第16話 渾 沌
(10)
『ウチは一部屋空いている』
『いつでも泊まりにくればいい』
『お前がショーンの世話をしてくれれば、ヨンスが助かる』
あの時の言葉をソンジェが真に受けたのか、それともヨンスの誘いに魅せられてなのか、はたまたショーンが可愛くて仕方がないのか、その辺りは定かでない。
が、理由はともかく、一緒にランチを共にした週末以降、ソンジェは頻繁にヴィラへ立ち寄るようになった。
『ヨンス、君はソンジェの携帯電話の番号やメールアドレスを知っているね?』
『え?・・・ええ・・・』
『今後はよく連絡を取って、此処にも招くといい』
『・・・?』
『これまでがおかしかったんだよ。僕たちは兄弟なのに、同じソウルに暮らしていて行き来がないなんてあまりに不自然だ』
『・・・!』
『ゲストルームもあるんだ。夜、遅くなったら泊まるよう勧めなさい』
『あなた・・・!』
ヨンスは嬉しそうに肯いた。
『それに』
『・・・?』
『ソンジェがショーンの相手をしてくれれば、君も少しは僕を構ってくれるだろう・・・』
申し訳なさそうに俯く妻の顎を摘み、そっと唇を重ねたのはつい二週間程前のことだ。
勿論、これには意味があった。
ソンジェと近しくしておけば、ヤン・ギョンヒやセナの動向を察知できるかもしれないというビジネス上の下心である。
なにはともあれ、ソンジェは三日に一度来訪し、週に一度は泊まっていく。
ショーンは、最高の遊び相手であるソンジェをすっかり気に入ったようだ。
夜、帰宅すると、広々とした美しい玄関に似つかわしくない大きな薄汚れたスニーカーを目にすることが多くなり、違和感を覚えたミンチョルだったが、やがてそれは感謝の念へと変化していった。
なぜならソンジェの存在が高まるにつれ、ヨンスがショーンに関わる度合いが極端に低下したからだ。
『ソンジェさんがいてくれると、本当に助かるわ・・・』
疲れているヨンスを気遣い、会食があると嘘をついて外食してから帰宅する夜も少なからずあった。
それが最近では、「今夜は、自宅で召し上がる?」と訊いてくれる。
ショーンが登場してから、滅多に耳にしなくなった台詞である。
「何かリクエストはあるかしら?」などと言われると、本当に嬉しくなってしまう。
そして彼女は要望通りに手の込んだ料理を作り、帰宅が夜十時を過ぎても笑顔で待っていてくれるのだ!
『お♪美味そうだな』
『今夜はね、ソンジェさんがショーンをお風呂に入れてくれたのよ』
『ソンジェが?』
『ええ、明日はお休みだって言うから、泊まっていくよう勧めたの』
『・・・ああ、それは良かった』
『ショーンったら一緒に入るって、ゲスト用のバスルームを初めて体験したのよ!』
『下と違って狭いだろうに』
『それが、あの子は気に入ったみたい』
ソンジェが階下にある夫婦のバスルームを使ったとしたら不愉快極まりないが、ゲスト用ならば文句はない。
『・・・それでね、今夜はソンジェさんと寝るって』
『え♪』
思わず、声のトーンが上がる。
『心配でさっき部屋を覗いたのだけれど、二人共ぐっすり寝ちゃっているわ』
ソンジェ様様である。
なんだったら、ずっとゲストルームに滞在してくれて構わない。
ミンチョルの心と身体の均衡は、意外にも弟の出現によりバランスを保つこととなった。
「はぁ・・・ふ」
夕方、ミンチョルは企画室長室で秘かに欠伸をした。
週の真っ只中だというのに、寝たのは明け方の四時近くなのだ。
昼間、仕事に忙殺されながら、夜の長時間に亘る濃密な営みではさすがに睡眠不足を感じる。
妻の寝顔に見惚れ、ささやかな悪戯に熱中しているうちにいつの間にか夜が明けてしまった日も多い。
充実した夫婦生活に身を浸す喜びと、三十路に突入している男の悲哀が入り混じった疲労感を抱えながら、ミンチョルはパソコン画面でスケジュールを確認した。
(権限を)
(もう少しキチャンさんやキュソクさんへ移行するべきだな・・・)
彼に、夜の生活を切り詰めるという発想は毛頭ない。
昨夜、早めに帰宅すると、ショーンはソンジェにまとわりつき駄々をこねていた。
「ソンジェと寝る」と言い張っているのだ。
ヨンスは申し訳なさそうな顔をし、ミンチョルは密かにほくそ笑んだ。
「ソンジェさん、迷惑じゃない・・・?」
「え・・・?ううん、別に」
「でも、夜泣きしたりするでしょう?」
「いや・・・そんなことないよ」
「・・・本当?」
「うん・・・っていうか、僕もショーンも遊び疲れてグッスリ眠り込んじゃうから・・・」
やはり、日中の運動量が断然、違うのだろう。
チマチマとヴィラの室内で動き回っても、近所の小さな公園で遊んだとしても、ヨンスと一緒ではたかが知れている。
それがソンジェが相手だと、行動範囲がグッと広がるのだ。
時には遠くの大きな公園にまで足を伸ばす。
探検と称し、漢江沿いの市民公園まで行ったりもする。
室内でも肩車といった力技から始まり、追いかけっこなど体力勝負の遊びもソンジェはとことん付き合う。
結果、ショーンの身体能力は目に見えてグッと高まり、動作もみるみるうちに機敏になっていった。
「男親って、やっぱり必要ねぇ・・・」としみじみ呟くヨンスの横で、ミンチョルは咳払いをしながら新聞を読むフリをした。
(ショーンの相手をするつもりはない)
(僕の相手は、君だからね・・・)
夕食の後片付けといった家事を翌日に繰り越すことを好まないヨンスが、上階の明かりを消しフンワリと乾いた洗濯物などを手に階下に来るのはミンチョルより三十分以上遅い。
それから入浴し髪を乾かし、ようやく寝室に入ってくる。
彼女がベッドに横たわった瞬間から、その時間が始まった。
「あ、あなたったら・・・」
恥ずかしそうに身をくねらす妻は、本当に初々しい。
まるで、何も知らない生娘のような雰囲気さえ漂っている。
「いいじゃないか・・・」
夜着を瞬く間に脱がせ、生まれたままの姿へと誘(いざな)う。
「・・・っ」
指先で、ちょっと乳首を弄っただけなのに、ヨンスは小さな声を上げた。
「・・・今夜は」
「・・・?」
「君の乱れた顔が見たいな」
「!」
ヨンスは「冗談じゃない」とでもいうように、頭を振った。
「嫌よ・・・っ」
「もうっ」
「あなたったら・・・っ」
しかし、ミンチョルは既に動き始めている。
「あっ」
「・・・最近、僕は不満が溜まっているんだ」
「え・・・?」
「・・・君はショーンの母親代わりかもしれないが、それ以前に僕の妻だろう?」
「・・・」
深刻な表情で黙り込む姿を見ていると、ついついもっと甚振りたくなるのは男の性(さが)という奴か・・・?
「は・・・ぅっ」
ヨンスの腰が大きく跳ねた。
右の一番長い指を、まだそれほど滴ってはいない其処へ根元まで挿入したからだ。
「や、やめて・・・っ」
「やめない」
「ちょっ・・・」
頑ななヨンスの上体をグイと起こし、背後から抱きかかえる。
そして足を開かせ、自分の足で固定する。
こうすれば、ヨンスに自由は無い。
「あぁっ」
突然の成り行きと、その恥ずかしい格好にヨンスは声を震わせる。
「ねぇ、ヨンス・・・」
「・・・」
「あそこの壁に、大きな鏡を置こうか?」
「・・・?」
「そうしたら、身支度にも便利だし」
「・・・」
「君のこんな姿もハッキリと映るからね・・・」
「!」
ヨンスは血相を変えて抗った。
しかし、どう足掻いたところで、この拘束から抜け出すことは出来ないのだ。
耳朶から首筋へと舌を這わせながら、ミンチョルの左手は豊満な乳房を、右手はヨンスの最も鋭敏な場所を責め立てた。
花びらをかきわけ、小さな突起を人差し指と中指で軽く挟む。
十本の指を総動員し、懐の妻を高みへと追いやる。
「あ・・・ぁ」
「は・・・ぁ・・・」
「あぁ・・・」
「はぁ・・・んん・・・」
擦り上げるように強い刺激を与えると、ヨンスはやがて全身をピクピクと痙攣させた。
「あっ・・・」
「んんっ」
「はぁ・・・っ」
上体が幾度か弾むようにわななき、白い柔肌がしっとりと湿り気を佩びてくる。
「・・・ん・・・んんっ」
「あっ」
つま先がキュンと反り返り、震え始める。
「・・・っ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・っ」
どうやら昇りつめたようだ。
ガクンガクンと肢体を二度震わせたヨンスは、ミンチョルの胸元に崩れ落ちた。
まあるいふくらみの先端は、硬くピンと尖っている。
心臓が、はちきれんばかりの激しい鼓動をたてているのがよくわかる。
華奢な肩も又、大きく上下している。
「・・・大丈夫かい?」
羞恥に耐える妻を苛めておきながら、「大丈夫かい」とは身勝手な言い分だが、しかしその表情にどこか満ち足りたものを感じる。
これは、やはり夫のエゴなのだろうか?
どちらにしろ、こんな時ヨンスが自分に総てを委ねているのは明らかだ。
信頼し安心しきっている。
それが手に取るようにわかるからこそ、究極の幸せを感じる。
「・・・」
愛おしい妻を仰向けに寝かせ、長い黒髪をゆっくりと梳きながらその上から覆いかぶさる。
「綺麗だよ・・・」
薄っすらと赤みがかった白い裸身は、恐ろしいほどの魅力を湛えている。
まるで、請われているような、いや挑発されているような錯覚に陥ってしまう。
淫猥としか言いようがない。
(まったく・・・)
火照った肢体を抱き寄せながら、ミンチョルは唇を重ねた。
顔立ちこそ端整で、施設育ちには見えなかった。
しかし、第一印象は「美しい」とか「妖艶」といった印象とは程遠い。
身なりは粗末だったし、そもそも売り場のアルバイトである。
化粧っ気のない顔に、真っ直ぐな長い黒髪。
スラリとした手足の長い、肌の白い女の子、といった程度の印象だ。
それが今や、これほどまでに自分を惹きつけ放さない。
(女性というのは、残酷だが)
(不思議な生き物でもある・・・)
柔らかい二つのふくらみに顔を埋めて、目を閉じてみる。
硬く尖ったピンク色の其処を舌先や歯を駆使して繰り返し苛めた後、すっかり濡れ滴った右指先を其処から引き抜き口に含む。
「・・・いい味だ」
繰り返し達したヨンスは、今や息も絶え絶えの状態だ。
白く長い脚を大きく裂かれても、抗う力が残ってない。
「ふっ・・・」
素晴らしい眺めだった。
壮観という他、言葉が見つからない。
思わず笑みが零れてしまう。
其処は、何かを求めビクンビクンと蠢いている。
しかし、まだ、早い。
「・・・可愛いよ・・・」
柔肌を掌で撫でまわしながら、ミンチョルはその中心に唇を押し当て「ちゅーっ」と強く吸った。
「はぁ・・・あ・・なたぁ・・・」
「・・・まだだ」
「・・・お・・・お願い・・・」
羞恥に身悶えながらも無意識に懇願する妻を耐え忍ばせ、甘い蜜を強く啜る。
その都度、細腰が大きく揺れる。
「・・・はぁ・・・」
「・・・はぁ・・・っ」
「はぁ・・・あぁぁぁ・・・っ」
可愛い泣き声に耳を傾けながら、これでもかと秘所を嬲る。
ミンチョルにとっては二度目の、そしてヨンスにとっては幾度目かもわからない絶頂をほぼ同時に迎えたふたりは、明け方ようやく眠りについた。
淫靡な笑みを見られた可能性は否定出来ないだろう。
妻との交わりを思い返しながら自分の指先を動かし、ふと視線を上げたら、ユンジュ主任が室長室のガラス扉の脇に立っていた。
そして彼女は、不思議そうにこちら側を見つめていたからだ。
「・・・っ!」
「室長、何かいいことでもありましたかぁ?」
能天気な表情は言い換えれば率直そのもので、そこに疑念とか嫌悪、好奇といった感情は含まれていないようだ。
誤解をしてくれるのなら、それに越したことはない。
軽く微笑み肯きながら、「忙しいのに、申し訳ない」と言葉を添えつつコーヒーを依頼すると、主任は「はいっ♪」と嬉しそうに飛んでいった。
椅子に深く身を沈め、机上の山積みされた決済書類に目をやる。
「やれやれ・・・」
ペーパーレスを奨励しているはずなのに、近頃どういうわけか書類が多い。
その時、電話が鳴った。
『社長、2番に外線が入っておりますが・・・』
独特の濁声は聞き覚えがある。
確か、同フロアに席を置く新入りの女性契約社員だ。
やや年嵩で太め、お世辞にも美人とはいい難い容姿だったが仕事は出来たはずである。
『・・・ヤン・ギョンヒ様という女性の方です。社長と直接お話したいと仰っておりますが、お繋ぎしても宜しいでしょうか・・・?』
「・・・有難う」
回線の切り替わる音を耳にしながら、ミンチョルは顔を歪めた。
(10)
『ウチは一部屋空いている』
『いつでも泊まりにくればいい』
『お前がショーンの世話をしてくれれば、ヨンスが助かる』
あの時の言葉をソンジェが真に受けたのか、それともヨンスの誘いに魅せられてなのか、はたまたショーンが可愛くて仕方がないのか、その辺りは定かでない。
が、理由はともかく、一緒にランチを共にした週末以降、ソンジェは頻繁にヴィラへ立ち寄るようになった。
『ヨンス、君はソンジェの携帯電話の番号やメールアドレスを知っているね?』
『え?・・・ええ・・・』
『今後はよく連絡を取って、此処にも招くといい』
『・・・?』
『これまでがおかしかったんだよ。僕たちは兄弟なのに、同じソウルに暮らしていて行き来がないなんてあまりに不自然だ』
『・・・!』
『ゲストルームもあるんだ。夜、遅くなったら泊まるよう勧めなさい』
『あなた・・・!』
ヨンスは嬉しそうに肯いた。
『それに』
『・・・?』
『ソンジェがショーンの相手をしてくれれば、君も少しは僕を構ってくれるだろう・・・』
申し訳なさそうに俯く妻の顎を摘み、そっと唇を重ねたのはつい二週間程前のことだ。
勿論、これには意味があった。
ソンジェと近しくしておけば、ヤン・ギョンヒやセナの動向を察知できるかもしれないというビジネス上の下心である。
なにはともあれ、ソンジェは三日に一度来訪し、週に一度は泊まっていく。
ショーンは、最高の遊び相手であるソンジェをすっかり気に入ったようだ。
夜、帰宅すると、広々とした美しい玄関に似つかわしくない大きな薄汚れたスニーカーを目にすることが多くなり、違和感を覚えたミンチョルだったが、やがてそれは感謝の念へと変化していった。
なぜならソンジェの存在が高まるにつれ、ヨンスがショーンに関わる度合いが極端に低下したからだ。
『ソンジェさんがいてくれると、本当に助かるわ・・・』
疲れているヨンスを気遣い、会食があると嘘をついて外食してから帰宅する夜も少なからずあった。
それが最近では、「今夜は、自宅で召し上がる?」と訊いてくれる。
ショーンが登場してから、滅多に耳にしなくなった台詞である。
「何かリクエストはあるかしら?」などと言われると、本当に嬉しくなってしまう。
そして彼女は要望通りに手の込んだ料理を作り、帰宅が夜十時を過ぎても笑顔で待っていてくれるのだ!
『お♪美味そうだな』
『今夜はね、ソンジェさんがショーンをお風呂に入れてくれたのよ』
『ソンジェが?』
『ええ、明日はお休みだって言うから、泊まっていくよう勧めたの』
『・・・ああ、それは良かった』
『ショーンったら一緒に入るって、ゲスト用のバスルームを初めて体験したのよ!』
『下と違って狭いだろうに』
『それが、あの子は気に入ったみたい』
ソンジェが階下にある夫婦のバスルームを使ったとしたら不愉快極まりないが、ゲスト用ならば文句はない。
『・・・それでね、今夜はソンジェさんと寝るって』
『え♪』
思わず、声のトーンが上がる。
『心配でさっき部屋を覗いたのだけれど、二人共ぐっすり寝ちゃっているわ』
ソンジェ様様である。
なんだったら、ずっとゲストルームに滞在してくれて構わない。
ミンチョルの心と身体の均衡は、意外にも弟の出現によりバランスを保つこととなった。
「はぁ・・・ふ」
夕方、ミンチョルは企画室長室で秘かに欠伸をした。
週の真っ只中だというのに、寝たのは明け方の四時近くなのだ。
昼間、仕事に忙殺されながら、夜の長時間に亘る濃密な営みではさすがに睡眠不足を感じる。
妻の寝顔に見惚れ、ささやかな悪戯に熱中しているうちにいつの間にか夜が明けてしまった日も多い。
充実した夫婦生活に身を浸す喜びと、三十路に突入している男の悲哀が入り混じった疲労感を抱えながら、ミンチョルはパソコン画面でスケジュールを確認した。
(権限を)
(もう少しキチャンさんやキュソクさんへ移行するべきだな・・・)
彼に、夜の生活を切り詰めるという発想は毛頭ない。
昨夜、早めに帰宅すると、ショーンはソンジェにまとわりつき駄々をこねていた。
「ソンジェと寝る」と言い張っているのだ。
ヨンスは申し訳なさそうな顔をし、ミンチョルは密かにほくそ笑んだ。
「ソンジェさん、迷惑じゃない・・・?」
「え・・・?ううん、別に」
「でも、夜泣きしたりするでしょう?」
「いや・・・そんなことないよ」
「・・・本当?」
「うん・・・っていうか、僕もショーンも遊び疲れてグッスリ眠り込んじゃうから・・・」
やはり、日中の運動量が断然、違うのだろう。
チマチマとヴィラの室内で動き回っても、近所の小さな公園で遊んだとしても、ヨンスと一緒ではたかが知れている。
それがソンジェが相手だと、行動範囲がグッと広がるのだ。
時には遠くの大きな公園にまで足を伸ばす。
探検と称し、漢江沿いの市民公園まで行ったりもする。
室内でも肩車といった力技から始まり、追いかけっこなど体力勝負の遊びもソンジェはとことん付き合う。
結果、ショーンの身体能力は目に見えてグッと高まり、動作もみるみるうちに機敏になっていった。
「男親って、やっぱり必要ねぇ・・・」としみじみ呟くヨンスの横で、ミンチョルは咳払いをしながら新聞を読むフリをした。
(ショーンの相手をするつもりはない)
(僕の相手は、君だからね・・・)
夕食の後片付けといった家事を翌日に繰り越すことを好まないヨンスが、上階の明かりを消しフンワリと乾いた洗濯物などを手に階下に来るのはミンチョルより三十分以上遅い。
それから入浴し髪を乾かし、ようやく寝室に入ってくる。
彼女がベッドに横たわった瞬間から、その時間が始まった。
「あ、あなたったら・・・」
恥ずかしそうに身をくねらす妻は、本当に初々しい。
まるで、何も知らない生娘のような雰囲気さえ漂っている。
「いいじゃないか・・・」
夜着を瞬く間に脱がせ、生まれたままの姿へと誘(いざな)う。
「・・・っ」
指先で、ちょっと乳首を弄っただけなのに、ヨンスは小さな声を上げた。
「・・・今夜は」
「・・・?」
「君の乱れた顔が見たいな」
「!」
ヨンスは「冗談じゃない」とでもいうように、頭を振った。
「嫌よ・・・っ」
「もうっ」
「あなたったら・・・っ」
しかし、ミンチョルは既に動き始めている。
「あっ」
「・・・最近、僕は不満が溜まっているんだ」
「え・・・?」
「・・・君はショーンの母親代わりかもしれないが、それ以前に僕の妻だろう?」
「・・・」
深刻な表情で黙り込む姿を見ていると、ついついもっと甚振りたくなるのは男の性(さが)という奴か・・・?
「は・・・ぅっ」
ヨンスの腰が大きく跳ねた。
右の一番長い指を、まだそれほど滴ってはいない其処へ根元まで挿入したからだ。
「や、やめて・・・っ」
「やめない」
「ちょっ・・・」
頑ななヨンスの上体をグイと起こし、背後から抱きかかえる。
そして足を開かせ、自分の足で固定する。
こうすれば、ヨンスに自由は無い。
「あぁっ」
突然の成り行きと、その恥ずかしい格好にヨンスは声を震わせる。
「ねぇ、ヨンス・・・」
「・・・」
「あそこの壁に、大きな鏡を置こうか?」
「・・・?」
「そうしたら、身支度にも便利だし」
「・・・」
「君のこんな姿もハッキリと映るからね・・・」
「!」
ヨンスは血相を変えて抗った。
しかし、どう足掻いたところで、この拘束から抜け出すことは出来ないのだ。
耳朶から首筋へと舌を這わせながら、ミンチョルの左手は豊満な乳房を、右手はヨンスの最も鋭敏な場所を責め立てた。
花びらをかきわけ、小さな突起を人差し指と中指で軽く挟む。
十本の指を総動員し、懐の妻を高みへと追いやる。
「あ・・・ぁ」
「は・・・ぁ・・・」
「あぁ・・・」
「はぁ・・・んん・・・」
擦り上げるように強い刺激を与えると、ヨンスはやがて全身をピクピクと痙攣させた。
「あっ・・・」
「んんっ」
「はぁ・・・っ」
上体が幾度か弾むようにわななき、白い柔肌がしっとりと湿り気を佩びてくる。
「・・・ん・・・んんっ」
「あっ」
つま先がキュンと反り返り、震え始める。
「・・・っ」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・っ」
どうやら昇りつめたようだ。
ガクンガクンと肢体を二度震わせたヨンスは、ミンチョルの胸元に崩れ落ちた。
まあるいふくらみの先端は、硬くピンと尖っている。
心臓が、はちきれんばかりの激しい鼓動をたてているのがよくわかる。
華奢な肩も又、大きく上下している。
「・・・大丈夫かい?」
羞恥に耐える妻を苛めておきながら、「大丈夫かい」とは身勝手な言い分だが、しかしその表情にどこか満ち足りたものを感じる。
これは、やはり夫のエゴなのだろうか?
どちらにしろ、こんな時ヨンスが自分に総てを委ねているのは明らかだ。
信頼し安心しきっている。
それが手に取るようにわかるからこそ、究極の幸せを感じる。
「・・・」
愛おしい妻を仰向けに寝かせ、長い黒髪をゆっくりと梳きながらその上から覆いかぶさる。
「綺麗だよ・・・」
薄っすらと赤みがかった白い裸身は、恐ろしいほどの魅力を湛えている。
まるで、請われているような、いや挑発されているような錯覚に陥ってしまう。
淫猥としか言いようがない。
(まったく・・・)
火照った肢体を抱き寄せながら、ミンチョルは唇を重ねた。
顔立ちこそ端整で、施設育ちには見えなかった。
しかし、第一印象は「美しい」とか「妖艶」といった印象とは程遠い。
身なりは粗末だったし、そもそも売り場のアルバイトである。
化粧っ気のない顔に、真っ直ぐな長い黒髪。
スラリとした手足の長い、肌の白い女の子、といった程度の印象だ。
それが今や、これほどまでに自分を惹きつけ放さない。
(女性というのは、残酷だが)
(不思議な生き物でもある・・・)
柔らかい二つのふくらみに顔を埋めて、目を閉じてみる。
硬く尖ったピンク色の其処を舌先や歯を駆使して繰り返し苛めた後、すっかり濡れ滴った右指先を其処から引き抜き口に含む。
「・・・いい味だ」
繰り返し達したヨンスは、今や息も絶え絶えの状態だ。
白く長い脚を大きく裂かれても、抗う力が残ってない。
「ふっ・・・」
素晴らしい眺めだった。
壮観という他、言葉が見つからない。
思わず笑みが零れてしまう。
其処は、何かを求めビクンビクンと蠢いている。
しかし、まだ、早い。
「・・・可愛いよ・・・」
柔肌を掌で撫でまわしながら、ミンチョルはその中心に唇を押し当て「ちゅーっ」と強く吸った。
「はぁ・・・あ・・なたぁ・・・」
「・・・まだだ」
「・・・お・・・お願い・・・」
羞恥に身悶えながらも無意識に懇願する妻を耐え忍ばせ、甘い蜜を強く啜る。
その都度、細腰が大きく揺れる。
「・・・はぁ・・・」
「・・・はぁ・・・っ」
「はぁ・・・あぁぁぁ・・・っ」
可愛い泣き声に耳を傾けながら、これでもかと秘所を嬲る。
ミンチョルにとっては二度目の、そしてヨンスにとっては幾度目かもわからない絶頂をほぼ同時に迎えたふたりは、明け方ようやく眠りについた。
淫靡な笑みを見られた可能性は否定出来ないだろう。
妻との交わりを思い返しながら自分の指先を動かし、ふと視線を上げたら、ユンジュ主任が室長室のガラス扉の脇に立っていた。
そして彼女は、不思議そうにこちら側を見つめていたからだ。
「・・・っ!」
「室長、何かいいことでもありましたかぁ?」
能天気な表情は言い換えれば率直そのもので、そこに疑念とか嫌悪、好奇といった感情は含まれていないようだ。
誤解をしてくれるのなら、それに越したことはない。
軽く微笑み肯きながら、「忙しいのに、申し訳ない」と言葉を添えつつコーヒーを依頼すると、主任は「はいっ♪」と嬉しそうに飛んでいった。
椅子に深く身を沈め、机上の山積みされた決済書類に目をやる。
「やれやれ・・・」
ペーパーレスを奨励しているはずなのに、近頃どういうわけか書類が多い。
その時、電話が鳴った。
『社長、2番に外線が入っておりますが・・・』
独特の濁声は聞き覚えがある。
確か、同フロアに席を置く新入りの女性契約社員だ。
やや年嵩で太め、お世辞にも美人とはいい難い容姿だったが仕事は出来たはずである。
『・・・ヤン・ギョンヒ様という女性の方です。社長と直接お話したいと仰っておりますが、お繋ぎしても宜しいでしょうか・・・?』
「・・・有難う」
回線の切り替わる音を耳にしながら、ミンチョルは顔を歪めた。