廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

最初の5秒

2022年09月19日 | Jazz LP (Prestige)

Morris Nanton / Preface  ( 米 Prestige PRST 7345 )


試聴の最初の5秒で自分好みのピアノであることを確信したアルバム。「最初の一音を聴いただけで」という言い方は修辞句としての意味は
わかるけど、そんなことは現実的にはあり得なくて実際はもう少し聴くことになるけど、それでもすぐに「これは!」とわかることがある。
エサ箱にステレオとモノラルの両方が安レコとして転がっていたので、迷うことなく両方拾って来た。

ニュージャージのクラブが活動の舞台という典型的なローカル・ピアニストだが、見る人は見ていたのだろう、プレスティッジやワーナーに
アルバムを残している。ジャケットに写る容姿からソウルフルと言われることが多いようだが、実際の演奏はレイ・ブライアントのような、
どちらかと言えば端正でスジのいいピアノを弾いている。クラブの喧騒の中で音楽を聴かせようと普段から強い打鍵で音数多く弾くことで
自身のスタイルが出来上がったのだろう、ここでもそういう弾き方が随所に見られるのでソウルフルという印象が残るのかもしれない。

ただ、そのピアノの音自体は深みとまろやかさのようなものがあって、私はそこに強く惹かれた。音もクリアで真っ直ぐに飛んでくる。
ピアノの音色の良さで聴かせるところが素晴らしいと思った。私はピアノの演奏にリズム感やノリの良さなどは求めない。そういうのは
ベースやドラムに任せておけばよい。ピアノにはこの楽器にしか出せない独特の音色があり、それが聴きたいからピアノの音楽を聴くのだ。
このモーリス・ナントンはそういうピアノ音楽好きを満足させるタイプのピアニストだろうと思う。

ヴァン・ゲルダーの録音とカッティングなのでピアノ・トリオの場合は心配になるが、あまり音を触っておらず、問題ない。
モノラルとステレオも音場感にはさほど大きな違いはないが、時期的には当然ステレオ録音だからステレオ盤のほうが音が自然。
この時期のアルバムは迷わずステレオ盤で聴けばいいのだろう。



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滲み出る風格と重み(2)

2022年09月15日 | Jazz LP (Milestone)

James Moody / The Blues And Other Colors  ( 米 Milestone MSP 9023 )


前作の "The Brass Figures" と同じコンセプト、ラージ・アンサンブルでトム・マッキントッシュのアレンジで臨んだ続編とも言うべき内容で、
ここではムーディーはソプラノとフルートを吹いている。2つのセッションが収められているがメンバーは豪華で、ジョニー・コールズ、
ジョー・ファレル、セシル・ペイン、ケニー・バロン、ロン・カーターと名うての顔ぶれが揃っている。

前作の2年後の録音で、雰囲気は少し変わっている。スタンダードが多かった前作に比べて、今回はムーディーのオリジナル楽曲がメインで
音楽はより独創的でユニーク。都会的なブルース調を軸に、よりカラフルな展開を見せる。69年のセッションはホルン、ヴィオラ、チェロ、
スキャットヴォイスも交えた凝った構成で、新しい試みを披露している。

"サウンドスケープ" 、つまり音楽はメロディーやアドリブを主眼とするのではなく、音による風景描写を目指すことがそのコンセプトとなるように
大きく変化していて、より視覚的というか、人に心象風景の映像を喚起させるような方向に舵を切っている。クラシックやジャズのような
インストを基調とする音楽は時間の経過の中で様式が発展して成熟していくとこういう風に抽象化していく。この変化は60年代後半になるとあちら
こちらで見られるようになって、例えばリーヴァーサイド後期にミルト・ジャクソンやブルー・ミッチェルもこういうアルバムを作っている。
音楽の動向や大きな流れに敏感だった演奏家は、そういう兆候のようなものをいち早く察知できたのだろう。

このアルバムはオリン・キープニューズがプロデュースに一役かっているが、彼もそういうところに敏感だったし、元々の音楽嗜好がシブいので
彼が絡んだ作品はどれもシックな仕上がりだったが、同じくその兆候を敏感にキャッチしてより大衆的にアピールしたのが先日亡くなった
クリード・テイラーだった。彼の場合はキープニューズとは対照的なアプローチと仕上げ方だったので、その俗っぽさが批判される傾向もあるが、
いずれにしても60年代のジャズの中にそういう音楽が現れてきたというのは興味深いことだったと思う。

ムーディーもおそらくはそういうサウンドスケープを表現するためにテナーではなくソプラノとフルートを吹き、アンサンブルの楽器構成を
考えたのだろう。地味で誰からも相手にされないこういうアルバムにも熟考の上設計された意図があるのだから、それをきちんと汲み取って
聴いてこそ、である。


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JUDGMENT! RECORDS 訪問

2022年09月12日 | 廃盤レコード店



ディスクユニオンのジャズ部門統括責任者だった塙さんと新宿ジャズ館の店長だった中野さんが独立して、東中野に新しい店を出した、
ということで、さっそくお邪魔してきた。その名も、"JUDGMENT! RECORDS"。 ( https://judgment-records.com/ )

オープンは10日(土)だったが、私が伺ったのは11日(日)の14時ごろだった。店内の様子やイベントはインスタで見て大体どんな感じかは
わかっていたし、人がごった返す中でレコードを見るのはそもそも嫌いなので、わざと日時をずらして行った。
西口改札を出てすぐのところにあり、アクセスがいい。こじんまりとした感じだが新装開店らしく店内はきれいで、清潔感溢れる印象だ。
奥にはステレオセットとテーブルと椅子があり、試聴は座って聴くことができるし、レジの前にも椅子が置いてあって、座ってじっくりと
検盤することができる。

驚いたのはジャズ専門店ではなく、ロックやJポップも扱っているということ。ジャズは全体の1/3くらいで、まるで新宿ジャズ館の1Fと3Fの
コンパクト版という感じだったのが意外だった。ゴリゴリのジャズ廃盤店なのかと思ったが、想定外にポップでライトな感じなのには面喰った。
まあ、経営を安定させるにはこうじゃなきゃいけないんだろうなと思う。何と言っても、株式会社なんだから。

ジャズの棚を見ると在庫は多くなく、スロースタートなのかなと思い「昨日はどうだった?」と訊くと、いつもの常連たちが押し寄せて来て
「ワーッ!」と言う感じでレコードが売れていった、とのこと。つまりこれは落穂拾いということだけど、まあ、売れたのなら良かった。
この日はサンプル・テスト盤特集が組まれていて、ブルーノートの "Somethin' Else" のテスト盤が25万だったそうだけど、それもしっかりと
売れたそうだ。オープン最初の週末の出だしとしては上々だったのかもしれない。

東中野と言えば隣は大久保で、懐かしいヴィンテージマインがあった地域。30年近く前によく通っていた懐かしい風景とここは重なる。
だから初めて訪れたのに、どこか懐かしさを感じるはきっと私だけではないだろう。個人経営の専門店というのは、そうやってマニアの
記憶に残り続けるものだ。そこにはいい想い出もあれば悪い想い出もあるけれど、それでもそうやってマニアたちの心のより近いところに
存在するのがこういうお店なのである。そういう親密な想い出のようなものは10年、20年というそれなりに長い時間をかけてゆっくりと
醸成されていくものだから、これからも末永く頑張って欲しい、と心から思う。

2人ともその道のプロだからきっとうまくやっていくのだろう。塙さんはやり手の経営者タイプだし、中野さんはこだわりの職人タイプで、これは
面白い組み合わせなんじゃないだろうか。過去の廃盤店の相似形などではなく、きっともっと新しい感覚でいろいろと幅を拡げていくんだろう。
いくら世の中がデジタル化したところで、リアル店舗の存在意義は何も揺るがない。音楽はリアルなものだから。

というわけで、私の初訪問の成果はこんな感じだった。





デイヴ・ベイリーのステレオ盤はモノラル盤と聴き比べするべく購入。コーティングのないジャケットなので年季は入っているが、盤質は上々。
Ex表記だったが、実際はNM-くらいで、こういうところはコンディション査定に厳しい中野さんらしい。「聴いてみましょう」ということで
奥のオーディオでかけてくれたが、その前にちゃんと盤を洗ってくれた。
ディック・ジョンソンは昔は毒にも薬にもならぬ3流アルトだと思って相手にしていなかったけど、こちらが黄昏てくるとこれはこれでアリなんじゃ
ないか、と感じられるようになってきて、ちょうど買い直そうと思っていたところだった。何ともいい加減なリスナーなのだ。



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滲み出る風格と重み

2022年09月11日 | Jazz LP (Milestone)

James Moody / Moody and the Brass Figures  ( 米 Milestone MLP 1005 )


ロリンズやコルトレーンが出てきたことで駆逐されたテナー奏者は多いが、ジェームス・ムーディーもそんな中の1人だろう。50年代初期は
リーダー・セッションがたくさん用意されてレーベルの看板テナーだった時期もあったが、栄光の時期は長くは続かなかった。何と言っても、
それは厳しい世界なのだろう。

そうなってくると多くの奏者は活路を見出すべく、独自の路線を模索する。マルチ・リード奏者へと変貌したり、アレンジの勉強をして
ラージ・アンサンブルを手掛けてみたり。第2線級になると、そういう過程のものがアルバムとして結構残されるようになる。
そういうものに接すると、我々は困惑する。この人は何がやりたかったんだろう、と。スコープがぼやけているように見えて、どこに焦点を
あてて聴けばいいのかよくわからなくなる。

ムーディーにもそれが当てはまる。アーゴにたくさんリーダー作を残すことができたのはよかったけれど、これが取り留めのない内容で、
散漫な印象が残ることは否めない。フルートを多用したのもこの時期だが、この楽器はジャズには向かないので、どのアルバムも評価されない。
本人は新機軸としてまじめに取り組んだのだが、聴く側というのは勝手なもので、そういうミュージシャンの気持ちなどはお構いなしだ。

そういう流れがあるので、マイルストーン時期のこのアルバムも見向きもされないわけだが、これが実にいい内容なのだ。
アレンジはトム・マッキントッシュに任せて、自身はテナーの演奏に集中している。それが良かったのだろう、その音色は深みがあって、
演奏もゆったりと泰然とした雰囲気が濃厚で、素晴らしい。

バックのアンサンブルも控えめでうるさくなく、飽くまでもムーディーの演奏をそっと支えるという風情で、これが功を奏した。
ラージ・アンサンブルがバックに付く場合はこの演奏の良し悪しが作品の出来そのものを直接左右するが、ここでの演奏は成功している。
きっちりと纏まりがあって、テンポも適切で、アンサンブルのサウンドカラーもヴィヴィッドで好ましい。

変な小細工もなく、ユニークさへの志向もなく、とてもナチュラルで気持ちのいいジャズになっている。ベテランの風格というか余裕というか、
そういうものがいい形で滲み出ていて、そこに音楽としての豊かさを感じるのだ。本人にどこまで自覚があったのかはわからないけれど、
見かけ上の技巧に走る必要などなく、自身の中に蓄積されたものを糧として音楽を続けていけばこういういい作品はおのずと出来たんじゃ
ないだろうか。このアルバムを聴いていると、そんな風に思えるのだ。



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ヴィブラフォンが産み落とした独自のピアニズム

2022年09月03日 | Jazz LP

Jack Wilson / Innovations  ( 米 Discovery Records DS-777 )


ジャック・ウィルソンはその独特なピアニズムと他の誰にも発想できない美しいアドリブのフレーズを両立させる稀有なピアニスト。
大抵はどちらか一方で勝負するものだが、この人の場合はその2つが両立しているところがとにかく凄い。こういうピアニストはあまりいない。

50~60年代に活躍した人たちは70年代になると失速する人が大半だが、この人は失速するどころか、ますます磨きがかかった、というのも凄い。
ロイ・エアーズとレギュラー・コンボを組んでいたので、彼の演奏に焦点があたったアルバムが少ないのが難点だが、そんな中でこのアルバムの
存在は貴重だ。彼の滾々と尽きることなく湧いて出てくる美メロが存分に堪能できる傑作である。

このアルバムを聴いていると、彼のピアノはエアーズのヴィブラフォンの煌びやかなフレーズに強く影響されて出来上がったんだなということが
よくわかる。ピアノの音やフレーズの輝き方がヴィブラフォンのそれに通じるからだ。だから彼のピアノはメロウだとして人気があるのだろう。
演奏の発想が普通のジャズ・ピアニストとは根本的に違うのはあまりに明白だ。

作曲力も高く、自作が半分以上を占めるため、音楽自体が非常に新鮮なのだ。聴き飽きたスタンダードなどなく、初めて聴くことになる美しい
曲群にメロメロになる。"Waltz For Ahmad" なんてケニー・バロンが弾きそうな珠玉の名バラードで、夏が終わり、秋へと変わろうとしている
この時期にはピッタリの名曲だ。曲によってはエレピとコンガが疾走するレア・グルーヴなパートも取り込み、どこを切り取っても美味しさは満点。
センスの良い自由な発想が、聴き手の心を大きく開放するのだ。これを聴くと、自分の中で澱んでいた感情が一掃されて、新鮮な空気に入れ替わる
のがわかるだろう。



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ケニー・バレル3部作と呼びたい1枚

2022年08月27日 | Jazz LP (Argo)

Kenny Burrell / The Tender Gender  ( 米 Cadet LPS 772 )


Argoレーベルは1965年にCadetと名前を変えているが、このアルバムは1966年4月にニューヨークで録音されている。RCA Studioで録音され、
レコードもRCAでプレスされたので品質がよく、音もいい。

リチャード・ワイアンズのピアノ・トリオをバックに歌いまくるバレルは、まるでワン・ホーン・カルテットのような雰囲気。ブルース・フィーリングが
ベースになっているけれど、時代の空気も流れ込んでいて、明るくポップなところもある。普段はガンガン鳴らすワイアンズのピアノも、ここでは
バレルのバッキングに徹していて、決してギターを邪魔しない。全体の纏まり感はとてもいい。

そんな中を流れるバレルのギターの音色がざっくりとした質感で素晴らしい。増幅されたフルアコの音色がギターの快楽を感じさせてくれる。
お約束の無伴奏ソロによるスタンダードも、いつものバレルらしい解釈。ギターっていいな、と思う。自作の楽曲が多く、そのどれもが聴かせる
メロディーを持ったいい曲ばかりなのも嬉しい。

同時代のジャズ・ギタリストたちの中では、最もオーソドックスな弾き方をするのがケニー・バレルだと思う。決して技巧に走らず、常に歌うことを
優先しているから、曲芸的バカテクを期待する向きには合わないかもしれないけれど、これがジャズ・ギターなのだ。管の入らない編成で聴くと、
全編に渡って彼の演奏を堪能できて、満足度が高い。

アーゴのヴァンガードでのライヴ盤、ファンタジーのヴァン・ゲルダー盤と並ぶ、バレルのギター3部作と呼びたい1枚。素晴らしい。



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満点の仕上がり

2022年08月21日 | Jazz LP (Imperial)

Harold Land / Jazz Impressions of Folk Music  ( 米 Imperial LP 12247 )


「ジャズを通して見たフォーク音楽」というタイトルでどの曲も知らないものばかりだが、確かにフォスターの「草競馬」みたいなメロディーの
曲もあったりして、どれも明るくわかりやすい曲調ばかりで非常に親しみやすい音楽になっている。着眼点がよかったのだと思う。

ハロルド・ランドのなめらかなテナーがきれいな音色で録れていて、演奏の良さがよくわかる。50年代のものよりも演奏がはるかに上手く感じるのは
わかりやすい音楽で歌い所が満載だからだろう。私が今まで聴いたこの人の演奏の中ではこれがダントツで出来がいい。フレーズも現代の奏者が
吹いていてもおかしくないような雰囲気があって、この感性の若さというか、何十年も先取りしたようなところには驚かされる。

カーメル・ジョーンズ、ジミー・ボンドを含め地味なメンツだけど、演奏は非常にしっかりとしていて、グループとしての纏まりも素晴らしい。
このレコーディングのためだけに集まったとはちょっと思えないほどの出来の良さだ。アメリカのジャズ界の層の厚さというか、体力の根本的な
違いみたいなものを感じる。

おまけに、このステレオ盤はおそろしく音がいい。インペリアルのようなマイナー・レーベルからは想像もつかないような高品質なサウンドだ。
最近の録音だ、と言われても疑うことなくそのまま信じてしまうような音質で、これにも面喰う。

演奏の圧倒的な素晴らしさ、音楽の出来の良さ、驚きのサウンド、どれをとっても満点の出来で、最近聴いて一番驚いたレコードの1つ。
他のタイトルと比較しなくても、聴いてすぐにこれがハロルド・ランドの最高傑作なんだろう、ということがわかる。
優れたアルバムというのはそういうものだと思う。



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初期ロイ・エアーズの傑作

2022年08月17日 | jazz LP (Atlantic)

Roy Ayers / Virgo Vibes  ( 米 Atlantic SD 1488 )


ハード・バップをやらないミュージシャンは相手にしてもらえないこの偏狭な世界において、ロイ・エアーズは当然のように認知してもらえない。
ただ、デビュー後の数年間は良い仲間にも出会えて、しっかりとジャズをしていた。世代的にはハード・バップをやるには生まれたのが遅過ぎた
世代なので音楽の感性も次世代的なものだったが、初期のアルバムは内容がとてもいい。

チャールズ・トリヴァーとジョー・ヘンダーソンが加わるサイドと、トリヴァーに加えてハロルド・ランド、ジャック・ウィルソンに代わるサイドに
分かれるが、この2つのセッションがまるで違う雰囲気になっているのが面白い。演奏家の個性がそのまま音楽に反映されている。

ジョー・ヘンダーソンが入るサイドは明るい演奏で程よくファンキーだが、サイドが代わるとグッとシブく深みのあるブルース感が溢れ出す。
ハロルド・ランドとジャック・ウィルソンの組み合わせはこれ以外では知らないが、これがすごくいい。ミルト・ジャクソンのように誰とやろうが
全てを自分色に染めるタイプとは違って、共演者の色に上手く溶け込んでその都度違う音楽を生み出すのがこの人の才能のようだ。A面とB面で
こんなにも雰囲気が変わるアルバムも珍しい。

ハロルド・ランドの太く重い音色、トリヴァーの気怠い旋律がゆったりと流れる中、ジャック・ウィルソンの独得のピアニズムが音楽を主導する。
そして、その流れがロイ・エアーズに引き渡されて曲が静かに終わる様は素晴らしい。よく考えられた構成になっていて、全編通して聴き終わった
あとには深い余韻が残る。50年代のジャズにはなかったメロウ感が取り込まれるようになったのはこの辺りからかもしれない。



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ナット・アダレイは歌う(3)

2022年08月12日 | Jazz LP (Riverside)

Nat Adderley / In The Bag  ( 米 Jazzland JLP 975 )


ナット・アダレイが1962年にニュー・オーリンズへ演奏旅行へ出かけた時に現地で初めて聴いた地元ミュージシャンたちの演奏に感銘を受けて、
彼らとレコーディングしたいということになり、このアルバムは誕生した。普通なら彼らを本場ニューヨークへ呼び寄せてレコーディング
するのが定石だが、大抵の場合、レコーディングに慣れていない若者たちは大都会の雰囲気に呑まれてしまい、自分たちの個性を十分発揮
できないままで終わってしまう。そのことをよく知っていたナットは、まず、キャノンボールとサム・ジョーンズの3人でニューヨークで
アルバムの準備を整えてから再度ニュー・オーリンズへ乗り込み、このアルバムのレコーディングをした。

アルバムの表紙にその時の3名の名前が列記されているところからも、ナット・アダレイの思い入れの強さが十分に伝わってくる。オリン・
キープニューズによると、これはニュー・オーリンズで録音されたおそらく初めてのモダン・ジャズのアルバムではないか、とのことだ。

何と言ってもこの中ではエリス・マルサリスの名前に目を惹かれるわけだが、その他の2名のことはよくわからない。テナーのパーリリアトは
ジャズ・ミュージシャンとしては喰っていけず、タクシードライバーをしていたらしく、35歳で病死している。気の毒な話だ。

演奏を聴いて驚くのは、このテナーの力強さとピアノの音色の新鮮さ。テナーはストレートな吹き方で音が深く、前へと力強く押し出して
きて、これが素晴らしい。とてもいいテナー奏者であることがよくわかる。そしてエリス・マルサリスのピアノも打鍵がしっかりとしていて、
その音色も濁らずクリアだ。それまでのキャノンボール兄弟のアルバムの中では聴いたことのないような音色で、新しい雰囲気を感じる。
リズム感も正確で非常に落ち着いた佇まいで見事だ。

音楽はしっかりとしたハード・バップで、ニュー・オーリンズ・ジャズの要素はまったくない。これはおそらく、ニュー・オーリンズの連中だって
こんなに上手くモダンをやれるんだよ、ということをキャノンボールたちが世に示したかったのではないだろうか。そうすることで彼らにも
もっと仕事が回ってくるだろう、という計らいだったんじゃないかと思う。ただ、なかなかそううまくはいかなったわけだが。アダレイ兄弟は
どちらかと言うと控えめな演奏に終始していて、3人にしっかりと演奏をさせるような構成にしている。演奏時間はテナーが一番長い。

そんな中で、ナット・アダレイはやはりよく歌っている。用意されたバラードでは幻想的な素晴らしい演奏を披露していて、彼が一流の
バラード奏者であることがよくわかるし、アップな曲でもアドリブ・ラインが明快でこれは上手い演奏だなと感銘を受ける。

アダレイ兄弟たちの仲間を思いやる優しさに溢れたアルバムで、単に演奏が素晴らしいということだけではなく、そういう面にも感動させられる。
ナット・アダレイはとてもいいアルバムを残してくれた。



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ナット・アダレイは歌う(2)

2022年08月07日 | Jazz LP (Riverside)

Nat Adderley / Naturally !  ( 米 Jazzland JLP 47 )


A面がジョー・ザビヌルのトリオ、B面がウィントン・ケリー、チェンバース、フィリー・ジョーのマイルス・バンドという豪華なバックで固めた
硬派で超本格派の内容。コルネットのワン・ホーン・アルバム自体が珍しいのに、更にこういう面子というのはおそらくこれが唯一ではないか。
こういうメンバーの影響か、私の知る限り、これが最もストレートど真ん中の胸をすくようなハード・バップだ。

冒頭からなめらかで澄み渡った音色で伸びやかに歌う。明るい曲調で、聴いていると胸の中のつかえが取れていく。わかりやすい、屈託のない
音楽が続き、なんと心地よいことか。その素直さや実直さにただひたすら感心してしまう。これはきっとナット・アダレイという人の人柄
そのものなんだろうな、ということがしみじみと感じられる。彼のアルバムに私が惹かれるのは、きっとそういうところなんだと思う。

ザビヌルはバップのピアニストとしては凡庸で何の聴き所もないけれど、このアルバムではそういうところがナットの実像を際立たせる
ことになっていて、ピアノ自体は上手いので裏方としては十分な仕事をしている。ルイス・ヘイズもツボを抑えたドラミングで安定感が高く、
バンドとしての纏まり感は素晴らしい。

ウィントン・ケリーのサイドになると、音楽は更に躍動する。ピアノは雄弁に語り、ブラシが音楽を大きく揺らす。やはりこの3人の演奏は独特だ。
2曲目の "Image" はソニー・レッドの曲だが、コード展開がマイルスっぽくて、マイルスのアルバムに入っていてもおかしくないような演奏である。
人が変われば、音楽もガラリと変わる。

聴いていくうちに、ナット・アダレイという人の優しいパーソナリティーが映し出された上質な音楽に心奪われていることに気付く。
演奏者と聴き手が近い距離感を保つことができる、とても良いアルバムだと思う。



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ナット・アダレイは歌う

2022年07月31日 | Jazz LP (Riverside)

Nat Adderley / Little Big Horn  ( 米 Riverside RM 474 )


ナット・アダレイは、実際のところ、まったく評価されていない。演奏家としても、音楽家としても、コレクター的見地からしても。
彼のプレイが素晴らしいと褒められることはまずないし、"Work Song" というヒット曲があるにも関わらずその作曲力や音楽を創る力を
評価されることもないし、レア盤として羨望の眼差しを集めるアルバムもない。有名な割にここまでないないずくしの人も珍しい。

コルネットというシブい楽器をファーストとしていたこと、兄のキャノンボールの影に隠れがちであったこと、ジャズ界では比較的メジャーな
レーベルを渡り歩くことができたこと(もちろん、これはラッキーなこと)などが原因のように思えるけど、それにしてもあんまりだと思う。
録音の機会には恵まれてアルバムがたくさん残っているので、そのすべてを聴くところまではいけないけれど、いくつか聴いた範囲ではどれも
聴き応えがあったし、印象的なものも多い。

このアルバムはジュニア・マンスのトリオにジム・ホール、ケニー・バレルが交互に加わったところにワン・ホーンで取り組んだもので、
ナットの実像がよくわかる作品だ。

彼のコルネットは音に濁りがなく澄んでいて、非常に伸びやか。コルネットはトランンペットと音色は変わらないが、構造上、管が一重巻きの
トランペットに対して二重巻きとなっているから大きさが一回り小さく、小柄なナットには扱いやすかったのだろう。楽器のコントロールが
よく効いている感じがする。

そして印象的なのは、彼のフレーズはどれも非常によく歌っているということだ。アップテンポの曲もスローな曲も実によく歌っている。
ミュートを付けて静かに流れる "Loneliness" やタイトル曲での雰囲気はマイルスばり。全体的にバリバリとアドリブを披露することを避け、
ライトなタッチで吹き流しているのが特徴的だが、それがこの人の音色の良さや歌心を際立たせることに一役買っている。

スタンダードは入れず全曲自作で臨んでいるけど、メキシカンなものもあればジャズ・ロックっぽいものもあるなど、変化に富んだ内容で
全編通して飽きさせない。それだけ引き出しが多かったということで、感性が豊かだったということの現れだろうと思う。
どの楽曲もセンスよく纏まっていて、好感度が高い。

バックのメンバーもいい意味で肩の力が抜けてリラックスした、それでいて手堅いサポートをしており、全体が上手く纏まった
素晴らしい演奏に終始していて、両面聴き通した後に「ああ、いいアルバムを聴いたな」という心地良い余韻が残る。
これは持っていることが嬉しくなる、幸せなアルバムなのだ。


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若き日の別顔

2022年07月23日 | Jazz LP (Riverside)

Chuck Mangione / Recuerdo  ( 米 Jazzland AM 84 )


チャック・マンジョーネと言えば、奇妙な帽子を被った長髪の男がラッパを抱えて能天気に笑っている姿を反射的に思い出す。
実際に抱えているのはフリューゲルホーンで、彼の大ヒット作の "Feel So Good" でもその甘い音色を聴くことができるが、ジャズの愛好家
からはこういうのはジャズから脱落した音楽として嫌われる。だから、それをやっているマンジョーネ自身も相手にされない。

そんな彼も、デビューした時はリヴァーサイドに籍を置き、短い期間ながらもハード・バップをやっていた。兄弟名義がメインだったが、
こうして本人名義のアルバムも残している。ウィントン・ケリーのトリオをバックにした本格的な内容で、これがなかなか聴かせる。

サックス奏者のジョー・ロマーノとの2管編成だが、冒頭のタイトル曲のダーク・ムード漂う曲想をミュート・トランペットの切ない音色が
物悲しく歌い、このアルバムの核になっている。ビ・バップ調の曲もあれば、渋めのスタンダード、マイルスへの敬意としての "Solar" など、
一筋縄ではいかない凝った構成で、かなりよく考えられた内容だ。ウォーレン=ゴードンの "I Had The Craziest Dream" での抒情感は
その若さに似合わない成熟感があり、彼がこの時点で既に優れた音楽家であったことを証明している。

純度の高いストレート・ジャズであり、ロマーノの好演も手伝って、変な色の付いていない好感度の高い内容だ。アドリブ・ラインもよく
歌っており、演奏もしっかりとしている。ウィントン・ケリーのトリオもいつもの明るい音色でバンド・サウンドのカラーに貢献している。

1962年の録音当時、彼は22歳。人生はこれからで夢はたくさんあっただろうが、主流派ジャズは既に瓦解して水は枯れており、
これをやるには残念ながら遅すぎた。もちろん、それは彼の責任ではなく、運が悪かったに過ぎない。ジャズの仕事は激減しており、
ここでは喰うことすらままならなかっただろう。もう10年早く生まれていれば黄金期に一端のトランペッターとしてキャリアを蓄えて
来たる60年代を乗り越えることもできたかもしれないが、経験の蓄積がない状態では路線変更せざるを得なかったのかもしれない。
だから、その後の彼の仕事を簡単に馬鹿にする気にはなれないのである。

後年の姿からは想像できない、この暗い影の中からほんのりと浮かび上がる彼の顔を見ていると、湧き上がってくる憐憫の情を
抑えることができず、つい同情的に聴いてしまう。


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ゴルソン・カラーに染まった佳作(2)

2022年07月18日 | Jazz LP (EmArcy / Mercury)

Jimmy Cleveland / Rhythm Crazy  ( 米 EmArcy MGE-26003 )


この第4作もゴルソンとファーマーが加わり、アレンジはゴルソンのものとジジ・グライスのものが混在している。
第1作や第3作のアーニー・ウィルキンス・オンリーの編曲と雰囲気が違うのは一聴してすぐにわかる。

どこが違うかというと、楽曲が持つ良さがより魅力的に引き立つような編曲に沿って各人の演奏が一直線に進んでいるということに尽きる。
変な小細工が感じられず、非常にストレート。そこにヴィヴィッドや柔らかいハーモニーが施されているから、楽曲に美しい輝きがある。
ジャズの場合、アレンジはマイナス要因と捉えられがちだけど、上手くやれば音楽はより豊かなものへと格上げされる。
ハンク・ジョーンズがピアノを弾いているのも、全体がデリケートに仕上がっている要因の1つだ。

アップ・テンポの曲はキレのいい演奏が素晴らしく、スローな曲では幻想的な美しさが表現されおり、全編を通して質の高い音楽になっている。
その一番いい見本が "Our Delight" で、この曲がこんなにいい曲だとはこれを聴くまでは思っていなかった。彼らが演奏するとただのビ・バップの
単調な曲ではなく、美しい名曲に様変わりする。タッド・ダメロンの頭の中では、きっとこんな風に聴こえていたんだろうなと思う。
これを聴くだけでもこのレコードは買う価値がある。

こんな素晴らしい音楽が詰まったレコードがあまり聴かれていないというのは本当にもったいない。もっと広く聴かれるようになればいいのに、
と思う。そうすればジャズという音楽が好きになる人がもっと増えるだろう。レーベル・デザインも可愛らしい。


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ゴルソン・カラーに染まった佳作

2022年07月17日 | Jazz LP (EmArcy / Mercury)

Jimmy Cleveland / Cleveland Style  ( 米 EmArcy MG 36126 )


ジミー・クリーヴランドはその名前はいろんなところで目にするから我々にはお馴染みのトロンボーン奏者だが、リーダー作は意外にも少なく、
私の知る限りではエマーシーに残された4枚だけ。このレーベルはジャズのレーベルとしてはカタログ数は多いものの決定的名盤と言われるものが
多くなく、かなり格下の扱いになっている。そのため、そのアルバムは埋もれがちで、クリーヴランドの場合も例外ではない。

彼のアルバムが見向きされないのはどのアルバムも多管編成になっているからだ。多管編成は形式が優先されて音楽が定型化されがちなので
とにかく嫌われるわけだが、そこで重要になるのがアンサンブルのアレンジということになってくる。このアレンジにベニー・ゴルソンや
ギル・エヴァンスが絡んでくるとその様相は一変するが、彼の4枚のリーダー作のうち、2枚はベニー・ゴルソンンが絡んでいてこれが傑作、
残りの2枚はゴルソンが絡まないので駄作、というわかりやすい構造になっている。

第2作のこのアルバムはゴルソンやファーマーが加わり、アレンジはゴルソンのものとアーニー・ウィルキンスのものが混在する。
ウィルキンスのアレンジは面白くないことが多いが、このアルバムはゴルソンが演奏に入っていることからその雰囲気がジャズテットっぽく
なっていて、非常にいい仕上がりになっている。

チューバが通奏低音を受け持つことでハーモニーやアンサンブルがしっかりと安定していて、柔らかく上質な質感となっている。
各人のソロも1級品の出来で、クリーヴランドの演奏はカーティス・フラーなんかよりもずっと上手い。これだけの腕前であれば、誰かいい
テナー奏者の相棒を見つけていればトップクラスのコンボを立ち上げることもできただろうに、そういう面では残念だった。

アレンジの形式感が前面には出ておらず、そこが好ましい。通常の2管編成くらいの自由闊達なジャズとあまり変わらない雰囲気があり、
そこにゴルソン&ファーマーのくすんだ色彩感が施されているから、ハード・バップ好きには堪えられない音楽になっている。
知る人がいないが故の無冠の傑作と言っていい。


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リヴァーサイドの見識の高さが生んだ傑作

2022年07月10日 | Jazz LP (Riverside)

Billie Poole / Confessin' The Blues  ( 米 Riverside RM 458 )


リヴァーサイドにはポチポツとヴォーカルアルバムが残っているが、そのどれもが深く唸らされるものばかりだ。ネームヴァリュー先行で
アルバムを作ったのではなく、本当に実力のある人だけを取り上げており、その見識の高さには頭が下がる。その最右翼はマーク・マーフィーの
2作だが、その次に続くのはこのビリー・プールあたりだろう。

ダイナ・ワシントンの声質とサラ・ヴォーンの伸びやかな唱法をミックスしたような感じだが、持ち味はもっとすっきりさっぱりしていて、
その真っ直ぐな歌唱が聴き手の心にストレートに刺さってくる。問答無用に上手い歌で、これはもう敵わないなあという感じである。
歌の上手さというのは神から与えられたギフトであることがよくわかる。

ジュニア・マンスのピアノ・トリオにケニー・バレルが入ったバックの演奏が最高の仕上がりで、ミッドナイト・ブルーそのもの。
この時の収録の流れで、この4人の演奏だけでアルバムを1枚作って欲しかった。

ディープなブルースがメインでマーク・マーフィーのアルバムと同じコンセプトだけど、管楽器がいないのでもっと静かで穏やかな時間が流れる。
あまりのインパクトの強さで、一旦こういうのを聴いてしまうと、なかなか他のヴォーカルアルバムに手が伸びにくくなるのが唯一の難点か。
50年代末に欧州で評価されたために大陸を行ったり来たりしていたせいで、アルバムがリヴァーサイドの2作しか残っていないなのが残念である。



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