SakuraとRenのイギリスライフ

美味しいものとお散歩が大好きな二人ののんびりな日常 in イギリス

Barbara Vis, Politics of Risk-taking (Amsterdam University Press, 2010)

2014年07月09日 | 
このところ本の紹介ばかりになっていてこのブログの趣旨に沿わないような気もしないでもないのですが、今日も本の紹介をしたいと思います。
今日取り上げるのは、Barbara Vis, Politics of Risk-taking: Welfare State Reform in Advanced Democracies (Amsterdam University Press, 2010)です。



本書は、福祉国家改革の政治を「Politics of Risk-taking」ととらえ、それがいつ、どのような条件で行われるかを解明しようとする研究です。
福祉国家改革、特に福祉給付の削減を含むような政策は選挙民に人気が悪く、そういう政策を行った政権は選挙で選挙民に処罰されるリスクがあります。
でも、そうであるにもかかわらず、そのような不人気な政策はいくつもの国で行われている。
しかも、同じ国であっても、不人気な政策を行う政権もあればそれを行わない政権もある。

それを説明するための理論として著者が着目するのがProspect Theoryです。
Prospect Theoryは、KahnemanさんとTverskyさんによって1970年代の終わり頃に実験により構築された心理学理論で、その中心的な主張は「人間は何かを失う局面においてはリスク回避的に行動し、何かを得る局面においてはリスク受容的に行動する」というもの。
福祉国家の改革をリスクの受容(Risk-taking)ととらえ、著者はそれは政府及び選挙民が何かを失っている(事態が悪化している)と認識しているときのみにおいて行われると主張します。

具体的な本書の仮説は以下です。
福祉国家を改革する不人気な政策は、社会経済的状況が悪化している状況下においてのみなされる。ただし、上記条件は(1)政権の安定度が悪化している、または(2)右派政権である、のいずれかと組み合わさることが必要である。

ポイントは、社会経済的状況が「悪い」ではなく「悪化している」というところ。
たとえば、失業率が二桁もあったりするような経済状況はとても悪いんだけど、状況が改善しつつある中での二桁たったりすると、人は「事態が悪化している」とは認識しない。
また、いずれかが組み合わさる必要がある(1)はその政権が選挙民に不人気な政策を行うというリスクを取ろうと思うかどうかに関係し、(2)は右派政権はもともと福祉改革を行いたいというイデオロギーを持っているということに関係しています。

この仮説を著者はfuzzy-set analysisなる(僕が)初めて聞く手法を用いて確かめていきます。
Prospect Theoryに基づく理論と並んで、Fuzzy-set analysisによる実証をしているところがおそらく本書の新しいところ。
僕はこの手法を本書で初めて聞いたので詳しくはよく分からないのだけど、生のデータをそのまま使うのではなくて、データを研究者が評価してそれに0.00~1.00のdiscreteな値(たとえば、ある数字X以下だったら値0.00、ある数字Xからある数字Y(X<Y)までは値0.17、…)を付与した上で、その値を使って統計分析するような手法のようです。
これによって、定量的分析と定性的分析の両方の利点を活かすことができる、と著者は主張しています。
(値を付与する作業が恣意的になっちゃうんじゃないかという批判はあり得るところだと思いますが、もちろん著者はその値を付与した根拠を様々提示しています。)

著者がここで分析の対象としているのはイギリス、オランダ、ドイツ、デンマークの4か国(25内閣)のみで、他の国でこの理論が成り立つかどうかは分かりません。
ただ、野田政権においての消費税増税法案の成立(2012年。これは「不人気な政策」だったと思う。)をこれに当てはめてみると、確かに経済的状況は悪化していたような気がするし、政権も不安定だった。
でも、よく考えてみたら、その前の菅政権も経済的状況は悪化していたし政権も不安定だったのに、「不人気な政策」は実現できていないような気がする。(菅政権から消費増税に動き出したと評価することはできるかもしれない。でも、やっぱり野田政権がなぜできて、菅政権はなぜできなかったのかという問いは解消しないと思う。)
他の国で仮説が成立するかどうかは今後の課題と著者はしていますが、今後の研究が待たれるところです。


理論、実証分析ともに僕にとってはとても斬新で、読んでいてとてもわくわくする本でした。
カードゲームをしている人たちを描いた表紙のデザインも秀逸だと思います。(本棚に本を飾るのが好きなRen的には背表紙もきれいだったのが嬉しい。)
本書は著者がアムステルダム大学に提出した博士論文が元になっているとのこと。
僕もこういうイノベーティブな研究ができればいいのに、と思いながら、、、まずは修士論文に頑張って取り組もう。

(投稿者:Ren)