風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

xx, 流すと下水、ためると資源(すみだ環境ふれあい館)

2007年08月30日 | 随想
xxはなんと言う言葉が入るでしょうか?
そうです、雨水が正解です。

昨日、夏休み親子消費者教室に参加して
「すみだ環境ふれあい館』に行って来ました。
紹介パンフレットに
日本で唯一、雨水から21世紀を展望する環境学習拠点
とあります。

ここで知ったことをクイズにして皆さんに尋ねてみましょう。

第一問
世界で一番降雨量の少ない国はどこでしょうか?
世界でもっとも降雨量の多い国・場所はどこ?

第二問
今世界には安全な飲み水が手に入らない人が何人いるでしょうか。
1千万、1億、 10億 さあ、どれが一番近いでしょうか?

国連はこの人数を2015年までに、半減するという目標を立てているそうです。
でもそのようなスピードで水道を引くことには懐疑的な専門家もいます。
その人は、雨水をこそ利用すべきだと考えています。

墨田区は地下水位が高くて、降った雨が地面に吸い込まれないために
都市型洪水が発生していたのです。

そこで解決するために考えられたのが 雨水をためておき、
利用することだったわけです。
この方法の実現の中心人物が、今やドクトル雨水で世界的にも有名らしい
当時 区の職員だった「村瀬さん」。

第三問
村瀬さんたちがこの雨水をためるために、最初に利用した建物は何でしょうか?
墨田区にある大きな有名な建物です。

この建物での、雨水利用に成功した後、墨田区では雨水利用が広がり、
大きな建物には(確か500m2以上)雨水タンクが作られているそうです。

この雨水タンクは降った雨が路上に溢れないようにする調整役を果たしているだけでなく、
たまった雨水はトイレの洗浄、植物への散水、空調に利用されて水道水の節約になっているわけです。
阪神淡路震災など一番困ったのは、飲み水よりもトイレの水だったそうですから、
何よりも、災害時のライフラインが寸断されたときなどトイレの水として有効なのです。
また、狭い街中での火災の消火用水としても使えるでしょう。

雨水の利用は墨田区だけでなく中国、オーストリア、ドイツ、バングラディッシュでも歴史があるそうです。


この写真は、スリランカの技術者が作った雨水タンク。
タンクに書かれている言葉は「問題は水、解決は雨水」と書いてあるそうです。

この雨水タンクのおかげでスリランカの少年たちは一日 8L,5時間の飲み水運びから開放されたそうです。
一緒に参加した1年生の子どもたちにとっても、私にとってもとても運びきれない重さでした。
そういえば。私が子どものころ、東京ではありませんが、
まだ水道は、十分でなく、井戸から手押しポンプで汲みあげた水を花や野菜に撒いていました。

村瀬さんの雨水利用についての提言です。
捨てるからためるへ。
遠くのダムへの前面依存から、足元の水源による水源の自立へ
ライフラインへの依存からライフポイントの強化へ

パンフレットのどこかにタンク(戦車)よりタンク(雨水タンク)をとありました。
友好的な海外援助になることでしょう。


異常気象で渇水が問題になることも予想されます。
そんなときも雨水利用は役に立つのではないでしょうか。

最後に水滴の形をお見せしましょう。


少し、未消化のところもあるかもしれません。
でもすっかり忘れていた雨水の利用の新鮮さに
とてもワクワクさせられたふれあい館でした。

ps
クイズの答を書いておかなくては
第一問:最も少ない国:ペルー、多いところ:日本の屋久島
第二問:10億 正しくは11億、今はもっと増えているかも。
第三問:国技館の屋根

正解率はどのくらいでしたか?


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「中田英寿 誇り」 に出合って

2007年08月26日 | 随想

選手であることも、サッカーの関係者であることも辞めてしまって、
サッカーの世界から姿を消してしまったヒデ
世界を旅していると時々ニュースになっていた中田英寿。
あちこちで子どもたちとサッカーに興じていたり
チャリティーの試合にでていました。
そこで見えるヒデは髪が伸びて若々しくなっていました。
つい最近、大問題になっている朝青龍のモンゴルでの
子どもたちとの親善サッカーにどうやらヒデもいたようです。

彼にすっかり魅了されていた私は
彼が一体何を目指す人間として再登場するのだろうかと
楽しみに待っています。
いまもなお、再スタートの充電期間として旅を続けているのでしょうか。

つい最近、タイトルの本に出会いました。
「中田英寿 誇り」 (小松成美著)
小松は中田についての最初のドキュメント「鼓動」の著者でもあります。

今回の「中田英寿 誇り」は 日本代表として戦った3回のワールドカップと
セリエAのペルージャに始まるイタリア、イギリスの移籍したチームでの
中田を追っています。
ACミラン、パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナ そして ボルトン。
彼は納得のいくサッカーを求めて移籍を繰り返していました。

彼がどんな環境におかれ、どう思っていたかが克明に書かれています。
彼が移籍後どんなに苦闘していたのか、初めて知りました。
ペールジャのオーナーの信じられないような態度への対処、
監督の方針との軋轢、容赦ないリストラによるチーム崩壊のなかでのプレーなど
決して安穏だったとはいえない環境の中で、
あくまで彼が彼にとって理想とするサッカーの追求し続けていたのでした。
ついに襲われるグロインペイン症候群との戦い、
この職業病は克服できたのでしたが。
その大変な状況の中でとても日本代表であることを大切にしていた中田がいました。
彼は華麗にブランド品をまとっていたけれど
(あれだけの収入があるのだから当然なことではあったのですが)、
その華やかさとは全く異なったものが彼の中を渦まいていたようです。

移籍というのがいかに大変なことか、専門のマネージャー、交渉人、
弁護士を抱える必要があるのです。
そこは大きなビジネスの世界で、
それも野球も及びも着かない世界的なビジネスの世界なのだと言う事も
知りました。

最後の日本代表として戦ったドイツ・ワールドカップで彼が感じていたこと、
なんとしても最善をつくして勝ちたい、本気になれば出来る力があるのに、
何故だと怒りを爆発させながら、ピッチを走り回った中田。
本当に涙が出るほど、もう良いよといいたくなるほど走り回っていた中田が
浮かび上がってきます。

実は彼はドイツ・ワールドカップ以前から、すでにワールドカップ後の引退を決めていたのでした。
20代そこそこから、サッカーしか出来ない人間にはなりたくないと
考えていた中田ではありましたが、
自分に対する厳しさと自分の理想のサッカーへの厳しい追求によって
世界に通用する選手になっていきました。

でもその厳しさの故に、彼は苦しみの中で早すぎる幕を引いたように思うのです。
妥協することなく理想のサッカーを追い求められなくなった自分を感じたことが
最大の理由のようです。

彼は強烈な個性の持ち主ではあったのですが、人に対してとても気を使う優しい人だったようです。
ただサッカーに対する厳しさの故に、優しさが理解されないことが多かったようにも思いました。
彼にもっといい監督との出会いがあったら、
厳しさを理解しあえるチームメートとの出会いがあったら、
こんなに早い引退にならなかったのでは・・・などと思いました。

まず走ること、自分で判断できることを求めるオシム監督のもとで
日本代表としてサッカーをやるところを是非見たかったと思うのです。
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音楽と共に舞いあがる花火  思う存分楽しんで その2 (今日の写真293 )

2007年08月20日 | 季節とともに

その時、花火会場は暗くなり、急に静かになりました。
続いて、すぐ前の林が、浮かび上がりました。
ちょっと驚きを感じさせる光景でした。
花火は静かに灯されたあかりのようでした。







その後、林はさまざまの色合いに染められ、浮かび上がっては闇に沈んでいきました。







と思う間もなく、ベートベンの曲が鳴り響き、打ち上げられる花火との競演が繰り広げられました。
トルコ行進曲だったり、第九の合唱だったり・・・。
花火はまるで音符のように広がり、華やかに舞っているようでした。


一夜のひと時、繰り広げられた非日常の世界でした。

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思う存分楽しんで その1(今日の写真 292 山間の花火大会)

2007年08月15日 | 季節とともに

少し時間が経ってしまいましたが、
近くの青梅市の花火大会に行って来ました。
昔の宿場町、映画の街としても有名な小さな市です。
圧倒的に若者が多く、俄仕立ての浴衣姿のカップルが目に付きました。
駅から会場まで人の波が続いています。
なにはともあれ、食べ物を確保して会場を目指しました。
あまり要領がわからない私たちは席を探してうろうろ。
同じような年恰好の方たちに声をかけてもらって、
やっと最前列近くに座る場所を確保。
こんなに近くで花火を見るのも初めて、写真を撮るのも初めてでした。


















最後はナイヤガラ、数十メートルの幅を火が走っていきました。



そして滝の様に火花が散ってゆきました。

花火は開く瞬間がシャッターチャンスです。
わかっていてもそこにあわせるのは難しいものでした。
あまりに近くて、頭にばらばらと燃えカスが落ちてくるのでびっくり。

次回にちょっと変わった花火をアップしたいと思います。

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主役交代  (今日の写真 291 おしろい花と白蝶草)

2007年08月08日 | 季節とともに







梅雨明けのまぶしいばかりの朝の光の中で
美しく咲いていた二つの花

こんな会話が聞こえたような・・・
「おはよう、今朝は一段と美しい!
光の中でまるで透き通っているような白さですね、
もうすぐ風が吹いてきたらゆらゆらと揺れて
この家の主が感激してくれますよ、きっと」

「あなたもとっても美しい!
でももうすぐお別れなのが残念ですね。
そんなに美しく咲いているのに、たった一晩の命とは。
香りを残して花を閉じてしまうのですね」

夜の主人公オシロイバナから 白鳥草へのバトンタッチ。
そんなひと時でした。 
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風になれそうな気がする場所

2007年08月02日 | 随想
とっても不思議なのですが、この道を走っていると
窓から入ってくる風が心地よく
ハンドルが軽くなって、
どこまでもどこまで風と共に走り続けられそうな気がするのです。



雑草がはえている中央分離帯が現れてきます。
細い黄色い花が風に揺れながらず~と続きます。
その頃から この感覚が現れて来るのです。





右折すると もっと幅の広い立派な分離帯が続きます。
左右に茂っている欅、ポプラがどんどん後ろに流れていきます。
草ぐさは緑一面の絨毯になって視野をよぎります。

こんな時です。
私は自分が病院に向かっていることも忘れ
病院の帰りであることも忘れ
まるで風になって走り続けられそうな気がしてくるのは。

わずか200メートルほどの直線道路が
風になって走る異空間になるのです。
もっともっと長い道だと どうなるのでしょう。
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