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雅子妃て皇后に相応しいお方?

2011-09-29 22:25:43 | Weblog
今日の朝刊に「週刊文春」と「週刊新潮」の広告が並んでいて、それぞれが雅子妃のことを大きく打ち出していた。「週刊文春」は『雅子さま愛子さまに宮内記者が「税金泥棒」「異様な親子」』とあり、「週刊新潮」には『「学習院」を打ちのめした「雅子妃」の月曜日事件」』とどうも過激である。国民の敬愛の対象であるべき皇室としては、宮内記者によるひどい叩かれようで、少なくとも雅子妃は宮内記者を完全に敵に回したようである。何がどうだったのか、好奇心はむずむずするが、まだ店頭で立ち読みするまでは体力が回復していないので、記事の中身は分からない。分からないままに、これまで私の考えてきたことを含めて、皇室のあり方というか行く末について少し触れることにする。

皇室に入る女性に最も期待されることは『皇統に属する嫡出の男系男子の皇族』の出産である。これが現在皇室典範に定められる皇位継承者の資格であるからだ。その意味では現時点で雅子妃は皇太子妃としては失格である。現在進行中のNHK大河ドラマでは、やがて二代将軍となる徳川秀忠の正室お江の方に生まれるのが女子ばかり。もう四五人は生まれたが、まだ男子に恵まれない。秀忠の乳母大姥局には「男子を男子を」とプレッシャのかけられ続け、やがて三代将軍となる家光を産むことになっている。側室制度が確立していた時代にも正室の嫡子の重みはあったのである。そのプレッシャに相当するのが雅子妃にとって皇室典範であった、と私は思うのであるが、雅子妃が実際にどう受け取られたのかは知るよしがない。というのもまともに考えれば皇室典範の『皇統に属する嫡出の男系男子の皇族』を皇位継承者とする取り決めは、きわめて身勝手なものだからである。男子が産まれるのか女子が産まれるのか、それはまさに自然の摂理である。嫡系男子にこだわる限り、嫡系男子が産まれなければお家断絶となる。だからこそ男系社会の皇室や武家では昔から賢明にも側室制度を設けて、非嫡出男系男子の皇位継承をも可能にしていた。この辺の事情を以前に女帝か後宮制度かで述べているので、関心をお持ちの方はどうかお目通し頂きたい。

雅子妃に嫡系男子がお生まれにならない。私は後宮制度を復活させるのも伝統を甦らせる意味において賛成(現実的には天皇家のみ)であるが、今のご時世では同調者はほとんど居ないであろう。となると皇太子が嫡系男子を儲けるまで離婚・結婚を繰り返すのが次の選択肢として考えられるが、そこに至るまでに秋篠宮殿下に平成18年9月6日に皇室としては41年目に男子として悠仁親王がが誕生、皇位継承者を得たことから皇統についての論議が沈静化してしまった。しかし問題の本質が解決しているわけではないので、それこそ時間をかけて皇室典範の改正案を作製していくべきである。

嫡系男子をお産みになれなかったことと、世間が取り沙汰するゴッシップめいた雅子妃のお振る舞いに何か関係があるのかどうか、それは私には分からない。しかしさらに分からないのが「お病気」のことである。「お病気」の実態がどうなのか、またその発症の経緯がどうなのか、宮内庁からある程度は国民に情報がもたらされているのであろうが、私自身はほとんど知らないと言わざるを得ない。それは国民のほとんどについてもそうなのではなかろうか。その「お病気」が関係しているのかどうか、それも私には分からないが、一つはっきりとしていることは皇室の公務というか公の行事に、雅子妃のお姿を見ることがかなり以前から少なくなっていて、その意味でも雅子妃は皇太子妃としては失格だなと思っていた。このような状態を何時までもダラダラ続けているのは、国民の心が外れていくばかりであろう。この思いがあってこそ皇太子さま どうか親孝行をを認めたとも言える。

雅子妃が皇后に相応しいお方なのかどうか、私の今の心情では否定的である。ただ実情については小沢一郎問題よりも不透明で、現状では宮内庁の国民に対する情報開示がほとんど無きに等しいと言わざるを得ない。まずは情報開示に対する現状の打破を期待したいところである。

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