガニスタンで20ドルはほんのはした金だ。遮蔽物のない禿山をとにかく駆けた。サイフの中に入れていたのは、新品の1ド
ル紙幣が10枚とアフガニーが10ドル分程度だ。サイフにはそれ以上は入れない。もしあれがくたびれたドル紙幣だったら、強盗はまず額面を確かめただろう。1ドル紙幣ばかりだと知ったら、さらに僕の身体を探索して、マネーベルトを発見していたかも知れない。海外では1ドル紙幣の「ピン札」なんてまず存在しないので、ピストル強盗はそれを50ドル札か100ドル札だと早合点したと思う。パリパリのドル紙幣に
は、人を幻惑する効果を期待できるのだ。

 カンボジアでドルのババを何枚も引当てていくうちに、対策の必要にせまられた。とはいってもゲームの達人の商人相手にババをつかませる自信はない。最良の策は、結局のところ、紙幣の状態を改善することだ。何とかしてこのすさまじい汚れを落とすのだ。最初は、消しゴムを使ってみた。片方が普通のラバーで反対側が砂消しになっているやつだ。ラバーではあまり汚れは落ちなかった。汚れはお札の繊維
の中まで浸透している。砂消しの方は、汚れといっしょに毛羽立ったお札の表面まで削ってしまった。消しゴムはお札の汚れには有効ではなかった。やはり汚れは、洗うしかなさそうだった。表面が毛羽立つほどくたびれたお札を水に浸けて洗うのは、消しゴムよりも危険な気がした。タオルのようなになったお札がふやけて、強度が落ちるかもしれない。

 ためしに一番汚れた真っ黒の500リエル札を石鹸で洗ってみた。擦り切れたお札の表面を指でなでるように洗うと、汚れは石鹸に分解され、泥のようにお札の表面を覆い、柄も何も見えなくなった。洗っているのか汚しているのかよくわからない。もしかすると表面の汚れを繊維の奥に浸透させているだけかも知れない。ひととおり表面をなで、泥まみれになったお札を水に浸けてゆすってみた。現像液の中の印画紙からモノクロ画像がゆっくり浮かび上がってくるように、汚れの中に隠れていた絵柄が現れた。汚れはきちんと落ち、アンコールワットはしっかりお札に焼きついていた。お札のコンディションにも影響はなさそうだった。

 汚れたお札を全部洗面台の水にぶち込んで次々と洗った。すぐに水が黒く濁った。これは埃なのか、泥なのか、それとも手垢なのか、あるいはもっと別の何かなのか……。何度か水を取り換え、お札の状態を確認しながら作業を続けた。お札を手の平にのせ、石鹸を塗り、指で環を描くように全体に石鹸を広げながら洗っていく。決して、もんではいけない。指の腹でやさしく丁寧に扱う。それでも、消しゴムなど話にならないほど効率良く汚れが落ちる。よく濯いだあと、しばらく洗面台の水に浸けて、繊維の中に残った石鹸や汚れが完全に溶けるのを待った。澄んだ水底で折り重なってたたずむリエル札やドル札は、もはや卑しいババではない。いつでも流通の第一線に復帰できる現役の紙幣である。かつてババだったこの紙幣の押しつけ合いに、どれだけのつまらないエネルギーが費やされたことだろうか。

 しばし水底の不運なお札のこれまでの不当な扱いに思いをめぐらせたら、水中から取り出して鏡やタイルに貼る。バスルームのタイルに張り付いた二十枚ほどの紙幣を、人が見たら何と思うだろうか。何かの儀式に見えないでもない。乾くとタイルからはがれて濡れた床に落ちるものもある。生乾きくらいで回収した方がよい。乾燥したお札は汚れが落ちただけでなく、皺が伸び、張りもでていた。アイロンがあれば完璧だろう。折り目が擦り切れているものは、スコッチテープで補修する。これで完了である。これがかつては、あれほど忌み嫌われたババであったことなど誰が気付くだろうか。

 以来、どこへいってもババを引き当てる度に、すぐに洗って流通の第一線にもどした。だが、一枚だけどうにもならないものがあった。それは水中で二枚に分離した。破れた紙幣を、紙と糊で貼ってあったのだ。洗ってからスコッチテープで接合すればよい。しかし、その紙幣は図柄が合わなかった。左右で別々の紙幣かと思ったが、そうではなく、どちらも同じ紙幣の右側半分だった。汚れでデザインが見えないので誰にも気付かれなかったようだ。ということはどこかに左側半分で構成された紙幣があるのかも知れない。それを僕が引き当てる可能性はまずないので、右側だけの紙幣は惜しまれて現役を引退した。

 注意点がひとつある。洗濯洗剤は使ってはいけない。外国の洗濯洗剤には漂白剤の入ったものが多い。これにお札を浸けると、印刷には影響はないものの、地の部分が微妙に漂白されてしまう。ほのかに漂白されたドル札は、まるでニセ札のように見えた。石鹸を使う方が安全だが、そもそもこうした資金洗浄をしてもよいのかどうかを僕は知らない。


 おカネについてもう少し書きたいと思う。
 特に何かに役立つ話ではない。
 とりわけおカネ儲けにはいっさい役立たない。
 ささやかな、ヒントさえもない。
 それだけは断言できる。


そもそもおカネとは何なのか ② 80兆円と1000兆円
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/472b893a115ba84fba9fcc715d5f2287?fm=entry_awc

そもそもおカネとは何なのか ③④⑤
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo2/e/191061a2a824d42c12f8a8f431307a0c?fm=entry_awc

ジャンル:
経済
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