恵みの時に
あなたは
神に引き寄せられ 神を愛して
その御方を 永遠に 完全に 所有したい
と 望みました
そして 自分の変わりやすさのために
神を失うかもしれないことを 恐れて
あらゆる 可能な変化に対して 自分の愛を保証するために
あなたは 自らを“縛り付ける”のです
オデュッセウスが
海の魔性セイレーンの誘惑から 身を守るために
柱に 身体を縛り付けさせたように
変わりやすい 心を
律法で“縛る”
人の心は うつろいやすく 疲れやすいのだから
恵みの時に
あなたは
神に引き寄せられ 神を愛して
その御方を 永遠に 完全に 所有したい
と 望みました
そして 自分の変わりやすさのために
神を失うかもしれないことを 恐れて
あらゆる 可能な変化に対して 自分の愛を保証するために
あなたは 自らを“縛り付ける”のです
オデュッセウスが
海の魔性セイレーンの誘惑から 身を守るために
柱に 身体を縛り付けさせたように
変わりやすい 心を
律法で“縛る”
人の心は うつろいやすく 疲れやすいのだから
神を失うかもしれないと、いつも恐れています。
自分の不信仰のために
自分の罪深さのために
自分の怠慢のために
自分が人を傷つけたから
と自分を責め縛り付けて恐怖の中にいます
わたしのことだわ。
可能な変化を阻止していたのだね。
神の愛の中にどっぷり完全にゆだねきれない
わたしです。
今年もアドベントなにもせずに終わりそう。
クリスマスまでに気持ちを整えて明け渡して行きたいです。
気が付いているって 素敵
変化の第一歩ですものね!
既に 第一歩は踏み出している証拠
神さまって
パウロの回心みたいに
急激な劇的な変化を望まれる時もあれば
四季の移ろいのように
自然な変化を 望まれる時が
あるような 気がします
昔 私は パウロの回心のような急激な変化を
望んだけど
次第に 自然の移ろいのような変化への憧れも
感じるようになりました
年をとったお陰かなぁ・・・