第702夜 酒について1

2008-10-21 21:28:20 | その他
2008.10.21(火)

最近、呑みの機会が増えた。

と言っても、大して飲める訳でもなく付き合い程度のものである。お酒が飲める人と飲めない人とではDNAの配列が1箇所だけ違うそうである。だから飲める飲めないは先天的なものなのだ。お酒は弱い人でも訓練によって多少は強くもなるだろうが、本質的には弱い部類に入るだろう。私の両祖父などは殆どお酒が飲めなかったので、正月など親戚が集まってもホスト役に徹していたらしい。勧め上手だったのかも知れない。父も昔はよく飲んでいたように思うが、やはり弱かったように思う。今では殆ど飲むのを見たことがない。

私もその血をしっかりと引いているので、飲む量は知れている。が、そういう場は嫌いではないので、仕事帰りなどは回数が増えてもついつい付き合ってしまう。しかし休日にわざわざ家から出て呑みに行くというのは少ない。尤も、休日は釣行回数が多いので必然と呑みの回数は少なくなる。

だから雰囲気で飲むと言う方が正しい。晩酌は毎晩しているが、それで酔い潰れるなどという事は殆どない。レストランなどではワインを飲むことが多いが、それはそれは慎ましく、カラオケなどでは逆にビールをがぶ飲みしてしまう。

最近では止まり木に止まることも少なくなったが、若い頃には随分と通ったものだ。止まり木で想い出すのは、わが師吉行淳之介氏の説である。「モモ膝三年尻八年」と言う説を唱えておられる。勿論「桃栗三年柿八年」をもじったものである。つまり、種を植えてから実がなるまでに桃と栗は三年かかり、柿は八年かかると言うことだが、酒場の女性の腿(もも)や膝を撫でて、「あら、エッチ」とか、顔をしかめたりされないように、嫌味なく撫でられるまでには三年かかる。それがお尻ともなると八年の修行が必要になるという意味である。確かに修行は難しい。これが出来るようになれば、一応バーの客として一人前ということになるそうだ。

私がこの説を知ったのが二十歳の頃、早速実践し始めて数十年経過したが、未だに関心があるのと無関心との中間くらいの手つきで、さらりと撫でる域には達せない。これはあまり言いたくはないのだが、奥義は「春の微風がすーっと頬をなぶるような按配式」でなくてはいけないようだ。まだまだ修行の身であります。

今日の暦
・下弦
・国際反戦デー、1967年ベトナム戦争反対の国際統一行動日となった。終戦後は世界平和実現のための行動日となった。
・あかりの日、日本電気協会・日本電球工業会等が1981年(56)に制定。1879年(M12)エジソンが京都産の竹を使って白熱電球を完成させた日。

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