DIL 関谷 久平

個々の内なる光を皆様と共に探究する関谷久平(晧元)のブログです。

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ソクラテス

2012年08月22日 21時39分50秒 | Weblog
「汝、己自身を知れ!」

あまりにも有名な一言。
しかし、誰も自分自身の事には解らないままだ。
そのまま一生が過ぎてゆく。
この一言の「呼びかけ」を知っていただけだ。

指導者とか教祖様になって人を導くようになっても、その人だってさえ知らない。
軽はずみに自分の偉かった部分だけは知っていると言う人なら沢山居る。
自分がやって来た仕事の分量だけは延々と語る人も居る。
大金を残した人も山ほど居た。
名声を博した自慢な人も多かった。

でも「汝、己自身はこれだ!」と正しくは誰も伝えられない。
どんなに秀才でも、本当の事は解らずじまい。
そのままで、実は一人ひとりの一生は終わっているのだ。

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漸くにして感性の優劣

2012年08月09日 21時59分48秒 | Weblog
優秀な人物とは、極く最近までは頭の良い人と決まっていた。難しい計算が素早く出来る人。難解な問題に結論が出せる人と相場は決まっていた。

小学校や中学校までに、これまでに有名な大学に入れる人か入れそうもない人と大体分かれさせられて、大学さえ決まれば、その後にはその後の一生までが検討がつけられてきた。

だから中学までに、こともあろうに「いじめ」の加害者側と被害者側までが分けられて来た。
多くの親が、それまでの優劣さえ早々と結論を出してしまっていたようにさえ思える。

しかし最近の大きな気づきは、頭の優劣に左右される問題では無いとされてきたことだ。
漸くにして人間は、頭の働きか?それとも心による感性の問題か?
このポイントがやっと重要視されて来たのだ。
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知が働くのが一番と

2012年07月09日 17時41分17秒 | Weblog
世界中の知識を寄せ集めては「だから何でも悟っていて一番偉いのだ」と自慢する人も居ます。
あれもこれもみんな知っている。「だから全員が畏怖しているから正座させて平伏すのが当たり前だ」と言う。

偉そうな人と言う者はやはり大した者です。

でも世界には、実はもっともっと本物がいる。
食べられない人に健康な食べ物をふんだんに与え。清潔な飲料水を充分に与え、目の不自由な人たちに綺麗な水を施し健康にさせている。

施す人々はコツコツと無償な愛を施しています。

昨年日本の大災害には、いち早く支援金1000億円を直ぐに援助し、今年になってからも第二段も準備されました。
お金があるからと言っても、決して国会議員の選挙に投じたりはしません。
本物は、初めっから名誉とか金バッチ等はどうでも良いと分かっているのです。
いつまでも分からない人達は、いつまでも分からないままでいます。

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宗教家たちの競争

2012年06月21日 16時21分01秒 | Weblog
それぞれ宗教の教祖が、自分が世界中で一番偉く悟っていると自信満々だ。

もっとも悟りが深いのは、他には無い幸せになるための知識で固めてあるからだと言う。

その知識が実は戦争の罠を造って来火種なのだ。
平和とはその戦争のために作りだされた産物だ。
過去の何百年も何千年も、そのために延々と築きあげられて来た。
宗教は立派な事を言っている。その理論が長年の戦争を止めさせないでいるのだ。
それが必要だっから。

立派な理論は誰の同朋にも飛び火している。
宗教同士は元より競争が大好きなのだ。
戦争を仕掛けなければ生きてもゆけない。
何処かを潰さないと立派な動きさえ出来ないのだ。
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世界中の宗教宗派

2012年06月08日 20時17分31秒 | Weblog
古代の指導者や有力者が出てくる毎に、それらを尊敬する人たちが集まると、信者の信仰が始まって教団が活動で動き出す。

今のこのままでも、文明が発展するごとに、神様への呼びかけでそれぞれ布教に忙しい。
教団が勢力を増すたびに、世界のどこでも戦争が始まる。
どこでもお互いが他教団の撲滅を狙って、年代が進む以上に命がけの戦いとなっている。

神の人間社会は、何のためにあるのだろう。
誰かを崇めるために、他の誰かを撲滅させんがため集団の勢力を育んでいる。
そして戦争は一生続くのだ。
愚かな人間社会。

その大昔には単純な信仰しか無かったのに。
日本神道のように、万物の八百万の神を信仰し、自然信仰の力を神とし、日々感謝と畏敬をもって人々が仲良く暮らしてたに。

自分の鏡を真正面に迎え・・・その魂を神とする信仰はいつ取り戻せるのだろう?




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信じるか または?

2012年05月24日 22時07分08秒 | Weblog
立て板に水を流すかのように、滔々と一見立派な理論を語る人が世の中には沢山いる。
説法のように、美味そうな料理の手順などに始まり、仕事の上手な段取り作戦。人材の育て方から営業利益の見込みほか。

一番力強い説法は政治と宗教だ。

この私に、あなた達の力を注いで下さいと訴える。
その力が貰えたら、あなたにああしてあげる、こうして上げると立て板に水。

あまりに滔々と喋るので誰もがそのまま期待して、その結果を待っている。
しかしその結果は、いつ?どのように動きだしてくれるのだろう?

政治も宗教も、その結果はなかなかなもの。
政治運動は、相手が居るので簡単にはおぼつかない。

しかし宗教は自分次第の結果で出てきて当然なのだ。
あの・・吾を信ぜよ!・・の名セリフはどうなったか?
結果が出たのは誰か一人の天下どり。

それでもあなたは、信じてどこまでも着いてゆくのか?
それとももうここで、自分はどのように切り替えてゆくのか?


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幼子と成人の違い

2012年05月10日 21時12分46秒 | Weblog
幼子は何処の子供たちも天真爛漫だ。
特に自分の親に着いて遊んでいる時は、まさに天国の住人そのままに見えてくる。
何故あんなに安心そのままでいられるのだろう?

普通で思えば、これからの人生は危険がいっぱいなのに何故なんだろうか?
ただ先のことなど知らないから平気でいるだけなのか?
幼子だけは、ウキウキでいつもルンルンでいいのだろうか?

それに比べて大人とは、どうしていつも深刻な難しい顔ばかりしているのだろう?
何かに備えてるように、心配ごとばかりのように見えてくる。
聞けば、「薬が無ければ眠れない人」が随分多いようだ。

何の不安も無く、毎日「生かされているだけで丸儲け!」と言う感じの人のナント少ないこと!
結局頭をもっと使えるようにと、長年の訓練ばかりして来たのかな?
そうして次は、どうしたら幸福が掴めるだろうか?と言う訓練に夢中で頑張っている(笑)
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今年もアースディ2012年

2012年04月20日 08時19分16秒 | Weblog
地球の環境内で、人々がどのように真の平和で過ごして行けるのでしょうか。
それらを目指して、今年も渋谷区NHKの大きな会場でのイベントが開催されます。

この大きな意味にも沢山のイベントが賛同されて、主義主張に片寄のない動きが伝えられて行きます。
大きな目標で、大変喜ばしいことが伝わっています。
昨年からは、東北大震災援助の如何にすべきかについては、世界中の課題が浸透されています。
また一方でが、小さな行動からどのように心的なケアについては、先月のベニシアさんの講演の意味は大変助かりました。

今月の明日からは、アースディについて以下のコメントがありましたので参考までに。

12万5千人の人が参加した昨年のアースデイの、アンケート2万人か
らの傾向です。

参加は女性が60%(多分アンケートに応じた人から)25歳~45歳
がそのうち55%を占めます。
夫婦をメインとして子供連れファミリーも数が多い。
15歳~50歳までの方々がターゲットになります。

食事やライブも含め滞在時間は4~5時間と言う統計があります。
どんなテントで何を訴えているのかに興味を示すと言うことでもありま
す。

まずは明日明後日と、その意味を感じ取りながら楽しんで下さい。
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昨日から桜の花が

2012年04月05日 09時09分57秒 | Weblog
あの猛烈な強風が去ったら、関東一円も昨日の朝から桜が咲きだしました。

今年は寒い冬の日が続いて、仲間内の賑やかな交際ですら、かなりお互いが控えめだったようです。

それが一転、誰の頬にも元気な笑顔が咲き出しました。

春夏秋冬の自然の恵みって、改めて有難い事だと感じています。

これからの日々は、日本中が一つずづ変化成長して行くと期待したいものですね。

まず、あの被災地の復興で、日本中の人々が、本当に安心出来る土地の確保。そして安全な食糧の問題。生活出来る仕事の確保。

とても時間がかかりそうですが、一つ一つの積み上げだけが喜びとなって、皆のお互いの助け合う力で安定をつかまえてくれます。頑張って行きましょう!

たまたまちょうど昨日、大阪と青森の熱戦で高校野球も終わりました。

あの選手宣誓の力強い若さは忘れられません。素晴らしい印象として国民の全てに行き渡りました。

そして春の暖かい日が始まります。

新しい一日を、さあ始めましょう。





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生きながらえたいわけ

2012年03月19日 22時28分44秒 | Weblog
ほんの先日であったように思えている。
それは誰でも無くあなたのこと。
自分でもまだ僅かな時間の通過だけでしかないのであろう。
それなのにふと気がつくと、あっと言う間に、あの時からもうこの自分でさえもう年齢を重ねている。

このまま何年も歳を重ねるつもりか?

何のために?
何がしたくて?
どうなりたくて?

一生を考えてみれば、金が欲しいわけじゃなし?
財産や地面が欲しい?あるいはお城を造りたい訳じゃなし?
名を残したい訳でもなし?

人生で何がやりたいのだろうか?
自分が生かされているこの一生の内に?

そうだろうな。
?????????
世界一のインターネット支配者でも、大金持ちでもないし。
国王でも、大統領でも、知識者でも、将軍様でもない。

そうそう。世界一の満たされゾーンを自分で味わうことでした。

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喜怒哀楽から自由に

2012年03月05日 10時38分36秒 | Weblog
人間は誰にも喜怒哀楽を受けらり、発信したりしながら一日を過ごしている。
考えてみると、周りの影響を受けながら、それに応じて自分がその結果、また後から発信しているわけだ。

自分に都合の良いことを聞かされると喜び、都合の良くないことにはその反対だ。
時には怒り、また時には哀しむ。
その感情の揺れ動きには、誰もが流されながら日々生きている。

この娑婆では、自分の自由にその喜怒哀楽を調整することは出来ないものだ。
なぜ出来ないかと言えば、一人一人の心の中の中心には、誰もがもう一人の真っ正直な人が居るから。

その真っ正直な自分と言う人には、如何なる宗教指導者でも教えに帰依させる事ができない。
最後の一本の筋金入りで、そこでは誰もが真っ正直に自然になる。
この世では、最後の最後にどれほど責め込まれても、自分が先ず「喜びに満たされて、次に共に喜ぼうとする」願望と行為以外にはないのだ。

喜怒哀楽は自由自儘には操作できないが、ある一定時間の自分の財産にする事はできる。
この喜びには、漂流している宝島の鉱脈を、我がものに独占させる喜びがある。
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学習組から行動組から

2012年02月21日 17時12分58秒 | Weblog
幼なかった自分たちが、子供のころから両親は勿論のこと、兄弟からまた身近な先輩から一つひとつを教えられ、智慧として重ねるたびに自分が成長して大人になってきました。

だから大人から教えられるのは、人間だれでもが慣れていて、しっかりとした知識を貰いながら成長してきています。その知識量の大きさが、その人間としての魂の大きさのように計られて来ました。

特に僅か数十年ほど前ならば「読み、書き、ソロバン」と言われた知識の時代がありました。

しかし最近では子供から、あまりそうでもない人も沢山います。その人たちはもう一方のパワーを持っている「よく喋り、よく行動する一派」なのだろう。

過去には、知的で優秀な人たちの軍団も、最近では大きく変わってきた感じがします。
かつては目立たない一団であった一派も、近年では逆に押されっぱなしの傾向です。

近年のように、ただ生きているだけで大変な時代だから、もっと原点の人間らしさがなければ生きてはいられない程なのかもしれません。

健全であることの人間らしさ。それがこれからの仲間に必要な本当の逞しさなのだ。
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日々の判断で戦争?

2012年02月03日 09時35分50秒 | Weblog
前回は人びとの感情に左右される判断と実行で、歴史が作られて来た始まりの一部を書いたが、広く過去を見渡すのも改めて同感に思いました。

一般大衆による事ではなく、一国のリーダーの気分でも、その時の判断で全国民の運命までが左右されて来たのです。

いま毎日、国会での答弁会でもそれを怖ろしいぐらいに感じられます。

たとえば、かつての世界第二戦争による犠牲者数を見直しても、まさしくその結果が伺わせられます。
アメリカ70万8千人。イギリス35万人。イタリア39万人。日本10万4千人。
この事実は、誰がどんな事を企んだり、実行させたりしたのでしょうか?

みんなその国その国の指導者たちが、決断によって判断しているものです。
大衆の人望高き指導者たちが、自分の考えで「これで良し」と、いまも腹を決めています。
こうして現在の先を読んだなら、戦争はどちらにも両極端に見えて来ます。

いま!日々のイライラもなく、昨日と今日に豊かな安らぎが在るように。
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繰り返すは歓びか?

2012年01月17日 21時46分11秒 | Weblog
皆が新年のご挨拶を賑やかに交わしまくっていた。
口々に東京では、今日で33日間も雨が降らずの乾燥続きであり、大変な寒さが吹きつけている。

乾燥肌の人には毎日痒いばかりで、かなり気にされているような人が多かった。

人の感覚感情には、そうした困った感情的な気分に煽られたり、一方では気持ち良い気分で嬉しがられて一日一日と過ごしている。

勿論体の問題言葉だけじゃない。
一番左右されているのは、日々の対人感情に動かされているもの。
誰もが、一瞬一瞬に喜怒哀楽の百面相が見え隠れたりしてるようだ。

どの人間も、それぞれの生きている一日が、本当に大変だと思えてくる。
それぞれに、自分も他人もその言葉に反応させられながら頑張って生きている。

聖書の最初の一言は、全ての人びとに深い意味を持っている。
「初めに言葉ありき」だ。

誰にも四六時中、歓びの言葉ばかりが繰り返されたなら、この世は嬉しさばかりで満たされるだろうに。






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謹賀新年

2012年01月01日 08時18分58秒 | Weblog
明けましておめでとう御座います。2012年の夜明けです。
本年も何卒よろしくお願い致します。

今このブログを見ると、機械的に何度か刷新されたりしながら、新しく繋げられて今回が1333回目のブログとなっておりました。

時代はどんんどん流されて新しい流行が生まれますが、我々のシッカリと感じられている「満たされゾーンの喜び」の探究と、その平安な世界の実感への動きには一貫して進んで来ました。

文明を追いかけたり、また近年の文明を追い越そうとしたりと、頭を使っての幸福探究法とは大きく違って来たものがあります。

世界中の人間は、生まれながらにして、この世に生きている限り、文明文化の発展には関係なく、ただあの一点に欲しいとする生き方を持っていたのだと、解かる時代を先読みして来たのでした。

新たな一年に向かって、この真に幸福の原点として「満たされゾーンの喜び」に賛歌の光を当てて味わいながら、嬉しく今を生きて行きましょう!
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