KYO‐Gのコラム

大好きなハワイ、トライアスロン、ロードバイク、サーフィン、スキーその他興味があること、そして単なる日記(笑)を書きます。

新聞の文章、新聞の将来について思ったこと。

2006年05月28日 08時26分03秒 | 日記

産経新聞の有料WEB配信「NET VIEW」を購読していますが、読んでいたら違和感を感じました。

他の新聞の社説にあたるもので、その部分を執筆する人は、その新聞社でもっとも優秀な人が担当すると中学生の国語の授業の時に習いました。

しかし、この内容を見ると残念ながらそのように感じませんでした。
この内容は、「朝食をとらない子供が増加していて、その責任は親にある。経済活動が主体となり、本当の幸福は違うところにあるのでは?」というものです。

そこで、違和感を感じたのは、下記の内容です。

産経新聞 2006年5月28日 「主張」より一部抜粋

朝、家族が食卓を囲み、同じものを食べることの意味は、単に一日の活力源の摂取だけにあるのではない。子供にとって一人で上等のビフテキを食べるより、質素でも家族みんなで食べるご飯の方がよほど重要なのである。

この文章の意味はわかりますが、文章の内容としては30年前の中学生なみのものと思われます。

まず、ビフテキという言葉ですが、明らかに死語です。
もしかしたら、今の高校生以下では通じない言葉かもしれません。

僕もこのビフテキという言葉はきちんとした会話で、30年くらい使っていません。

さらに「上等」のという言葉までプラスされています。
上等という言葉自体は正しいのでしょうが、これもあまり使われていません。

さらに、問題としている主題として「ベネッセ食育研究所の調査によると家族全員で朝食をとる家庭が三割を切る一方、子供だけで食べる孤食の家庭が三割を超えた」としている。

贅沢な食事が問題にはなっていないのです。
言いたいことはわかりますが、違う表現が欲しかった。

この文章を読んでいたときに、「社説がこの程度でいいのかなぁ」と思っていたら、この欄の名前が「主張」だったので、社の説ではなく書き手の主張ということで「まあいいか」と思いました。(笑)

この文章は想像ですが、60歳近くのベテランさんが自分の考えだけを文章したのでしょう。さまざまな世代が新聞を読むということを考えに入れないで。

産経新聞にも20代の若い世代や30歳代がいると思います。
世代を超えて支持されるように、校正するときに書き手とは異なる世代に読んでもらうことが必要です。

もし、そうしていれば、すくなくても「ビフテキ」は削除されたでしょう。


いま、新聞を数紙読んでいますが、新聞の内容も少子高齢化の対応がすすんでいるように感じます。

もっとも多くの読者層にあわせて新聞紙面をつくる必要があるのはわかりますが、興味がない読者がいることも知って欲しいです。

増加している記事のジャンルは、「健康(とくにリタイアした方が対象のもの」、「初心者のパソコン関連(これもリタイアの方が対象?)」です。

若い世代はその両方とも必要がありません。
このままでは、新聞の購読数が激減して行く可能性があります。記事の内容を変えることが必要かもしれません。

インターネットのニュースや記事で新聞の代用が可能になってきました。インターネットの情報が新聞の内容と変わらなくなっています。
そのまま新聞の記事を流用しているものも多くあります。

インターネットではさまざまな新聞社の記事を読むことが可能です。

以前にブログで、新聞の意義について「新聞の紙面って考えつくされて作られているので、自分の興味がないものでも情報として持っておくには良いものがあります。バランスのよい情報は、新聞紙面を読むことで吸収できるのです。」と書きましたが、「新聞を定期購読しなくても問題がない」に変わってきました。

「定期購読する新聞は必要ない」。
このままでは、この結論に達しそうです。

【参考】
産経新聞の「主張」が無料のWEBで提供されていましたのでリンクします。





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