世界変動展望

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理研とSTAP、検証実験より真相究明を(核心)

2013-02-28 23:50:33 | 社会

   理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーが職場に復帰して、STAP細胞の検証実験に取り組んでいる。小保方氏に対し理研は一時、懲戒免職さえ検討していた。  

  真実を明らかにするため過去の経緯にとらわれず協力する。そう言えば美談に聞こえるが、不思議な光景ではないだろうか。

 疑惑の当事者が検証をする。しかも不正に関わりがあった、理研の発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の笹井芳樹副センター長ら小保方氏の上司は、今も研究センターの枢要なポストに座り続けている。

 小保方氏らが今年1月に英科学誌ネイチャーに発表した2つの論文はいくつもの過ちが指摘され、今月2日に撤回された。

 撤回の理由には、未熟な研究者の「過失」というだけでは説明のつかない事実が挙げられている。

 小保方氏が「STAP細胞」と称して、共同研究者に手渡したり解析結果を論文に記していたりしたのは、実は胚性幹細胞(ES細胞)など既知の細胞ではなかったかとの疑いがある。

 こうした指摘を総合して、STAP細胞はそもそも存在していなかったとみる研究者が多くいる。

 科学技術と社会の関係に詳しい佐倉統・東京大教授は「今の段階でSTAP細胞は『ない』と判断するのが科学的には妥当だ」と話す。

 それでも理研が検証実験に取り組むのは「論文には誤りがあったが、STAP細胞がないとは言えない」というだけの理由だ。

 しかし何かが存在しないことを完全に証明するのは難しい。仮に小保方氏が再現に失敗しても、STAP細胞が絶対にないとの証明にはならない。

 検証実験では明確な結論は得られず、現状から何の進展もない可能性がある。理研で主導的な立場に立つような一流の研究者ならわかっているはずだ。にもかかわらず税金を投じて実験を始めた。

 STAP細胞の有無は「まだ結論が出せない」と言い切る竹市雅俊発生・再生科学総合研究センター長の発言には首をかしげざるを得ない。

 日本分子生物学会(理事長・大隅典子東北大教授)は4日、声明を発表した。研究不正の実態をまず徹底的に解明すべきで、解明を終えるまで小保方氏らが参加する検証実験を凍結するよう主張した。

 その通りだ。何より大事なのは、論文不正に関連して提起されたすべての疑惑の解明だ。

 それには論文共著者や上司として管理責任のあった研究者たちがこれまでと同じポストにとどまっていてはいけないだろう。 

  理研の改革委員会(委員長・岸輝雄東京大名誉教授)は6月、「研究不正を誘発する、組織として構造的な欠陥があった」として、発生・再生科学総合研究センターの解体と竹市、笹井両氏ら幹部の更迭を求めた。公正な調査の妨げになりかねないからだ。

 理研の野依良治理事長は「早急に具体的に実行する」とのコメントを発表したが、具体化の兆しはない。

 論文の撤回は問題の幕引きにはならない。また検証実験を、問題の本質から国民の関心をそらす目くらましに利用してはいけない。

 一般に、捏造(ねつぞう)や盗用など研究論文をめぐる不正の根絶は容易ではない。研究者の倫理に関する教育を手厚くしたり論文のチェック体制を強めたりして、不正が起きないようにする努力は大事だが、不正に手を染める人をゼロにはできないだろう。

 世界の主要科学誌に公表される論文は年間約100万本に達し、世界規模の研究競争を背景に増え続けている。どの研究所や大学でも不正は起きうることと覚悟しなくてはならない。

 問われるのは不正発覚後の対応だ。対応を誤れば、一研究者にとどまらず、研究機関自体の信頼失墜につながる。

 理研は当初、不正を未熟な研究者が犯した過ちとして片付けようとした。小保方氏側が反論し、改革委員会から組織全体に及ぶ厳しい改善を求められると、今度は小保方氏を取り込んで疑惑解明を先送りにするかのようににみえる。

 下村博文・文部科学相が小保方氏の参加による検証実験の必要性に言及、政治も介入した。理研は5人いる理事のうち2人が文科省の天下りだ。理研の判断の背景に、文科省の意向があるとみるのは自然だろう。

 関係者は、日本の科学研究の「旗艦」である理研が負った傷口をこれ以上広げたくないのかもしれないが、現状は逆効果だ。

 国際学会に出席した研究者から「日本の再生医療の研究全体が世界から相手にされなくなっている」と心配する声を聞く。

 iPS細胞を使った網膜の治療を目指す、理研の高橋政代プロジェクトリーダーがツイッターに「理研の倫理観にもう耐えられない」などと書き込んだのも、国内外の批判的な見方をひしひしと感じているからではなかろうか。

 この問題は科学研究のありようの問題だ。理研のトップが科学者として判断を下し指導力を示すことが、再出発への道だ。野依理事長は「研究は『瑞々(みずみず)しく、単純明快』でありたいと願ってきた」と、弊紙のコラム「私の履歴書」に書いた。明快であってほしい。

日本経済新聞 編集委員 滝順一

2014.7.14