トルコから石灰棚を眺めながら生活する日記

ラム子のロカンタ(日本食食堂)、
ゴールデンレトリバーとカンガル犬との日常を綴ります。

頑張れ日本&バイト君

2018-06-21 10:32:15 | 日記
今日のパムッカレ

ワールドカップ、日本初戦勝ちましたね。
負けると思っていたので、観る気は無かったけど、
シンガポール人ツーリストがチャンネルを
変えたので、一緒に観ることになった。

先日、テレビを買いに行ったら、
日本ブランドは、東芝しか無く、
それを購入しようとしたら、
Vestel という、トルコメーカーを案内され、
中身は東芝だと言う。

値段が500リラ安い。
日本円で、11,600円程度なんだけど、
気分は5万円。なので、あっさり、
Vestelを購入した。

食堂にあるテレビは、サンヨーにパナソニック
意地でも日本ブランドにこだわっていたものの、
トホホホ

入院先のCTやエコーも東芝だった。
MRIはドイツのsimens
トルコで、日本ブランドを目にすると、
嬉しくなる。でも、家電製品は、殆ど無い。

スマフォもパソコン、テレビ、冷蔵庫など、
中韓に押されて
日本影薄いのは否めない。

昨日、ウチでバイトしたいという、
日本語専攻の若者がやって来た。
日本の何がいいの?と聞くと、
ゲームとかアニメとか予想通りの回答。
別にアニメ、ゲームを卑下するわけじゃないけど、
韓国人が格好いいと憧れるトルコ人が多いので、
寂しいのである。


日本語を頑張りたいとのバイトくん。
日本に関心を寄せてくれる人を大切にしなきゃ!

今トルコを旅行してくれるのは、中国人が大半。
うちのお客様も大半が中韓からだからね。

友人から、ラム子さんの日本語は、おかしいから
気をつけてあげてと指摘された。
暑いをあっちー
寒いをさみー

なので、綺麗な日本語を話せるお客様の
お越しをお待ち申し上げます。


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恐るべしトルコ、パソコンが壊れた衝撃の事実

2018-06-18 15:15:14 | 日記
今日のパムッカレ

パソコンが家の中で水没するという摩訶不思議な出来ゴトがあった。
しかも机の上でだ。恐るべしトルコ🇹🇷

先日の夜、大嵐だった。
翌朝、食堂に出勤すると、机の上が水浸しだった。
パソコンを持ち上げると、滴る水。
案の定、電源入らず。



これまで、床が浸水することはあっても、机の上だけ雨漏りは、
初めてだった。
強風を伴ったので、壁の隙間から雨がはいったのか?

実際、雨は、天井の柱からだった。
中が空洞の鉄筋柱から、外から雨水が入り込み、
小さな穴から雨が滴り落ちたのだった。



不運にも真下にパソコンがあり、
水没したわけだ。



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寿司食った!

2018-06-14 17:23:53 | 日記
今日のパムッカレ

デニズリで週一水曜日の夕方から寿司を出しているレストランへ行って来た。
断食とは無縁のトルコ人で賑わっていた。

実は、今月上旬にイスタンブールに行く予定だったのに、
トルコ航空の都合で夜中便を翌日早朝便に変更されたので
やむを得ず、キャンセルしたのだった。
せっかく、ついでにイスタンブールで寿司を食べようと思っていたのに!!





実はあまり期待しなかったけれど、
シャリ、巻き具合もよろしく美味しかった。
やはり、食材の調達に苦戦しているようで、
寿司の種類は限定的だった。

コーンを使った軍艦でも、教えてあげらばよかったかな。
あと、サラダ軍艦だわ。

通常は、ザ・トルコ料理とは距離を置いた、お洒落な料理を出している。
次回はそれを目指して行こう!




ヨーロッパの某国では、空ペットボトルは25セントで取引されるんだそうな。
ケントを出稼ぎに行かせよう!

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砂糖祭の営業について

2018-06-13 23:07:52 | 日記
今日のパムッカレ

15日金曜日から(実際は、明日木曜日の午後から)日曜日まで砂糖祭が始まります。

食堂営業するかどうか、悩んでいましたが、
従業員ともども、閉めても、どこかに行くわけでもないし、
やることないから、開けよう!ってなことになりました。

金曜日、土曜日は10時から20時まで。
日曜日も、多分営業します。











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ケント、日本のおやつで食中毒を起こす

2018-06-07 20:51:14 | 日記
今日のパムッカレ

入院ドタバタ劇で、うっかり忘れてしまったけれど、
日本で買ったおやつで、ケントが食中毒になった。



犬用乾燥サツマイモなんだけれど、最初、これをあげたら、
食べなかったんで、お肉とご飯に混ぜた。
その後、嘔吐!!
食べることが楽しみのケントの食欲不振が続き、慌てた。

カビの生えたパンを拾ってきて、美味しそうに頬張るし、
食べ物の好き嫌いは殆ど無かった。

ケントに万が一のことがあったら、訴えてやる!と
思ったけれど、なんとか回復したので、安心した。

因みに日本製だと思っていたら、あちらの国原産でした。



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ケントのデザート?

2018-06-06 19:07:00 | 日記
今日のパムッカレ







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脳みそが垂れそ

2018-06-04 18:58:02 | 日記
今日のパムッカレ

しばらく安静にしていないといけないので、
営業時間も18時終了、日曜日も休みにしたので、
時間を持て余しています。

娯楽が限られているので、ひたすら寝ています。
おかげで、何十年と苦しんで来た足裏痛が収まっています。

メニューも取捨選択しました。
まず、トルコ料理、朝食メニュー、サンドイッチ、スパッゲティーなど削除。
アジアン料理も、人気がないのも、面倒臭いものはカットしました。



さて、断食明けの砂糖祭、どうしようかな?
企業も休みになるので、行き場を失った?常連駐在員の皆様(主にアメリカ、韓国人)が
毎年来てくれるので、いつも開けていました。

うちの従業員は休暇となるので、一人で切り盛りしないといけない。


ところで、
先月、近所で生後一か月で亡くなった赤ちゃん。
なんと、私と同じ病院で出産、しかも主治医も同じでした。
もちろん、出産と死因は関係ないけれど、
スモールワールドですね。
赤ちゃん自体は、別の病院にかかっていたとのことで、
検診でも何も問題は無かったようです。

私の主治医、私はそんな有名な方だとは存じあげず、
受診したわけだけれど、デニズリでは、高名な産婦人科医でした。
それもあり、患者が殺到しているのでしょうね。

私に関しては、偶発的な事故だったのか、
医療ミスだったのかは藪の中ですが、
whatsapp(SNS)では、多忙にもかかわらず、
ヤマシイのか誠実に質問に答えてくれるドクターです。
でも、疑念を払拭するまでには至っていませんが。








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ケント、日本のお偉いさんに撫ぜてもらう

2018-05-29 23:01:12 | 日記
今日のパムッカレ

ケントはトルコのワンコたちの中で一番、
世界中の人から撫ぜ撫ぜしてもらっているんじゃないかな。
そして、ケント目的で食堂を訪れる旅行者も多い。

ところで、
少し前に、インスタントラーメン、卵かけご飯に永谷園のお茶漬けを得意とする私のところへ、
ラム子の食堂開店以来、一番VIPなお方が食堂を予約してくれた。
お忍びでお越しになられたようなので、お名前は伏せます。

親子丼をご注文くださったけれど、ホンダシ入りのなんて、初めて口にしたんじゃないかしら?

ケントは、シャンプー前だったので、悪臭を放っていたときでもありましたが、
犬が好きなんだよ、と仰り、撫ぜてくださいました。
もちろん、臭いですよ!と、お断りを入れましたけどね。

ただ、女好きなケントは、不遜な態度を取っておりました。



ところで、実は私も有名人なんですよ。
え?どこで?

はい、手術した病院で!

エレベーターやら廊下で、
医療関係者らに

『あなたラム子でしょ?』って、
数回声をかけられた。

産婦人科病棟、多くの患者は2,3日で退院する。
私もその予定だった

だから、看護師さんたちは名前と顔なんて、いちいち覚えていられない。
ところが私の場合は、他の科を巻き込んだ手術だったために
2週間近く入院していたのだ。

それに加えて、外国人だから、余計に印象深かったのだろう。
ちょっと泣き喚いたりもしたけれど、
病院内では、問題児では無かったはず、と
回顧してみたが、心当たりは無かった。
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今日の行き倒れ イスタンブール編

2018-05-28 19:05:22 | 日記
今日のパムッカレ


所用があってイスタンブールへ行って来ますた。

大都市イスタンブールでの、超日常風景です。


そこらじゅうで、野良犬が昼寝をしています。トルコでは当たり前の光景で庶民の生活に溶け込んでいます。





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Acl Hayat ~苦い人生

2018-05-28 01:55:37 | 日記
今日のパムッカレ

2年前、近所に住む若い女性が妊娠し出産した。
ところが、新生児はわずか二日で突然死した。

あれから、彼女は妊娠し、臨月を迎えたときに
彼女と道端で会った私は、無事に出産出来ますようにと
声をかけた。

彼女はニコって微笑んで『インッシャラー(神様が望むなら)』
返事をしてくれた。

そして、私が義姉宅で療養中に、無事に出産したという朗報が届いた。
私は心から祝福した。

入院中に冗談で購入し、病室のドアに飾った『ようこそ、赤ちゃん』の装飾を
プレゼントしようかと思ったけれど、夫と死別し、
次々に病気を患っている不幸の塊のような私から、しかも、おニューではなく、
病院から持ってきたものなんて、縁起悪いと思い、やめた。

そして、赤ちゃんはすくすく育ち、1か月を迎えたばかりだというのに、
先日、またも突然死してしまったのだ。

彼女にかけてあげられる言葉が見つからない。

トルコ人がよく死別者に『どうしようもないんだよ』『運命なんだよ』という言葉は
口が裂けても言えない。それは死別者が前向きになるとき、なったときに感じるべきことである。

人間は誰もが死ぬ、そんなことは理屈ではわかっているけれど、
出口の見えないトンネルに置き去りにされたように、孤独になり、
前を見ようとしても、涙で何も見えないのだ。

自分だけがどうして苦しいのか、この苦しみを断ち切りたいけれど、
自殺する勇気はない。生きていくしかないのだ。

ある人から、自分は伴侶や子供を失っても、自分の人生を楽しみたいんだと
言われた。だから、私が生きていたくないという気持ちが理解出来ないようだ。
実際、かけがえのない愛する家族を失ったら、その人は自分の口にした言葉を思い知るだろう。

私は自分のために、料理はしない。誰かが食べて喜んでくれることが励みだから。
お金もそう。誰か困っている人がいたら、手を差し伸べてあげたい。

彼女は、今、自分の命に代えても守りたかった我が子を二人も失った喪失感で、苦しんでいる。
そして、私のように、すべて終わりにして無になりたいと思っているかもしれない。
でも、いつか、若い彼女が誰かのために生きたいと思える日が来ることを
願って止まない。

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全米が泣いた!坊ちゃまとお世話係の本当の最終章

2018-05-23 18:15:34 | 日記
今日のパムッカレ
































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【坊ちゃまとお世話係の物語 番外編】お世話係より

2018-05-10 16:20:11 | 日記
今日のパムッカレ




















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坊ちゃんとお世話係の物語 最終章にしとく

2018-05-08 19:15:36 | 日記
今日のパムッカレ

物語というか、ほぼお世話係の愚痴になっておりますが、
ご了承ください。


トルコ航空事件とは、日本から帰国した際に、荷物が盗まれたと喚いていたところ、
実際には、荷物は別のスーツケースに仕分けしていたことが判明。危うく、トルコ航空に対して
保険金詐欺をするところであった。

掃除機のフィルターが無くなったというか、お世話係が間違えて捨てたと確信していたが、
実際は冤罪だった。なので、お世話係は、ずっとそのことを根に持っているのだ。














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坊ちゃまとお世話係の物語 第四章

2018-05-05 00:04:22 | 日記
昨日のパムッカレ

余程楽しい日々だったのか、腹いせなのか、わかりませんが、
お世話係が何枚もの画像を送ってくるので、掲載することにします。



親愛なる、お世話係様、
私は入院のご褒美はこれまで、減量だったので、体重が増えることはありませんでした。
恩人である、あなた様を疑うだなんて、そのような罪深い人間ではございません。


母ちゃん、日本で食い倒れ生活で、3キロ増。そして、入院前に3キロ戻し、
医療ミスで5キロ増え、その後、10キロ減った。
親孝行しに日本へ行ったのか?食べ納めだったのか?ご想像にお任せします。









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腹切りへの道(備忘録)(長文)

2018-05-04 00:39:01 | 日記
今日のパムッカレ

昨年11月の手術の結果が悪く、1月、パムッカレ大学病院の主治医から子宮全摘を宣告された。
手術後2か月安静しなければいけないので、まずは日本でプチ親孝行をして、
帰国後手術を受けることにした。

なので、高齢の両親には、内緒にしている。

そして、3月、全摘覚悟で、いざ、大学病院を受診した。
ところが、主治医から、意外な言葉が発せられた。

主治医『全摘しなくても、いいんじゃない?様子見するとかさ・・・』

私『え?でも、先生は1月の時点では、癌になる可能性があるので全摘したほうがいいと、
  おっしゃいましたよね?』

主治医『うーん、忘れちゃったなあ・・・』

私『はっ?』

大学病院だから、たくさんの患者を診ているでしょうし、私のことを忘れてくれても
構わないけれど、検査結果のデータに基いて診断を下したんじゃないの?

同じデータを眺めているのに、診断が変わるのか?
准教授!あなたが執刀したんじゃありませんか?

で、また、検査をする羽目になり、その結果が3週間後とのこと。
私の准教授に対する不信感が募ったことは言うまでもない。

実は1月の子宮全摘の告知を受けた後にデニズリ市内にある私立病院に
11月の大学病院での手術の結果を持って、セカンドオピニオンを求めたことがあった。
その医師は初診から1か月半後に電話予約した際、私のことを覚えてくれていた。

物腰の柔らかい40代前半の医師は、図面でわかりやすく説明してくれ、
子宮全摘手術を薦めた。
私は覚悟を決めて、その私立病院のドクターに子宮全摘手術を託すことにした。

手術は1時間半を要したようで、なんと、7年前にパムッカレ大学病院で
子宮筋腫を取り除くための開腹手術を受けたときに
杜撰な縫合をされていたらしく、癒着した内臓を
見て、手術スタッフ全員、びっくり仰天したそうな。
今回の子宮全摘手術は困難だった模様。

今になって思えば、7年前、退院後、受診したが、
エコーで確認するわけでもなく、
私が何も問題ないようですと
答えただけで終了したのだった。

もう、大学病院は懲り懲りだわ。
トルコの医療はもはやビジネスと化し、
まるでホテルかのような私立病院が乱立している状態である。

国立、大学病院の医療費はトルコの健康保険に加入していれば、ほぼ無料である。
11月の手術の際は、1泊の個室料金、手術費用を合わせて、6千円程度だった。
私立は、それなりに負担することとなる。

そういえば、大学病院で7年前と去年の2回、手術を受けたわけだけれど、
いずれも、麻酔から覚醒するにあたって、寒いところに放置されたり、
意識が朦朧とする中、無理やり着替えさせられたりと、かなり過酷であった。

今回、私立では、病室で自然に目が覚めた。
やはり、これも私立と大学病院の差なのか!!










私立病院は、極力リスクを避け、健康に関して金を惜しまないトルコ人の間で
需要があるというわけが理解出来た。

今回の入院は3日間程度のはずが、結局、5日間となった。
大学病院でも、5日間から1週間と言われていた。
入院時に手術、入院費用を一括で支払ったが、
3日が5日となっても、追加料金は取られなかった。

毎日、大量の水分摂取、じゃんじゃん歩くように促されていた。
訳も分からず風船を膨らますこともさせられた。←多分、酸素を取り入れさせるため

そして、5日後、大量の処方薬とともに退院した。
ところが、翌々日の日曜日の朝、突き刺さるような胃痛に襲われ、
救急外来を訪れる羽目となった。

日本人の私の胃はトルコの薬は強すぎたみたい。
数時間、胃が楽になるという点滴を受けて、
自宅に戻った。

翌日、再診時にCTスキャンをして、
腹水が確認され、お腹に針を刺し、腹水を抜きますよ~と
にこやかに言われ、もうまな板の鯉状態。
肉厚があったせいか、アヂュヨル(痛い!)と叫ばずには居られなかった。
ナイフで刺されるのはもっと痛いんだろうな。


そして、あれよあれよと、緊急手術となった。
何時にランチを取ったかとしきりに聞かれたが、
胃痛だったので、大して口にしなかったのが幸運だった。
手術中、内容物が逆流すると危険なんだそうな。

5か月間に、3回も全身麻酔を受けたということになる。

2回目は腹腔鏡手術だったらしく、1時間で終了し、
目が覚めたときは、3度目の病室だった。

前回と違い、開腹箇所とへその右側にお腹から血や膿を排出するドレイン(管)が
二つついていた。尿道カテーテルも復活し、右手首には、点滴の針が!!
腹膜の中にリンパ液、血液、尿などが、洩れることを防ぐ処置をしたとのこと。
5日後退院も、尿道カテーテルは10日間、血液や膿を排出するドレインは4日間つけたままだった。

1回目の手術後、5日間入院していたわけだけれど、
なんと、退院後、5キロも体重が増えていたのだ。
ついに16年目にして日本製体重計がぶっ壊れたのだと確信したものの、
腹膜にリンパ液などが溜まってしまい、体重が増えていたのだろう。

主治医は、私が体重5キロ増えたんです!と言っても、そんなことないと笑って
真面目に受け止めてくれなかった。

私は、20代から入退院を繰り返し、そのたびに体重は減っても増えることは
なかったのだから。

今回、病院側にミスがあったようで、病室代は徴収されたが、
2回目の手術代、治療費は免除されたようだ。

大学病院のように、切りっぱなしではなく、
ちゃんと術後のケアも責任を持ってくれているようだ。

主治医は毎日、何度も病室を訪れ、気にかけてくれ、
自分が出張の際には、早朝5時に顔を出してくれ、
他の医師に引き継ぎをしているから安心するようにとも言ってくれた。
なので、散々痛い思いをさせられたが、許そう。



子供も授かることも出来ず、夫に先立たれた寡婦の私以外、
大半の病室は、新しい命の誕生で、幸せいっぱいだった。

失う前には気づかず、失くした後に気づいた幸せ。
無いものばかりに目を向けず、
今あるものを大切にしなきゃ。
日本では私の帰国を心待ちにしてくれる家族がいる。
そして、トルコでは、いつも全力でサポ―トしてくれる義姉家族がいることを
忘れてはいけないのだ。


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