廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

スタン・ゲッツとハービー・ハンコックの共演

2019年03月24日 | Jazz LP (Columbia)

Bob Brookmeyer / Bob Brookmeyer And Friends  ( 米 Columbia CL 2237 )


これは聴けば腰が抜ける驚愕の大傑作だけど、そう語られているのは見たことが無い。 たぶんボブ・ブルックマイヤー名義なので、大方の人がスルー
しているだろうし、レコードもエサ箱ではお馴染みの安レコで廃盤価値もゼロ、そういう観点で注目されることもない。 でも、これは傑作なのである。

コロンビアならではの大物が集められた豪華な録音で、実質的にはスタン・ゲッツとの双頭リーダー作。 ゲッツが第一リードを取る曲とブルックマイヤーが
第一リードとなる曲が混在し、ブルックマイヤーはオリジナル曲を3つ用意していて、それなりに気合いが入ったレコーディングだったようだ。
ゲッツとハービー・ハンコックの共演はこれ以外では聴いたことがなく、そういう意味でも非常に貴重な演奏だと思う。 ただし、ハービーはまったく
やる気のない演奏で、彼にとっては単なる小遣い稼ぎだったようだが、それでもその控えめに抑えたプレイが素晴らしい。

1965年のリリースだが、フリーやニュー・ジャズがジャズ界を焼け野原にしてしまったこの時期、コロンビアはポップでキャッチーなジャズでリスナーを
取り戻そうと考えたに違いない。 呆れるほどわかりやすくポップな内容になっている。 ブルックマイヤーが作ったオリジナルは非常にメロディアスで、
冒頭の "Jive Hoot" なんかはCMで使えばヒットしそうな曲だ。 制作意図がはっきりとわかる、何とも明るく朗らかな音楽だ。

でも、だからといってこれをバカにするのは間違っている。 クオリティーの高さがハンパなくて、ちょっとヤバいのだ。 こういう大物が集まれば、
やっぱり出来上がる音楽は凄いことになるんだなということがよくわかる。 特にスタン・ゲッツの演奏は神々しいまでに美しく、コロンビアの録音の
良さがそれを後押ししていて、鳥肌が立つくらいだ。 ハービー、ロン・カーター、エルヴィン、ゲイリー・バートンは当時彼らがやっていた音楽を考えれば
退屈な仕事だったに違いないけれど、それでもその演奏には他の誰にもできない凄みがあって、本物の違いがビンビンに伝わってくる。

コロンビアも単に大衆にアピールできるアルバムを作ろうとしただけなのに、まさかここまでのレベルになるとは思っていなかったのではないだろうか。
メジャー・レーベルの強みが生み出した、想定外の傑作だったのだろうと思う。



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スタン・ゲッツとの2度目の録音

2019年03月23日 | Jazz LP (Verve)

Stan Getz / In Stockholm  ( 米 Verve MG V-8213 )


ベンクト・ハルベルグのスタン・ゲッツとの2度目の録音は1955年の年末に行われている。 12月のストックホルムの街はきっと雪深かったことだろう。
このアルバムにはどこかそう思わせる空気感が漂っている。 古いレコードを好んで聴く理由の1つは、再生すると当時の空気が音と一緒に解き放たれて
こうして部屋に満たされるからだ。 それはただの錯覚かもしれないけれど、それでもそう感じるこの感覚からは逃れられない。 溝を針でこする時に
付着していた空気の粒子が削れて飛び散っているんじゃないか、という妄想を抱いてしまう。

このアルバムは冒頭の "Indiana" が圧巻の名演で、これはゲッツの最高傑作なんじゃないかという期待に胸が躍るけれど、2曲目以降を聴いていくうちに
大きく膨らんだ期待は徐々に萎んでいく。 その理由はバックの演奏の意外なほどの単調さにある。 

ガンナー・ジョンソンのブラシは終始カサカサと鳴っていてとてもいいけれど、ハルベルグのピアノがどういう理由か一本調子で冴えない。
フレーズが平凡でいつもの想像力が見られないし、打鍵も強弱のコントラストに欠ける。 運指はスムーズだけれど、ピアノがどうも心に残らない。
これが原因で、音楽に精彩が無く非常に単調になってしまっているのだ。 ゲッツ自身はいつも通り快調に淀みなく吹いているけれど、バックの単調さに
引きずられて後半は切れが甘いところも出始める。 私がハルベルグをこれまであまり熱心に聴いてこなかったは、このアルバムのそういうところが
昔から引っかかっていたせいだ。

それでも、このレコードは残響豊かで当時のストックホルムの空気を丸ごと録ったような大きな音場感が素晴らしく、そういう部分では満足度は高い。
ゲッツの北欧録音の他のディスクは音質があまり芳しくないので、これはその意味では北欧物の筆頭のアルバムになるだろう。


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タワーレコード新宿のレコードショップに行ってみた

2019年03月22日 | Jazz雑記


金曜日の仕事帰りに、昨日新規オープンしたタワーレコード新宿のレコードショップに寄ってみた。

タワーレコードに来るのは、おそらく10年振りくらい。 CD売り場が今もちゃんとあるのに驚いた。 よく持ちこたえてるなあ。





窓際は新品コーナー。 中古はフロア中央に並んでいる。 ワンフロアぶち抜きで天井が高く、解放感があって、とてもいい感じ。

でも、こういう置き方だと、ジャケットが日焼けするんじゃないかな? 大丈夫?


中古の在庫状況は、Rock / Pop がメインターゲットのようで、高額盤もチラホラ。 ソウルやヒップホップもそれなりにある。

ジャズはまあ予想通りで、一応、コーナーは作っておきましたよ、とおざなりな感じ。 

ラインナップも「急ごしらえでブックオフで仕入れてきました」という印象で、当然私が買いたくなるようなものは1枚もない。



   

ほとんどが再発や国内盤。 オリジナルなんてほとんどないし、あってもこんな感じ。 ユニオンの3倍以上・・・


今のところ、ジャズはまったくやる気ないみたい。 もちろんこれからの展開だから、長い目で見る必要はあるけどね。

でも、次に来るのは1~2年後でいいな。 その頃には少しは良くなっているかもしれない。


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スタン・ゲッツとの最初の共演

2019年03月21日 | Jazz LP (Roost)

Stan Getz / Vol.2 Swedish All Stars feat. Bengt Hallberg  ( 米 Roost RLP 404 )


ベンクト・ハルベルグはスタン・ゲッツがスウェーデンに来た時のパートナーとして幾度も録音に参加している。 最初は有名な "Dear Old Stockholm" を含む
ルースト・セッションで、これはSP録音だったが、後にLP期に入って10インチ盤としてまとめられている。 ルーストの編集のやり方は大体がアバウトで、
資料的観点で見るとなんだかなあと思うことが多いけれど、この時の録音はうまいこと1枚にまとまっている。

ハルベルグは上手い演奏をしている。 "Prelude To A Kiss" のイントロなんてエリントンの曲想を上手く表現していて、ゲッツへの橋渡しも上手く
いっている。 伴奏者としては完璧な演奏をしている。 だからこそ、その後もゲッツは彼を指名したのだろう。

ゲッツのルースト録音には2つの副次的産物があって、1つはスウェーデンに優秀なジャズメンがいることを紹介したこと、もう1つはホレス・シルヴァーが
レコーディング・デビューを果たしたことだ。 ルースト録音では他にアル・ヘイグやデューク・ジョーダンも参加していて、ゲッツ自身はどの演奏でも
安定していて出来不出来の差はないけれど、ピアニストが変わることで音楽の質感は微妙に変化する。 昔からゲッツの北欧録音は名演と言われるけど、
それはゲッツの演奏が特に良いということではなく、ハルベルグの抒情的なピアノが音楽をより優雅なものにしているということなんだろう。

録音は悪く貧しい音質だし、3分以内という時間的制約もあって、この時期の録音でゲッツの魅力が十分聴き手に伝わることはないけれど、北欧の有名な
民謡を仄暗い情感で歌った演奏はやはり素晴らしい。 ハルベルグは晩年のインタビューで「マイルスの "Dear Old Stockholm" の演奏をどう思うか」
と訊ねられて、「レコードは持っているんだけど、実は1度も聴いたことがないんだ」と答えている。 本当なんだろうか?

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レナード・フェザーが褒めた北欧のピアニスト

2019年03月17日 | Jazz LP (Epic)

Bengt Hallberg / S/T   ( 米Epic LN 3375 )


金曜日の夕刻、du cafe 新宿に立ち寄った後に拾った安レコ。 20年以上前に聴いた時は至極つまらないという印象だったが、今聴くとどうだろう、
という興味で拾ってみた。 こんなレコードでも昔はそこそこの値段が付いたものだが、イマドキはジャンク扱いらしい。 オランダ・フィリップス盤が
オリジナルだからということなんだろうけど、提携関係にあったこのエピック盤も同時期の発売だし、こちらのジャケットの方が秀逸だ。

エピック社は発売にあたり、アメリカでは無名だったベンクト・ハルベルグを紹介するためにレナード・フェザーにライナーノーツを書かせているが、
相変わらずこの人の文章は読みにくい。 悪文という程ではないにしても、もっと素直に書けないのかとうんざりしながらいつも読むことになるが、
ピアノのタッチが際立っているという的確な評価がされていて、おかしな内容ではなかった。 欧州の状況をレポートするために1951年の夏には既に
渡欧していて、その際に現地でハルベルグを知ったということだから、評論家としてはまともな人だったんだろう。

今の耳で聴いてみるとかつて感じたほどつまらないということはなく、アメリカ人以上にアメリカらしい正統派のピアノトリオで、汚れ知らずの端正
極まりない音楽になっていることに感心させられる。 "I'm Coming, Verginia" や "Sweet Sue,Just You"、"Dinah" のような古い曲が中核になっていて、
まるでビング・クロスビーやミルス・ブラザーズのインスト版という感じだが、古臭さは全くなく、すっきりと整理された新鮮さがある。

ピアノのタッチもしっかりとしていて、音の粒立ちが良く、歯切れもいい。 北欧のアイデンティティのようなものを見せることなく、アメリカの音楽に
自らを完全に同化させていて、ひとまずはジャズという音楽への敬意を表したということだったのかもしれない。 そして、それは成功している。

スタン・ゲッツの北欧滞在時のパートナーとしての重責をきちんと果たし、同じく北欧を訪れたクインシー・ジョーンズを「ジャズを理解している若い
ピアニストがいる」と喜ばせた優秀な才能が、ここには記録されていた。 かつての印象は間違っていた、と反省した週末だった。


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ジミー・ヒースの私的愛聴盤

2019年03月16日 | Jazz LP (Riverside)

Jimmy Heath / On The Trail  ( 米 Riverside RM 486 )


ジミー・ヒースはリヴァーサイドにたくさんレコードを残していて、我々にとってはエサ箱の常連なので見る機会の多いアーティスト。 私も結構たくさん
聴いてきたけど、結局手許に残っているのはこのアルバムだけになってしまった。 ウィントン・ケリー、ケニー・バレルらがバックを支えるワンホーンで、
ジミーのテナーは冴え渡っている。 このアルバムはこの人の実像をヴィヴィッドに伝えてくれる素晴らしい内容だと思う。

抜群に上手いテナーを吹くし、作品もたくさん残っているから、もっと人気があっても良さそうなものなのにイマイチなのは、モダンの主流からは微妙に
外れたアーシー一歩手前の音色と感覚を持った独特の位置感のせいだろう。 その音色とフレーズはどこかテキサス・テナーを連想させるけれど、決して
そこまでバタ臭くなく、かと言って都会的ということもなく、音楽的にも目立った特徴が見られることもく、全体的にグレーゾーンにいた人だ。
マイルスはバンドメンバーに穴が開いた時によくこの人を臨時で使ったけど、常設メンバーに抜擢されなかったことからもその感じがよくわかる。

でも、ここでは目から鱗が落ちるような明快なハードバップを披露している。 何にも気兼ねすることもなく、自然体で非常に上質な音楽で圧巻の仕上がり。
なまじ作曲や編曲ができたからアルバムには色々と趣向を凝らしたものが多い中、このワンホーンはプレーヤーとしての力量がそのまま発揮されている。
サックス1本で全曲最後まで飽きさせずに聴かせるのは難しいことで、それができたのは限られたビッグネームだけだろうと思うけど、このアルバムは
そういう名盤群に入れても何の遜色もない。

中でも、サラ・ヴォーンが好んで歌った "Vanity" と "I Should Care" のバラードが最高の出来。 この人にはバラード・アルバムを作って欲しかった。
これを聴けば、誰しもそう思うだろう。

おまけに、このレコードは最高に音が良い。 オルフェウムはこういうのがあるから、決してバカにしちゃいけない。 

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du cafe 新宿で一休み

2019年03月15日 | Jazz雑記



du cafe 新宿が本日オープンするというので、仕事帰りに寄ってみた。

17:35頃に入ったら、今日はオープニング記念イベントがあるので18:00に閉店すると言う。

時間があまりないので、アルコールは止めて、ホットコーヒーを頼んだ。

これがとても美味しくて、ちょっと驚いた。

口当たりの良い軽さなのに、ちゃんとコクがあって豊かな風味が広がる。

苦味でごまかしたりせず、まっすぐで素直な味わい。

しっかりと準備してオープンしたんだな、と思った。

ただ、店内が狭いのがちょっとどうかなあ、と思う。 休日はなかなか入れないんじゃないかな。

音楽は、スティングが流れていた。



   


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マックス・ローチという男(その3)

2019年03月10日 | Jazz LP (Debut)

Max Roach / Quartet featuring Hank Mobley  ( 米 Debut DLP-13 )


これはハンク・モブレーのレコーディング・デビュー作で、1953年4月10日にテナーのワンホーンで録音されている。

1930年にジョージア州イーストマンで生まれたモブレーは20歳になるとプロとして活動を始め、51年にはニュージャージーのニューアーク・クラブのハウス
バンドのメンバーとしてギグに出るようになる。 このハウスバンドのピアノはウォルター・デイヴィスJr.、ドラムがマックス・ローチで、それが縁で
ローチはモブレーとウォルターに声をかけて自身のバンドを作った。 そのバンドで録音したのがこのデビュー・レーベルのレコードということになる。

この演奏を聴くと、モブレーは早熟だったことがわかる。 技術的にはまだ覚束ないけれど、まるでロリンズのような音色で悠然とした演奏をしているのだ。
これを聴いてモブレーだとわかる人はおそらくいないだろう。 このレコードはこのレーベルにしては珍しく録音が良くて、楽器の深い響きが上手く録れて
いるせいもあるけれど、テナーの重く深い残響が響く様子には凄みがある。 私が知っているモブレーのテナーの音色では、これが一番いい。

この頃からローチは自己名義の録音ではドラム・ソロを無遠慮に始めるけれど、このレコードで聴ける彼のソロは悪くない。 殺伐として殺気立った雰囲気が
あり、これは聴かせる。 そして、それに互角に張り合うモブレーのテナーが見事な出来なのだ。 短い演奏時間であっという間に終わってしまうのが
残念だが、このレコードの演奏は粗削りな雰囲気とそれを活かす残響感豊かな音場が素晴らしい。

ローチがモブレーに目を付けたのは慧眼だったと思う。 いけ好かないやつだけど、ある種のセンスがあったのはどうやら間違いなさそうである。
自分が作ったバンドだから仕方ないのかもしれないけれど、このレーベルの趣旨を考えればハンク・モブレーのリーダー作として売り出してもよさそうなのに
そういう気遣いを全くせずにアルバムを出してしまう。 パーカーのバックでドラムを叩き、クリフォード・ブラウンを自己のバンドメンバーとして囲い込み、
ロリンズのサキコロに参加し、常にそうやって天才たちの傍にいることで自己の評価を確立してきたのが、このマックス・ローチという男なのである。


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マックス・ローチという男(その2)

2019年03月09日 | Jazz LP (Time)

Max Roach / Award-Winning Drummer  ( 米 Time T/70003 )


ピアノを使わず、レイ・ドレイパーを迎えた3管のハーモニーでコード演奏を代行させるというコンンセプトがなかなか上手く効いてる。 この構成の美点の
1つは、管楽器のソロをとる場合に楽器の音がきれいに聴こえることだ。 ピアノの和音の中にソロ楽器の音が混ざらないので、管楽器奏者が上手い場合は
その発する音の美しさや演奏の巧みさがよく判る。 これはブッカー・リトルやジョージ・コールマンのような演奏家にはうってつけの環境だろう。

ブッカー・リトルのラッパが冴えている。 輝かしい音色とグッと締まった制御のバランスに圧倒される。 強い知性で冷静にコントロールされた演奏は、
トランペット演奏の理想像の1つではないかと思う。 数十年後にウィントン・マルサリスらがやろうとした演奏スタイルがすでに1958年のニューヨークで
行われていた。 だから、ウィントンが自分の演奏の新しさを語っていた時に、ブッカー・リトルを知っていた私にはそれがピンとこなかった。 

ジョージ・コールマンもほろ苦い音色で節度のある落ち着いたプレイをしていて、いいテナーだなと素直に感じる演奏だと思う。 誰かと似ていることもなく、
この人だけの世界があるところが素晴らしいのではないか。 控えめな性格だったせいか、50年代に本人名義のアルバムがないのでとにかく一般的な評価が
低いけれど、こうして演奏はしっかりと残っているのだから、もっと聴かれるべきだ。

管楽器群の演奏が知的に洗練されていて、この当時の3大レーベルが量産したハードバップとは少し趣きが違う何かがある。 こういうのをきちんと聴けば、
3大レーベルだけが主流で王道だという認識が必ずしも正しいということでもないのだということに気が付くだろう。

但し、ここでもマックス・ローチの長いソロが出てくる。 特にA-4は初めと終わりに短い3管の重奏があるだけで、あとはすべてローチのソロが延々と
続くという恐ろしい曲。 まあ、一番最後に配置されているのが唯一の救いで、当然、3曲目が終わったら針を上げることになる。

例によってドラム・ソロ付きという問題点はあるけれど、これは内容が非常に優れたアルバムだ。 アート・デイヴィスのベースの音もよく録れているし、
ブッカー・リトルやジョージ・コールマンの演奏に耳を傾ければ、多少の瑕疵には目をつぶろうという気にもなれる。 

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短信~マイルスのお手本

2019年03月06日 | Jazz LP (Epic)

The Ahmad Jamal Trio  ( 米 Epic LN 3212 )



マイルスがキャノンボールとブルーノートに録音した "枯葉" 、

あの奇妙なイントロはこのジャマルの演奏からパクった、というのは有名な話。

マイルスのジャマルへの入れ込み様は只事じゃなかったんだな。

このアルバム、発売後まもなくジャケットが白人女性の横顔のデザインにすぐに差し替えられた。

何があったのだろうか。 色々と勘繰りたくなる。

娯楽のために作られたレコードだ、スタンダードをできるだけたくさん詰め込もうと、

どの曲も短い演奏で、ジャマルはちょろちょろっと弾いているだけ。

私にはただの退屈な音楽にしか思えないけれど、マイルスは違う何かを聴き取った。

凡人と天才の差は越え難し。


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マックス・ローチという男

2019年03月03日 | Jazz LP (Emercy / Mercury)

Max Roach +4 / On The Chicago Scene  ( 米 Emercy MG 36132 )


知れば知るほど嫌いになるのがマックス・ローチという男だが、そのレコードを無視できるかというとなかなかそうもいかない。 この男、なぜか共演者に
恵まれていて、レコードとしては聴かずに素通りすることができないのである。 幸いにもブラウニーとやった作品以外は安いので、気が向いた時などに
拾っているが、困ったことにドラムの箇所を除くと演奏がいいものがあったりする。 それらの中でやはり群を抜いているのが、ブッカー・リトルと
ジョージ・コールマンがいた時のアルバムだ。 この2人の優秀さにケチを付ける人はいないだろうけど、その2人が揃って聴けるというところにマックス・
ローチのアルバム群の重要な価値がある。 これが無ければ、私自身は決して手を出すことはなかった。

このアルバムは確かブッカー・リトルの初レコーディングアルバムだったはずで、ロリンズがローチのバンドを去る際にドーハムの後任として推薦した、
というような話だったと思う。 もともとはシカゴ音楽院でクラシックを学んでいた正統派だから、技術的には既に完成していた。 50年代の有名な
トランペッターたちの誰にも似ておらず、どちらかというと現代の演奏家たちに通じるスタイルをこの時期にやっていて、その超時代感が驚異だった。

ジョージ・コールマンもマイルスのバンドに入る前の演奏だが、既に最初の全盛期かと思わせるような素晴らしい演奏をしている。 強い音圧や息の長い
フレーズ感のような身体的な圧倒感はないけれど、魅力的な音色となめらかで上手いフレージングに惹きつけられる。

こうして絡み合いながらも交互に立ち現れてくる2管の演奏は素晴らしくてどんな名盤にも負けない出来だけれど、問題はマックス・ローチの平坦なドラム・
ソロが長々と続くパートが出てきて、急にシラケてしまうことだ。 あまりの居心地の悪さに「ドラム・ソロって音楽に必要ないよな?」と思ってしまう
けれど、よく考えるとそんなことはなくて、スティーヴ・ガッドのソロなら永遠に聴いていたいのだから、結局ローチのソロがつまらないだけなのだ。

この人は「歌うようなドラム」と称えられるそうだけれど、私はそう感じたことは1度もない。 のっぺりと平坦で無味乾燥なものにしか思えない。
生で聴けばもしかしたら違う印象なのかもしれないけれど、それは叶わないことであって、レコードで聴くしかない以上はその感想しか持ちようがない。
リズムキーパーとしてはタイトで優秀だと思うけれど、ソロに関しては正直言って要らない。 ただこのレコードは彼名義なのだから、これは我慢する
しかないのだ。 リトルとコールマンの素晴らしい演奏に接するための代償だと諦めて、渋々聴いている。

不可解な言動もいろいろあったりしてどうもいい印象が持てないが、少なくとも彼の周りには優れたミュージシャンが常時いたことは間違いない。
ドラムという楽器は他の楽器と比べてやる人が相対的に少なくて引く手あまただったという事情はあっただろうけど、それにしてもなぜこんなにも
リーダー作を多く持つことができたのかが不思議でならない。

でも、そうやって文句ばかり言いながらもこのアルバムは好きでよく聴いているのだから、俺は本当にマックス・ローチが嫌いなのか?という疑問も
出始めている。 イヤよイヤよも好きのうち、だったらどうしよう、嫌だなあ。

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小気味よい演奏の裏に見えるもの

2019年03月02日 | Jazz LP

Hal McKusick Quintet / Fraturig Art Farmer  ( 米 Coral CRL 57131 )


アート・ファーマー、エディ・コスタを迎えたマイルドなハードバップ・セッションだが、このメンツならではのサムシングに欠ける。 やはりファーマーの
存在感が強く、実質的にはアート・ファーマー・クインテットという感じになっている。 マクシックの良さは奥に引っ込んでいて、全体的にはファーマーが
ジジ・グライスとやったクインテットの音楽によく似ている印象だ。 あのバンドの音楽監督はジジ・グライスかと思っていたが、案外ファーマーが中を
仕切っていたのかもしれない。

これを聴いていると、マクシックの弱点が見えてくる。 バンドという形になった時に音楽的リーダーシップをとれないということだ。 エディ・コスタは
得意の低音域を強打する奏法を封印してサポートに徹しているので管楽器がどう演奏するかに焦点が集まるけれど、先陣を切るのは決まってファーマーだし、
楽曲のアレンジもファーマーのアルバムで聴けるものだから、マクシックの音楽を聴いているという感じがまったくしないのだ。 私自身はファーマーが
好きだからこれはこれで何も問題ないけれど、ハル・マクシック・クインテットと言われると「そうはなってないんじゃない?」と言わざるを得なくなる。
我が俺がと前に出ようとする個性がすべていいとは言えないにしても、個人商店として活動していくには向いていなかったんだろうなと思う。

とは言え、演奏者はみんな腕利きばかりが揃っていて、闊達な演奏が聴けるいいアルバムに仕上がっている。 コーラルは一般大衆向けレーベルだから
もともとシリアスなジャズを録音する意図などなかったはずで、そのラインにうまく沿った本流のハードバップとして上質な演奏に十分満足できる。
ミュージシャンというのはある程度の大物でない限り、録音するレーベルの意向に沿うことが必要だったのだから、こちらもそれを前提にして聴かなければ
いけなくて、その印象が自分好みじゃないからと言って切って捨てるのは拙速。 いつの時代も世の中はいろいろとややこしい。


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ハル・マクシックが語る、パーカーとギル・エヴァンスの共演

2019年02月24日 | Jazz LP (Verve)

Charlie Parker / The Magnificent   ( 米 Clef MG C-646 )


昨日ハル・マクシックのことを色々調べている時に、彼自身のことについては何の収穫もなかったけれど、それとは別に面白い話を知ることができたので、
備忘録として簡単に残しておこうと思う。 マクシックという人はこれまでまともに語られてこなかった人だったのだということが今回よくわかった。
このままだといずれは忘れられてしまうことになるのかもしれない。 ジャズ全盛期に生きたミュージシャンの常として、彼もパーカーと親交があった。 
その彼が語るパーカーにまつわる話が面白いのである。

パーカーと組んで作った "ウィズ・ストリングス" がアメリカでヒットしたのに気を良くしたノーマン・グランツは2匹目のドジョウを狙って、今度はコーラス隊を
バックにしたレコーディングを企画した。 当時はビリー・ホリデイが40年代にデッカ録音で使ったような伝統的なコーラス隊は既に流行遅れで廃れていたので、
もっとヒップでイケてるヴォーカリース・スタイルのコーラス隊を使おうということになり、デイヴ・ランバートと彼が集めた "デイヴ・ランバート・シンガーズ" を
スタジオに呼んだ。 そして、彼らのバックの演奏には小編成のアンサンブルを使い、そのスコアと指揮をギル・エヴァンスに頼み、ベースにはミンガス、
ドラムにはマックス・ローチを使った。 ギルはバスーン、クラリネット、フレンチ・ホルン、フルート、オーボエを使い、このクラリネットにハル・マクシックを充てた。
この時の録音風景について、マクシックが非常に貴重な回想をしている。

録音はニューヨーク40番街のブライアント公園を横切ったところに建つビルの4階にあったフルトン・スタジオで行われた。 30フィートの高い天井を持つ
巨大なスタジオで、防音のために天上から床までの壁一面に分厚いカーテンが敷かれ、レコーディング・ブースは巨大なガラス張りになっていた。
そこに大勢の楽器演奏者たちが片方の側に、10人を超えるシンガーズたちがもう片方の側に配置され、パーカーは楽器奏者側の前に立って演奏した。 
この時録音されたのは、"In The Still Of The Night"、"Old Folks"、"If I Love Again" の3曲で、管楽アンサンブルを指揮するギル・エヴァンスや
ヴォーカル隊を指揮するデイヴ・ランバートもスタジオに入っていた。

録音が始まると2つの問題が浮上した。 1つ目はデイヴ・ランバートの書いたスコアが難し過ぎて、ヴォーカル隊が上手く歌えずレコーディングが混乱したことだ。
ランバートは "L,H&R" でもお馴染みのヴォーカリーズの先駆者の1人で3~4人程度のヴォーカル・アレンジは得意だったが、10人を超える規模のアレンジには
慣れておらず、この時用意したスコアが軽快に歌うには重過ぎてヴォーカル隊が上手く歌えず、テイク数を大幅に重ねることになってしまった。

もう1つは、マックス・ローチがパーカーが指示したリズムテンポを無視して、レコーディングを邪魔したことだ。 プライドの高い彼はこういうコマーシャルな
レコーディングに最初から不満で、テイク1ではわざと速いテンポでドラムを叩き、気の毒なヴォーカル隊を大混乱に陥らせた。 この時、パーカーだけは
悠然とした態度で難なく演奏し、ギル・エヴァンスは終始落ち着いていたという。 ギルはクロード・ソーンヒル時代は録音が終わるとブースから人を追い出して
1人こもり、床に仰向けに寝転んでプレイバックのチェックをするのが常だったが、このパーカーとの録音ではそういう振舞いはしなかったそうだ。

これらの想定外のドタバタが起こったせいでレコーディングは大幅に長引き、グランツは予算を大幅に超えるお金を使うことになってしまった。 当時録音テープは
非常に高価で、テイク数を重ねれば重ねるほど大金が飛んで行ったわけだ。 そういう様子をハル・マクシックは冷静に見ていて、現場にいた者だけが語り得る
貴重な情報としてこうして語り継いでくれている。

私はパーカーとギル・エヴァンスが一緒にレコーディングしていたなんて初めて知ったし、普通なら我々には知りえない舞台裏の秘密が生々しく目の前に
蘇るようなこういう話には心が躍る。 掲載のアルバムに収録された2曲のイントロで聴けるクラリネットがマクシックの演奏だと思うと今までとは違う
印象に変わってくるし、昔からこのバックのヴォーカル隊の歌は稚拙でぎこちないなと思っていたのが、実はそういうことだったんだということがわかると、
これはこれで微笑ましい気持ちで聴けるようになるではないか。

それにしても、マックス・ローチって野郎はつくづくイヤなヤツである。 この男、知れば知るほど、ますます嫌いになっていくなあ。


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硬質なアルトとうまいギターが絡むと

2019年02月23日 | Jazz LP (Bethlehem)

Hal McKusick / East Coast Jazz #8  ( 米 Bethlehem BCP 16 )


ジャズの世界にはアルバムは残っているけれど、その実像が掴みにくいアーティストというのが大勢いる。 このハル・マクシックもそういうタイプの人だ。
キャリアのスタートは有名なビッグバンドを渡り歩くことから始まり、50年代後半の数年間に複数のレーベルにリーダー作を集中して残して、その後はスタジオ・
ミュージシャンとして裏方にまわってしまった。 マルチ奏者として1枚のアルバムの中で複数の楽器を吹き分けるし、多管編成のものが多いということもあって、
現代の我々には音楽家としての実像がわかりにくい。

そんな中でワンホーン・カルテットのアルバムが2枚残っていて、それらを聴くとこの人の素の姿が一番わかりやすいかなと思う。 バリー・ガルブレイス、
ミルト・ヒントン、オジー・ジョンソンというピアノレスが趣味の良い伴奏で支える中、ハルのアルトやクラリネットが大きな音で鳴り響く。

この人のアルトは硬質で重みのある音で、奏法は力強くて音に覇気がある。 演奏に隙が無く甘い情感で酔わせようという気配もないので、聴き手がコロリと
参るようなはところはなく、背筋のピンとした清潔感と生真面目さはリー・コニッツなんかよりもずっと徹底していて、これを聴くとコニッツのサッスクって
案外メロメロな感じだったんだなと思ったりするくらいだ。 そういう音楽に厳格さを求めるような人柄がこの業界には合わなかったのかなあ、と思ったりする。

強いアルトの音と同じくらい感心するのがガルブレイスのギターで、なんと上手いギターを弾くんだろうと驚かされる。 こういう風にギター1本で伴奏を
付けるものは多いけれど、こんなに味わい深い演奏はちょっと他には思い当たらない。 いつもジム・ホールやジョー・パスばかりが称賛されがちだが、
このガルブレイスも別格な演奏家であることがこれでよくわかる。

得てして「室内楽風な」と言われがちなところがあるけれど、これはそういうのとは違うだろうと思う。 白人の腕利きミュージシャンが、演奏家としての
資質を最大限に生かすことができた非常に聴き応えのあるアルバムで、その核心には強いジャズのスピリットを感じることができる、実は静かに熱い演奏だ。

ベツレヘムの若い番号のレコードはローレル(月桂樹)のフラットディスクが初版だけど、この時期に製造されたものはプレスの状態が不安定で、特にこの
マクシックのアルバムはプレッシングバブル(凸)が目立つ盤がほとんどで、買うに買えないとマニアを泣かせるレコードだ。 私自身、まったく問題のない
盤はこれまでに見たことがない。 手持ちの盤は凸はないけれど、フラット特有の外周部の細かいスレがあり、少しノイズが出る。 でもこの盤は音圧が高く
楽器の音も太いので、盤面の多少の瑕疵は気にせずにゲットされてよいと思う。 見た目の印象より、実際の聴覚感がいいものは案外多い。
これに関しては、経験上、問題ないものを待っているとおそらく日が暮れてしまうような気がする。


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若き日のフィル・ウッズの最高傑作

2019年02月17日 | Jazz LP (Prestige)

Phil Woods / Woodlore  ( 米 Prestige PRLP 7018 )


フィル・ウッズの最高傑作はこれで決まりだけど、若くしてこんなアルバムを作ってしまうと、後はもうやることが無くなってしまったんじゃないだろうか。
この時期にプレスティッジをメインにしてたくさんレコードを作ったけれど、なぜか多管編成ものが多く、ウッズの良さはすべて殺されてしまっている。
一番よくわからないのがジーン・クイルとのコンビで、互いの良さを喰い合ってしまうこのコンビネーションの意味は未だに理解できない。

パーカーが1955年3月に亡くなった時、ニューヨーク界隈は "パーカー・ロス" に陥り、業界では "次のパーカー" はどこにいる?と大騒ぎになった。
当時のニューヨークにはウッズやマクリーンがいたが、マクリーンはまだ演奏が未熟だったし、ウッズは白人だったせいもあってか、これまた白羽の矢が
立つことはなかった。 このアルバムを聴けば当時最もパーカーに近いところにいたんじゃないかと思えるけれど、その後のアルバムを見ていくと、どうも
パーカーに近づくことを周囲が許さなかったんじゃないかと勘ぐりたくなるようなものばかりだ。

何の邪念もなく、ワンホーンですべてを出し切るような歌いっぷりには圧倒される。 若さに満ち溢れて、こんなにみずみずしい感性を感じるジャズは他には
見当たらない。 そしてアルバムの最初から最後まで1本のサックスでこんなにも豊かに歌い切っているのを聴いていて思い出すのはロリンズの同時期の作品群で、
同じような感銘を受ける。 サックスのアルバムでこれ以上の賛辞を贈る必要はないだろう。

ワンホーンのもう1つの代表作 "Warm Woods" は演奏に抑制が効きすぎていて、音楽としては消化不良感が残る。 メジャーレーベルのEPICらしい高級感溢れる
ゴージャズ&ファビュラスな音場感でオーディオ的には "Warm Woods" の方が優れているけれど、イージーリスニング的な要素が強過ぎて、まるでラスヴェガスの
高級ホテルの最上階にある豪華なバーで聴いているような感じがする。 それに比べて、"Woodlore" はバードランドやカフェ・ボヘミアの最前列でかぶりつきで
聴いているような濃厚なジャズの匂いがあって、このアルバムは結局のところ、そこがいいのだと思う。


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