風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

湖東三山を訪ねて-1(今日の写真 240 三島池)

2006年10月27日 | 旅の記
昨年の覚満淵(ブログ 2005年10月7日)に続いて、
同じメンバーで今年は琵琶湖の湖東三山へ出かけました。
昨年同様、携帯電話絡みで大笑いすることがやはりありましたが、
それは後程。

三山でxx十年ぶりにご本尊が開帳になるので、
ご尊顔を拝しようということになったのです。
私は例によって、やっとこさの駆け込み参加。
湖東三山という言葉だけしか覚えていませんでした。

天気予報は連日雨、少しがっかりしながらも
おしゃべりを楽しみに、米原で合流。
近江長岡からミニバスに乗ること十分余り 
最初の宿、三島池に到着。

今回の旅の中で最も気に入った写真が撮れたのはこの三島池でした。
帰ってきてから知ったのですが、
この三島池は 日本の朝百選に入っていたのです。
ですから景色が撮らせてくれたのでしょう。


朝、外は靄っていましたが、習い性になっているというのでしょうか、
カメラを持って散歩に出かけました。



着いた時はまだ明るさが残っていました。何だか出来すぎの景色と思いながら。


夕暮れて 町の天然記念物になっている池の鴨達たちが悠々と泳いでいました。
人影を見ると、まるで艦隊のように隊列を組んでよってきます。
それにしても国旗掲揚ポールは景観の侵害そのものです。



朝靄の中で、景色は全く違った趣に。



しっとりとぬれた草紅葉が浮かび上がって鮮やかでした


この木は三島池のシンボルツリーだと地元カメラマンが教えてくれました。
こんな靄は珍しいのだそうです。
枯れ木、鴨、靄 図らずもシンボルの揃い踏みです。



地元のカメラマンと一緒にお日様がのぞくのを待ちましたが、
ここでタイムアウト。

でも何だか、とっても幸せな気分になれたひと時でした。
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お出かけしてきます

2006年10月23日 | 随想


こすもすにお留守番を頼んで、3日ほどお出かけしてきます。
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コスモスを眺めながら (今日の写真239 こすもす)

2006年10月21日 | 随想







美しい花を眺めていると、
テレビで流れる政府閣僚や要職の面々の、
憲法をないがしろにした発言や、
「先の戦争への反省から生まれたもの」への無知や無視、積極的否定の言動の
醜さが浮き立って見えてきます。
そして したり顔で、それらを肯定しているマスコミ人の浅薄さ。

戦争への反省から生まれたもの 憲法や諸制度は、戦後日本の出発の基盤になり、
日本が国際社会に復帰するに当たって、
世界に 特に戦争で多くの人命を奪ったアジアの人々に約束したことなのです。
だからこそ、アジアの人たちは、
特に中国も、韓国もこだわるのではないでしょうか。
もう時間がたった、昔のことと日本人は簡単に言います。
そうかと思うと、一言も触れ無い人もいます。


命を奪われた人に縁のある人は、そんなに簡単に忘れられるはずが無いのです。
あなたの子どもが 肉親が、理不尽に、誘拐されたら 殺されたら 
そんな風にいえますか。
 
外国の言葉をかりるまでも無く、
日本人としてあの時奪った人々の命、
犠牲になった日本国民の命、失われた人生を思えば
それ程 簡単に背をむけて、放り投げていいはずは無いと思うのです。

今は、全くばかげた北朝鮮の核実験のおかげで、
日本の政治の危険な状態が霞んでしまっています。
教育基本法、国民投票法案、共謀罪法案などなど。
そして、気がついてみたら、
あの時がターニングポイントだったと言える時が
まさに眼前に迫っているそんな思いがしています。

目に見えるもの、テレビに登場してくるものが
もっと美しいもの、
人の信頼と助け合い、喜びや輝きで
満ちているようなものであって欲しいと思うのです。
たとえ、人の心にも表裏があるにしても。

ワーキングプアーや、
病院を追い出される高齢者や、
リハビリを制限されて機能低下を強制される障害者、
さまざまな弱者の悲鳴で溢れていることのないような
国であって欲しいと思うのです。
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花を尋ねて3 どこかで見たような(今日の写真238 ブルーウイング)

2006年10月21日 | 花・木によせて
今日のお花は、比較的最近ブログに登場した花に、とっても似ています。
たとえばこの花は カリガネソウ(9月18日登場)にとてもよく似ています。
でも違うのだそうです。
名札にはクレロデンドルム ブルーウィングとありました。
花はとっても似ているのですが・・・。いかがでしょう。
調べてみたら、四季咲きの園芸種の花で、別物のようです。



こちらは、 9月4日に登場したクレオメのミニタイプ、
名前はそのままクレオメでよいようです。
蘂が印象的で、ちょっと控えめな雰囲気でした。


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花を訪ねて 2(今日の写真237 綿毛露草とパポニア)

2006年10月18日 | 花・木によせて

綿毛露草

伺って見せていただきたかった花は この綿毛露草、
綿毛に包まれた蕾から露草が想像できませんでした。
その咲いているところを
見せていただきたかったのです。
咲いているのを見て納得です










パポニア

はじめてみる花でした。
とってもユニークで、熱帯系の花でしょうか。
名前も可愛いでしょう。
詳しくはまだ調べていませんが、造形に魅せられてアップします。

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悲しい知らせ (今日の写真236 裏庭)

2006年10月17日 | 随想
その日、悲しいことを知ることになりました。

私は今住んでいる家がとっても気に入っています。
大好きな風が通り抜けていくからです。
裏に、広い広い空き地があって、くさはらになっています。
家の近くには銀杏や西洋カエデの木が少し並んでいます。

夏から黄葉が始まる前までは、こんな風に窓が緑に染まります。





窓を開けると草がず~と向うまで茂っています。






秋が来ると、窓が黄色く染まります。
この庭は立ち入り禁止なので、ほとんど私が独り占めしているようなものでした。
贅沢な贅沢な空間でした。

この土地は中曽根首相の時に、国有地の民間活用という方針で取り上げられてしまった土地です。
もう20年以上空き地のままでした。どこが有効利用だったのでしょう。

その空き地がとうとう民間の不動産屋に買われてしまったのです。
早々と建売住宅がたてられそうです。
土地の測量に来たひとから聞きました。

私にとっては、とっても大切なものがなくなってしまうのです。
来てほしくなかった悲しい知らせでした。

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花を訪ねて (今日の写真235パイナップルセージとアサリナ

2006年10月13日 | 花・木によせて






時々利用する地区会館の受付に、いつも可愛い花がいけてありました。
野の花に近い風情の花でした。
先日もそこにあるビロードにくるまれた真紅の蕾の花が気になって
お話していたら、「見にいらっしゃいよ」と誘っていただけました。

一向に仕上がらない原稿に目を瞑って、出かけてしまいました。
左程広くはないお庭でしたが、いろんな花が咲いていました。
彼女がどれほど丹精こめているかよく分かるお庭でした。

あれもこれもとカメラに納めて、
コーヒーとお菓子までいただいて帰ってきました。
いい写真があったら、差し上げるという約束で。
果たしていい写真があるかどうか。

今日はそのうちの2つを。
一枚はパイナップルセイジ、何とか秋のいわし雲を入れて撮ってみました。
このセイジはパイナップルの香りがして、思わず唾が・・・。

二枚目は、アサリナ 別名ツルキンギョソウ です。
はじめてみる花でした。
どこかにキンギョソウの雰囲気があるでしょうか。

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銀木犀かおりくる (今日の写真234 )

2006年10月10日 | 随想
小冊子の原稿が出来上がりません。
大切なお誘いをお断りして、書くはめに。

縁側で一休み。庭を眺めていたら、微かに芳香が漂いました。
あれ、どこかに金木犀かしら?


首を振ったその先に、咲いていました「銀木犀」
昨年植えた「銀木犀」、今年の夏にすっかり痛んで花は諦めていました。
たったこれだけですが、密かにさいて、爽やかな香を漂わせていました。
何故か、花びらで蚊がゆれています。
「銀木犀」の花びらに、囚われてしまったのです。
そっと外してやりましたが、飛べたかどうか。


たったこれだけのスペースに、まだまだいました。
てんとう虫に 蜘蛛。自然は確かに生きています。





シジミ蝶もやってきました。裏と表の模様のこれほどの違いの不思議さ。
でも秋の蝶は、どこか痛た痛しい。


もうすぐ、花の主役も孔雀草から菊へと変わるでしょう。

ps: 銀木犀の花、今日はもうたった一つに、最後のチャンスだったようです。
   儚い命でした。

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中秋の月の夜に (今日の写真233 月と孔雀草)

2006年10月07日 | 随想



これは月の光跡です。

天空からの中秋の月の光 遥かに遠い
虫時雨
清涼な時の流れ

もうこれ以上たった一人で月をながめている私を苦しめないでください。
ジーンズをはいて 宇宙を駆け巡っているといったのはどなただったかしら。
娘よ、あなただったかしら、それとも息子よ、君だったかしら。
宇宙がひしと迫って感じられるときは
急に辛くなる、封じ込めていたことがよみがえって。





昨日の雨に濡れそぼりながらこうべをあげていた孔雀草。
その細やかな花たちの 佇まいの凛とした強さ。 
群れ咲いてこその強さ。
そこに私は重なることは出来ないけれど
見つめることはできるのです。





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韓国への旅4  軍事境界線を訪ねて(今日の写真232)

2006年10月06日 | 旅の記
今回の旅行の中でとても印象的だったのはやはり軍事境界線に関わる。
統一展望台、臨津閣、臨津江(イムジンガン)そして都羅山といった場所です。
余り馴染みのない名前ですが、臨津江(イムジンガン)はご存知の方も多いでしょう。
南北を隔てたイムジンガ河は、悲しみを湛えた歌にもなっている河ですから。


ソウルからイムジン河の真ん中が軍事境界線になっている所近くに建てられた統一展望台(1972年建設)に向かいました。道すがらず~と境界線の存在を示す有刺鉄線が続いていました。
今でも正確には、南北朝鮮は戦争状態が完全には終わってはいないのです。北朝鮮と南のアメリカ軍を中心とした国連軍は休戦中でなのでした。
統一に向けての動きはかってなく前進してはいますが。


展望台から北を望んだところですが、朝早すぎて北朝鮮は靄の中でほんの微かに見えるだけでした。


統一展望台から臨津閣へ。ここは臨津江(イムジンガン)のほとり近く、離散家族の思いをはらすために建てられたのだそうです。望拝檀や「自由の橋」がありました。
写真は、休戦後、捕虜を交換した「自由の橋」ですが、そこに結ばれた布は離散家族が言い表しがたい思いをこめて掛けたものでしょう。
折から小学1年生くらいの子どもたちがメッセージが書かれた布をもちながら歌をうたっていました。


これが臨津江(イムジンガン)、右は朝鮮戦争で壊された橋、左が現在使われている鉄橋です。臨津江、都羅山を経て北へと走る鉄道になるはずです。


臨津江から都羅山へ。臨津江で乗客は一旦下車します。
警備の兵隊のチェックを受けて、乗車。
乗客は私たちと警備の兵だけでした。
ここでは写真を撮ることは規制されませんでした。



そしてここは臨津江駅からたった一駅の都羅山駅。
広くて実に立派な駅でした。
その駅に掲げられていたプレートです。
「ここは南の最後の駅ではなく、北への最初の駅である」
南北統一への熱い思いがこもった言葉です。
きっとこの駅が北朝鮮、中国の新義州を結ぶ京義線の始発駅になるのでしょう。
準備はかなり整っている,そう感じました。

「私の生きている間に行けるかしら?」
79才の北朝鮮生まれのガイドさんがポツリと言われました。
戦争で南北に分断された民族の統一の日が
一日でも早く訪れますようにそう思わずにはいられませんでした。
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韓国って花が少ないような(今日の写真231 花々)

2006年10月04日 | 旅の記
花が好きな私はあちこちきょろきょろしながら花を探したのですが、
余り見つけられませんでした。



最初に目に入ったのは、まるで私を迎えてくれるような野の中のコスモス。



畑の中にはこんなユーモラスな案山子が、でも見かけたのはここだけだったかも。


市内の寺院には圧倒的にこの百日紅が咲きそろっていました。
そういえば、9月末の鎌倉でも咲いていました。
秋まで咲くようになったのでしょうか。



これは韓国の国花、槿です。この花もそれ程多くは見かけなかったように思います。
この場所は、刑務所博物館という、いろんな意味で胸に堪える場所でした。
この博物館については時間が許せば、後で書いてみようとは思っていますが・・。



寺社に花があるのは珍しく、思わず撮りました。除虫菊でしょうか。



昼食をとった新羅王陵の近くのお店にありました。たった一株、一輪。
ブログで知った花ですが、ちょっと懐かしくて。



これは正真正銘、野の花、世界遺産の石窟庵に向かう林の中です。
他にも赤い釣り船草もありました。






これはコスモスと赤蕎麦の花。
ソウルの市内から統一展望台に向かう道路に沿って、かなりの距離咲いていました。どうしても撮りたくてガイドさんにお願いして車を停めてもらいました。
外には出られないので、車の中から。
この赤蕎麦を食べるのかどうかは聞き漏らしました。
そうそう統一展望台は、有名な軍事境界線の西端に当たるイムジンガン(臨津江)の北側にたてらてた建物で、「北」の地を見られる場所なのです。(詳しくは次回に書きたいと思います。)





連結工事中のイムジンガン(臨津江)から北朝鮮、中国の国境を結ぶ列車の韓国内の最終駅は都羅山、その一つ手前がイムジンガン(臨津江)駅です。
その駅に赤々と咲いていた百日草、鉢植えでしたが、
ガイドさんが,しきりと撮ることを勧めてくれました。
「いい花です」と。
彼女の北に帰る日への思いがこめられた花だったのでしょうか。
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伽那国ってご存知?(今日の写真230 金首露王の墓)

2006年10月03日 | 旅の記
伽那国なんて初耳でした。
きっと皆さんもそうではないかと思うのですが、
余程古代史が好きな方は別ですが。

新羅より前、伽那国はAC42年に金首露王が開いたそうです。
卵から生まれた神話上の人物、だとしたらどうして陵があるのでしょう??
金海空港のある金海市に、この王の陵があるというので案内されました。
この王が朝鮮の金氏一族の偉大な先祖ということです。



ところでこの古めかしい絵の魚の模様は、大変意味深いのだそうです。
金王の妃はインドからきたのですね、魚はインドの竜神をあらわすとのこと。
当時、どれだけの時間かかったのでしょう、船だったのでしょうか?
色々想像が膨らみます



この寺?のもっている雰囲気は 奈良の野の中のお寺に似通っていませんか。
花はノウゼンカズラ、我が家の近くのお宅にも咲いています。


これが金王の陵、さすがに入れませんでしたが、建物はかなり新しいのでしょう。
盛り上がったところが陵です。
建物の色彩は自然由来の染料でとても長持ちしたそうです。
でも最近は化学染料になって持たないとガイドさんが教えてくれました。
いずこの国も同じですね。



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韓国への旅 1 釜山(プサン)にて(今日の写真 229 釜山)

2006年10月02日 | 旅の記
ほとんど予備知識なしの旅でした。中学、高校程度の知識で それもかなり忘れてしまっていましたので。あまり案内に自信がありませんが、ご容赦を。

韓国の大雑把な地図を。釜山、慶州、ソウル、38度線のイムジン河が訪問したところです。



金海空港から釜山(プサン)市に向かう車中で、最も印象的だったものです。
日本とそっくりな田園風景、黄金色は実った稲です。
そのすぐ先に林立する20~30階建ての高層住宅です。
まるでお伽の国のビルのような華奢な造りに見えました。
地震を経験してないようで 心配です。




ここは秀吉による侵略(韓国では壬辰倭乱と言われています)に、勇ましく戦った軍人や犠牲になった民間人を祀った忠烈祠(チョンニョルサ)。
韓国では百日紅の木が多く、あちこちで赤々と咲いているのが印象的でした。


夕食はこの写真のチャガルチ市場でとりました。生きのいい刺身、かに、スープなどを堪能できました。たくさんの海産物がそこここに並びとても活気に溢れた市場でした。




さてこれは何でしょうか?

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