廃校利用 山里の美術館「共星の里」

福岡県朝倉市黒川の「共星の里」のイベント情報や楽しい体験記を掲載。
左下のお好きなカテゴリー(1~16)毎にどうぞ!

慰霊祭後の発掘物の説明

2011-07-13 16:44:25 | 9.山里の四季・風土
スタッフよしえです☆

黒川院のお話、続きますので付いて来て下さいね~!


共星の里のレストランに移った皆さんの前で、
発掘現場から出土した品々のお披露目と説明がありました。



種類別に分けられて大事に保管されています


これはみんな大好きな、動物の出土品☆
ここのキャラクターにしたいくらいです!!

『犬』





『猿』


『カニ』


こんなにキュートで人懐っこい愛らしい姿の動物が
神の遣いだとしたら、ここ黒川って本当にステキ~
って思いませんか?!


説明に聞入る住民の皆さんの表情も真剣です



さぁ、この後は直合(なおらい)の始まりです~☆

黒川院について

2011-07-13 16:13:45 | 9.山里の四季・風土
色んな資料を基にまとめてみましたが、
万が一間違いなどありましたら、関係者の皆様、
お知らせ下さいませ。。。



英彦山の記録によると、平安時代の819年(弘仁10年)に
彦山が嵯峨天皇より寺領七里四方を与えられ、彦山の荘園となったとされています。
中世南北朝時代の1333年(正慶2年)12月、後伏見天皇第6皇子長助法親王が
南北朝の戦乱を逃れ、彦山の座主(ざす)として入御され、
その館を上座郡黒川村(現在の朝倉市黒川)につくり「黒川院」と称したとされています。
この長助法親王から舜有法主まで14代の座主が黒川に館を構えました。

1578年(天正6年)、当時の座主・舜有法主は、北部九州を押さえていた
豊後の大友家に対抗していましたが、筑前夜須郡の秋月種実が彦山に背き、
同年12月には黒川院も秋月軍により焼き討ちされ灰燼に帰しました。

その後、15代彦山世襲座主深有尼の時代の1587年(天正15年)の
豊臣秀吉による九州平定の後、彦山は領地を没収されてしまいます。
筑前に小早川隆景が入った後一時期同家により当地を寄進されますが、
再び取り上げられてしまい、座主は黒川を去ります。
この記録から、黒川院は約250年もの間続いており、
また、天皇家からの皇子が来られたことから、
位の高いお方が使っていたであろう様々な品物が発掘・出土しています。 


また、彦山修験道の即身即仏を念ずる参龍修行場として、
「彦山流記」では49か所の霊窟をあげており、
黒川の岩屋権言もその1つといわれています。
なんで、こんなところにこんな岩が?!というような、
この地の山の大きさからすると大きすぎるくらいの
岩が祀られていますよ!

なお、彦山神領・彦庄内の各村に置かれていた彦山麓七大行事社の一つである
黒川高木神社は、平安時代822年(弘仁13年)の創建と伝えられています。
10月29日を中心に前後数日間行われるオクンチは、筑前朝倉の宮座行事として、
福岡県の無形民俗文化財にも指定されています。




遅ればせながら4/29の黒川院歴代座主慰霊祭の様子

2011-07-13 12:47:45 | 9.山里の四季・風土
スタッフよしえです☆

事務仕事や次回展示の準備に追われ(またまた言い訳ですっ!)、
ずっと先延ばしにしていたブログの更新を頑張っていきますので、
もう春のことですが、皆様お付き合いの程を


春に黒川で毎年行われている儀式が、4/29に執り行われました。
ここ黒川には、彦山の座主が初代から14代まで居を構えていたと言われています。
現在の英彦山神宮の宮司さんと氏子さんたちがお見えになって、
その歴代の座主を弔う為の慰霊祭が毎年行われているのです。

で、その黒川院についてはまた別記事で!



慰霊祭は、共星の里のすぐ近くの地区の馬場公民館で行われています。


地区の方々が、慰霊祭の準備で飾り付けをしておられます。


この慰霊祭が始まると、そこからは粛々と進んでいくのです。
聞こえてくる言葉は、祝詞のみ。
最後まで一切口を開かずに事を進めます。







そしてお供え物も順々に手渡しで運ばれます。



参列者ひとりずつ拝みます。


そして最後にはお供え物をまた全て頂きます。






実は、共星の里も毎年お誘いを頂いていて、
今年は代表の代わりに柳センセーが列席させて頂きました。
そして、この貴重な写真を収めてきてくれました!
この時間のこの空間だけ昔にタイムスリップしたような、
神聖な空気が漂っているんでしょうね~・・・。

それで、毎年のことなのに、なぜ今年初めてこうして
ブログでお伝えしているのかというと!

この慰霊祭の後に列席された皆さんや地域の住民の皆さんでお昼を頂く
“直会”(「なおらい」「なおらえ」という宴会で、神と人とが共に食事をして、
神様の力の一部を自分にちょうだいするというのが意義、目的)の為、
今年初めて、その用意を共星の里にお願いしたいとお頼みがあったからなんです!!
本当に有難いご依頼で、私たちも身の引き締まる想いで、
しかも、楽しく嬉しく準備させて頂きました。

それがこのキッチンでの様子☆


こんな大それた歴史ある行事に関わらせて頂き、有り難うございます!!

この慰霊祭の後、共星の里のレストランにて、
黒川院跡からの発掘物の紹介などがあり、
最後にお昼ごはんとなります。
その様子もちゃんとお伝えしますね!



ちなみに、ちなみに。
昨年はちょうど、船尾修さんの写真展「カミサマホトケサマ」が開催中で、
船尾さんはじめ、前日の夜にスペシャル対談のイベントに来て頂いていた
作家の田口ランディさん・風の旅人の編集長の佐伯剛さんと共に、
お連れの方々もこの慰霊祭に列席されたのでした!
私も参加したことないのに羨ましい~!!と思ったのを思い出します。。。
その後、英彦山神宮の宮司さん方に船尾さんの写真や館内を見て頂き、
ここがご縁でまた新たな出会いがあり、
院が発するパワーに皆惹きつけられているのかしら?と思う一時でした☆

今年も暑くなりそうですね~!!

2011-07-13 12:21:38 | 9.山里の四季・風土
スタッフよしえです☆

やっと梅雨が明け、一気に夏モードの共星の里です!
とは言え、梅雨明けが例年よりも早いですね~。
セミが待ってましたとばかりにあちらこちらで声を上げています♪
とりあえずは夏の幕開けのお知らせです☆

長雨で元気のなかった畑の野菜たちも、
ここから本領発揮の様子で、実を熟していってます!
今年は、柳センセーが色んな種類のトマトを植えてくれたので、
収穫が楽しみ~
一番に植えたバジルが雨でヤラレてしまったので、
第二陣のバジルもどんどん成長してもらって、
レストランでのジェノベーゼに貢献してもらわなければ・・・!



そして、こちらは先程撮ってきました、黒いトンボ。





調べてみたら、カワトンボ科の“ハグロトンボ”というものみたいです。
主に清流なんかの周辺で飛んでいるそうで、
今日は校庭にわんさか!自由気ままにフライトを楽しんでいるようです!!