ラピス・ペイン

いわゆる愛着障害、アダルトチルドレンと言われる人間の過去と現在と自己分析

『そういうもの。』

2016-07-05 14:54:48 | 詩?つぶやき?
世の中は理不尽と不公平で出来ている。

けれどそれを嘆いたり、ふて腐れたり、恨んでばかりいる事には何の意味もない。

そういうものだと受け入れ、凛として、自分の良心に従って生きれば良い。

ただ、
それ以外にない。

一人暮らし-8

2016-07-05 12:22:01 | 日記
今となっては、自分が元々どんな性格を持って産まれたのか知る由もない。
もちろん、全く無くなってしまった訳ではないのだろうけれど。

過去を振り返って考えてみても、環境はそれ程悪くない。
ただ、たまたまあたしの所でアンラッキーが重なってしまっただけだった。
お母さんにしても、ばあちゃんにしても、あたしを傷つけようとした訳ではなく悪気はなかった。

頭では十分理解できた。
けれど自分に残った心の影響を何とかするのは、また別問題らしい。

強い自己否定、人との距離感が掴めない事、自分の不在、自己評価が低い事、相手にとっての正解ばかりを気にして対応をしてしまう事、子供の頃の経験を過去にできない事。

これまでの知識と経験で、仕事ではある程度対応できるようになって来たけれど、プライベートでは全くと言っていいほど他人に対応できない。

いま分かっている事は、どうやら自分と同じように、子供の頃の傷を抱えたまま生きている人とは仲良くなりやすい。という事。

きっと合う人が見つかれば、あたしにも結婚したり子供をもったり。そんなチャンスも巡ってくるかも知れない。

これからは過去に縛られず、前だけを向いて自分の人生を歩いて行きたい。
人と関わる勇気を持って、これからの自分を変えていきたい。

一人暮らし-7

2016-07-04 13:01:40 | 日記
我慢して我慢して、自分を押し殺すしかない環境で育ってしまったアダルトチルドレンは、いつでも自分が『お留守』だ。

空気を読んで周りに合わせながら、他人の言動とこれまでの経験から、たくさんのデータを取り、一般的な価値感を頭で理解していく。

会社ではこれまでに勉強した一般的な価値感や、周りの人達の立場や性格など、広く浅く判断する為のたくさんのデータを得やすいので、自分の対応を決めやすい。

けれど、一対一のプライベートになると相手に合わせるしかない。
これまでに勉強した一般的な価値感も正解ではなくなってしまう。

データが少ない為、ちょっとした仕草やちょっとした表情の変化、言葉尻や声のトーン、言葉の裏側にまで神経を集中し、相手にとって何が正解なのかを探りながら対応していく事になる。
自分も疲れるし相手も気分が悪いだろう。
他人と仲良くなれる訳がない。

あたしは毎日そんな風に生きている。

一人暮らし-6

2016-07-03 14:35:55 | 日記
ばあちゃんに夕飯を作る事を強要され、ばあちゃんが怖くて仕方なく従っていた事が虐待のような影を落とし、学校でのイジメも加わって、安心できる居場所のない不安だらけの子供になってしまった。

その不安と弱さを隠そうと、強がってまたイジメの対象になったり、家では時々爆発するように怒って家族を困らせたり。

我慢して我慢して我慢しきれなくて爆発しても、誰もそれに付き合ってはくれなかった。
収まるまで放ったらかし。
ベッドで一人、怒りと寂しさで心をグチャグチャにさせながら泣いていても、聞こえてくる家族の笑い声。
あたしの涙も怒りもずっとは続かない。
そのうち収まる。
モヤモヤと虚しさだけが残る。

小さい頃はこんな事を繰り返して来たように思う。

もしも、あたしが愛情をたっぷりもらって育っていたら、いったいどんな性格の人間になっていたんだろう。
自分の意思を持ち、自信を持って他人と関われたのだろうか。
友達もいっぱいできただろうか。
結婚してたかな。
子供もいたのかな。

一人暮らし-5

2016-07-02 09:45:27 | 日記
大きな思い違いをしていたけれど、きっと、お母さんはお母さんなりに一生懸命あたし達を育ててくれた。
良かれと思ってスキンシップを控え、子供の可愛がり方を知らなかった為に、子供が感じられる愛情も薄かった。

甘え上手でよく熱を出す姉と、男の子で手掛かり、子供の頃に大病をした弟に挟まれたあたしは、甘え下手で体が丈夫だった事が災いし、極端にスキンシップと関心の少ない環境で育てられたようだった。
さらに大人達の不仲もあり、家の中でその存在が完全に埋もれてしまっていた。

家族があたしの存在を認識していなかったんだと気づいたのは、大人になってから。

大人になって、言葉で不満を表現できるようになったあたしは、ばあちゃんに夕飯を作る事を強要され、小学5.6年の頃から中学卒業まで、4〜5年も夕飯を作っていたんだ。と、グチグチ家族に話すようになった。

お母さんはばあちゃんに強要されていた事は知らず、『まぁ。よく手伝うなぁ。』と思っていたと、他人事のような言い方で当時を振り返える。

でもね。こんな事があったの憶えてる?
あたしが中学生の頃、夕飯に取り掛かるのが遅くなってお母さんが帰って来てしまった日の事。
お母さんは帰って来るなりあたしの顔を見て『なに⁈ 夕飯作っといてくれなかったの⁈ あぁーーもぅ‼︎ 』って、不満そうに言ったんだよ。
当たり前になってたんでしょ。

他、お父さんお姉ちゃん弟に至っては、あたしが夕飯を作っていた事は全く記憶にないらしい。

誰も何とも思ってなかったんだね。