今や 長野市イヤ全国的な社会問題にもなっている「青木島遊園地廃止問題」ですが、長野市が唐突に「施設の利用停止→3/31で廃止」を打ち出して以来、さまざまな方面・者(人)からさまざまな意見が寄せられることとなっています。
それら さまざまな経過を経る中で、過日「青木島遊園地の存続を願う地元住民有志の会」が発足されたのは ご案内のとおりです。
今後 会のメンバーさんらは、純粋な心根のうちに 子どもの居場所が維持できるよう、この遊園地の存続を期して活動展開することになります。
ところで この青木島遊園地を巡るさまざまな問題は、18年の年月を経る中で 多くの「矛盾」ともいえる事象を孕(はら)みながら推移していることが報じられています。
そして その経過の多くに、何とも釈然としない出来事が累積しており「ホントに こんな状況で廃止を決めてイイの?」と聞きたくなるような様相となっています。
問題の追求は、主に信濃毎日新聞の「声のチカラ」というコーナー展開されています。
このコーナーで 昨年12月に、かかる青木島遊園地の廃止問題が取り上げられ、その(問題の)性格上 社会の注目を大きく浴びることとなり、現在の状況に至っております。
この問題を記事として取り上げたM記者は、独自取材を交えて 多岐に亘り遊園地廃止を取り上げています。
そして その取材により、市の対応等にさまざまな齟齬(そご)がある(あった)ことが炙(あぶ)り出されています。
遊園地で遊ぶ子どもたちに対する苦情は2021年3月の1回だけだったのに、その後も複数回に亘って苦情が寄せられてきたとの間違った報告や、それまで20~30名の児童が遊園地で遊んでいたのに、その事実が無かったとする報告を挙げるなど、その内容の多くに事実誤認があったことが取材によって明らかになっています。
また、後の記事では「青木島遊園地」の維持管理の担い手について、一部の近隣住民による苦情によって担い手確保が見通せない状況の中、草刈りなどの活動を行なってきた隣接の児童センターの館長が市側に「(遊園地を使えないなら)活動を担えない」と伝え、その後の区との話し合いの中で「(苦情により)子どもたちが遊園地を利用できないのであれば、このまま施設を継続する必要がないと思う」という流れができたこと、さらに後の話し合いでは 児童センターの館長が「翌年度以降は草刈りなどの活動は担えない」と遊園地の管理にダメを押すなどしたことから、区長から「児童センターなどで利用しないのであれば、廃園するしかない」との意見が出ることとなってしまったことが伝えられていました。
で、その意見交換の後に 市(公園緑地課)は「廃止するには区から『廃止届』を出してもらう必要がある」と説明し、そこに「市(公園緑地課)としては閉鎖してほしいとは言っていない」と付け加えた上で「来年からは地区で 草刈りなどの愛護会活動をお願いできないか」と尋ねました。これに対し、区長からは「使っていない遊園地をこのまま存続するのもいかがなものか」との意見が続き、最終的に区長会が廃止届を出すことになったのです。
しかし 長野市には遊園地廃止に関する規定を設けていないことから、遊園地を廃止するのに地元区長会の廃止届は必要ないのです。にもかかわらず区長会に廃止届を出させたのはナゼか?など 記事を通じても釈然としないことが指摘されていました。
さらに、長野市がホームページにUPしている「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」も、何だか釈然としない内容になっています。
「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」長野市ホームページ
↓
https://www.city.nagano.nagano.jp/soshiki/kouen/722195.html
この中で、PDF版で 改めて「青木島遊園地の廃止を判断した経緯について」が掲載されているのですが、それを読んでも 釈然としない説明が列挙されているのを実感させられます。
この項「廃止を判断した理由」として「はじめに」に〝「一人の意見で廃止」と報道されてきましたが、青木島遊園地廃止の判断に至った理由は次のとおりです〟とされています。
冒頭から「言い訳」で入る異例の展開となっています。
その後、6つの理由が箇条書きされているのですが、その一つひとつが釈然としない記述となっています。
① 児童センター・保育園・小学校に囲まれた立地の特殊性から利用が集中する環境
→そもそもこの遊園地は、これらの子どもがみんなで利用する(遊ぶ)ための環境じゃないか。
② 現在、遊園地がほとんど使われていない状況
→実際には「使わせていない状況」じゃないか。
③ 近隣施設の管理者からの「これからも遊園地は使わない」というご意見
→これとて 使わせなかったから招いた状況じゃないか。
④ 設置を要望した地元区長会からの廃止の要望
→廃止要望は 市が出させた(出すように仕向けた)のではないか。
⑤ 愛護会活動の担い手がいないこと
→担い手は、いる。
⑥ 遊園地用地が借地であり、今後も借地料が発生していくこと
借地料は、それを承知で契約したものであり、それを今さら何だ。
と、読めば読むほど、釈然としない記述となっています。
・・・・・・。
長野市は、いったい何で この遊園地の廃止にしがみつくのでしょうか?
何を潰したい、いや潰すことで いったい何を守りたいというのでしょうか。
一連の黒歴史の中で、一番の被害者は なにいう無垢な子どもたちです。
大人の都合(不毛な争議とその不適切対応)によって我慢を強いられる日々…言っちゃあ何だが コロナよりタチが悪い。
こんな結末を許してはならないと思う。
しかし、既に賽(さい)は投げられたとの気配が…
この悪しき流れの中で、市民の良識は通用するのでしょうか。