京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

神猿さんと大黒さん

2019年07月08日 06時19分23秒 | 社寺




新日吉神宮(いまひえじんぐう)には、神様のお使いである「神猿」がいます。
これは、山王信仰(さんのうしんこう)の影響です。比叡山麓の日吉大社(滋賀県大津市)より生じた神道の信仰です。
この山王信仰は、神仏習合という側面があります。
日本の宗教のすごいのは、この神仏習合ですね。簡単にいうと神も仏も元は同じであるという考え方。こうすれば何でも取り込める。日本のすごい所です。


↑新日吉神宮「神猿」、逃げないためというより、猿のような人間からの悪戯防止なんでしょうね。

滋賀県大津市坂本の日吉大社は、大山咋神と大物主神(または大国主神)を祭神としています。
だから新日吉神宮も主祭神は同じで、神様のお使いが神猿(まさる)なんです。
大津市の日吉大社では、本物が猿さんが神の使いとして飼われている。
なぜ猿なのかは、わからないそうです。
これがあるから猿が農作物の被害があっても駆除しづらいのかも。



新日吉神宮は、漢字の読み方は違うのですが、日吉大社との関連で「新」が付いたのかな?
調べるともともとこの神社は、豊国廟のところにあったらしい。秀吉系ということで徳川時代はさびれていた。いまの場所に移動して新しく作ったのが明治30年(1897)で、名前が現在の名前になったのが昭和34年(1959)なんだそうです。
意外と新しい。


↑本殿の所に置いてある「神猿」





大黒さんが置いてあるのは、最近の話です。
大黒さんは、もともとインドのヒンドゥー教の神様。この神が、密教の伝来とともに日本に伝わり、天部と言われる仏教の守護神達の一柱として認識された。もともと軍神・戦闘神、富貴爵禄の神でした。
初期には真言宗と天台宗で信仰された。
日本の最澄が毘沙門天・弁才天と合体した三面大黒を比叡山延暦寺の台所の守護神として祀ったのが始まり。


↑ゑビスさんは、なんで居てはる?友情出演ねっ!



その大黒天がいつの間にか大国主神と習合した。
室町時代になると日蓮宗においても盛んに信仰された。
日本の習合ってすごいですね。なんでも御利益にしてしまう。
また、われわれ庶民は、仏教本来の教えである「大悟」なんかより「現世利益」を重要視するようになった。これはいまでも同じですね。
仏教の本場であるインドでは、仏教はあまりメジャーな存在ではないですね。それは、「大悟」を目指したからかも。庶民は、自分で精進努力より、神仏に願って欲望が叶えられる方がいいのでしょう。

これでなんとなく「神猿」と「大黒」がご理解できましたでしょうか。

和菓子
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↑京男の和菓子本が新装版になりました。初版を出版した2013年1月26日時の記事新装版が出版した2018年1月19日の記事をご覧ください。
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2 コメント

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おはようございます (すー)
2019-07-09 04:31:00
>>逃げないためというより、猿のような人間からの悪戯防止なんでしょうね。
思わず納得してしまいました(^_^)ニコニコ
>すーさん、おはようございます (京男)
2019-07-09 05:26:43
最近、猿のような人間が多いです。
若いのや中高年と様々います。

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