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『出会いは葉桜の頃に』

2012年05月04日 23時03分29秒 | 物語・小説

『出会いは葉桜の頃に』

――登場人物の設定――
彼…高校生。
彼女…彼と同じクラスの高校生。


碧色で流れが緩やかな河べりにある道の桜の花が終わり、葉桜となった頃の事。
 彼はいつもの様に、その道を歩いていると、見覚えのある女性が葉桜を眺めているのが目に入った。
(誰だ?)
 よくよく見えれば、彼のクラスメイトの1人である事が解った。
(何かあるのか?)
 花も散り、もう見る物なんて何もないのに何を見ているというのだろう、と彼は足を止めて彼女を見る。
(鳥でも止まっているのか?)
 じっと見つめている彼女に、彼は無言の問いかけした後、そのまま側を通り過ぎた。言葉を交わす事も無く。


 翌日の1時限目の講義が展開されている教室での事。
(そう言えば、隣だったんだっけ?)
 先週の席替えで、隣の席に彼女が居た事をすっかり彼は忘れていた。
 特に誰かと親しい訳でもなく、休み時間になる度、教室から出て行く姿を彼は何度となく見ていた。
(風変わりは、風変わりだよな)
 板書を写している彼女の姿を見てそう彼は思う。
(でも頭は良さそうだよな)
 何処となくそんな雰囲気を彼は感じた。


(何だよ今日も1人で昼飯かよ、すげーな)
 昼休みざわめく教室の中で、ひとり誰とも喋らずに居るその姿を彼は友人数人囲まれながら、遠くから見ていた。
(よく平気だよな)
 誰もが言葉を交わす教室の中で、独りは相当こたえるというのに、その力強さに彼は感心と興味を覚え始めていた。


(何か話が出来たらいいな)
 ある日の夜、彼は気の進まない宿題をやりながら窓の向こうを眺めていた。
 街灯の灯が桜並木の間から点々と光を放っていた。
(っていっても、つりあう筈も無いか)
 寡黙でどう見ても自分と話なんかあわなさそうだよな…と溜息を彼はついた。


(『つつじヶ丘三丁目物語』か)
 翌日の事。昼休みが始まり、彼が自分の席を離れる直前に隣の彼女の机に置かれていた本のタイトルがそれだった。
 恋愛物語、にしては暗くでも最終的に恋は成就するというもので、その物語の主人公は今、彼が気になっている彼女そのものだった。性別以外は。
 その物語の主人公、牧原耀(まきはら あきら)は、彼女役である谷村統子に席替えをきっかけに声をかけられ、関係が深まっていくのだが、そんな話の様に自分も気になっている彼女に声をかけられたら良いなと彼は思う。
(現実は、そう甘くないよな)
 と彼が思った時、彼女はその本を手にして教室を出て行った。


(彼女はまた居ないのか)
 その日最後の講義の前の休憩時間の事、いつもの様に教室を出て行った彼女の席を彼はなんとはなしに眺めて、ふと視線を床に落とすと、彼女の机の脇にかかった鞄から小さなノートが落ちていた。
(なんだろうこれ?)
 と拾った所で、彼は友人に声をかけられ、とっさにそのノートを自分の机の中に押し込むとそのまま友人との喋りだしてしまった。
 そして、その日帰宅して、母親から弁当箱を出すように言われて、鞄を開けた時だった。
(あっ、返し忘れた)
 目についたのは、見つけたノートだった。
(まぁ明日で良いか)
 何も急がないで良いかと思い、とりあえず、言われた弁当箱を母親に預けた。

(で、何が書いてあるんだ?)
 いけないこととは知りつつもやはり気になるのがそのノートの中身。秘密の日記だったりしてな、と思いつつ彼はページをめくって見た。
(物語?)
 文字が羅列され、少し気が遠くなりそうになった。
(へぇー、こんなの特技があったんだ)
 やるなぁ、と彼は思いつつ読んでみた。
 その物語もまた彼女が読んでいた『つつじヶ丘三丁目物語』同様に恋愛物語だった。読んでいる本の影響なんだろうな、と彼は思いつつ読み進めて行き、最後の一節はこうなっていた。

――いつも通っているこの河べりの桜並木の下。普段歩いていたって何も感じることは無い2人だったが、こうして手を繋いで歩いて見ると、その道が案外長い事に気付いた。そして、ドラマの様に気の利いた話をしながら笑いあいながら歩くことは思いのほか難しい事に気付いた。2人の間に今、会話は無い。ただ繋いでいる手からお互いの気持ちが通じ合っていたら良い、それが今、2人の想いだった。幼い頃、ふざけあってただ追いかけあった薄紅色の花が咲いていたあの日から月日は流れ、若葉だけになった頃に結ばれるとは思いもしなかった。花は散りもう誰も桜だと意識しなくなった頃、2人の胸の中に咲いた薄紅色の花は、間違いなく恋だった――


(なるほど、あの日、あの道であの木を眺めていたのはこの物語を描く為だったのか)
 どうって事無いところに話を見出すなんて、やはり頭の構造が違うんだなと彼は思った。


 そして翌日の事。
「ねっ、ねぇ、昨日、この辺にノート落ちてなかった?」
 朝、彼が教室に辿りつくなり、彼女が訊いて来た。
「ああ、これのこと?」
 彼は鞄からノートを取り出して、彼女に渡した。
「ありがとう。探してたんだ、これ」
 彼女は嬉しそうだった。
「中身、見ちゃった?」
 恥ずかしそうに彼女は訊いて来た。
「うん。見させてもらった。良い話じゃんって思ったよ」
 彼は思ったままの感想を彼女に告げた。


 花がなくなり、黄緑色の葉で覆い尽くされた桜並木の側を碧色の河は今日も流れ行く。そしてその側を彼と彼女は歩いていく。二人手を繋いで、今日も明日も。(完)

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