風になって

大好きな風になって日本だけでなく世界各国にも行って見たい。大好きな風になっていろんな人に出会ってみたいのです。

今月の絵手紙 (今日の写真196 金子みすずの詩)

2006年07月28日 | 映画・詩・劇など









今月の絵手紙

絵の材料は各自持参したのを使います。
添える文章は、当番さんが選んだもの、
今回は、金子みすずの詩でした、

3人3様 いえ 4人4様ですね。
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茨木のり子の詩 「六月」

2006年06月04日 | 映画・詩・劇など
久しぶりで絵手紙をかきました。
月1度の例会なのですが、忙しさにまぎれて3ヶ月ぶりの参加です。
私以外はそれなりの力のある方たちです。

今回は、絵は緑の色をテーマーに、詩人茨木のり子の「六月」の詩を書き込みました。

参加者の作品の一部です。ご覧ください。
同じテーマで書いても、こんなに違って出来上がります。










心打つ言葉に出会えるのは、このサークルの大きな魅力です。

   六月       茨木のり子

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれ色した夕暮れは
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きるしたしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる


3連それぞれに素敵ですが、
私は3連目が一段と気に入りました。

絵手紙の写し方が実にみっともないのですが、
次の機会にはもっときちんと撮りましょう。
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詩   咲く  (渋谷玲宏)

2006年01月22日 | 映画・詩・劇など
本当は寒椿の写真を添えたいのですが、今はありません。
春までに撮れるでしょうから、その時に添えましょう。

今回はとても気に入った詩を載せます。

   咲く   渋谷玲宏

背を屈めた人影の行き交う路傍に
寒つばきが咲いている
強い北風になぶられ
凍てついた残雪の中に立ち

おおかたの木々
葉を落しうら枯れて
寒さにこごえ押し黙る時
日差しは薄く弱々しく
蜜蜂も蝶も飛ばない時候

災いに明け暮れた年を越え
彩の途絶えた季節に
八重の花弁をあかあかと解き放し
寒つばきが咲いている


どうしても凛として
あかあかと咲く寒つばきに会ってみたくなりました。

ps:その後椿の撮影に何度か挑戦しました。
  折角ですから椿の花を添えましょう。



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 土を焼く (今日の一枚 104 紅蓮の炎 )

2006年01月07日 | 映画・詩・劇など
すべてはこの登り窯の中で進行していくのです。
扉の向うは1100度を超える世界です。


手早く扉をあけて、放り込まれた薪はたちまち燃え盛ります。


火はたちまち紅蓮の炎となって舞い上がり、そのまま10メートルもある窯を登りあがっていきます。




そして 器たちは炎の中で白く透き通ったようにみえます。
最後の火入れは 攻めるというそうです。
ここで焼き上がりが決まります。
器にとっては 最後の化粧といっていいのでしょうか。


この窯の中には、つたない私の皿も入っています。
造る人たちは、最後に塩で清めて手を合わせます。
無事焼きあがるかどうかは、後は神任せだと祈るのです。
私もそっと手を合わせました。
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ものいわぬかたちのひかり・陶芸家松井康成の足跡

2005年11月05日 | 映画・詩・劇など
この言葉は、茨城県陶芸美術館で開かれていた陶芸家「松井康成」の作品展覧会の案内チラシに書かれていた言葉です。

 

昨年から始めた陶芸サークルのメンバーの方たちと、3日に茨城県陶芸美術館を訪問しました。
陶芸の盛んな土地を訪ねて、いい作品に触れたい、そんなことからスタートした見学会の第一回目でした。

東京から最も近い場所ということで選ばれたのですが、私は笠間がとても気に入っていました。
これまでに2度ほど来たことがあったのですが、その時買った日常品の器が軽やかで柔らかい雰囲気のものでとても好きでした。
若い人の作品だと思われましたが、とらわれていない現代風の雰囲気を感じたのです。そんな点が器として珍しかったのかもしれません。

話を本題の「松井康成」の作品展覧会に戻しましょう。
「松井康成」は陶芸に関係のある人なら、知らない人はいないという程有名な陶芸家で、人間国宝だった人とありました。(実は私は知りませんでした
彼は徹底的に練り上げという方法にこだわり続けて、独自の世界を作り上げたのです。練り上げは色の違う土を重ねたり、練りあげて素地土を作り出すのだそうです。

今回初めてその作品を見たのですが、これが本当に土で出来た器なのかと疑ってしまいました。
その表面は土の組み合わせ方により亀裂を生じ、様々な土色、文様が出てくる結果、まるで複雑な模様の絨毯のようになるのです。
カタログの写真をお見せしましょう。




こちらは最後の頃の作品で、硬い磁土の割合を増やしてダイヤモンドの粉末で磨くことによりそれまでと違った光沢のある器になっています。それにしてもこの複雑な模様は書いたものではなく、練り合わせて作り出したものなのですから、驚きです。


210点という作品は、あまりに多く、その内容に圧倒されてくたびれてしまいました。何かに集中した人間の作り出すもののすざましいエネルギーの伝播をひしひしと実感させられた時間でもありました。
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1年ぶりの中学クラス会へ。「今日の一枚76 影絵の世界」

2005年10月24日 | 映画・詩・劇など


先週の土~日と小旅行に出かけていました。
出かける金曜から土曜にかけて、ほとんど徹夜状態でしたが
このことがとても無謀なことだと思い知らされた旅行になりました。

中学3年の時の担任の先生を囲む会です。
私は中三の1年間だけの在籍でしたが、
誘ってもらえるのはうれしいことです。
でもみんなが小学校の頃からの話をしていると寂しい気持ちになります。

土曜日は昇仙峡に出かけ、石和温泉に泊まりました。
昇仙峡は紅葉には早すぎました。
でもその近くにあった、影絵の森美術館は藤城清治の作品が展示されており、
ファンタスティクな世界が見事なばかりに広がっていました。

日曜日は御坂峠の天下茶屋をまわり、
山中湖近くの、同級生の奥さんが住んでいるペンションで昼食をいただきました。
同級生は3年前の11月、高速道路上で心筋梗塞で亡くなったのです。

天下茶屋は太宰治が小説「富岳百景」を書くために滞在した場所です。
この宿で、あの有名な「富士には月見草が良く似合う」という言葉が誕生しました。
先生の説明によればこの言葉は、宿で太宰の身の回りのお世話をしていた
女中さんに向けて言われたもので、彼女を月見草に例えて言ったのだと聞きましたした。
この部屋からの眺めは、雪をいただきた富士山がみえ、まさに絶景という言葉がぴったりでした。

太宰治については、津軽の大地主で、父は貴族院議員という素封家の出身で
作品に斜陽とか人間失格があるという位しか知りません。

つい最近、太宰治を主人公にしたテレビドラマを見ました。
きらりと輝くような言葉を放つのですが、その境遇と才能に
おぼれてしまっている、そんな感じを受けました。
それに、彼を囲む人たちへの言葉とは対照的に、随分と2度目の奥さんを粗末にしていました。

その後、山中湖湖畔の森の中にあるペンションでおいしそうな南欧料理を
みんなはいただきました。
でも私は一口も口にすることが出来ませんでした。
それというのも、朝からお腹の調子が最悪で、絶食するしかなかったからです。
やっぱり、前夜の徹夜が堪えたのかもしれません。
みんなに『何時までも若いと思っちゃだめだよ、出来ない時はごめんなさいって
言っちゃえばいいんだよ」言われてしまいました。
そういえれば苦労はしないのですが・・・・。

みんなが食事をしている間、野鳥が舞い降りてくる庭で鳥を眺めて過ごしました。

帰路、そこここに透明な秋の光が満ち溢れた光景がありましたが、
車を止めてもらうわけにもいかず、わが目にしっかりと焼き付けるしかありませんでした。
中央道からは銀色に輝くススキが裾野いっぱいに広がった富士も見ることが出来ました。
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陶芸展へいってきました

2005年09月02日 | 映画・詩・劇など

しばらく御無沙汰してしまいました。
どこかに旅行に行っていたわけではありません。
書きたいことはあったのですが、集中出来なくて書けませんでした。

このところ夜遅くまで起きていられなくなりました。
スタミナ切れでしょうか、涼しくなったというのに変ですね。

あまり書かないでいると、このブログで私が元気でいるか
チェックしている息子に心配をかけるので、
今夜は何とか書こうとパソコンに向かいました。

でも今日は朝9時から外出。夜9時前に帰ってきたので相当お疲れです。

9時に集合で、陶芸サークルの皆さんと、新宿である陶芸展に出かけました。
お知り合いが紹介してくださった新進気鋭の阪口浩史さんという作家の作品展です。

会場では作家さんが直接いろいろ説明してくださいました。
それがあまりに若くて、しかも背広がよ~くお似合いなので、
店のスタッフに思わず「あの方が作家の方ですか?」と尋ねてしまいました。

大皿、花瓶、茶碗、あとはカップやぐいのみなど普段つかいの食器がありました。
削りだしとかいって形のつくり方に特徴があるそうですが、
色は織部と灰釉による物が印象的でした。
織部は普通見かけるものより青みがかった独特の色合いでした。
私はいろんな木の灰から創ったと言う灰釉がかもし出す色合いが気に入りました。
旅にでると、その地でコーヒーカップを買うことにしている私は
灰釉で色づけされたカップを選びました。
今は、さすがにコーヒーと言う訳にいかないので、
麦茶をのみながらのみ心地を試しています。

昼食後、皆さんと別れて、写真学校へ引き伸ばしに行きました。
来週は作品合評があるので作品を作っておかないといけません。
モンゴルの花と言う訳にはいかないので、
人々を撮ったものをを何枚か引き伸ばしました。

そういえば、モンゴルの旅行記は食べ物でストップ。
もうお終いと思われていそうですが、
モンゴルの人間関係で感じたことと、
愉快な出来事について書いてからお終いにしたいと思っています。
これは自分の思いへのこだわりとでも言うものでしょうか。

今夜は眠り込まないで、目が覚めてしまいました。
明日いえ今日は母の転院先を探して病院に行くことになっています。



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馬頭琴を聴いて

2005年05月02日 | 映画・詩・劇など
馬頭琴ってご存知ですか?
「スーホーの白い馬」という物語にでてくる楽器でなので
物語と共にご存知の方もいるでしょう。
モンゴルを代表する、2000年以上の歴史がある伝統楽器です。
二弦からなる楽器で、その一弦は100本以上の糸からなっており、
糸は馬の毛で作られていたそうです。

私はこの演奏を聴くために、3時間かけて千葉に行ってきました。
キューバ旅行で一緒だった方が、
佐倉で演奏会があることを知らせてくれたのです。
実をいうと私は演奏する人がどんな人か知りませんでした。
ただただ、馬頭琴の演奏を聴きたかったのです。

何故、そんなに聴きたかったのでしょうか。
きっとモンゴルの大草原を吹き渡ったに違いないその音色を
どうしても聴いてみたかったような気がします。

若手No.1といわれるチ・ブルグッドさんの説明を聞きながら
演奏が進行しました。男性3人の共演でした。
時に勇壮に、時に哀愁を帯びた音色の曲が奏でられました。
お互いにアイコンタクトをとりながらの演奏でした。

哀愁を帯びた胡弓や二胡とはまた一味違っていました。
やはり、大草原の中、時に走り抜ける馬のひずめと共に
聴くにふさわしい音楽のように思いました。

写真はチ・ブルグッドのCDのパンフレットですが、
馬頭琴とは楽器の棹に馬の頭が掘ってあることからきています。




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素敵な言葉と素敵な絵手紙に出会いました。

2005年03月24日 | 映画・詩・劇など
 今日は月に一度の絵手紙の勉強会でした。
上手な人がもっとうまくなろうということで集まっているのです。
私は、別格の初心者なのですが、
将来リーダーになりたいと強引に入れてもらいました。

そこで会のリーダーさんが紹介してくださった言葉が、
実に含蓄のある言葉でした。

三つの目。

 現実を見る「鋭い目」

 未来を見とおす「長い目」

 心を見つめる「深い目」

さあ、そんな3つの目をお持ちですか?
誰の言葉だと思いますか?
あの平塚らいちょうの言葉です。
すばらしい言葉ですね。
こんな目をもてるようになりたいですね。
深い目は特に難しいでしょうか。
我が強いとなかなか見つめきれないものですから。
でもしっかりとした自分を持っていなければ
鋭い目や長い目はもてないものではないでしょうか。

そして、この素敵な言葉を、絵手紙に書いて
もっとすばらしくしてくれたのは、私たちのリーダーHさんです。
絵手紙も、人柄も素敵な方です。
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笑いをとめられなかったお芝居

2005年02月20日 | 映画・詩・劇など
昨日は、簡単ホームページの立ち上げに悪戦苦闘。
ブログがお留守になってしまいました。

映画も劇も好きだったことを忘れる位、遠ざかっていたのですが、
18日は、息子のお友達の招待で、「こまつ座」の公演に。
作品は「円生と志ん生」。
筆が遅いので有名な、こまつ座の座付き脚本家・井上ひさしの新作でした。

円生と志ん生は私でも知っている有名な落語家。
その二人の実体験をもとに、作られた話だといいます。
終戦の年の5月に満州に渡り、
敗戦の大混乱の中で
言うに言われぬ苦労をしながら、生き抜いていく落語家二人。

金がなくて借家を追い出され、文化戦犯で追われます。
食べるに困って、現地妻を迎えたり、
密航で詐欺に遇ってすってんてん、こじき同然に・・・。

その中で、彼らの言葉そのものが、
生き方そのものが落語とつながっています。

とても笑える状況ではないはずなのに、
彼らの言葉、彼らの行動から、
笑いが湧き上がってくるのです。

私も最初は遠慮がちに笑っていましたが、
たくさんの観客の笑い声に引き込まれて
止まらなくなってしまいました。

息子達に言わせると、私の笑い声が一段と
目立っていたそうです。
今となってはちょっと恥ずかしいけれど。

宮沢りえ主演の映画「父と暮らす」も
井上ひさしの脚本だったのです。
あれも、そこここに、笑いが散りばめられていました。

彼の笑いは、暖かさを含んだ笑い、
ヒューマニティ溢れる笑いだと
改めて思いました。

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北の零年をみて

2005年02月10日 | 映画・詩・劇など
実は先日、鳥取砂丘で熱を出してしまった時、
2日目はゆっくりする場所を求めて、
映画館に行きました。
そこで上映していたのが「北の零年」でした。
幸いにも、見たかった映画です。
体の痛みを忘れて見入りました。

人の評価は全く知りませんが、
スケールが大きくて、
実に考えさせるものがある映画でした。

明治維新という激変期にあって
過酷な運命に翻弄されながら、生き抜いた淡路島の小藩の人たち。
これでもかこれでもかと困難が降りかかる。
彼らの行動の精神的支えであった「殿」は廃藩置県で
ここには来ないと言って帰ってしまう。
悲嘆にくれる人々。
しかし、主人公らしい、渡辺謙は「我らが国をつくろう」と
皆を励ます。その主人公の妻が吉永小百合なのです。

波乱の連続の後、牧場の馬主になった妻の前に、
政府の役人となったすでに再婚した夫が現れます。
馬の徴用を執行するためにです。
かっての仲間が、支庁の役場でみじめに
働かされています。実に狡猾な商人に貶められたのです。
さらに、豊川悦司がアイヌ人(実は指名手配されている会津藩士)
として登場してきます。

さてどのような結末になるでしょうか。

私はこの映画によって、人の愛についてだけでなく
農民のおかげで、私達が飢えないでこられたこと、
お役人の役割や商人の本質に気づかされた気がします。

それから吉永小百合と言う女優の美しさ、たくましさも
一見に値すると思うのです。
毎日何十キロも泳いで体を鍛えている彼女の言うことはあくまでも謙虚。
プロなんですね。
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