世界変動展望

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不正の根本原因に基づいた改善策と京都府立医大バルサルタン事件に関するマスメディアの誤解について

2013-05-02 00:31:55 | 社会

『透明性確保の動き、後退させるな


 日本製薬工業協会が2011年3月に公表した「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」の全面実施が1年先送りされることになった。「原稿執筆料等」の個人名、件数まで公開することに対し、日本医師会等の医療側が反発したことが要因で、最終的に13年度は製薬企業が支払った総額と医師名の一覧までを開示し、14年度から個人名等を全面開示することになった。

 全面公開の先送りを主導したのは、今年に入り日医が中心になって立ち上げた「医学関連COI問題協議会」である。日本医学会、全国医学部長・病院長会議、日医、製薬協が参加し、透明性指針を再検討するという趣旨だったが、非公開で開催された上、結果的に全面公開にブレーキをかける役割を果たした。

 なぜ今月の実施直前になって、こんな混乱が起こったのか。医療側は、個人名を公開することで思わぬ誹謗中傷を受けると主張し、個人情報保護を問題にした。ただ、かえって言われなき疑惑を国民から持たれないためにも、積極的に情報公開していくことが指針の趣旨だったはず。もちろん、業界団体が定めた指針で拘束力はないかもしれないが、世界的な情報公開の流れの中、当然の対応と言えた。

 日本医学会も、利益相反委員会の活動で利益相反をめぐる情報開示に積極的な動きを見せてきただけに、大学関係者や製薬企業担当者からは「どうして医学会が」と当惑の声が上がっている。

 2月には、日本循環器学会から疑義の指摘を受け、京都府立医科大学教授が責任者を務めた日本人対象の降圧剤「バルサルタン」の大規模臨床試験「Kyoto Heart Study」に関して、相次いで論文を撤回する事件が起こった。臨床試験の正当性に重大な疑義が指摘され、四つの論文で図表の二重使用があったこと等が認定された。最終的に、ねつ造はないと結論づけられたが、製造販売元の企業は資金提供を認め、教授は大学を退職する事態に発展するなど、利益相反への視線は一層厳しさを増すことになった。

 こうした臨床試験に関する不正疑惑が発覚し、医師と製薬企業の不透明な関係が問われている中で、情報開示に後ろ向きな医療側の動きは社会から理解が得られないだろう。

 そもそも、科学技術研究費が米国に比べて10分の1以下の日本で臨床研究を実施するためには、製薬企業からの資金提供は欠かせないと言われている。だからこそ、きちんと社会の目が届く中で、国民の医療に貢献する臨床研究を進めていかなければならないはずである。

 今回、透明性指針に基づく全面公開は1年先送りになったが、個人名と金額等の公開範囲をめぐる議論に終始するのではなく、透明性指針の実施によって何を目指すのか。医療側と業界が共通認識を持ち、社会に訴えていくことしか信頼を勝ち取る道はない。

[1]』

がんばって信頼性を向上させてほしいと思う。


画像1 画像はこのサイトから

京都府立医大のバルサルタン論文撤回の問題については日本医学会の久史麿会長や日医の今村聡副会長も注視しているようだ。現状でも大問題に発展している。

ところで[1]の『2月には、日本循環器学会から疑義の指摘を受け、京都府立医科大学教授が責任者を務めた日本人対象の降圧剤「バルサルタン」の大規模臨床試験「Kyoto Heart Study」に関して、相次いで論文を撤回する事件が起こった。臨床試験の正当性に重大な疑義が指摘され、四つの論文で図表の二重使用があったこと等が認定された。最終的に、ねつ造はないと結論づけられたが、製造販売元の企業は資金提供を認め、教授は大学を退職する事態に発展するなど、利益相反への視線は 一層厳しさを増すことになった。[1]』という部分だが、誤解があると思う。私も当初誤解していたが、四つの論文で図表の二重使用が認定されたが、最終的に捏造ではないと結論された事件は京都府立医大のM元教授らの事件ではなくN准教授らの事件

毎日新聞でも記者は誤解していないと思うが読者が誤解するかもしれない記載があった。M元京都府立医大教授のバルサルタン事件以外の不正で「バルサルタン:降圧剤論文撤回 松原元教授関与の研究、13論文に図表不正--京都府医大調査[2]」というタイトルで記事を紹介していた。記事の最後で『このほかにも、降圧剤「バルサルタン」の効果に関する論文3本が「重大な問題がある」との指摘を受けて撤回。経緯などを大学が調べている。[2]』と記載されているようにこの不正はバルサルタン事件とは別件。それなのに「バルサルタン:降圧剤論文撤回」というタイトルではじまるとバルサルタン関連の不正と読者が誤解してしまう。

誤解を与えない表現を考えるべきではないかと思う。

というものの私も人のことは言えず、バルサルタン事件は1月にRetraction Watchで紹介された時は昨年3月に報道されたデータ流用事件の調査関連で新たに浮上した疑惑だと思っていた。しかし、その後の報道でデータ流用事件とは別に告発された事件と判明し誤解が解けた。報道を見ると、Kyoto Heart Studyの研究には発表当初から疑義に呈されていたようで、疑惑自体は数年前から存在していたのだろう。

[2]によるとMの「研究室管理体制に本質的な欠陥」があり「極めて異常」と調査報告書で指摘されているという。(ところで、この調査報告書はいつネットで公表されるのだ?)Mの研究グループではバルサルタンだけでなく論文13編でデータ流用(改ざん)の不正があったのだから研究室の体質が極めて異常だったと言われても仕方ないだろう。

なぜこのような体質になってしまったのか。研究不正が起きる根本原因については以前も執筆した(その1,その2)。「科学研究者の事件と倫理」(白楽ロックビル著、2011.9)を読むと生命科学系の不正が多いことが紹介されており、業界の体質も不正の発生に影響を与えているのかもしれない。なぜ生命科学系で不正が多いのか。

生命科学系というと広い言い方で、医学系に限らず歯学系、薬学系、農学系、理学系、工学系などいろいろある。だから必ずしも当てはまらないかもしれないが、私にメールをくれたある医学系の人は研究室のボスに不正を強要されたと話してくれた。話によると医学系はボスの権限が強く成果を上げるために部下に不正を強要するケースがあるという。憶測にすぎないが、ひょっとするとMの研究室もこんな感じだったのかもしれない。

私は医学系の世界をあまり知らないが、教授の権力が他の学部に比べて強いことは感じていた。医学系では人事や予算獲得で悪い誘惑がはたらきやすいのかもしれない。バルサルタン事件で明らかになったノバルティスファーマ社からの1億円余りの奨学奨励金の付与は研究者や研究機関が予算獲得のためにモラルを売り渡したことを端的に示した事例だと感じる。

こういう事例は医学系に限らず他分野でも起きているだろう。例えば地球温暖化の研究では一部政治的なプロパガンダのために不正な研究発表があった。具体的にはIPCCの第四次報告書で「ヒマラヤの氷河が2035年までに消失する可能性が非常に高い」と虚偽の報告があった件は統括責任者が「私たちがこの部分を強調できれば政策決定者や政治家に衝撃を与え、しっかりした対応を取るよう働きかけることになると考えていた[3]」と述べ、『参考文献にした世界自然保護基金(WWF)の報告書が、科学的に検証されていない「あいまい(grey)な文献」と知っていた[3]』とも述べた。

地球温暖化などの環境政策の研究分野では一部このような不正な発表があることは間違いない。地球温暖化CO2原因説擁護論の研究者たち(以下擁護論者)の一部はこういう話をすると「陰謀論ですから嘘。信用すべきでない。」とよく反論するが、上で述べたことはすべて根拠があることで信用できることだ。確かに奨学奨励金付与の事実からMらが予算獲得等のために不正な発表をしたという点はまだ事実と決まったわけではないが、こういうことを陰謀論といって否定するのは常識的なセンスがない人物であろう。

擁護論者の反論を見ると「人の立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈するのは、科学的では無い」と言う主張があり、こういうものには同意するが、同じ反論中でもネイチャーのような信頼性の高い雑誌に載っているか、誰が主張しているのかという点で信頼性を判断すべきという点には同意しない。こういう考えは科学的ではないし、主張が自己矛盾している。例えば反論では『匿名ともなれば、「便所の落書き」程度の信頼性しかない。』としているが、「人の立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈するのは、科学的では無い」という主張と矛盾していると思うが、どう説明するのだろうか?

反論を見ると擁護論はネイチャーのようなインパクトファクターの高い査読付論文に多く発表されているから信頼でき、懐疑論はほとんど発表されていないから信頼できないという権威主義的な考えで擁護論の信頼性を主張しているが、こういう考えは反論で述べられているように「人の立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈するのは、科学的では無い」という主張と同じで、全く科学的ではない。この反論は懐疑論を否定するために執筆されたものだろうから、擁護論者にとって都合のいい内容になっているのは当然であろう。

ネイチャーが自身の記事で述べているように、一般にはネイチャーのようなインパクトファクターの高い雑誌ほど撤回や不正が多い。こういう事実はインパクトファクターの高い査読付論文ほど信頼性が高いという主張と矛盾しているように見える。ネイチャーの記事で言及されているように多くの人のチェックがはたらくから撤回が多いというだけでなく、インパクトファクターの高い雑誌に載せたいために不正論文が多く投稿されるという原因もあるだろう。反論の著者が審査が非常に厳しく、インパクトファクターが非常に高く信頼性が高いと信じているネイチャーですら、K元東大分生研教授らの不正論文を被疑者の過失という言い分を信用し訂正で済ませた後に撤回となったが、この事実は最も審査が厳しいと言われるトップジャーナルさえ、不正や間違った内容の論文を排除できず、被疑者の嘘の説明に騙されて過失による訂正で済ませてしまっていることを意味する。本当に騙されているのか大事を避けるためにわざと不正を過失で済ませているのかは不明だが、K元教授らの論文に関しては間違いのあまりの多さや態様からいってネイチャー誌が捏造と気がつかなかったというのは信じ難い。

要するにインパクトファクターの高い査読付ジャーナルの論文だからとか、偉い研究者が何人も主張しているから信頼できるという権威主義的な考えは科学的ではない。例えば最近のK元東大分生研教授らや京都府立医大のM元教授ら、トルコ人元東大助教などの事件はネットの世界の匿名の人たちが不正を指摘し、研究機関の調査で不正と判明又は解決に向かっている。反論の著者に言わせれば"便所の落書き"の信頼性でしかない議論や指摘がなければこれらの不正の改善はなかったであろう。

なぜ解決に至ったのかといえば簡単で、匿名の世界で行われていた指摘や議論にきちんと科学的な根拠があったからに他ならない。匿名の世界の指摘や議論をした人たちは、指摘や議論をした人の立場を考えることなく、「画像がここまで一致するのはおかしい」、「これだけたくさん酷似の画像があるのは故意だ」と指摘された内容だけを客観的に判断して結論を決めていた。情報や議論を積み重ねた上で不正と判断し代表者が告発し、調査され解決に至った。

科学とは普遍的なもの。インパクトファクターの高い雑誌に載っているとか偉い専門家が何人も主張しているから正しいということではなく、誰が主張しようと、どんな媒体に情報が載ろうと、きちんと内容を客観的かつ科学的に判断すれば誰が判断しても正しいものは正しいと判断される。科学的とはそういうことだ。私は権威主義的な擁護論者よりネットの匿名の不正追究者たちの方がよほど科学的な態度で議論していると思う。

反論は主張が自己矛盾し、一部非科学的かつ不合理な説明もあり、懐疑論にとって不利な事実を強調するような内容や表現になっているので、純粋に捏造やニセ科学を見分ける方法を論じるというより懐疑論を否定し擁護論を世間で認めさせる思惑で執筆されたものだと感じる。無論偏った見解である。

著者にいわせれば「地球温暖化は、科学者が研究費を得るためにでっち上げた陰謀だ」という主張は「人の立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈するのは、科学的では無い」ので、虚偽だと反論したいようだが、擁護論という著者の立場のために、非科学的であるにも関わらず権威を理由に擁護論を支持し懐疑論を否定するという矛盾した主張をしてしまった。「人の立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈するのは、科学的では無い」というのは、立場と事実に科学的因果関係はないのだから科学的に正しい主張だと思うが、一部の擁護論者の主張は自分たちの立場だけに影響されて平気で非科学的な主張をしてしまったので、一部の擁護論者に対して「立場だけを根拠に信頼性に疑問を呈」されるのも無理からぬということを自ら実証してしまった。

地球温暖化の論争は調べると擁護論、懐疑論ともに科学的でない主張が少なくない。科学的というより相手を否定するための論争も多い。19世紀の原子の実在論と懐疑論の論争と同じく、非常に見苦しい論争が延々と続いているので関わりたくない。

地球温暖化の話は別としても、人事や予算獲得のために不正が起きるという点は確かだろうから、その点はきちんと改善策を作らないとまずい。

参考
[1]薬事日報の社説 写し 2013.4.5
[2]毎日新聞 写し 2013.4.11
[3]asahi.com 記事の写し 2010.1.26  関連文献


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