ラピス・ペイン

いわゆる愛着障害、アダルトチルドレンと言われる人間の過去と現在と自己分析

教師-5

2016-09-23 07:30:35 | 日記
2年くらい前、地元のコンビニでアルバイトをしていた時に先生に会った。
足を悪くしたようで、杖をついて入って来た先生。
とても穏やかで物静かな雰囲気で心が安定しているように感じた。

先生はあたしがレジをしている所でお会計を済ませたけれど、声は掛けなかった。

十数年ぶり。何百人も生徒を見てきた中で、あたしのような地味な人間は記憶には残らない。
今まで何人かの先生に声を掛けてみたけれど、覚えていてくれた先生は一人だけ。
自分も傷つくし、先生も迷惑だろうから声は掛けない事にしている。

でも、本当は謝りたかった。ありがとうも言いたかった。

先生の痛みを理解できずに軽蔑してごめんなさい。
先生に教えてもらった事、今も自分の中で活きていますありがとう。

先生があたしに気付いたかは分からないけれど、何ともにこやかで温かい眼差しを向けてもらったような気がした。

先生ありがとう。
先生の偉大さに気付ける人間になれました。

教師-4

2016-09-22 08:07:39 | 日記
それから更に数年が経ち、テレビ番組で『国語教師が選ぶ教材にしたい物語ランキング』と言う企画で、高瀬舟が一位に選ばれていた。
あたしは嬉しくなったけれど、その理由を聞いて愕然とした。
それは『安楽死』を理解する上で適切な教材、と言う理由だったのだ。

いや違う。
先生が当時教科書に載っていない高瀬舟のプリントを用意して、じっくり時間を掛けてまで生徒に伝えたかった事は『足るを知る』と言う事。
自分にとっての満足とは何か、身近にある小さな幸せに気付ける人になって欲しいと、あの授業をしてくれたと理解している。

たくさん失って、たくさん苦しんで、たくさん自分自信に失望したであろう先生が、伝えたかったシンプルで大切なメッセージ。
今もあたしの中で活きています。

教師-3

2016-09-21 07:43:53 | 日記
それから数年が経ち、20代半ばで自分の知らない自分を発見するほど苦しい経験をした。
精神的に追い詰められ、逃げ場のない八方塞がりの状態が半年続いた結果、あたしは心臓を病み自律神経失調症になった。
その時、最初に頭に浮かんだのが先生の事。
『あぁ。先生はこんな苦しみの中、頑張って生きていたんだなぁ。』と思った。

あたしは愚かだった。
人の痛みを知らず、自分の理解を超える事柄は全て排除してしまうような人間だった。
心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
頭の硬い真面目な真面目な人間の精神が崩壊し、不完全ながらもそこから必死で這い上がって教壇に立っていた先生は、いったいどれ程の苦しみを抱えていたんだろう。
ようやく先生の強さを理解できた。

教師-2

2016-09-20 07:36:25 | 日記
そんな先生が国語の教科書には載っていない授業をしてくれた。

それは『高瀬舟』
森鴎外の代表作の一つだ。

真面目な主人公の男は幼くして両親を亡くし、病気の弟と二人暮らし。
働けど働けどお金が右から左へ流れて行ってしまうような生活の中、弟がこれ以上兄に負担を掛けたくないと自殺を試みるが失敗し、死に損なった弟を見つけた兄は弟の懇願に負けてノドに突き刺さったままの剃刀を抜き、弟は息絶える。

その後、罪人として高瀬舟に乗り島流しにされる途中、兄はこれまでの苦しい生活に比べ、お上にお金までもらって自分の居場所を作ってもらえる事に感謝していた。
この時、罪人の兄と役人の船頭との間で交わされた会話が『高瀬舟』という物語だ。

この物語の授業を受けて少しだけ先生を見直した。

教師

2016-09-19 21:42:51 | 日記
忘れられない先生がいる。
それは高校の国語の先生。

小柄で痩せっぽっちのおじさん。
猫背のまま体を反らせたような姿勢。
ハゲた頭に瓶底メガネ。
目はうつろで呂律の回らない話し方。
授業中にフラフラと黒板の前を右へ左へ歩きながら急に大声を出す。何度も。
怒っている訳ではなく抑揚をつけ過ぎたような変な話し方。

まるで酔っ払いか障害者のようで大嫌いだった。

先生は授業中に『頭のネジが1本どころか4~5本ブッ飛んだ。』と、自分が精神を病んでいる事を呂律の回らない口調で大声で話していた。
それまでは、すごく頭の硬い真面目な人間だったと。
休みの日には精神疾患のある子供達と触れ合うボランティアをしていたり、尊敬すべき所はたくさんあったはずなのに、当時の自分には先生の苦しみを理解できず、強い嫌悪感を抱いていた。