いくらおにぎりブログ

邦画中心の映画感想ブログです。ネタバレがありますのでお気をつけ下さい。

【映画】それから

2007-03-09 | 邦画 さ行

【「それから」森田芳光 1985】を観直しました。



おはなし
長井代助(松田優作)は帝大を卒業した後も、仕事をせずに思索にふける高等遊民です。実家が金持ちのために仕事をする必要はないのです。ある日、大学時代の友人、平岡(小林薫)が仕事を失敗して大阪から戻ってきました。平岡の妻、三千代(藤谷美和子)を見た代助の心はうずきます。かつて、二人は恋仲だったのです。やがて、代助の三千代の心にはかつての愛が戻ってきました。代助は、意を決して平岡に、三千代さんをくれと頼むのですが……

夏目漱石の前期三部作の一編です。個人的には、夏目漱石の小説でも大好きな部類に入ります。主人公は長井代助という高等遊民。つまり高等教育を受けたにも関わらず、仕事をしない人のことです。今の言葉で言えばニートですね。しかし、この長井代助は、ニートと言っても唯のニートではありません。なにしろ帝大(東京大学)を出て、実家はしょっちゅう園遊会を開いているようなお金持ちですから。言って見ればキング・オブ・ニートなのです。

いつものように、ゆっくり朝寝坊を楽しんだ代助が起きると、書生の門野が一通の手紙を差し出しました。それは友人平岡からの手紙でした。後を追うようにやってきた平岡は、銀行を辞めたことを話し出します。部下の使い込みの責任を取って辞めざるを得なかったようです。平岡は代助に、君も良い身分だねとひとくさり嫌味を言います。しかし代助は「無論食ふに困る様になれば、何時でも降参するさ。然し今日に不自由のないものが、何を苦しんで劣等な経験を嘗めるものか。印度人が外套を着て、冬の来た時の用心をすると同じ事だもの」とまったくこたえた様子もありません。

さて代助は、見合いを勧められています。相手の家は金持ちですから、代助の父(笠智衆)も兄(中村嘉葎雄)も大乗り気です。まあ、資本主義社会は、金持ちは金持ちと結婚して、もっと金持ちになるというのが鉄則みたいなものですから、仕方ありません。しかし、代助はどうしても今の安楽な生活を捨てたくありません。妻をもらい、実社会に出て行くことが、どうしても堕落としか思えないのです。そのため、のらくらと返事を先延ばしにする毎日です。

ある日、代助は平岡のもとを訪れました。妻の三千代とも久しぶりの再会です。三千代の容色は衰えるどころか、むしろ寂しそうな憂いを含んで、より増しているようです。すっかりときめいてしまう代助でした。その後、三千代が代助の元に借金の申し込みにやってきました。平岡は、部下の使い込みだけではなく、自らも銀行の金を自由にして、芸者遊びに500円もの借金をこさえていたというのです。早速、安請け合いをする代助。しかし、月々の生活費をお兄さんから貰っている代助に、そんな金があるわけもありません。

お兄さんの所に行った代助は「金を借りようと思うんです」と言い出しました。「誰から」「あなたから借りようと思うんです」
まあ、そんな口の聞き方で金が借りられるわけもなく、さらに平岡の仕事の世話もあっさり断られてしまった代助はピンチです。結局、兄嫁の梅子(草笛光子)に説教されながらも、どうにか200円を借りることができましたけど、かなり甘ちゃんではあります。

喜び勇んで、三千代に金を渡しに行く代助。三千代は「ありがとう、平岡が喜びますわ」と言い、平岡がいかに冷たいかを力説します。いったん生まれた幼子を亡くしてから、やはり二人の仲はうまくいっていないようです。三千代への同情も相まって、ますますヒートアップしていく代助です。

三千代が代助の所にやってきました。借金の礼と、その金を生活のために使ってしまった詫びを言いに来たのです。三千代は百合の花を持っています。それは、二人がまだ若い頃の思い出の花でした。代助の脳裏に楽しかった思い出が蘇ります。息を切らせてやってきた三千代は一杯の水を所望します。しかし、そこには代助の飲みかけのコップがあるばかり。ちゅうちょ無く手を伸ばす三千代に、代助は慌ててコップの水を投げ捨て、慌てて水を取りに行きました。ところが、戻ってみると三千代は花の生けてあった水を飲んでいるではありませんか。なんでそんな水を、と言う代助に、「毒じゃないでしょ」という三千代。「いい香りね」という無邪気さに代助のハートは完全に撃ち抜かれてしまいました。ここは,原作でも屈指の名シーンですが、とても奇麗に映像化されています。

代助はお見合いをすることになりました。ところが、相手の娘(美保純)は、ほとんど口をきかず、ちょっとタリない感じです。しかし、お兄さんは「そう選り好みをするほど女房に重きを置くと、元禄時代の色男のようでおかしいじゃないか」と笑い飛ばしてしまう始末。ともあれ、結婚しろよなというプレッシャーがひしひしと家族から伝わってくるのです。

とりあえず、用が無くても無理やり用を作って、三千代のところに足しげく通う代助。そんな代助に三千代も、
「何だってまた、奥さんをお貰いにならないの」と核心を突いたような発言をします。二人の間に沈黙が広がります。沈黙です。沈黙。風鈴がリリンと鳴りました。代助(というか松田優作)が、グワっと三千代(というか藤谷美和子)を見ます。見つめ合う二人。沈黙が続きます。その沈黙の重さに耐えかねたように代助は、コップのラムネを一口飲みました。三千代は、瓶ごとラムネをコクコクと飲みます。吐く息が、瓶に反響します。そして一言、「さみしくっていけないから、また来てちょうだい」とそっとつぶやくのでした。ちなみに原作だと「淋しくつて不可ないから、又来て頂戴」になります。

この期に及んで、思いきりの悪い代助もようやく腹を決めたようです(原作ではなかなか腹を決めませんが)。兄嫁に「姉さん、私には好いた女があるんです」と宣言しました。というか、誰かに宣言して退路を断たないと、動けないのが代助なんです。

雨の中、店に出かけてたくさんの白百合を買い込んだ代助は書生に命じて、三千代を呼びにやりました。よく分からないまま駆けつけた三千代は。「何か急な御用なの」と言います。「まあ、ゆっくり話しましょう」という代助。原作では、この後に「三千代の顔は返事を延ばされる度に悪くなった。」とありますから、まったく代助も愚図です。あれこれ言いながら、ようやく「僕の存在にはあなたが必要だ。どうしても必要だ」と言う代助。「四年前に打ち明けるべきでした」という代助に「残酷だわ」と答える三千代。「堪忍して下さい。その代わり、僕はそれだけの罰を受けています」と言った代助は、自分が結婚できないのは、三千代から復讐を受けているからだと言い出しました。ちょっと身勝手です。「復讐」とつぶやく三千代。あくまで、代助のことを考えて、考えて、自分を抑えている三千代に代助は「僕は生涯黙っていた方が、あなたには幸せだったんですか」と追い討ちをかけます。「私だって、あなたがそう言ってくださらなければ、生きていけなくなったかもしれませんわ」と消え入るような声で答える三千代。もう、この段階で"三千代さんをいじめるな"と思ってしまいます。「承知して下さい、承知して下さるでしょ」と哀願する代助に、三千代は静かに、しかし力強く「仕様がない、覚悟を極めませう」と答えるのでした。ちなみに原作では、この後、「代助は背中から水を被った様に顫(ふる)へた」とあります。やっぱり、重大局面では男より女性の方が、強いみたいですね。

早速、三千代は夫の平岡に代助とのことを切り出しました。今まで芸者遊びにうつつを抜かし、家に金を入れもしなかったくせに、平岡は怒り出します。代助は半人前の男だ、お前に責任なんて取れやしない。と言うのです。僕も同感です。しかし、三千代は「そんなもの、何も欲しくありゃしません」「放っておいたって、長く生きられる体じゃないんだもの、死ぬつもりで覚悟を決めています」と言いきるのでした。

愚図の代助も、ようやく平岡に手紙を書いて会うことにしました。平岡曰く、三千代は倒れてしまったそうです。愕然とする代助。平岡は三千代にとって良い夫では無いかも知れませんが、少なくとも代助に何か悪いことをしたことはありません。三千代だって、代助が「義侠心」で平岡に紹介したのです。「君の友情に泣いた」という平岡も、やっぱり代助の犠牲者なんでしょう。そんな平岡に代助は「三千代さんをくれないか」と言います。怒りに震えながら「やる」という平岡。そして、代助の胸ぐらを掴み「くれてやるが、今はやれない」と言いました。「寝ている病人を君にやるのは嫌だ」と言うのです。病気が治るまで僕が看病する。もちろん、君とは今日限り絶交だ。僕の不在中も家に来てもらったら困る、という平岡に「承知した」と答える代助。「どうも、運命だから仕方がないが」とうめく平岡。そりゃそうです。妻と友人を一度に失ったんですから。代助は、さらに、もし三千代さんが危なくなったら一目だけでも会わせてくれと言い出します。今さっき、絶交を承知したばかりなんですけどね。「それはまあ、その時の場合にしよう」と答える平岡。まあ、当然です。するといきなりキレた代助は「三千代さんの死骸だけを僕に見せるつもりだな。それはひどい、ひどい」と詰め寄ります。「そんなことがあるもんか」と静かに答える平岡。原作では「平岡は代助の眼のうちに狂へる恐ろしい光を見出した」とありますから、よっぽどイカレテますね、代助は。

代助はお父さんのところに話をしにいきました。しかし、愚図ですから、自分から三千代のことを言い出せません。しかし、すでに平岡から、全てを書いた手紙がお父さんとお兄さんのところに来ていたのです。お兄さんから、「お前は馬鹿だ、愚図だ。勝手にしたらいい、お前の世話もこれまでだ」と怒鳴られ、お父さんにも「出て行け」と言い渡されました。黙って頭を下げて出て行く代助。兄嫁は泣いています。

風に吹かれながら、黙々と歩いていく代助。と、ここで映画は終わります。ところが原作では、三千代会いたさに平岡の家の周りをうろついたり、「門野さん、僕は一寸職業を探して来る」と言うや否や、表に飛び出し「焦げる焦げる」とブツブツ言い、「ああ動く。世の中が動く」と周りの人に聞こえるように言ってみたりと、かなり痛い状況になっています。最後の最後は、
「代助は自分の頭が焼け尽きる迄電車に乗って行かうと決心した」で終わります。もう、とっくに焼け尽きてしまっているような気もしますが。

演出は森田監督らしく才気走ったもの。模倣犯では、それが完全に裏目に出て、中居くんの首がロケットになって飛んでいってしまうと言う、まさに頭が焼け尽きた状態でしたが、この映画ではそれなりにいい感じです。抑えたタッチで描かれる明治時代は「春の雪」などに比べても、遜色のないもの。もっとも、代助の心象風景を象徴するための電車のシーンでは、乗客がいきなり花火を始めたり、オープンカー状態の電車から、ソフト帽を被った男たちが月を眺めていたりと、大丈夫?という感じの部分もありました。なにかしら変わったことをやりたいんでしょうが、それが見事に外れているのが森田監督らしくてステキです。

また、松田優作や小林薫のエロキューションもどこかヘン。妙に平板な、ロボットのような喋り方をしています。もちろん、小林薫などが普通の芝居をできない筈は無いので、演出だと思いますが、意図がさっぱり分かりません。

三千代役の藤谷美和子は素晴らしいの一言。だいたい、原作の「それから」も、三千代という魅力的なヒロインがいるからこそ成り立っている部分があり、誰に演じさせても不満が残ると思っていたのですが、藤谷美和子がそれを上手に演じていました。ささやくような声。カゲロウのような存在感。そこから、徐々に立ち上がってくる秘めた情熱。その上に、全てを包み込む包容力。どこをとっても完璧です。
夏目漱石の「それから」は三千代のためにある小説ですし、森田芳光の「それから」は、まさに藤谷美和子のためにある映画だと言っても過言ではありません。そう考えると、藤谷美和子が「紀宮さまは私の妹」と皇居に乗りつけてしまうプッツンさんになってしまったのは、とても残念です。うまくいけば、日本映画の屈指の大女優になることだって、できたかも知れないのに。

この映画に出てくる代助は、高等遊民の典型です。作家の内田魯庵は「文明国には必ず智識ある高等遊民あり」という文章で、高等遊民を持ち上げていますが、よく読むと「どうせ遊民が一定数いるのなら、下等な遊民より高等遊民の方がマシだろ。それに遊民の発生を恐れて、高等教育に手を抜いたらいかんよ」と言っています。きっとニートの問題も同じことなんでしょうね。大学を出てニートに成る人が増えたら困るし、だったら職業教育を盛んにすれば良い、という問題では無いのでしょう。一定数のニートを許容できる社会、大学を出て2~3年間遊んだって、就職ができる社会というのが必要なんじゃないかと思います。
もちろん、代助のような人間は困りモノですが。

ちなみに、この映画の公開時、舞台挨拶で藤谷美和子を見たのは、僕のひそかな自慢です。ここに書いたら、もう「ひそか」じゃありませんけど。









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松田優作も・・・ (淳ちゃん)
2007-03-09 21:01:44
お久しぶりです。フラッシュ号のところに書こうかと思ったら、なんと一緒に見に行った映画でしたね。確かに生藤谷美和子を見ました。映画館へ言ったのは覚えていますが舞台挨拶も見たんでしたね。ついでに生松田優作と生(しつこい)森田芳光も見ましたね?松田優作のオーラがすごかったのを思い出しました。また昔話をしてしまい申し訳ありません。
そうだったかあ、、悔しい (いくらおにぎり)
2007-03-09 23:02:24
淳ちゃんさん、こんにちは

そうか、松田優作もいましたっけ。まあ森田監督はどうでもいいけど、松田優作のことをすっかり忘れ果てているのが悔しい。一般的には藤谷美和子を見たぜ、と言うより、松田優作を見たぜ、って言うほうが自慢できるのにね。
でも、昔は本当によく一緒に映画を観に行きましたよね。
それから、それから (あず)
2007-03-11 22:17:55
この映画は飛行機の事故で亡くなった向田邦子が
松田優作と桃井かおり主演で映画化を考えてて
二人と会う約束をしてた。
向田はその前に何故だかわかりませんが台湾に行き
事故にあってしまい、幻の企画になったという話を
聞きました。桃井三千代はどんなんだったのか
今となっては全て幻ですが、見てみたかったです。
藤谷美和子はいい女優ですよね、もったいない。
カルビーのコマーシャルからのファンでしたのに。
それはビックリ (いくらおにぎり)
2007-03-12 10:05:52
あずさん、こんにちは

向田邦子の話、知りませんでした。ビックリです。良いことを教えていただいてありがとうございます。
でも、桃井かおりはどうかなあ?病弱というよりむしろ気だるくなっちゃいそうな。

藤谷美和子のカルビーのコマーシャルは、古いですね。今の若い子にはまったく分かりませんよ、きっと。分かるのは「大人限定」ということで(笑)

そうそう「活動写真の女」読みましたよ。冒頭は、古き良き純文学風のスタートなのに、ああいう展開になるとは、思いも寄りませんでした。でも、主人公の彼が「あれだけ遊び呆けていて」東大に入れたのかどうかが気になります。
その辺なんですよ (あず)
2007-03-12 22:28:03
小説を書くときって、勿論ストーリーもディテールも
おおよそ見当づけて書くと思うんですね。
ところが書き始めると、勝手に変わっていく・・という話は色々な作家が言ってるし、それはそうかもなんですが。その変わり方が丁と出るか半と出るか・

その辺で決まるのかも知れませんね、作品は。
あくまでも一介のへぼ読者にすぎない私ごときの、単なる感想文ですが。

桃井かおりは松田優作と同期で「それから」を二人で共演してたら、桃井かおりも違った女優になってたかもしれないと、らちのないことを考えます。

主人公の彼は東大落ちて 京都に戻り哲学の彼女と
復縁ですね、絶対!ハハハ。

人情紙風船 ちらっとテレビで観ました。吉永小百合が田中絹代を演っていて、そのなかで。

是非観たいです。




そんなに甘くない (いくらおにぎり)
2007-03-13 18:43:37
あずさん、こんにちは

>彼女と復縁
いやいや、京都に戻ると彼女には別の彼氏ができてるとみましたね。
その上、下宿の部屋も別の人間が入っていて借りられず、もちろん撮影所のバイトもできないみたいな。

山中貞雄は「河内山宗俊」と「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」しか見ていないので、人情紙風船はぜひ見たいです。今のところ、河内山はなんじゃこりゃで、百萬兩の壺はこんな面白い映画見たこと無い、という両極端の感想なので。
「封切り」のよさ (シャケ)
2007-03-14 10:29:22
「それから」は僕はビデオで一度見たきりで、「うーん、まあこんなものかな」ぐらいの感じだったんですが、劇場でかつ舞台挨拶付きだとかなり見てる側も盛り上がりますよね(初日ですか?)。

なおかつ当時「森田芳光」「松田優作」という名前はそれだけで集客力のある名前ですし、藤谷美和子は当時本当にかわいかったと思います。だから、まさに「旬」のみずみずしさがいくらおにぎりさんの目に焼き付いているのでしょう。うらやましい限りです。なんというのかリアルタイムのある種の強みを感じますね。映画って生ものなところもありますから、封切りは封切りでいいですよね。
公開当時 (いくらおにぎり)
2007-03-14 16:56:13
シャケさん、こんにちは

確かに公開当時は盛り上がっていたような気がしますね。気鋭の監督が、人気俳優で撮る明治モノと言うと、今だと行定監督の「春の雪」みたいなものでしょうが、盛り上がり度はもっと凄かったような気がします。まあ、そこが三島と夏目漱石の違いかもしれませんが。

しかし舞台挨拶での松田優作は見たはずなのに、「まったく」覚えていないので、かなり悔しいです。勿体無いことをしたなあ。

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