木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

日本人として日本を紐解いていきたい(10)

2022-09-14 22:20:49 | 随想
 宮城県という県名がある。
 私達は何気なく使っているが名前や名称には鍵がある。
 
 宮城県の宮城とは何だろうか?
 宮城それはきゅうじょう、みやぎ、である。
 これは皇居という意味である。
 では何故、皇居という意味を県名に掲げているのだろうか。

 日本の歴史の奥は深い。
 実は幕末の戊辰戦争の争乱に際して薩摩長州は明治天皇を
擁立して錦の御旗を掲げて戦ったが仙台藩の伊達氏、会津藩
の松平氏ら東北諸藩は東武天皇を擁立して戦った。
 実はこの東武天皇のほうこそが真の・・・・・という見解
もあるほどである。
 その東武天皇を匿ったのが仙台藩だった。
 だから天皇がいた場所という事で廃藩置県の後の都道府県
になった時に御所という意味を都道府県名にして宮城県とした
のであろう。

 明治維新後、明治政府はこの東武天皇に関する事を徹底的に
抹殺していった。
 関与したあらゆる人物を抹殺し敗戦処理の理由を何かと付け
ては斬首、切腹にさせていった。
 幕末の黒船来航から戊辰戦争、明治維新について単に徳川幕府
を倒すか守るかというだけの構図ではなくもっと深い背景があった。
 東武天皇の存在を巡り仙台藩と会津藩とで隙間が生じ、長岡藩
や庄内藩など小さな東北諸藩の足並みが乱れ薩摩、長州、肥前、土佐
を中心とした官軍に対峙した奥羽越列藩同盟は瓦解した。

 歴史は私達が認識している姿とは全く違う姿を持っている
場合が多く、それを紐解くことは日本人としての英知となる。

 会津藩は米沢藩から援軍が駆け付ける事を前提に会津若松鶴ヶ城
での籠城戦に入ったが米沢藩からはついに援軍が来ず、何重にも
取り囲む薩摩長州らの官軍を前に孤立無援となり降伏した。
 籠城戦というのは城に立て籠もって耐えている間に外から援軍
が押し寄せ、その時に一斉に城内から攻撃を仕掛けて相手を挟み
撃ちにしてこそ戦略が生きるものだが外からの援軍が無い場合は
単なる孤立無援状態となり敗北あるのみになる。

 会津藩は実は籠城戦と並行してプロシア(今のドイツ)にも
密使を送り援軍を要請していた。
 「もし援軍を頂き我々が勝利したなら蝦夷地をプロシアに
献上する。」
という条件だった。
 当時の北海道は蝦夷地と呼ばれ会津藩がロシアを警戒する
北辺警備で常駐していて蝦夷地の随所は会津藩領になっていた。
 結局、プロシアからの援軍が来る前に会津藩が降伏した事で
戊辰戦争が終結したために実現しなかったのだが、もしもっと
戊辰戦争が長引いていたら、もしかしたらプロシアが会津に援軍
をよこして参戦し戦況が変わったかも知れない。

 歴史は紙一重である場合が多い。

 もしもプロシアが援軍を会津藩に送り会津藩が巻き返して
戊辰戦争が全く違う展開になっていたなら今頃は北海道が
ドイツ領になっていた可能性すら否定できない。
 会津藩には同情する面もあるが、この秘密交渉が成功して
いたら今の私達日本人には悲劇でもあった。
 物事は綺麗事だけでは済まない、歴史には光と陰とが常に
存在する。

 実は戦国時代には伊達政宗が欧州に使節団を派遣している。
 天下の覇権を目指していた伊達政宗は支倉常長を欧州に派遣
していたが時代は激変し豊臣秀吉の天下となった。
 7年間の使命を終えて仙台に帰着した支倉常長は豊臣秀吉
からの誤解を恐れた伊達政宗にとっては邪魔な存在となって
おり支倉常長は追放され切腹している。
 時代の流れに翻弄された支倉常長の哀れさと同時に伊達政宗
のしたたかさも見える。
 このように東北地方の大名や幕末の諸藩も私達が認識している
以上に外交も活発に行っている。

 古代からの東北地方の歴史、特に戊辰戦争の会津若松鶴ヶ城
での籠城戦は日本史の中でも最も悲惨で憐れな戦史だがこれは
また別の機会に考察したい。

 私は先祖からの立ち位置的には毛利に繋がるので戊辰戦争に
際しては先祖は官軍側になるが、今や歴史を日本人として俯瞰
するにおいては東北地方の人々への同情や理解も強く感じている。
 近代日本が産声をあげるに際して血潮に塗れた人々の事を
無下にする事はできない。

 そう言えば戊辰戦争に際して以下のように言い伝えられている。
「勝てば官軍、負ければ賊軍。」
 これは声なき敗れた人々がせめて後世に血涙と共に投げかけた
隠喩であると響いてくる。

 歴史に学び今を生きる事の大切さを感じている。 
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