エコなニコニコ日記 社会企業エコフェアネットワークのブログ

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日本の面子(恥)の文化という生きづらさからの、適切な開放を目指して!

2021-01-23 19:33:00 | Weblog




私は先日にインターネットのSNSやブログで、自分が実は生活保護を長く受給してしまっていることを書きました。
ありがたいことに多くの方達にそれを理解してもらい、深く感謝と自分のあり方にある程度肯定感が持てました。
しかし時に朝に起きた時や疲れていた夜などに、明かしたことによる世間からの悪口の噂や陰口の可能性がたまらなく怖くなり、自己肯定感が下がりかなり苦しい思いを持ちました。

そしてメンタル本に書いてあった、朝起きた時などに必死に「自分が好き。」「自分は大丈夫。」と念じる習慣を実践していました。
また幸福学にある「ありのままに。」(独立とマイペース)を読み返すと、かなり落ち着いてきました。

しかしよく日本では、生活保護を取らざるおえない状況に追い込まれた人が、「生活保護を取る位なら、死んだ方がまし。」と言って、「生活保護=恥」とされる風潮が強いことなどがあります。
そういう中で、私はいかに人間は自分のプライドを適切に持ち、またそれをどう保つべきか、そして日本に多い面子の文化について考えました。

そこで参考になったのは、最近私が読んだ「勇気の科学」という、幸福学の研究者でもある大学講師のロバート ビスワズ ディーナーが書いた本です。
この本によると世界の各国により自尊心に関する文化は異なります。
アメリカやカナダなどの北米は、「尊厳」の文化であり、その内容は各人は平等な立場で、自己の自発性や自律性を尊重する、自己評価の基準は内側にあり、良い行動の基準は罪や法律に基づきます。

また南米やアフリカは「名誉」の文化であり、他者の評価に敏感で、自分や家族の名誉を傷つけられたなら、暴力的な行為すら厭わない勇気を重んじる傾向が強い文化です。また自己評価の基準は内部と外部にあり、良い行動の基準は恥にあります。

そして日本や韓国は「面子」の文化であり、自分が他者の目にどう映るかが重要であり、その評価を自らの行動の指針にします。また面子の文化は階層的な組織が形成されやすく、その「序列」が人間関係に影響を与えます。
また自己評価の基準は外部にあり、良い行動の基準は恥、罰にあります。

(写真に詳細が図で表されています。)

私は東アジアに多い面子の文化は、協調性や調和など良い面もありますが、マイナス点は「赤信号みんなで渡れば怖くない。」みたいな危なさもあると思います。
それよりもっと北米にある様な尊厳の文化に学び、その自己評価を内から評価するや、善悪の基準が自己の内側にちゃんとある様な、長所を取り入れる必要性を強く思います。

また私は精神科医の加賀乙彦が書いた本「不幸な国の幸福論」を読むと、そこにも日本人は「個」育てが苦手だとあります。そして世間の「普通」とされるあり方から外れて、自分を持ち時に「変人」と呼ばれる様なことを、厭い恐れるあり方の問題点が指摘されています。
また「正しく悩む」重要性も書いてあります。

そして別の精神科医の町沢静夫は、日本人は健康的に生きたいなら、世間からのイメージの集合体の様な評価から自分を判断するのではなく、自分の内側から自分をなるべく現実に促した形で妥当に自己を評価をする重要性を書いていました。
これはある意味で人間の一生の課題だともありました。

私も自分をどう評価するべきか考えてきて、時にある世間の心ない悪口ややっかみに動揺せずに、私はなるべくありのままの自分にYESを言うことを前提にしたいと思います。
そして自分が現実的に客観的に、適切ななすべき生き方や行動をしているかを、内側から判断する必要性も感じています。

私はこういうあり方なら、生活保護=恥という世間の風潮に流されずに、自分なりにその是非を考えて的確な判断ができて、どうしても必要な方達が生活保護に抵抗感が薄れて、この制度を利用してこの危機を生き延びられるかと思います。

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