小さな酒屋の日記

京都の東山の麓に佇む酒屋の日常生活です

keiはん

2019-10-10 22:39:07 | 日記
三条しじょうごじょうしちじょうとうふくじとばかいどうふしみいなりふかくさふじのもりすみぞめたんばばしふしみももやまやわたちょうはしもとくずはまきのごてんやまひらかたしひらかたこうえんこうぜんじこうりえんねやがわしかやしまおおわだふるかわばししんかどまかどまもりぐちしどいたきいせんばやしのえきょうばしてんまばしきたはま淀屋橋!



苦労しておぼえた地元のわらべ歌も
時代が変わるとどんどん変化するものですね



2025年をメドに新しい地元歌を覚えたいと思いますが^^
その頃にはまた変化している事と思われます。。



今日は電車話をたくさん書くつもりで臨んだブログでしたが

かなり疲れましたので

食事の片づけをして眠る事にします。。。



おまけ

風雨に気を付けろとのお触れが来ましたので



保護塗装と釘チェックをしました。



人気が下火になっても
継続は力なり ですね
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不可能の文字無し!

2019-10-03 22:23:49 | 日記
私の辞書に不可能の文字があるのかどうか調べてみたところ・・・



ありませんでした!

皆さまも手持ちの辞書でお探しください

相変わらずネムイので今日はここまで

おまけ

ひゃー、たすけてーーーー

高齢者に抱きかかえられ

塀の向こうに放り込まれそうになりました!



五十年以上前の事ですが。。
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地元限定「てうでんす」伝説

2019-09-23 22:21:52 | 日記
雪舟の生きた時代は
平安時代でもない江戸時代でもない中途半端な時代ですので
世間の歴史好きからも見放されているのが正直なところです。



地元ですぐに見れる唯一の国宝「東福寺三門」の二歳年上って覚えれば少し解かるかもです。

雪舟がこの三門と遭遇したのは五歳の頃と地元では伝えられています

その理由は武士の名家に生まれながら



武士になるための勉強を全くしないで
絵ばっかり書いていることから

この地へ絵を習いに来たそうです。。

思う存分書かせたらそのうち飽きるだろうし・・・ね



結果、教えた人が最強絵楽奏者「てうでんす」って事が
間違いの始まりだったんじゃないかな?

飽きるどころかより一層
絵の世界に魅了される事になってしまいました。。

その頃「てうでんす」はすでに70歳を超えた隠居老人でしたが



この方も筆を持つと目が輝く様な人で
幼少の頃は絵ばっかり書いて怒られつづけ
厳しい師匠「大道一以」にこの地へ連れてこられた人でした。

何となく幼少期の自分自身と遭遇したような気分になったのかも知れませんね

この話をずっと続ければ



「狩野永徳東福寺の変」まで続くのですが
さすがに眠いのでここまでにします

おやすみなさい・・・ZZZゼットゼット





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茶人「雪舟」

2019-09-16 21:52:59 | 日記
一応、雪舟六百歳祭に向けて動いてはいるのですけど・・・

何となく雪舟ぽい画は見つけましたが



緊急対策本部を設置し忘れたので

一人騒ぎするだけで
終わるんじゃないかって思います。

雪舟画好きな方には耳に毒かも知れませんが
この方は多方面に携わったバラエティーな文化人のようで、

私の町にはチラッと雪舟の茶人性記録があります。



茶人と言いましても茶道人ではなく
茶の薬滋時代ですので
桃山文化の茶人とは別世界になります。

またゆとりのある時、
想定外雪舟の姿をご紹介したいと思います。

おまけ

各駅停車「山陰号」



京都22:06発 出雲市行き夜行列車

こんな感じの車両でした!
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冷や卸し廃止仕込み

2019-09-11 15:06:00 | 日記
秋酒の準備は着々と進んでおります。

冷や卸し廃止仕込みなるお酒を考案協会していたのですが
企画倒れで一段落。。。

2025年をメドに改善策をはかりたいと思います。

ところで・・・

先日の都人の褒め言葉に調子に乗ったのか

生まれて初めて小松菜料理に挑戦しました!



しかし調子乗りはあかんね~

いきなり味醂とお好みソースを間違えて入れてしまい


(上から見たら解からんですわ)

何とも言えない味わいの
「小松菜とお揚げのたいたん」になりました。

更にその後

親のマット干しをした途端!
法性寺入道の顔色が変貌し



大雨は降るは雷は鳴り響くわ

てんやわんやの大騒ぎ(ひとりで・・・)



これじゃ親孝行しているのか
親をいじめているのか解からんです

よって、頭休めにブログ書いてます

かなり久々の昼間ブログでした
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