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リートリンの覚書

日本書紀 巻第十九 天国排開広庭天皇 二 ・出自 ・夢での御告げ ・秦大津父を寵愛する



日本書紀 巻第十九

天国排開広庭天皇
(あめくにおしはらきひろにわのすめらみこと)

欽明天皇
(きんめいてんのう)

・出自
・夢での御告げ
・秦大津父を寵愛する



天国排開広庭天皇は、
男大迹天皇
(をほどのすめらみこと)嫡子です。

母は
手白香皇后(たしらかのこうごう
といいます。

天皇はこれを愛して、
常に左右(もところ)に置きました。

天皇が幼い時、
夢に人があって、
「天皇。
秦大津父(はたのおおつち)という者を
寵愛すれば、

壮大(おとこまさり)に及び、
必ず天下を有するでしょう」
といいました。

驚きめざめ、
使いを遣わして、
あまねく求めて、

山背国(やましろのくに)の
紀郡(きのこおり)の
深草里(ふかくさのさと)
で得ました。

姓字(うじな)は果たして夢と同じでした。

ここにおいて、
忻喜(きんき)が身にみちて、
めずらしい夢だとほめました。

すなわち、
告げて、
「汝は何事かあったか?」
といいました。

答えて、
「ありません。

ただ、
臣が伊勢に向かい、
あきないをして還ってくると、

山で相闘(あいたたか)って
血にぬれた二の狼に逢いました。

すなわち、
馬から下りて、
口や手を洗い漱(すす)ぎ、
祈請(きせい)して、

『汝、これ貴神であり、
荒き行いを好む。
もし猟士に逢ったなら、
とらわれるのは、
とりわけ速いだろう』
といいました。

すなわち、
相闘(あいたたか)いを抑止し、
血にぬれた毛を拭き洗い、

遂に、
ゆるしました。

ともに、
命を全うさせました」
といいました。

天皇は、
「必ずこの報いであろう」
といいました。

すなわち、
近侍(きんじ)させ、
日新(にっしん)、
優寵(ゆうちょう)しました。

おおいに饒富(じょうふ)しました。

及び、
践祚に至り、
大蔵省に拝しました。



・左右(もところ)
・壮大(おとこまさり)
壮年
・深草
京都市伏見区稲荷町辺
・忻喜(きんき)
非常によろこぶこと
・祈請(きせい)
神仏に祈って、加護を請うこと。祈願
・近侍(きんじ)
主君のそば近くにつかえること。また、その人。近習(きんじゆ)
・日新(にっしん)
日々新しくなること
・優寵(ゆうちょう)
特別に寵愛すること
・饒富(じょうふ)
富んでいること。財産が多い事。富饒



(感想)

欽明天皇は、
継体天皇の嫡子です。

母は手白香皇后といいます。

継体天皇は欽明天皇を愛して、
常に傍に置きました。

天皇が幼い時、
夢の中で人が現れ、
「天皇よ。
秦大津父という者を寵愛すれば、
壮年になったら、
必ず天下を保有するでしょう」
といいました。

天皇は、
驚きめざめ、

使者を派遣して、
国中隅々まで探し求めて、

山背国紀郡の深草の里で
見つけることができました。
姓字は夢で見た通りでした。

ここにおいて、
大変喜びが、
身に満ち溢れて、
珍しい夢だと誉めました。

すなわち、
告げて、
「お前は、何事かあったか?」
といいました。

答えて、
「ありません。

ただ、私が伊勢に向かい、
商売をして還ってくると、

山で相闘って血に濡れた二の狼に逢いました。

そこで、
馬から下りて、
口や手を洗いすすぎ、
神仏に祈り、

『お前たちは、
貴い神であるが、
荒々しい行いを好む。

しかし、
今もし猟士に逢ったなら、
捕らわれるのは、
とりわけ速いだろう』
といいました。

そして、
闘いあうのを抑止し、
血にぬれた毛を拭き洗い、

遂に、
放してやりました。

ともに、
2匹の命を全うさせました」
といいました。

天皇は、
「必ずやこの報いであろう」
といいました。

すなわち、
大津父をそば近くに仕えさせ、

日々、
特別に寵愛しました。

おおいに富みました。

また、
天皇に即位したのち、
大蔵省に任命しました。

狼の恩返し?

さて、
本日より欽明天皇の条始まります。

欽明天皇の御代は
どのような時代だったのでしょうか?

読んでいきたいと思います。

欽明天皇の条は、
長い条ですが、
お付き合い頂けたら幸いです。

明日に続きます。

読んで頂き
ありがとうございました。


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