興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

御用聞きはどこにいった?

2006-03-04 | チラッと世相観察
 今、御用聞きがやってくる家はどれだけあるだろう。
「こんちわーっ、魚政でーす」
などと、近所の魚屋のおにいさんがやってくると、
「今日は、何があるの?」
と割烹着で手をふきながら奥さんが出てくる・・・、あの御用聞きである。

 おにいさんは、例えば平目一尾の刺身を受注し、世間話をして帰っていく。
 そして、夕方、
「いちばん大きいのを造ってきました」
とかなんとか、お愛想を言いながら配達にくるのである。

 魚屋ばかりでない。肉屋、八百屋、米屋、クリーニング屋など、昔は町場では、近所のいろいろな商店が、注文を取りに各家庭をまわり、品物を届けてくれていたように思う。
 わたしの小さい頃には、本屋さんも購読雑誌を月々自転車で届けてくれていた。
 そういった、いわゆる御用聞きを、わたしは近頃とんと見ない。

 ♪こんちは、おさかな いかがですゥ♪
と、童謡「かわいい魚屋さん」(加藤省吾・作詞)に歌われた‘♪ままごと遊びの魚屋さん’も、今や見ることはできないだろう。こどもたちが現物を知らないからだ。
(ままごと自体、今のこどもたちはやっているのでしょうか)

 御用聞きで思い出すのは、十数年前、東京、三軒茶屋のTさんのお宅に伺ったときのことである。
 おじゃましたのは、午前中だったと思う。Tさんと話をしていると、表で声がして、だれかが訪ねてきた。Tさんは、「ちょっと、失礼」といって立ち上がり、縁側から、「庭にまわってョ」と、玄関の方へ声をかけた。

 客間に面した庭に、前つばの帽子をかぶったおじさんが、「まいど」といって、笑顔で現われた。馴染みの魚屋の御用聞きのようである。
「今日は何があんの?」
とTさんはおじさんに聞き、
「じゃあねえ、これ頂戴」
と言って、その日の晩の酒の当てを決めたのであった。
 奥さんに気兼ねするわけでもなく、日常のこととしてTさんは処した。それは、なかなか「カッコイイ」ものであった。

 大量冷蔵冷凍保存輸送技術の進歩などによる流通販売形態の変革、または大店舗の出現による一般小売店の減少は、多様な商品の新鮮低廉安定供給をもたらしたが、一方で、御用聞きのもつ近所のよしみのぬくもりを奪ったかもしれない。

 わたしの家には、やはり魚屋の御用聞きが来ないので、しかたなく、ときどき馴染みでもない居酒屋のカウンターにすわり、
「今日は何があんの?」
と、聞いている。
2001.10.20

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