京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

小松谷

2016年06月21日 05時09分00秒 | 社寺
ここは、小松谷正林寺(しょうりんじ)、あまり有名なお寺ではないかも。
でも『平家物語』では、この小松谷という地名は出てくる。
平重盛(小松殿)の別邸で、48の灯籠をともして念仏させたという灯籠堂のあったところで、平家没落後、九条兼実の山荘となっていた。ここに法然を招き、法談をし、法然を戒師として兼実が剃髪出家した旧跡。法然がここに居住していたこともある。


↑小松谷正林寺の山門

最近の若い世代に通じるかなぁ・・・。
平重盛は、平清盛の嫡男。
法然は、浄土宗の開祖。高校であれだけ習ったのに「仇を討つことなかれ!」と父親にいわれた・・・ぐらいしか憶えていない。少年京男は「オレなら武芸の修行して、絶対仇討ちしたる」と思っていた。



圓光大師というのは、法然の大師号。「大師」というのは、高徳な僧に朝廷が与える尊称。一番よく知られているのは「弘法大師」。
「大菩薩」や「菩薩」も同じようなもの。
「権現」なんかもそうかな。
「マグマ大使」の「大使」はちょっと違うか。「マグマ大師」なら金色で坊さんの姿をしているかもね。頭の中では、姿が出来上がっているのですが・・・。



「入門者上求菩提(にゅうもんしゃじょうぐぼだい)
 出門者下化衆生(しゅつおんしゃげけしゅじょう)」
意味はどういうことかというと
「この門を入る人は、上には菩提を求める。そして門を出て行く人は、下に向かっては仏の道を説き迷える人を教化求道すること」という意味。
それに励む人を菩薩と呼ぶ。
僧侶とは仏と一般衆生をつなぐ人。
悟りを求め、日々修行に励み、得たことで迷う人を救うことを菩薩行というのでしょうね。



菩薩とは?
成仏を求めるための修行中の僧侶。
別に僧侶だけじゃなく、これからの時代は普通の人が肉体を持ちながら「悟り」を得ることが大切なことだと思うようになってきた。
僧侶は最近、衆生からお布施はとっても救おうとはしないものね。
もうプロの宗教家からアマチュアの在家の時代かもしれません。
だれでも即身成仏できなけらば、意味がないもの。
なんて偉そうなことをこの山門を出たり入ったりしながら京男は思ったのでした。

※オマケ/久しぶりに作ったパスタ



自分で作るのがやっぱり好きです。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« ネパール料理が食べたい?! | トップ | 辛い目で! »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます (すー)
2016-06-21 13:21:02
>僧侶は最近、衆生からお布施はとっても救おうとはしないものね。
そんに僧侶を知っている訳ではありませんが、少なくとも私の出会った僧侶はそんな感じかも!?
>すーさん、こんばんは (京男)
2016-06-21 22:24:55
みんな神仏を信じていないかも。そのくせパワースポットなんていう。訳がわからない。
僧侶でも仕事としてやっていますね。みなとはいいませんが。

コメントを投稿

社寺」カテゴリの最新記事