木村正治のデイリーコラム

木村正治(きむらまさはる)が世の中の様々な事項について思う事や感じた事を徒然に綴っています。

故郷に錦を飾るのではなく故郷を錦にしたい

2023-01-05 21:49:42 | 随想
 年末年始やお盆に際して垣間見える
それぞれの人模様の中に帰省先の有無
や故郷に対する認識、距離感がありますね。

 私はご承知のように故郷を愛して
いますし、故郷を饒舌に語ります。
 しかし知り合いや著名な方でも故郷を
語ろうとはしない、語りたがらない方も
時々います。
 何かの席でそれぞれの故郷の話になり、
ある方に故郷について尋ねて
「ご出身は兵庫県でしたね?」
と私が聞いたらその方は
「はい。」
とだけ答えて次の言葉がありません。
 そのまま沈黙が数秒続きました。

 私の場合はもし誰かが
「ご出身は広島県でしたね?」
と聞いてきたら、そこから端を発して饒舌に
快活に情熱を込めてロマン溢れる語りになって
故郷や記憶を語ります。
 幼少期の思い出や少年時代の記憶、歴史の話
や美しい瀬戸内海や街並みの話など私は嬉しそ
うにかつ懐かしく語ります。
 しかし人によっては一切故郷を語りたがらない
人もいます。
 人により故郷に対する記憶や距離感が違うのです。

 人によっては故郷には苦しく辛い記憶しかない
場合もありますし、また人によっては様々な事情
で故郷と決別して他の街や都市に出ている人もいます。
 また人によっては大切な人と別れた苦い記憶が
故郷にある場合もあり、また人によっては故郷で
事業に失敗して逃げるように都市部や他の街に
出ている人もいます。
 また人によっては幼少期に酷いイジメにあった
記憶しかなく、それがトラウマになって故郷を
思い出したくないという人もいます。

 故郷の風景も人それぞれですね。
 また都市部生まれの方は年中都市部に暮らして
いるために帰省をするという感覚が無いために私
のように年末年始やお盆に帰省するのは羨ましい
と言う方もいます。

 私は少年時代から若い頃にかけては成長の過程
の中で外の世界を知りたい、都市部に出たいという
感覚になりましたが40歳を超えた辺りから不思議
なもので心が故郷に回帰するようになりました。
 私の根の部分は故郷にあります。
 今、帰省しても同級生を始め知り合いも多くは
関東や関西、他の都市部に出ていて故郷にはいません。
 帰省した私は両親への顔見せと自分の記憶や思い出
と変わらない瀬戸内海の風景を前にして対話している
ようなものです。

 離れて暮らしていても私には故郷は美しいものです。
 故郷を出た者として、いつか故郷に錦を飾りたいと
思うのが人の常ですが私は以前にも他の媒体などで
述べましたが故郷を錦にしたいと思うようになりました。
 私がどこまで実力をつける事ができるかは分かりません
が、いつか必ず故郷を錦にできる人間になろうと思って
います。

 地方が廃れることは人間の身体に例えれば手足が
衰えるようなもの、毛細血管が衰えるようなもので
身体全体が弱まります。
 関東や関西が人間の頭脳や心肺機能だとするならば
各地方は毛細血管や末梢神経みたいなものです。
 地方が活性化する事が大切です。
 少年時代は自分の夢を追いかけましたが、いつしか
夢を追いかける事から物事に夢中になるようになって
いき、49歳というミドル世代になった今はやがて
小さな地方の小さな子供たちに夢や意欲を与える事
ができるようにならなければならないという価値観
になってきました。
 それがまた今の私の夢にもなってきました。

 どのようなアプローチになるかは分かりませんが、
それが実現できるようになるために私が実力をつけ
なければならないと思います。

 また亡き祖父が将来を嘱望されていた彫刻家と
しての大成を戦争により頓挫させられた事を孫の
私がその志を姿かたちを変えて咲かせてみたいという
思いも芽生えてきました。
 故郷の偉人たちを思い浮かべて心の中で対話し
ながらいつか故郷を錦にできればと誓いました。
 可愛い子には旅をさせろという格言があります
が、その意味がよく分かります。

 いつまでも変わらない故郷の瀬戸内海の波音や
陽光に煌めく波間を眺めて胸中に去来した想いです。
 年始と共に少しづつ日常の歩を進めたいですね。

コメント
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