風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

悲しみの漂う道 (今日の写真 255 水子地蔵)

2006年11月30日 | 旅の記
















湖東三山への旅から もうかれこれ1ヶ月たちました。
三島池の光景と並んで、とても印象に残った光景があります。
寺の山門までの道です。
その道に点々と続く地蔵の前には 必ず赤い風車がありました。
その赤さの持つ華やかさは周囲の雰囲気とはどこか不釣合いに思われました。

その地蔵たちの顔は、やはりかわいいこどもの顔ではなく、
悲しみを秘めた顔に見えました。
生まれることなく消えてしまった子どもたちへの
母の思いがこめられているからでしょうか。

折から吹き抜ける風に、風車がカラカラと回った時
慰霊というのか、悲しみというのか
言い表しがたい気配が駆け抜けていったような気がしました。

でも思いました。
まだこうやって祀られている赤子は
大切にされただけ幸せなのかもしれません。
アジアや アメリカでは 
子どもたちが臓器移植のために売られたり、
殺されたりしているというのですから。
本当にひどいことです。



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晩秋その3 雨の贈り物 (今日の写真254 雨の滴)

2006年11月29日 | 季節とともに
小雨が降ったり止んだりの一日。
しっとりと、しっとりとした晩秋の一日でした。
心まで、穏やかで、うるおいに満ちたような そんな一日でした。












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晩秋その2 小さなキャンバス (今日の写真253 木の葉) 

2006年11月27日 | 季節とともに






もう 晩秋。
紅・黄葉した木の葉は、鮮やかでちいさなキャンバス。


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晩秋その1 黄葉に染まって (今日の写真 252  窓の銀杏)

2006年11月25日 | 季節とともに



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長瀞余話 (今日の写真 251 長瀞)

2006年11月23日 | 旅の記

長瀞は地質学発祥の地とありました。
ナウマン博士が、貢献者だそうです。




町のガイドによれば、 
”隆起した結晶片岩が文字どおり岩畳となって広がる長瀞の中心地。対岸には秩父赤壁と呼ばれる絶壁や明神の滝がある。荒川は、岩畳で青く淀んだ瀞となり美しさを増す。”
とあります。ちょうどこのあたりです。




長瀞はライン下りで有名なところです。
急流を飛沫を浴びながら舟を操っている写真を見かけます。
これはまだ緩やかな流れの場所です。
船頭さんのスタイルが気に入ったのです。





岸辺の林の中から見上げると
黄葉した広葉樹の上に青い空が、広がって吸い込まれるようでした。





紅葉したもみじが、柔らかに燃えていました。

写真は11月14日の撮影です。
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嵐山渓谷 冠水橋にて (今日の写真250)

2006年11月21日 | 季節とともに
冠水橋は 嵐山渓谷の奥のほうにありました。
遅れていった私のために引き返してくれた人たちのおかげで、
この景色に出会えました。
橋から上流、正面、下流の光景です。最後は川に写った景色です。


















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嵐山の花々1 楚々と咲く(今日の写真249 冬桜)

2006年11月21日 | 季節とともに
嵐山のバーベーキュー場近くの駐車場から嵐山渓谷に向かう道すがら、冬桜に出会いました。
思いがけない出会いがうれしくて。













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紅葉の下で (今日の写真 248長瀞にて)

2006年11月20日 | 季節とともに
先週訪れた長瀞の紅葉です。
見頃には、少し早かったようです。
川沿いの公園の楓は、小さめでかわいい赤ちゃんの手のようでした。
公園の中には、松の木がそこここにあって、
きれいな背景をつくってっていました











この写真のあと、米倉 斉加年さんと少しおしゃべりをしてしまったのです。
彼は番組収録中だったようですが、そうとも知らずに、
すぐ傍で一生懸命写真を撮っていたら、彼のほうから話しかけてきました。
彼の写真も撮りましたが、お断りしていないので出すのはやめておきましょう。
若々しくて、柔らかな声でとても70歳代とは思えませんでした。


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今日の出来事1(今日の写真 247 謎の黒煙 )

2006年11月15日 | 随想
この日、車で長瀞に向かっていました。
前方が、黒っぽく煙っていました。
一体何が原因だろうと周囲に注意しながら煙の方向に進んでいきました。
不思議なことに近づくと煙がうすくなり原因がみつかりません。
「汚染はその中に入るとわからなくなるものなのだ」と勝手に思っていました。

ふと見ると、少し先にもっと黒い煙が立ち上がっています。
逃がすものかと踏み切りの前に出た時です。
正体がわかりました。それは実に蒸気機関車の煙でした。

それからどんなに慌てたかおわかりでしょうか。
カメラ!カメラ!
シャッターを押さなくてはと焦ったのですが
機関車は目の前を通り過ぎて行きました。
カメラに残ったのは、最後尾が遠くに行ってしまったこの写真だけです。
駅のプラットホームにはマニアらしい人の姿も見えました。

でもこの機関車、一体どこに行くのでしょう?
一説には熊谷とか?詳しくは調べていないので不明です。






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光の魔術 その2 夕日の中で(今日の写真246 すすき)

2006年11月11日 | 随想














これらはみんな同じ場所の確か同じすすき、
でも決して同じにはならないのです。

特に夕方の光の変化は早くて、
あっという間に対象は変化するのです。

目線が違い、距離が違っただけで違ったものになります。
それに加えて、撮影条件を少し変えると思いもかけない映像になることも。
4枚目はまさにそうです。
光が当たっている穂に条件をあわせたつもり、
そしたら、思いがけない写真が誕生しました。

すべては変化の中に
写真を撮っていると、その思いが強くなります。

私の好きな夕日は、平凡だけれど1枚目です。
残照の中で輝く、そのことへの共感のせいでしょうか。
なんともいえない暖かさが好きです。

私の写真は心象写真の部類かもしれません。
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光の魔術 (今日の写真245 すすき)

2006年11月10日 | 随想
すすきが風に揺れている、そんな映像を見たというメッセージ。
数年以上前に仙石原で あたり一面のすすきを見ました。
風に波のように揺れ、光の中で輝いていた光景が瞼に焼き付いています。
今年はそんな場面に行き当たりません。

でも我が家の庭にはほんの一塊のすすきがあります。
時は正午、太陽を背後に背負った穂が輝いてくれました。
本当に、こんな風に見えるなんて 光の魔術、そう実感しました。

それに美しいものはいたるところにある、そんな実感も。










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散ってなお・・・・。(今日の写真244 落ち葉)

2006年11月07日 | 花・木によせて
















散ってなお、それぞれの在りようを見せて
目をひきつける枯葉たち。
その命は一段と短く、儚い。


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晩秋の岩手へ3 (今日の写真243 千変万化の八幡平)

2006年11月04日 | 旅の記
山の天気は本当に千変万化でした。
やや朝靄がかかっている宿を出発、八幡平の見返り峠を目指しました。




8時前出かける時、宿には朝靄がかかり




途中に8時半にならなければ開かないゲートがありました。
そのあたりは、妖しい美しさが漂よう落葉した だけ樺の林。


この後 あっという間にガスって数メートル先も見えなくなりました。
見返り峠もガスの中。
残念ながら、写真にはなりませんでした。



温泉を通り抜けて、間もなく今度はあっという間に晴れて、
八幡平の麓が一望の下に。



近寄れば、かくも赤一色でした。
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秋深き岩手へ2 (今日の写真 242 高村山荘)

2006年11月02日 | 旅の記
夕暮れ近く、先生のたっての希望で、高村山荘へ向かいました。
ここは、敗戦後、光太郎が自らを流刑に処して隠遁した、
粗末な小屋ともいえる山荘です。
彼は自らの詩により、青年を勇んで戦地に赴むかしめたことを恥じ、
自らをこの山荘に閉じ込めたのです。
便利なった今でも、かなり便の悪い里山の中で、
朽ち果てるのを防ぐために二つ目の小屋覆いの中にありました。



まさに日が落ちる最後の一瞬でした。
枯れ草の茂みがかすかに燃えました。




当時のままの室内です。
ランプ、小さな囲炉裏、打ち付けの壁 冬はさぞ寒かったことでしょう。



光太郎その人です。
大きなる手(足)を持ちし男として書いたのは誰だったでしょうか。
心を病んでしまった最愛の知恵子を千葉に預け、
帰京するようにという再三の誘いを断って、この小屋に居続けた人です。



ひこばえの黄葉が散り残って地面を飾っていました。
秋にしてこの寂しさ、冬はいかばかりかと・・・。

あの戦争に組した政治家たちの中に、
このように節を重んじる人が、人々の苦痛を真摯に受け止める人がいれば、
日本は現在のように無節操に変貌することはなかったのではと
思うことしきりでした。


この夜は、八幡平に向かい、翌日そこから啄木博物館へ向かいました。
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秋深き岩手へ1  (今日の写真241賢治 縁の地へ)

2006年11月01日 | 旅の記
またまた、旅へ。
1年に1度、10年ぶり、初めてが重なって、旅三昧の秋になりました。
今回は、賢治、光太郎、啄木、縁の地を訪ねて、岩手は盛岡へ。
僅か一泊二日の旅でした。
中学のクラスメートたちの文学散歩の打ち上げ旅行。
ガイドは中学時代の担任。かっては若き国語の教師でした。



雨さえ降っていたのに、青空が見え、洒落た建物が日に映えています。
さあ、ここはどこでしょう?



「山猫軒」とあります。そうです。賢治の「注文の多い料理店」なのです。



園内からは遠く北上川も見えていました。



賢治が教鞭をとった花巻農業学校には、農民と共に生きた賢治の像がありました。
日照りでしょうか、乾いてしまった土を見ながら考え込む賢治がいました。



学校内は広々として、外を隔てる柵も見当たりません。時間がゆったり流れていました。
園内の一隅に、赤から美しい緑までの見事な色合いの木がありました。
みんな唐松といいましたが、いまいち自信がありません。




傾きかけた逆光の中で、その葉は、見事に燃えていました。



この後は、高村光太郎の山荘に向かいました。
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