風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

心惹かれる花 (今日の1枚 69 秋海棠)

2005年09月28日 | 花・木によせて

ここもお寺の境内で、半日影の場所に咲いていました。


咲き終わるとそのまま種が出来るのでしょうか。



花の枝分かれ方がこの花の特徴です。 

先日、娘と青梅に旅行した時、見かけた花です。

この花はそもそも秋の花なのでしょうか?
昨年、奥多摩にお墓参りした時、確か 墓所の事務所近くに咲いていたような気がするのです。
その時もいっぱい写真を撮ったのですが、あれは春だったと思うのですが。
でも花の名前は秋海棠ーーしゅうかいどうーーというのです。
もしかすると、春にも秋にも咲いているのかもしれません。
暖かければ一年を通じて咲いているあの紅いベゴニアの仲間だそうですから。

私はピンクの秋海棠と呼ばれる花のほうが断然好きです。
私の好きな花にはピンク系の花が多いようです。
立葵も、こすもすも、紅よりピンクが好きです。酔芙蓉のほんのり酔ったような色もピンクです。
桃色とは言いにくくて、でも一寸ピンクも日本の伝統的な色を表す言葉ではありません。
相応しい言葉を見つけたいと思っています。
「色」という本があったので探してみよう思うのですが、整理が良くてどこかに雲隠れ中です。

この花のイメージは憂いを秘めた美女と表現されるようです。
花言葉は 片思い。
またの名を断腸花と言うそうです。少し風情にかける名前のようですが・・・。
美しい婦人が、心から思いを寄せる男性がいたそうです。
ある時からこなくなった男性を待ちあぐねて、
断腸の思いで注いだ涙に生えた植物の花がこの秋海棠だそうです。

やはり哀しい花のようです。
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小さな小さな庭の秋 (今日の1枚 68 オータムクロッカス)

2005年09月27日 | 花・木によせて



先日、偶然 絵本作家として有名な方らしいターシャというアメリカ女性の
3000坪の庭に囲まれた生活を撮った番組を見ました。

彼女のコテージのあるバーモントというところは、日本と同じように四季があるとのことで、
それはそれは自然豊かで、四季の移り変わりの美しい庭園でした。

今でも蛇を取ってくれるメギーという犬と
草取りをしてくれるにわとり?と暮らしていて、
球根をうえ、水遣りに追われ、草をとり、収穫をしたもので料理をし、
蝋燭をつくって冬はその明かりで編物や絵をかいて・・・といったふうでした。

年をとるのもいいものよ、お願いというと助けてくれるわという彼女は92歳、
時々お孫さんがやってきてリンゴジュースつくりや、ローソクつくりを手伝っていました。

美しい四季の映像と共に、時々彼女のきらりと光る言葉が入ります。

辛抱は、庭造りにも 人生にもひつようなものよ。
雑草は、はえ過ぎて他のものの成長を妨げるものだけよ。
土のあたたかさで植える時期を決めるの。
雪は花たちの毛布、雪のおかげで球根は凍らなくてすむのよ。

今は人生で一番幸せ、美しいものに囲まれて、自分の手で作り出したものに囲まれて・・・。

日本では考えられらないような豊かな美しい暮らしでした。


我が家はスモモについた毛虫の糞がお隣の
垣根越しに落ちてしまって、慌てて枝きりをしてもらいました。

日影にある彼岸花がやっと咲きました。
ススキも15夜には間にあわず、今頃穂が出揃って風に揺れています。

虫の音がにぎやかに聞こえてきます。
虫の音を心地よいものとして聞き取ることが出来る日本人でよかった。

小さな小さな庭の秋です。

そして隣には、時々私のおでこを引っかくアッシュが眠っています。

写真の花:身の丈数センチの小さな花です。木陰にひっそりと咲きます。




 
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疲れるということと夏目漱石の文明開化論(今日の1枚 雨の中の彼岸花)

2005年09月26日 | 随想


人って、しっかりした文を書こうとするとそれなりのスタミナを必要とします。
昨日、今日と2日連続で千葉まで遠出?しました。
そこで真面目に話しを聞いていたせいか、結構疲れました。

24日に聞いた夏目漱石の文明開化論からすると、
私はどうやら本当に好きなことをやっていないことに、
なるのかもしれないと思いました。

こんな風に思った理由をわかっていただくためには、
夏目漱石の文明開化論をお話ししなくてはなりません。

付け焼刃の学習によれば、夏目漱石が明治44年に行った講演で
次のようなことを述べています。
文明開化とは人間活力の発現の経路である。
この人間活力の発現には積極的なものと消極的なものの2通りある。

積極的なものは、積極的に活力を消耗しようとするもので、
解り易く言えば道楽、好きなことをやっている時の状態であり、
この精神は文学になり、科学にもなり、哲学にもなるのだと述べています。

一方消極的発現とは活力節約の型であり、
義務として行うことを出来るだけ手軽に済まそうとして、発揮される活力です。
この力によって生み出されたのが電信、電話、自動車などの技術革新というわけです。

そして漱石は、この消極的発現による開化で人は果たして幸せになれるのだろうかと
疑問を投げかけているのです。

この後、講演者の言葉で、「義務ではなく自らの意志でやりたことをやっている
皆さんは疲れることなく元気なのです」と続けられました。

それを聞いたある人は自分は好きなことをやっているから疲れませんと発言しました。
お幸せなことと思いました。

私といえば好きなことをやってはいる筈ですが、ひどく疲れます。
それで「私はどうやら本当に好きなことをやっていないことに、
なるのかもしれないと思いった」わけです。

ところで
「漱石の講演は、西洋の文明開化と日本の文明開化を比較し、
西洋諸国の文明開化は内包的で自然なものであったが、
日本の文明開化は外的条件により無理押しされたものであったのではと展開しています。」
これは戦後の話しではなく明治44年のお話しです。
夏目漱石のその鋭さにふれた思いです。

写真は先日でかけた入間で見かけた雨にぬれる彼岸花です。
ほんの少しピントをずらしてみましたが、やっぱり手持ちでは無理だったようです。




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歩いてみれば。(今日の1枚 66 白萩)

2005年09月23日 | 花・木によせて






私の住んでる市は、何しろ市内を循環するのにバスも電車もありません。
いえ、バスがありました1時間に1本か2本の市内循環バスが。
でもそれにあわせて動くほど時間にゆとりはありません。
いつもはマイカーで、あちらからこちらへと移動です。
時がゆっくり流れる生活に憧れて、現代は忙しすぎると言いつつ、車を乗り回すこの矛盾。
でも車がなくては生活が回っていきません。

昨日は普段あまり行ったことのないお友達を訪ねるために、途中から車を置いて歩いていきました。
国道をはさんで北は本村地域、南は・・・地域。
・・・は本村の人たちが何と呼んでいるのかわからないので。まあ、いわば新興住宅地域とでもゆうのでしょうか。
言葉はよくないのですが外らしゃが住むところだったりするわけです。

歩いた所は本村の区域ではありますが、住人は新しい住民が多いところです。
でも周りには畑がいっぱい残っていて、道端に彼岸花が咲いていたり、コスモスの茂ったお庭が見えたり。畑の中にみえる黄色い一群はおみなえしのようでもありました。
残念カメラがありません。机の上に出したままでバッグに入れてくるのを忘れたようです。

こんなところをウオーキングすれば一石三鳥になるかもしれない、そんなことを思わせる畑中でした。

でもそういう生活をするには、強固な自制心や自律心がないとだめでしょう。
まず早寝、早起き。これほど苦手なことはないのです。

当然ここには畑中の風景写真がこなくてはならない所ですが、今日は四谷のほうに出かけてしまって昨日の場所に行って見ることは出来ませんでした。

写真は先日の青梅のお寺で見かけた白萩です。
でも不思議なことに、同じ枝に紅白の花が咲いていました。
しだれて咲く花桃ではよく見かけますが、萩では初めてです。
何故でしょう?
植物の専門家はおいでにならないでしょうか?
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秋の野に出でてみれば・・・。(今日の1枚65 彼岸花)

2005年09月20日 | 花・木によせて






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昨夜は青梅の簡保の宿に娘と二人で泊まって、今日は夫のお墓参りをしてきました。
たまには「お母さんとゆっくりしたい」などと娘がいうものですから、
忙しいスケジュールを工面して出かけました。
でも車の運転から、費用から全部こちら持ち。・・・・?と思いつつ。

夜半には雲が消えて、その前夜ほどの透明感はありませんでしたが空には満月が。
月に照らされて鈍く光って流れている多摩川の向こうに連なっている山並みが見事なグラデュエーションを描いていました。
滅多に見られない幽玄な景色でした。
まぁ、この景色がプレゼントだと思えばいいかしらと思い直して。

奥多摩、奥武蔵の野や寺の境内には彼岸花 コスモス、萩の花と
秋の風情が満ちていました。

写真は青梅に向かう途中の寺の境内に咲いていた彼岸花です。
かっては、木下利玄の短歌が印象的で、曼珠沙華という表現を用いていましたが、
この頃は彼岸花の方が好きになりました。
季節を感じるからでしょうか。
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ほんのり酔った風情の酔芙蓉(今日の1枚 64)

2005年09月19日 | 花・木によせて
 酔芙蓉の花を見つけて、買って来てしまいました。

とても柔らかでやさしい雰囲気の心ひかれる花です。
一度植えたのですが、1年で枯らしてしまいました。

芙蓉の仲間ですが、ちょっと変わっているところがあります。
それは、一日の内に花びらの色が白ー淡いピンクー濃いピンクと変わっていくことです。
一日で咲き終わってしまう儚さがあります。

昨日、初めて咲いたので、その変化を追っかけてみようと思いました。
咲き始めた朝の花は、一旦カメラを手にしたのですが、
他の用事でばたばたしている内に忘れてしまいました。

お昼頃と夕方だけになりましたが、色が変わっていく様子を撮ることが出来ました。

咲き始めは、本当に真っ白の花びらでした。

これがお昼頃の酔芙蓉です。そこはかとなく淡いピンクが浮き上がって見えています。




そして夕日が傾く頃、こんなに鮮やかなピンクになっています。まるでお酒に酔った
女性のようです。それも着物姿が連想されます。


花言葉は芙蓉と同じでいいようです。
しとやかな恋人、繊細な美しさ。 男性にとっても魅力的な風情ではないでしょうか。
中国の物語によれば、自分ひとりだけが助かることを捨て、村人を助け、
恋人と共に死んでしまった女性の埋葬された場所に咲いた花だそうです。
その女性の名が芙蓉だったということです。
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小泉流「改革」の現実(今日の1枚 63イエローコスモス?)

2005年09月18日 | くらし・社会
 今日は母の入院している病院で、介護保険の改定に伴う、利用料の変化について・・それは勿論負担増です・・の説明会がありました。
ほとんどの人が内容を知らないままに、小さな野党を除いて与野党一致で法律が改定され、なんとこの10月から実施されるのです。
今日は9月17日。病院側でさえ、今週になって厚生労働省から説明を受けたばかりだそうです。

 施設利用者にとって、今回の最大の改訂は、居住費(滞在費)が新設されたこと、食事費が全額個人負担になったことです。

在宅と施設入所者の負担を同じにするというのが改定の理由だそうです。
自宅にいても住居費が5万2千円かかっているのだから入所者もその分を支払えというのです。
また滞在費とありますからホテルに泊まれば有料だから、同じようにその分を払えて言う考えでもあるようです。
これでいくと病院に入院しても同じ理由で滞在費をとられるようになるでしょう。

次に食事代も、家にいても食べるのだからその分を支払うべしとなって、基準費用額が4万2千/月と算定されています。
ここで病状や身体状態による違いは一切考慮されていません。大体一人の食事代が4万円もかかっていたら、国民年金世帯は破産です。

一番大変な介護を必要とする要介護度5の場合の試算例が出ていましたが、
    
    医療費 リース代 洗濯代 居住費 食事費   自己負担額
改定前 41090・ 37800・ 2000・  0・   23850・   104680

改定後 41090 ・ 37800 ・ 2000 ・ 30000 ・ 57300 ・  168190

我が家はまさにこれに該当するのですが、一挙に63500円の負担増になるのです。
これだけのお金が出せなければ、どうぞ自宅で面倒を見てくださいということです。

そもそも介護保険の精神は、高齢化社会にあって 介護が個人的努力だけで行われて大変だから、社会的にしていきましょうと、出発したはずです。
お金が出せない人は自宅でどうぞでは すっかり逆戻りです。
本当に必要とする人、その家族がとても困るのです。

今回の改定をすれば、皆さんの介護保険料の値上げ予定額1000円が、200円程度少なくて済みますし、国が保険給付金として出す税金が3000億円少なくて済みます・・というわけです。

この間の選挙で使われた税金が約750億、共産党を除く各政党に政党助成金の名目で配られている税金が約750億、ソ連崩壊でいらなくなったのに買ってしまった戦車3000億円、赤字とわかって走らせることになっている高速道路、新幹線の予算はいくらだったでしようか?

病院の事務長さんがやりきれないように言われました。
「こんなことでは病院はやっていけません。これが小泉さんのいう「改革」ですよ、
国民みんなで承認したのですよ」

特に革新的というわけでもない、地域の老人医療の役に立つ病院でありたいと努力してきた病院での事です。

写真は、病院から車で帰る時、道端に咲いていた黄色いコスモスです。
道路際で撮るのは一寸勇気が必要でしたが、心惹かれる本当に爽やかな黄色でした。
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ヒデのおかげで今夜は上機嫌! (今日の1枚 62 十五夜近し)

2005年09月17日 | スポーツ
明日は十五夜だそうです。煌煌と照るといっていいのでしょうか。
でも真冬の月のような冴えはみられません。
きっと空気の違いなのでしょう。

鬱々とすることが多いこの頃にあって、私にとって久しぶりに明るいニュースです。
それはヒデこと中田選手が、新天地イギリスのボルトンで
見事なデビューを飾ったことです。

タイムアウト寸前のヘッドによるパス。
まるで頭の後ろに目があるような驚きの、いえいえ頭脳的なパス!!
決勝点をアシストできて、晴れ晴れとした笑顔が写っていました。
能力がありながら、自己主張するが故でしょうか、
監督にほされて力が発揮できない状況が続いていただけに、
やったーと嬉しくなりました。

彼は大変なお菓子好きで、その会社に投資したり、
ホワイト・バンド(貧困撲滅のムーブメント)の呼びかけ人になったり、
NYのビルを買ったりと日本のサッカー選手とは異なる活動範囲を広げているようです。
公認会計士を目指そうとしたくらいの秀才だったようですから
そんな点も世界の中で磨きがかかったのかもしれません。
一生サッカーの世界で生きるのか、違った分野に展開していくのか、
そこは人それぞれでしょう。

もう一つの、心動かされるニュースは、ヤクルト古田選手への「監督就任要請」です。
古田には、現役続行への強い意志があるとの報道や、一方でチームやファンの
気持ち次第といった言葉も見られます。
彼は、中田とは対照的に、周囲から人望を集め、野球が好きという人のようです。
野球の世界で一生生きていきそうです。
昨年のプロ野球選手会のストやその交渉にあたって、彼がとった行動がそのことを示していると思うのです。
実際には野球が出来る状態ではなかったようなのに、
交渉をしてから、遅れてユニホームをきて球場に現れた彼を見た時、
選手代表であることへの強い意地を感じました。
私は、彼が納得いく道を選べばそれでいいと思っています。
今は野球は特に好きではないのですが、それでも私は彼が好きです。

自分が好きな人が活躍すると、それでウキウキする、
それがファンというものの特権でしょうか。おかげで今夜は気分がいいのです。
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咲き続けるランタナ。(今日の1枚 61) 

2005年09月15日 | 花・木によせて
今、我が家ではランタナが真っ盛り、もう何年になるでしょうか?
我が家から何人ものお庭に、お花入りしました。
インターネットでランタナ同盟というのを見つけて、早速登録しました。
それっきり何もしていませんが。

ところが、いつも素敵な写真が出ているブログにランタナが出ていました。
わざわざ出かけて撮ってこられた訳です。
すぐ側にいる私がこんなことでいいのかしらと、少々刺激されて挑戦することにしました

あちらは勿論一眼レフのデジカメ、私はコンパクトデジカメ・・・。
バックをきれいにぼかすことは出来ないけれど、
どんな風に撮れるか私にしては珍しくこだわって見ました。

それがこの写真です。








シジミ蝶は一枚だけしか撮れませんでした。


紋白は一羽だけでしたが、しばらく待っていたら、ランタナの蜜に抗えなかったのでしょうか、花から花へゆっくり舞ってくれました。
アゲハチョウは素通りして行ってしまいました。


いっぱいいた茶色い蝶も随分撮ったのですが、我ながらあまり気持ちよくないのでアップは止めました。でもこれは正面から こんにちは しているふうで可愛いかなと思って載せました。残念ながら、ピンは羽の奥ですね。

ランタナの一生を参考のためにアルバムでご覧ください。
とアルバム公開したのですが、まずいかも知れないので次のブログでお見せします。
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もう秋ですね。虫の音と涼風が・・・。(今日の1枚 60 庭の花々)

2005年09月13日 | 季節とともに
 誰も予想しなかったような結果が出て、選挙は終わりました。

今の日本を何とかして欲しいと願った人の大部分が、小泉首相を「改革者」として
選んでしまったようです。私に言わせれば小泉首相たちは、改革しなくてはいけない状況をつくった張本人の一人だと思うのですが・・・。
「改革をとめるな」「自民党をぶっ壊す」と言う台詞は、彼を改革者と思わせるのに十分だったようです。小泉自民党を選んだ人たちは、消費税増税や、戦争放棄をうたった憲法9条の改悪も一緒に選んだことを認識しているのでしょうか?
(詳しくはブログコスモスの辛口寸評(http://blog.goo.ne.jp/kosumosu0330/)に書きました)

友人に電話したら、がっくりして今日は寝ていたと言われました。何故だか私はそこまで凹んではいません。
ただこの選択がもたらすものを一緒に体験しなくてはならないと思うと憤懣やるかたない思いがしてきますが。

ただ幸いにも寝ている時間は無く、昼間は備前焼になる予定の大皿を作り、夕方からは気分転換に庭の花を撮りました。
このブログにいただいたコメントから、マニュアルを読み直して、開放に近い状態で撮れる事に気がつきました。それを試験するつもりで撮ったものです。

これは朝の光の中です。9時前なのに結構もう日ざしが強くなっています。


庭に急にたくさん飛び出しました。蛾なのでしょうか?


オシロイバナの蘂が楽しそうに見えます。

今はすっかり秋です。紛れもなく。虫の音がとてもにぎやかです。いっせいに鳴きだしました。
そして風の涼しいこと。ひんやりとして。朝になるとまた残暑でしょうか。
虫の音を楽しめる日本人は幸せですね。
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いよいよ今日は投票日

2005年09月11日 | 随想
いよいよ今日は投票日。

私の最大の願いはくらしを良くすると共に戦争をする国にしないこと。
今回の選挙が、戦後歴史のターニングポイントにならないことを願うばかり。
きっとみんな同じ思いだと思うのだけれど。

もっと助け合っていける国になって欲しい。
日本ほどは 建物が立派だったり、商品が豊富ではないけれど 助け合って、ゆったりと暮らしている国を見てきたからそう痛感します。

いずれにしても、みんなの未来がかかる大切な日。
責任もって投票しましょうね。
そして願ったようになったかどうかのフォローもお忘れなく。
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初秋。(今日の1枚 59 日ざしとモノ)

2005年09月08日 | 随想



庭の木陰にとめた車の中で、シートの上で揺れる木洩れ日を見つけました。
少しひんやりとして、いよいよ秋かしらと思わせるような木洩れ日でした。
夏は去っていく役回りで、今更ドラマチックな主役は無理でしょう。
もう みんな秋を期待して待っているのです。



 いよいよ秋かしらと喜んだのもつかの間、すぐに期待は裏切られました。
時計が10時を回る頃には、テラスの波板越しの光はすっかり強くなりました。
我が家の2匹目の猫、モノがジーッと庭先を眺めて、思案しているようでした。

モノはアッシュと違って、どこか思慮深さを感じさせるところがあります。
甘えるのが苦手です。近くまで来て椅子に体をこすりつけて僕に注目してと
アッピールするのがやっとです。
生まれてから1ヶ月の間に、とても辛い経験をしたようです。

モノが眺めている庭先の日ざしは、どこか透明感があって、
やっぱり秋の雰囲気を漂わせていました。


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いく夏を惜しんで(今日の1枚 58 朝顔)

2005年09月04日 | 季節とともに





朝夕の涼しさに秋を感じ、昼間の暑さに去ることに抗っているかのような
夏を味わいつつ、やがて秋はやってくるのですね。

日本の四季は、自然の豊かさを満喫させてくれます。
でも夏から秋への移り変わりは、他の季節のようには滑らかではないようです。
それは、夏の暑さと多湿が際立っているからでしょう。

座っていても汗ばんでくることが、
今日もまた残暑厳しい日になることを知らせています。

ベランダで、夏の朝を彩っていた朝顔が再び花を開いています。
もう日ざしが強くなり始めた頃、いつもは気づかなかった小さな宇宙を朝顔の花の中に見つけました。

いく夏を惜しんで、写真におさめました。
そしてパソコンに向かっている今は、台風の前ぶれでしょうか、
土砂降りの雨です。

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朝吹登水子さんて知っていますか?

2005年09月03日 | 随想
インターネットでニュースを見ていたら「朝吹登水子さん、88歳で死亡。」という見出しを見つけました。
あの人かな・・・。珍しい名前だからきっとそうだろうと思いつつ、クリックしてみました。
やっぱり、以下の記事が出ていました。
「東京生まれ。戦前にパリ留学し、1950年にデザイナーを目指し再び渡仏。52年にオートクチュール・デザイナーの資格を得た。哲学者の森有正の勧めで翻訳を始め、昨年9月に死去したフランソワーズ・サガンの世界的ベストセラー「悲しみよこんにちは」の翻訳(55年刊)で一躍脚光を浴びた。

 以後サガン作品のほとんどを手がけたほか、ボーボワール「娘時代」「女ざかり」(共訳)も翻訳。サルトルとも親交を持った。」

私はサガンの作品はあまり記憶に残っていないけれど、ボーボワールの「娘時代」「女ざかり」「第二の性」はなんとか読んだ記憶があります。
とても読み難い文章だったような気がするけれど、学生の頃、結婚の形態とか、男女の在り様などということに関心があった女性に結構読まれていた本です。

正確な言葉は調べないと分かりませんが、「第二の性(Le deuxieme sexe)」に書かれた
女は女に生まれるのではなく、女になるのだと行った台詞が有名でした。

ボーボワールとサルトルの関係にある種の憧れを抱いていたようなで気がします。
そしてある程度、その関係を自分たちの中にも持ち込んでいました。
結婚し、子育てをし、相棒を失ってしまった日々の中で、すっかり忘れてしまっていましたが、翻訳家の死亡記事とともに、蘇えってきました。
そしてふと思います。私はもっと毅然と生きていたのではなかったかと。
その頃からすると、今の私は随分と腑抜けになってしまったのではないかしらと・・・。

そういえば、最後彼らがどんな生き方をしたのか、あまり記憶にありません。
死ぬまで、素敵な友人であり伴侶だったのでしょうか。


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陶芸展へいってきました

2005年09月02日 | 映画・詩・劇など

しばらく御無沙汰してしまいました。
どこかに旅行に行っていたわけではありません。
書きたいことはあったのですが、集中出来なくて書けませんでした。

このところ夜遅くまで起きていられなくなりました。
スタミナ切れでしょうか、涼しくなったというのに変ですね。

あまり書かないでいると、このブログで私が元気でいるか
チェックしている息子に心配をかけるので、
今夜は何とか書こうとパソコンに向かいました。

でも今日は朝9時から外出。夜9時前に帰ってきたので相当お疲れです。

9時に集合で、陶芸サークルの皆さんと、新宿である陶芸展に出かけました。
お知り合いが紹介してくださった新進気鋭の阪口浩史さんという作家の作品展です。

会場では作家さんが直接いろいろ説明してくださいました。
それがあまりに若くて、しかも背広がよ~くお似合いなので、
店のスタッフに思わず「あの方が作家の方ですか?」と尋ねてしまいました。

大皿、花瓶、茶碗、あとはカップやぐいのみなど普段つかいの食器がありました。
削りだしとかいって形のつくり方に特徴があるそうですが、
色は織部と灰釉による物が印象的でした。
織部は普通見かけるものより青みがかった独特の色合いでした。
私はいろんな木の灰から創ったと言う灰釉がかもし出す色合いが気に入りました。
旅にでると、その地でコーヒーカップを買うことにしている私は
灰釉で色づけされたカップを選びました。
今は、さすがにコーヒーと言う訳にいかないので、
麦茶をのみながらのみ心地を試しています。

昼食後、皆さんと別れて、写真学校へ引き伸ばしに行きました。
来週は作品合評があるので作品を作っておかないといけません。
モンゴルの花と言う訳にはいかないので、
人々を撮ったものをを何枚か引き伸ばしました。

そういえば、モンゴルの旅行記は食べ物でストップ。
もうお終いと思われていそうですが、
モンゴルの人間関係で感じたことと、
愉快な出来事について書いてからお終いにしたいと思っています。
これは自分の思いへのこだわりとでも言うものでしょうか。

今夜は眠り込まないで、目が覚めてしまいました。
明日いえ今日は母の転院先を探して病院に行くことになっています。



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