読書日記 嘉壽家堂 アネックス

読んだ本の感想を中心に、ひごろ思っていることをあれこれと綴っています。

ベラ・チャスラフスカ 最も美しく 後藤正治 文春文庫

2006-09-26 21:32:10 | 読んだ
ベラ・チャスラフスカと聞いて「体操の選手」とすぐに答えられるのは僕らの世代が最後かもしれない。
東京オリンピックは1964年、昭和39年である。小学校2年生。オリンピックを見て作文を書きました。というものなのである。

さて、ではベラ・チャスラフスカの体操の演技を覚えているか?となると、これが心もとない。どちらかといえば重量挙げの三宅や女子バレーボールなどは覚えているのだが、体操についていえば「なんとなく」なのである。
ただ、チャラスラフスカ、というのが非常にいいにくかった、ということとキレイだったということを覚えているのである。

さて、本書はそのチャスラフスカが東京オリンピック以後どういう人生を送ったか、ということを、本人への間接的なインタビューと、彼女と同時期を過ごした女子体操の選手、その後の女子体操選手、それから彼女とかかわりの深かった人たちへのインタビューによって、チャスラフスカ、を語っている。

ところが、チャスラフスカを語るということは、否が応でも、あるいは期せずしてというのか、彼女の国のチェコスロバキアや東欧諸国の歴史、そしてソビエトが主導した共産主義の功罪を語ることとなるのである。

これが本当に不思議。体操選手を追いかけて彼女の生き様を描いているのに、当時のソビエトや東欧諸国の政治家たちを語るよりも、明確に当時の情勢や社会主義体制が崩壊していくさまが現れてくるのである。

東京オリンピック以後チェコスロバキアでは、共産主義による統制が緩み始め、人びとに少しづつ自由がもどりはじめた。
その中で一体操選手であるチャスラフスカも、新しい世の中に肯定的であり、新しい社会主義モデルを語った「二千語宣言」に署名したのである。

ところがこの二千語宣言は「反革命的」であるとされ、結局はチェコスロバキアはソビエトを主体としたワルシャワ機構軍の軍事介入を受け、新しい社会主義モデルは崩壊し、春はひと時のものに終わる。

軍事介入があった年、メキシコオリンピックが開催されチャスラフスカは連覇を果たす。それはソ連に対する復讐のもののようであった。
体操の世界では連覇したものの、その後二千語宣言に署名しそれを撤回しなかったチャスラフスカは国に帰っても厳しい生活を送るようになる。

東京やメキシコで知り合った女子日本チームの選手とは仲がよかったとか、メキシコでの結婚式に日本チームの選手なども呼ばれたとか、あるいは技術上のことやメンタルなことなど、体操に関することなども多く書いてはある。
しかし本書はそれよりも、同時代を「体操」という共通点で生きた人たちの生き様を通して、どうしても政治とかかわらなければならなかった「時代」を描いている。

それは、チェコスロバキアやソ連、それにコマネチのルーマニアなどの社会主義国だけではなく、日本においても東京オリンピック代表選手であった小野清子も国会議員になって政治とかかわっている、という事実。

著者は
プラハの春、パリ5月革命、アメリカや日本での学生反乱。運動の言葉と方向はばらばらであったが、どこか相通じるものがあったように思える。それは世界の機構が本格的な消費社会へと移り変わろうとする転換期の時代が発するきしみ、あるいは叫びのようなものであったのか。
として、プラハに長く駐在する小野田へのインタビューで(この小野田は学生運動の闘士でその運動の中でプラハまでやってきたという人物)聴いた
「青春グローバリズム」
という言葉に詩的で甘酸っぱさを覚えなんとなく共感していく。

ベラ・チャスラフスカについてはインタビューをした多くの人びとが
「(個人的ではなく)社会的な、あるいは時代的な悲劇を背負った悲劇」
と語る状況に陥っている。

社会主義とか自由主義とかではなくて「主義」という言葉で縛られているほうが実は幸せなのではないかと思ったりした。

また、人は社会的あるいは時代的な環境の中で生かされているのではないか、その生かされていることの中でどれだけ自分というのを表現することができるか、それが実は生きることなのではないかと、思ったのである。

この物語に書かれてあることは遠い昔のことではなく、たとえばコマネチの場合でもそうだが、ついこの間まであったことであり、そして今こうしている間も、世界の一部では(考えよう見ようによっては大部分)が、どうしようもない理不尽な出来事に見舞われており、不満たらたらで生きているが、実はぬるま湯の中ですごしている自分が<なんだかなあ>とも思えるのである。

コメント
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