風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

小さなミステリー その後(今日の写真303 オンネトーの秋景色)

2007年10月29日 | 随想


小さなミステリー

何故あのことが起こったか?
私の推理を書いておきます。

謎のキーポイントはワゴンにあると考えました。
私と同じように梨を食べたいと思った人がそれを籠に入れました。
次に細切りのキャベツを籠に入れます、これはレタスの隣にありました。
(きっと単身者ではないかと思うのですが。)
私と前後しながらワゴンを押して買い物をしていたのでしょう。

一旦、ワゴンから離れた私は、次の買いたいものを手にして
この方のワゴンに次々と品物をいれレジまで行ってしまったのでしょう。
だから最初の2品だけが入れ替わり、
後は買いたい品がかごにあったというわけです。

これなら説明がつくのです。

私にワゴンを取り替えられた方は(もしかすると逆かも知れませんが)
どうされたのかしら・・・・・。
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水面に魅せられて(今日の写真 302 湖六景)

2007年10月27日 | 旅の記
10月半ばに北海道に行きました。
行く先々に湖がありました。

水面には不思議な魅力を感じます。
時には水面に映り込んだ光景のほうが印象的だったりします。
心に残った湖の様をいくつかアップしてみました。


裏摩周夕景




静寂の阿寒湖





知床ニ湖湖岸




知床連峰を望む




オンネトー湖畔




神の子池
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小さなミステリー(今日の写真 301 美瑛近くの黄葉)

2007年10月26日 | 随想


昨日のことです。
近くのスーパーに買い物に。

籠をワゴンに乗せて売り場へ。
果物売り場で大きな梨(新高)を手にしましたが、1個250円、
ちょっと高いし梨はまだあったことを思い出して、止めました。
その代わり洋ナシのラセーヌを籠に入れたのです。

次にサラダ用にレタスを買うことにしました。
プラシチックのケースに入っていたのですが、
レタスを手に取るときにそのケースを落としてしまったので
慌てて入れ直したことを覚えています。

ついでえのき1袋を籠に入れました。
その後は、刺身、納豆、パンなどを入れてレジに行ったのです。

ところがレジで係りの方が打ち出し始めてびっくり。
梨は新高に、レタスは細切りキャベツに変わり、
えのきが入っていません。
後は買うために籠に入れたものがそのまま入っていました。

え~っと驚いているうちに合計が出てしまい、そのまま買うことに。
こんなに記憶がはっきりしているのに?????

かくしてこの不思議、ここまで呆けてしまったかと一瞬悩みました。

必死にこのミステリーの原因を考えました。
そしてはたと思いついたのです。
さあ、ミステリアスな出来事の正体はお分かりでしょうか?

次回にpsで書き込みます。それまで考えてみていただけますか。

写真は、阿寒湖から美瑛に抜ける途中の山々の黄葉です。先週撮ったものです。
北海道は間もなく冬、山々は雪を抱き始め、
林は黄葉、紅葉に溢れていました。
そちらはまた後日。



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また再スタートしましょう、日常と非日常への旅を(今日の写真300サザンアルプス越え)

2007年10月18日 | 旅の記
この1ヶ月ほど実にいろんなことがありました。
人生の大きな転換点、そんな表現がピッタリの出来事が次々とおきました。
ブログに書けたことも、書けなかったこともいろいろ・・・。
失ったものばかりに眼が行きます。失われていく予感に沈み込みます。
でも時々思い起こすのです。私にはまだまだたくさんの出来ることがあると。
失望にばかり向かい合うのではなく、
心燃やしていけるものに向かえればと。

ニュージランドへの旅のブログも中断していました。
もう1ヶ月あまり経ってしまいましたが、再スタートすることにします。

今回はセスナ機によるマウントクック越えを。



テカポ湖湖畔の「よき羊飼いの教会」:実に小さな一坪程度の教会でした。
このマウントクック越えは、本当に突然実現することになりました。
3日目の朝、バスで一日かかってクイーンズタウン(女王が住むにふさわしい町という)に行く筈でした。
バスがテカポ湖湖畔の「よき羊飼いの教会」の見物を終えた時、突然添乗員からセスナ機によるマウントクック越えのオプションが提案されました。
行きたいという顔の娘と共に、値段もよくわからないまま飛行会社の車に乗って、小さな小さな飛行場へ、正確には空き地というような場所でした。もう一組旅なれたご夫妻と一緒でした。


機上からの大自然の光景
どこまでも青いデカポ湖


ドラスティックな模様を描きながらどこまでも続く泥流。



氷と雪からなるアルプスにも生々しい大規模な雪崩の痕が。




セスナ傘下のマウントクック




麓のホテルから眺めたマウットクック



ホテルの庭には世界最高峰のチョモランマ(当時はエヴェレストと言われていました)の登頂に成功したサー・ヒラリーの彫像がありました。彼はニュージランド出身の冒険家なのです。


この大自然の光景から与えられた感動は経験したことがないほど大きなものでした。
私たちを生み出している地球そのものの壮大さの故だったでしょうか。

ps 後で気がつきました。
 この記事が切りのいい300枚目の写真であることに、
これも縁起かつぎかな。
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母のこと (今日の写真299 ポーチュラカ)

2007年10月09日 | 随想





斎場の片隅に、咲き残りのポーチュラカが咲いていました。
私の好きな花の一つ、夕方の光の中にありました。

母が旅立ちました。
私の弟の母を語る言葉はなかなか的を得ていると感心させられました。
「母は87歳、年に不足はありませんが、ここ数年は寝たっきり。
好きな外出も買い物にもいけず、不本位だったでしょう。
きっと明日からはおしゃれをして出歩いて、愛嬌を振りまいているでしょう」と。

私の家に来たのは12年前。
私が夫を亡くした1年後でした。
母がアルツハイマーだとわかったのは私の夫の発病と同時期でした。
1年ほど待ってもらって、
お泊り感覚で来てもらってそのままいるようにしました。

それから12年、いろんなことがありました。
勤務しながらの介護はやはり大変でした。
デイサービスに始まり、特別養護老人ホーム、そして病院へ。
病院は結局5つ変わりました。

デイサービス中は、帰宅後ヘルパーさんにお願いし、
夕方から翌朝のお迎えまではわたしと綱渡りでした。
ある病気がきっかけでこのままでは共倒れ、
そう判断して特別養護老人ホームを探しました。

あまり集団の中に入ったことがない母でしたので心配しましたが
予想に反して喜んで行ってくれたので、助かりました。
ただほんのちょっと目をはなした隙に、行方不明になるので大変でした。
最高は2泊3日間、街道沿いのスパーや各警察にチラシを置かせてもらったりと、
生きた心地がしませんでした。
我が家に知らない方から電話が入ったのは3日目、
母が奇跡的に我が家の電話番号を思い出したのでした。

この帰る病(母はどこかに帰らなくてと思っているのでした)は、
足が衰えるまで数年続きました。

ホームから私の車に乗って、食事に行ったり、川沿いの桜見物に出かけたり。
「行きましょう、行きましょう」と嬉しそうでした。

緩やかに階段を下るように病状は進んでいきました。
ホームでの骨折をきっかけに、病院に移りました。
なんとか会話が成立したのは2年前くらいまでだったでしょうか。
『おいしかった?』と聞けば「おいしかったわよ」と応えてくれました。
本当は胃ろうで食べてはいなかったのですが。

私だとはわからなくても、私が歌う童謡にリズムをとり、
そしてジャンケンポンはできました。

肺炎から奇跡の復活をなんどか遂げ、状態が落ち着くと転院でした。

そしてこの3月から小さな療養型の病院に移らざるを得ませんでした。

母の肺炎がわかったのは月曜日、
それから3日間、走り続けるに等しい状態の苦しい苦しい呼吸を続けて
そして、木曜日の朝、ついに心臓が止まりました。

私にとっての驚きとせめてもの救いは
あれほど病いに苦しんだ母の顔が
なにごともなかったように、
美しかったときの顔に戻っていたことです。
住職はすべてのことから解き放たれた人の顔と表現していました。

私よりはるかにおしゃれで、
モダンな洋服をきて、高いヒールを履いて、
いつもニコニコしていました。
ホームに入った時も、トレーニングウエアーは断固として着ませんでした。

苦しみから解放されてよかったねと、
遺影に言ってしまいます。

人がいかに生き抜けばいいのか重い課題も残してくれましたが、
あなたのおかげで今の私の世界があることにありがとうと
手を合わせます。



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文化の香り高く・クライストチャーチの街並み(今日の写真 298)

2007年10月04日 | 旅の記
クライストチャーチの街並は、イギリス風です。
それはこの街がそもそもイギリスからの移民で誕生した街だからです。
これが元は個人の庭園だったなんてと驚く広さの庭園、
その中にあった建物を2つばかり、ご覧に入れましょう。






次は市の中心部にある大聖堂、残念ながら修繕中でした。




これは大聖堂のなかにあるステンドグラス、
その顔が白人ではない珍しいキリスト像です。
先住民マウイ人を顔をしているのです。





これは博物館、国民の文化的財産は誰でもが享受出来るようにと入場無料でした。



博物館の手前にはカルチャーセンターが。
クラフトセンターあり、映画館あり、劇場ありと実に内容豊富な一角でした。
これは確かシアターとレストランだったと。
手編みの帽子と手作りチョコレートを買いましたが、とにかく広くて迷子になりそうでした。



母が肺炎のため厳しい状態になりました。苦しそうな息づかいに耐えかねて今夜は自宅待機にしてしまいました。それでも耳元からはなれません。忘れられない夜が更けていきます

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