京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

シイタケ

2019年10月17日 02時25分37秒 | 
食べ物の好き嫌いというのは不思議なものです。
次女の夫婦は、シイタケが食べられない。
シイタケだけでなくキノコ全体がだめみたい。


↑龍鳳「からし入そば」

アレルギーなんだろうか?
確かにシイタケ皮膚炎というのあるらしい。
バーベキューなんかで生焼けのシイタケを食べる。しかもアルコールと共に食べると発症するのだそうです。男性に多いらしい。
食べて1〜3日後、首や腕、腹や背中などに激しいかゆみが表れ、我慢できずにかくと、かいた部分が発赤し細かい水疱(すいほう)ができるそうです。


↑取り皿がこういう状態になった

彼らはそういうことではないらしい。
給食の影響かな?
たまたま、シイタケの欠片を食べ、あの独特な歯ごたえと味が嫌だったのかな?
それが他のキノコ類に発展した。ピーマンやグリーンピースなんかも同じように嫌いになるケースがある。
次女は、ピーマンは食べられる。でもグリーンピースは嫌らしい。



長男は、魚介がだめなんです。
きっとあの生臭さがいやなんだろう。
長女は、海老だった。
でも大黒屋で上天ざるの海老天を食べてから食べられるようになった。どうやら味の問題だった。
同じものを食べて育った子供なのに、好みが変わるのは不思議。
次男は、魚介は平気なんです。でも彼はアトピー体質だった。


↑肉だんご甘酢煮

私も生まれてから中学ぐらいまで、食べられるモノが少なかった。
凄い偏食だった。
すき焼きなんかでも、ラードの塊と焼麩、生卵しか食べなかった。小さい時から皮膚科にはよくかよった。生卵が好きだったけど、2個食べると蕁麻疹だった。
そういう体質を引き継いでいるのかも。
なら悪いことをした。
もちろん、小さい時、シイタケは食べられなかった。巻き寿司や伊達巻で、食べるのは卵だけ。当時は、ご飯もだめだったのです。
だから、背が小さく一番前の席でした。あばら骨も浮いていた。しかも右脳中心の人間で勉強もできない。絵や運動は凄かった。声もよかった。あの時、みんなの前でいつも歌を歌わされるのが嫌だった。音楽の先生がうまくおだてたら、人生が変わっていたかも。

先日、次女と龍鳳にランチを食べに行った。
無意識に「からし入そば」と「肉だんご甘酢煮」を注文した。


↑これにはシイタケが入っていない雰囲気。よかった。

「からし入そば」が来たら、次女はしっかりシイタケをチェックしていた。
で、私の取り皿にシイタケを入れてくれた。
そこまで私は気付かなかった。
「春巻」には、きっとシイタケが入っているから注文しなかった。
「肉だんご甘酢煮に入っている?」と一瞬思った。
きっとアレルギーでないから分からなければ食べても大丈夫なんでしょう。

そういえば、私、ホットミルクが飲めないというのがある。
あきらかに給食の影響です。
私の時代の小学校は、給食に脱脂粉乳の影響ですね。
しかも、飲むのを強要された。
私は6年間で3回飲んだだけです。
いれられても、先生の前で棄てに行った。
最初は、かなり怒られた。でもどう言っても飲まないので先生も諦めた。
その代わりと言ってはなんですが、給食のおかずは好きだった。
竜田揚げなんか、昼休みに給食室に言って、給食のおばちゃんに「今日の竜田揚げ美味しかった」と言いに行き、残っているのを給食室でちゃっかり食べていた。そのあたりは現在の京男の片鱗がうかがえる。

暖房は石炭ストーブだった。あれで魚肉ウインナーを焼いて食べたりしていたな。
中学は、給食から開放されました。
なにを書いているんだ・・・すんませんなぁ。

和菓子
クリエーター情報なし
河出書房新社

↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)000(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

Twitter→@kyo_otoko
コメント (4)   この記事についてブログを書く
« 入門・出門 | トップ | 新京極通 »

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おはようございます (すー)
2019-10-17 04:35:57
本当に人の食べ物の好き嫌いとは不思議なものですね。家族で同じもの食べていても、好きなもの嫌いなものが違ってくる。本当に不思議です。
わが家の子供たちは二人とも生魚(お刺身)が苦手です。
>すーさん、おはようございます (京男)
2019-10-17 04:41:27
家族の食べ物の好き嫌いは不思議です。
娘さんたちは、生魚が苦手なんですね。
私もお寿司屋さんにいくけど、握り寿司は食べないです。この間、回る寿司の赤だしに魚のあらがはいっていました。それが冷たかったので残しました。あれはないと思う。二度と生きません。秋刀魚の焼いたのを食べて、内臓がどろどろだったのもいやです。
食べ物 (常盤万作)
2019-10-17 08:02:55
京男様おはようございます。
亡父は兵隊上がりですから「全部食え」でした。そのためか偏食はありませんが、肥満になりました。今となれば感謝しています。

「親の意見と茄子の花は、千に一つの無駄がない」えらい古い言葉で、すみません。
もったいない (京男)
2019-10-17 08:12:00
確かに父親の世代は、棄てるのに抵抗を示します。
先日、寿司屋で赤出汁の中にころんと魚のアラが入っていました。食べようとすると冷たいのです。食欲が失せ、汁だけ少し飲みました。あの寿司屋は二度といきません。秋刀魚の塩焼きを食べて、内臓がドロドロになっているのも気持ち悪いですね。基本は全部食べるのですが・・・。
昔はアレルギーってなかったのかな?
私は親の意見の逆を選択するタイプでしたね。

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事