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『歌声喫茶』でなぜか『老人問題』をおもう

2005-04-16 12:04:38 | 音楽・美術
街を歩いていたらとある喫茶店の入り口の張り紙が目に止まった。日を決めて午後6時から9時まで『歌声喫茶』に変身するのだそうだ。それで覗いてみることにした。

私の学生時代はもう半世紀も前になるが、その頃歌声喫茶がボチボチ出来かかってきた。しかし私自身あまり出入りした記憶はない。歌う仲間に事欠かなかったので、数人でも集まれば気持ちよく『ハモった』ものだ。若さというのか、何かの会の流れであったのだろうか、仲間と三人で元町の端から端まで歌を歌いながら行進したこともある。名曲喫茶に入るお金も気にしないといけない時代でもあった。

歌声喫茶になじみの深いのは、私より少し下がった世代だと思うが、この『歌声喫茶』でそれを思い知らされたのである。一人の男性がリクエストした「花とおじさん」という曲は、少々歌を知っているつもりの私がこれまで聞いたことのないものだった。

♪小さな花に 口づけしたら
 小さな声で 僕に言ったよ
 おじさん あなたは 優しい人ね
 私を摘んで つれてって
 私はあなたの お部屋の中で 
 一杯咲いて 慰めてあげる
 どうせ短い 私の命 
 おじさん見てて 終わるまで♪

その男性に聞くと浜口庫之助の作詞作曲だとのこと。『援助交際』の到来を予言したかのような歌詞に違和感を感じたのは、私に潜む『いやらしさ』のなせる技か。いずれにしてもロシア民謡を主体に「若者よ」や「国際学生連盟の歌」などを歌った世代からみると、軟弱に流れてしまったように思った。

リーダーがへんに遊ぶのも馴染めなかった。

♪幸せなら手をたたこ・・

の歌詞で「手をたたこ」の部分を突然指さされた人が、たとえば「鼻ならそ」というように作り直して歌うのである。幼稚園の子でもあるまいし、還暦を過ぎた男が何故こんな真似をさせられるのか、と空しくなった。だから指さされた私ではない別の男性の一言「幸せじゃないからなぁ」で、リーダーの戸惑ったのがちょっとよかった。つむじ曲がりが私一人ではなかったようである。

終わり頃になって参加者全員が立ち上がり、隣同士互いに手を繋いで輪を作り歌うことになった。ところが私の手が素直に伸びないのである。女性なら何の抵抗もなしに手を繋いだであろうに、両隣が男性。なんだか抵抗があるのだ。でも考えてみたら抵抗があるのは当然のこと、握手は別として、成人男性と手を握りあったことなんて記憶にないのである。『背徳の儀式』に強制的に引きずり込まれる心地がした。

93歳で他界した私の母を亡くなる2年前に『デイサービス』に、どちらかと言えば無理強いするような形で参加させたことがある。帰ってきてどうもご機嫌がよくない。付き添いで行った妻に様子を聞いてみると、なにかお遊戯のようなことをさせられたり、風船をついたり、要するに幼児扱いをされたことで自尊心の高い母の心が傷ついたのでは、とのことであった。事実、たった一度『デイサービス』に行ったことが引き金になって、母の体調が釣瓶落としに衰えてしまった。

隣同士で手を握らされて思い出したのはその母のことである。お遊戯めいたことをさせられて、はやばやと老人ホームに彷徨い込んだようなやるせない心地になった。リーダーは参加者に連帯感を持って貰って、と云うことなのだろうが、私は連帯感を求めて出かけたのでも何でもなく、ただ歌うことを楽しみたかっただけなのである。「また会う日まで」と歌わされたが、私は遠慮させていただき今度会うのなら天国で、と思いながら会場を後にした。
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歌声喫茶 (assooの日記)
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